大壺師は数瞬前の迸る殺気を収め、俺に問いかけてくる。しかし安全は取る。
得物を離したところで、強く腕を振り、包丁をこちら側に飛ばした。そして、包丁を俺の短い脚で踏み、簡単には武器を取り戻せないようにする。
大壺師が魔術や祈祷を覚えていたとしても、触媒を身に着けている様子がないので一先ずは無力化できただろう。
「待った!すまなかった!」
無言での武装解除に俺の心理を読み解いたのか、表情は見えないが、大壺師は慌てた様子で謝罪をしてくる。
まずは、いきなり切りかかってきた理由を聞くことにしよう。返答次第では、そのまま倒ねばならない。
「大壺師というらしいな。こちらの壺巫女殿に襲い掛かったわけを聞こう。」
「つぼみこ…いや、誤解だ!あんたの連れだと思わなくてな、その…ボロ布に壺だろ?ここの連中が壺の影に隠れていると思ったんだ。頼む、信じてくれ!」
「なるほど…?」
大壺師である男は、捲し立てるように俺に弁明する。武器を失って命乞いをしているというよりは、誤解を解きたいという思いが乗っているように感じるが、不可解なことだらけだ。ボニ村の住人だと勘違いしたら、何故切りかかることになる?また、壺巫女の身に着けているものは確かに牢獄にあったボロ布だが、そういう大壺師も大概だろう。
説得にしては弱いそれに思考を巡らせ唸っていると、壺巫女がそっと話しかけてきた。負の念と、命の危機を過ぎた安堵を乗せた声音で。
「…どうされるのですか。」
「そうだな…。大壺師殿。俺はこのボニ村のやってきたこと、角人たちが行った所業を壺巫女殿から聞いているし、実際に知ってもいる。この壺の中に詰まった人の記憶を、俺は持っている。大壺師殿、他に何か、俺を信用させてくれる理由がほしい。」
「戦士の壺様、貴方は…。」
壺巫女は怒らせた肩をすっと降ろし、俺に手を添えて地面に座り込む。申し訳ない気持ちが強まるが、言葉が通じる相手に何も聞かず命を奪うのは、忌避感を持っているのだ。
大壺師は一瞬固まると、大声で笑い始めた。ひとしきり笑うと、乱れた呼吸のまま言葉を発した。
「壺の御仁、あんたとんでもない人だな!生き壺とはこういうのか…。ああ、分かった。今すぐ証明する。」
大壺師は首を縦に振り、すっと立ち上がる。何をする気だ?
彼はくるりと村の奥を向いた。そして突然大壺師の体より大きい壺を虚空から取り出し、頭上に掲げ、民家に投げつけた。
民家の傍で蹲る黒い人々が火炎によって焼かれ、金切り声を上げながらこと切れていく。唐突に作られた火の海に唖然としていると、大壺師は続けて言った。
「この村は終わっている。ここをめちゃくちゃにしたいのさ。どうだ、壺の御仁?」
丸腰になったかと思いきや、壺を取り出した大壺師を警戒しながら、俺はどこか納得していた。
彼が被る毛蟲の仮面の奥では、憎しみが渦巻いているのだ。彼は大壺師でありながら、同族を恨み、殺したがっている。間違いなく、彼の目的は壺巫女を害することではない。
今の放火でスイッチが入ったのか、怜悧な印象を受ける話し方で俺に言った。
「本当に申し訳なかった。だが、おれにはしなければならないことがある。…信用ならない、憎しみが消えない…そうであってかまわない。…今だけは、ただ通り過ぎてくれるか。」
「理解した。大壺師殿、俺たちはタイミングが悪かったということだな。」
「善良だな。そう考えてくれるとありがたい。」
「壺巫女殿、選択を迫るのは酷かもしれないが…貴女はどうしたい。」
俺は壺巫女に尋ねる。彼女もこの村には恨みがあるはずだ。
俺の意見としては、中立かつフラットだ。ボニ村の所業は痛ましすぎるものであるが、だから根を断つために殺し尽くすのは違う。ジャイアントキリングは壺人として目指す標であるが、このボニ村にはとんでもない怪物が闊歩している気配もない。目の前の大壺師が出した火力からして、対等以下の敵を相手取る戦いになるだろう。
俺の精神は未だ部外者だ。義憤に駆られ残虐性に身を任せるほど、肉片と巫子の記憶を自らと混同させていない。
しばらく待って、壺巫女の重い口が開く。
「…戦士の壺様、お願いします。私と一緒に、罪を背負ってくださいませ。」
「ああ、承知した。」
壺巫女の決断に、俺は体を振る。実際、狭間の地では殺し殺されだった。話し合いや見逃しで矛を収められないこともある。少し早かっただけだ。
俺が覚悟を決めると、大壺師が耳をそばだててから呟いた。俺の聴覚にも地面を擦る複数の足音が聞こえてくる。
「おれにとっては喜ばしいことだ、壺の御仁。早速だが…遠出していたやつらが、帰ってきたみたいだ。」
「そのようだな。大壺師殿、すまない。襲撃をかけるにしても、まずはこの村の出方を伺わせてくれ。」
「構わない。おれは先にやらせてもらう。」
俺は足で踏んでいた包丁を拾い上げ、大壺師に渡す。彼の得物はよく砥がれている上に頑丈なようで、俺の重みがあっても歪み一つなかった。大壺師は包丁の柄を力強く握ると、足音を殺し奥へと進んでいく。
俺は壺巫女と、村の外れへ同行し草むらに身を隠してもらう。壺巫女は攻撃手段を持たない。知り合ってからとても短いが、すべすべで武具を持ったことがない手であるのは見て分かる。拳で戦うタイプでもない、戦いに参加したことがあるにしても魔術、祈祷を使ったものだろう。
「ここで見ていてくれ、俺たちがともに背負う業を。」
「戦士の壺様…私は力になりたいです。」
「壺巫女殿、それは今じゃない。皆を救う旅の中で、万全の状態になってからだ。」
壺巫女は拳を握り締め、噛み締めるように返す。
「はい。…ですが必ず。出来るだけ早く、貴方の隣に立ちます。」
俺は頷くと体を切り返し、大壺師の叫び声が聞こえる方へ急いだ。
――――――――
男は異端であった。人を切り刻むことに意味を持たせる家族や同胞に、物心ついたときから嫌悪を持っていた。
理由を探していた。同胞の所業を止めるには、どうすれば正当性を持たせられる?
男が少年から青年へと成長した頃、大壺師、村の神事を担う重要な役割につかされた。自身の選択肢はなく、理由もない。村の若い男は大壺師になるからだ。そう、昔からのしきたりがあった。
男が罪人の肉を断つとき、ずっと己の罪を感じ続けた。おれは死ぬべきだ。おれだけでなく、同胞は皆生きていてはいけない。おれの考えはおかしいのか?
男に二つの転機があった。罪人の遺体、壺に詰められなかった残りを燃やしているときの炎に魅了されたとき。同胞がおぞましい蠅へと変貌する様を見せられたとき。
蠅は人ではない。人でないなら、虫であるなら、人に害をなすなら、燃やしてしまえばいい。
男は村を出た。賛同者を集め、同胞をこの地から消す準備をするために。
――――――――
俺が合流すると大壺師は、見た目のよく似た男たちと切り合っていた。敵となる男たちをよく見ると、体の色は同じく真っ黄色なのだが、仮面の色が違う。紛らわしいため、俺と協力する大壺師を、火炎壺師と呼称しよう。火炎壺師は毛蟲が煤け黒ずんだ仮面で、敵対する大壺師たちの仮面は白みがかっている。
分かりやすくて助かる。俺は、彼らに響くよう大声で宣言した。
「大壺師たちよ!俺は戦士の壺、貴殿らの生業を知る者だ。だが争いから始めるのは良くない。矛を収め、話し合う気はないか!」
俺の方を向き、彼らは動きを止めた。壺が動く様はやはり珍しいのだろうか。顔を見合わせ、包丁を構えたまま、ぼそぼそと話している。その間に火炎壺師が、俺の方に寄ってきた。
「あんたの宣言、伝聞でしか知らないが葦の地の戦士みたいだな。」
「大壺師殿は博識なのだな。」
「色々歩き回ってはいるから中途半端に情報はある。…御仁、見ろ。奴らの意見が固まったようだぞ。」
ゆらりと大壺師たちがこちらを向いた。そして無言で包丁の切っ先を俺に向ける。交渉決裂だ。
俺は拳を前に構えると、走ってくる大壺師の猛攻を受け流す。包丁を俺の体に固定し、クロスカウンターを見舞う。
泥沼の戦いの中で、火炎壺師が息を切らしながら言う。
「生き壺が善良だろうが、こいつらには意味なんてない。ただ切りたいだけだ!」
「…そのようだな!」
俺の岩の拳は裸体には響くようで、大壺師たちの猛攻が勢いを失っていく。俺はここぞというときに、拳を光らせ、がら空きの腹に渾身の一撃を放った。ヒットした大壺師は腹を押さえ、蹲って動かなくなる。
やはり俺の有効打はこの光のようだ。
それから俺は、体勢を崩した大壺師を狙って粒子を纏った拳を当てていった。火炎壺師との即興のタッグは相性が良く、火炎壺師の得物からなる炎撃が強力で、敵の強靭な肉体がバランスを崩しやすく、一人また一人と大壺師の数を減らしていった。
「これで終わりだ…!」
火炎壺師が、俺の金色の拳を受けた大壺師に包丁を突き刺す。包丁が腹を貫通したことがとどめとなり、最後の大壺師はぴくぴくと痙攣すると、動きを止めた。
火炎壺師は、包丁の柄をそのまま離すとぼんやりと立ち尽くした。
「大壺師殿、これで終わりか…?」
「…知っているやつは、全員始末した。あとは焼くだけだ。壺の御仁、本当に感謝する。」
そう小さく呟き、火炎壺師は虚空から巨大な壺を取り出した。俺は改めて、俺たちが殺した大壺師たちの遺体を見る。強烈な違和感があった。虫のような羽が背中から生えている。不揃いでところどころ丸まった羽だ。
俺は火炎壺師に尋ねた。
「大壺師殿、彼らの姿が変わっているのだが、いったい…?」
「へえ…そうか。死んだら化けの皮が剥がれるわけだ。」
「大壺師殿?」
火炎壺師は心あらずという様子で呟く。そして、俺の方を向いて返した。
「ボニ村焼き討ち記念に、最後に話しておこう。協力してくれた礼には足りないが…。」
火炎壺師はゆっくりと確かめるように語り始めた。自身の生い立ちと角人と人蠅の話を。
俺の治癒の力を火炎壺師は拒んだ。角人の病はおぞましいが、それがなくなれば自分ではなくなる。それに自分だけ身綺麗になるのは嫌だと。
彼は自身が放った炎の中に飛び込む前に、俺へ包丁と書物を渡した。放浪の中で考えたヒビ大壺の調合を俺に全て託してくれたのだ。
「勝手な話なのだが、一つ良いだろうか。貴方のことを火炎壺師と呼びたい。」
「…ありがたい話だ。」
全ての住人が燃え尽きた後、炎が燃え残る中で黒焦げになった彼らを、俺の中に詰めた。ここで朽ち果てれば、いずれ忘れられてしまう。ならば共に行こうと。
俺は最後に火炎壺師を詰めると、壺巫女の元に戻った。
「放浪大壺師の解体包丁」
故郷の生業と、角人の在り方に膿んだ男の得物
彼は各地を放浪する中で、自らの賛同者へ製本書を譲渡し続けた
しかし、自らの始まりである大火炎壺の製本書だけは、肌身離さず持ち続けたという
いつか燃やし尽くす
故郷を、同族を、忌まわしい自らをも
「煤けた毛蟲の仮面」
無数の毛蟲を凝り固めた、異様な仮面
黒ずみ、蟲の毛はほとんどが焦げ、なくなっている
大壷師の、特に放浪大壺師の呪具
角人の神事を嘲笑うため、故郷を離れた今でも身に着けている
郷愁と嫌悪が、抜けきることもなく
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今回のイベント情報
ボス:ボニ村の大壺師たち
ボニ村全体が、ギミックになっている。村の建造物から影の貴人が石を投げつけてくる。影の貴人は倒すことができない。
前半に四人、後半に五人の合計九人の大壺師が一斉に襲い掛かってくる複数戦のボス。倒すと「放浪大壺師の解体包丁」と、「大壺師の製法書大全」が報酬としてもらえる。