戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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豊穣の時

 巫子たちが近づいてくる。俺たちが戻ってきたことを察知したらしい。彼女らが言うには、褪せ人の召喚に応じてから五名とも、眠るように動きを止めていたそうだ。俺は得心がいった。実体に近いとはいえ、肉体は置いていくわけだから、そうなるのも理解できる。

 ミケラとトリーナは巫子たちに、久方ぶりに妹と再会でき、悩みの種も無くなったことを嬉しそうに報告していた。レダとティエリエは、その二人の様子を後ろから見守り、こちらも顔をほころばせて喜色満面である。

 

 次は褪せ人と協力して、狭間の地一帯の腐敗の変質を狙う。そのために、元となる神性をどうにかしなくてはならないのは、ずっと考えていることだ。幸いなことに、ここには外なる神からの干渉を防ぐ術を見つけた幼子がいる。腐敗に炎で対抗した赤獅子の一人もいるため、対策するには十分すぎる人員だ。

 だがしばらくは、巫子たちとの会話を楽しむ様子を見ていよう。何せ、ミケラの目的がようやく達成されたのだ。すぐに次の計画を話して、水を差すのも良くないだろう。思う存分喜ばせておいてあげたい。

 壺巫女が俺に寄ってきて、草で編まれたバケットを見せてくる。

 

 

「戦士の壺様、お祝いしましょう。マリカ姉様の子どもたちが、新たに進める道を。」

「ああ。…皆!今日の夕餉は、豪華にいこう!壺巫女殿、必要なものがあれば、採ってくるからな。」

 

 

 俺は声を張り上げて、村に知らせる。影の地の脅威になると思われた彼は、今や家族同然だ。家族の喜びは皆の喜び。そして地の平穏へ、また一歩前進したことに、祝杯を上げよう。

 外なる神に振り回される時代は、終わりが見えた。人の時代はすぐそこだ。

 

 朝になるまで祝いは続いた。備蓄していた食材を大量に盛り付け、好きなだけ美味い料理を食べる。俺や生き壺は食べ物を摂らないため、祝いの雰囲気を盛り上げたり、料理の手伝いをした。ミケラは膨らんだ腹を抱えながら眠り、いつもは落ち着いた様子のトリーナもはしゃぎ疲れて、ミケラの隣で眠っている。

 血の匂いのしない、平穏なる日常。これを多くの人が享受できることを、俺は望む。

 

 

 日は経ち、俺は本格的にミケラたちに助勢を願う。構想としては、腐敗の神性の性質を変えるまで侵食を抑える針だ。ミケラは無垢金の針を以て、マレニアの腐敗を抑制していた。これには狂い火の受領さえ取り消せるため、外なる神全てに効果がありそうだ。

 それに、俺は考えた。針を用い、朱い腐敗を抑制することは、何れ花として爆発させることになる。かといって腐敗をそのままにすれば肉体が腐り果てるため、八方ふさがりであった。だが、肉体の無い神性相手であれば、抑制する択は有用になる。俺が腐れ湖全体を変質させるまでの、時間稼ぎが目的だからだ。

 

 集めたのは、針の仕組みを作り上げたミケラとトリーナ。朱い腐敗から生まれ出たことから、感覚的にそれを良く知るムーア。腐敗への対抗手段を知る赤獅子フレイヤ。実際に針を使う要員としてレダとティエリエ、そして落葉のダン。合計七名、奇しくも「同志」として集団をなしていた精鋭のほぼ全てである。

 レダとティエリエを加えたのは、二人して、主君のやることへ少しでも力になりたいと訴えかけられたのもある。だが、理由はそれだけではない。レダは針の騎士として針の扱いに何より優れているし、ティエリエは毒のプロフェッショナルだ。腐敗の神性を攻略するにあたり、これほど心強い人材はいないのだ。

 ダンは、ミケラ様の目指す世界に揺らぎが無くなったと、俺に紙を渡してきた。魅了によって全てがミケラを愛する世界ではなく、一人一人が意思を持って手を取り合える世界。彼はそれが実現する未来を見たのだ。彼もまた、武力に秀でている。レダについてもらい、針を扱う作業に従事してもらいたい。

 

 俺は早速ミケラとトリーナに「針」の制作を考えてもらう。発想を形にするには、描けるものが必要だろう。巫子らに頼んで、巨大な紙を用意してもらった。ミケラとトリーナは顔を見合わせ、真剣な面持ちで話し合い始めた。自問自答のようなものではあるが、人格が違うことから、少しずつ議論は活発になっていく。

 俺は彼らの議論の間に、ティエリエへ話しかける。無理難題ではあるが、もしかしたらできるのではないかという発想についてだ。

 

 

「ティエリエ殿。朱い腐敗に効く毒、これを作りたい。協力してくれないか。」

「は…どういうことですか?貴方、おかしくなったのではないでしょうね…?」

 

 

 ティエリエは仮面を外し、俺の体を上から下まで見る。眉間に皺を寄らせ、本気で俺がおかしくなったと思っている表情をしている。

 初めて会ったときとは違って、だいぶ言動がたくましくなった。言い淀む様子もない。俺は弁明する。

 

 

「言葉の綾だ。腐敗の神性を少しでも抑えるための、広義の毒。貴殿は毒に最も詳しい。朱い腐敗に入り込み、動きを止める。こういった構想だ。」

「…昏く、沈むような毒の性質。それを活かすわけですか。確かに、毒の感覚を形に出来る者が必要ですね。」

「そうだ、その通りだよ!流石専門家だ…!」

 

 

 ティエリエはじっと考え込み、俺の言いたかった言葉を紡いだ。俺はティエリエの手を握り、ぶんぶんと振る。

 ティエリエは少し顔をしかめながらも、俺の手をぎゅっと握り返してくる。そして俺の構想を形にすることを話し、フレイヤとムーアの元へ向かった。

 赤獅子の炎は血を巡り、燃やすことで腐敗を抑える。それは抗う意思からなる炎だ。内部に入り込む毒と合わせられれば、針と並ぶ効力で、腐敗の神性を押しとどめることができるだろう。俺は二つのチームに分かれた「同志」たちに対し、使えそうな大いなる意志の知見を伝えることで貢献する。

 

 

 素材が必要であれば、鍛冶遺跡や植物の群生地に赴く。ある程度の素材は、村から拝借した。素材の出どころは、角人が形成し始めた集落と、巫子の村の交流だ。好奇心旺盛な生き小壺が巫子に同行し、角人の案内の元、鍛冶遺跡を巡っていたのだ。また好戦的でない生き小壺は、効能の分かる植物を角人と摘んできていた。

 ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返し、何度も夜が明ける。その結果ついに、針と毒、どちらも形を為すことに成功した。

 「針」は特大武器かと見間違うほど長く太い。これは、筋力に自信のあるレダに持ってもらうことにする。

 

 

「レダ殿、すまないな。遠ざけていたのに、武器の類を持たせることになった。」

「問題ない。ミケラ様への盲信ではなく、私の意志で受けたのだ。優しい世界のため、真にそれを目指すミケラ様の力になりたい。…血は香らないさ。」

 

 

 口の端を上げ、レダは巨大な針を担ぎ上げる。腐れ湖は広い。何十本も突き刺す作業になるだろう。苦痛を伴うほどに大変な作業であるのに、彼女は厭わない。

 俺は次に大壺に入れられた「毒」を確認する。残り火のごとく、じりじりと燃える緑色の炎。メスメルの火に似て、沼に沈み、内部で燃え広がる特殊な炎だ。

 

 

「本当に、苦労しましたよ。寄り集まったお二人は、感覚ばかり話されましたから。」

「難題に真っ向から取り組んでくれて、感謝する。…俺も役に立っただろう?」

「ええ。最初は貴方が、本当におかしくなったと思いましたが…。」

 

 

 額を拭い、ティエリエは息をついた。一仕事終えたフレイヤとムーアは、自由に過ごしている。褪せ人に呼ばれた際、彼らも共に向かってくれるそうだ。

 ティエリエは、トリーナ様と小さく呟き、彼女の方を見る。彼は作業中、トリーナの元へ頻繁に通い、激励をもらっていた。主君の応援こそ、彼の推進剤になったのだろう。今は疲れ切った様子だが、作業で一番元気だったのはティエリエだった。

 

 それからまた時間が経ち、針と毒の量産が済んだ頃、俺の指がうずいた。俺はミケラとトリーナ、村にいる「同志」全員を呼び、俺に触れてもらう。意識が暗転し、次の瞬間、目の前には毒々しい朱い沼が広がった。

 

 

 俺は、褪せ人に手を掲げる。褪せ人も俺に対して同じように返し、今回は大人数だなと笑いながら言う。

 褪せ人は聖樹でのことを話してくれた。ミリセントと姉妹たちは、俺たちが居なくなってからほどなくして目を覚ましたそうだ。そして褪せ人とマレニアと共に、彼女らは聖樹を巡った。

 彼は他にも、聖樹の騎士となったローレッタに言及した。村の巫子が、褪せ人に販売した壺によって、ローレッタは命を再び取り戻したとのことだ。彼女は少なからずミケラの魅了を受けていたが、友であるしろがね人の安息を願う気持ちは本心だった。今後も聖樹の軍勢として活動するという決意をしたそうだ。

 

 褪せ人の興味深い話を聞いて楽しみ、その後本題に移る。俺は褪せ人に、皆で作成した針と毒を見せた。

 

 

「しっかり対策を練ってきたぞ。」

 

 

 褪せ人に、これらをどう使うか説明する。褪せ人はこくこくと首を動かし、針の一つを手に取った。自分も、針を刺しにいこうと、彼は言った。

 

 ミケラは針を、トリーナは毒を担当する。幼い体であれど、ミケラは白き光柱という攻撃手段を持っているのに対し、トリーナは眠りに特化している。トリーナは動き回るよりも、壺から湖へ炎を流し込むのが適任だからだ。

 祭壇で祈る腐敗の眷属へ話をつける役割は、ムーアが行ってくれる。危険が無くなった後、遺跡の地下へ向かうつもりだ。

 俺は、皆に準備はいいかと尋ねる。皆は思い思いのリアクションを以て、俺に応えた。

 

 

「よし!では、参ろう!」

 

 

 俺は腐れ湖の中へ走り込んだ。レダたちは湖の外周に針を隈なく突き刺していき、ティエリエたちは大壺を傾け、緑色の炎を注いでいく。

 腐れ湖の中心まで来た。俺はずぼりと朱い腐敗に腕を突っ込み、金色の粒子を放出する。少しずつ、朱い腐敗が地面に浸透するように枯れていき、養分を含んだ土へと変わっていく。粒子の放出を止めないままで、干上がった場所から円を描くように移動する。

 

 湖の三割ほどを浄化し終えた。目論見通り、腐敗の神性が姿を現す。ヘドロ状の仮の肉体を湖から浮かび上がらせ、変質を行っている元凶である俺に向かって進んでくる。その姿は高波のごとく、俺を上から抑え込み、沼に沈めようとしてくる。やはり神性といえど、自分が自分で無くなるのはお気に召さないようだ。

 マレニアやロミナは、それぞれ状況は違えど、腐敗に生を振り回され苦しみ抜いたというのに。人と相容れない存在として、眷属を徒に生み、多くの悲しみを作り出したのに。自身は苦しみを感じたくないというのか。

 

 腐敗の神性に呑まれ、俺の視界が朱く染まった。沼の中には、緑色の炎が漂い、白金の針の幻影が突き刺さっている。青いオーラ状のものも、神性を縛るようにあった。これはかつての封印だろう。これだけ動くのが遅かったのも、抑制に成功していたためのようだ。俺は粒子の放出を最大限に高め、全身を金色の炎で包む。

 口などないはずの神性が、呻き声を上げたように、地下一帯に低い周波の音を響かせる。刃が通らず、傷つけることも叶わないならば、燃やし尽くせばいい。神の血である朱い腐敗を、呑まれながらも変えていく。

 

 腐れ湖の表層が、ほとんど見えたとき。響く音は次第に小さくなり、黄土色の靄となって、神性は再び仮の肉体を失った。俺はそれを掬い上げ、壺の中へと入れる。俺と共にあり、人のために力を使うのだ。

 俺の中身が、黄土色の靄を包む。体にその力が馴染んだことを確認するため、両手を土壌に触れさせ、意識的にそれを放つ。

 一輪の花をつけた、名も知れない花。過酷な環境下で生き残っていたそれが、養分を得て急速に土壌に広がる。僅かな光の元咲く花々は、ただひっそりと生を謳歌し始めた。

 

 

 俺は皆と合流し、作戦の成功を喜ぶ。朱い腐敗に触れないように神経を擦り減らしながらの作業は、皆の額に滝のような汗をかかせていた。

 遺跡に向かう。朱い腐敗が土壌と化したことに、眷属たちは動揺を隠せていなかった。しかしムーアによる会談で得心がいったようで、祭壇ではなく、土に向けて祈りを捧げ始めた。眷属たちが地下から外に出てきたら、影の地やエブレフェールに案内しよう。

 

 大元は排除できた。残るはケイリッドのみだ。赤獅子の軍勢と、ラダーン将軍の復活も近い。

 俺は慟哭砂丘にて呼ばれることを、褪せ人に頼んだ。悲しみを、都合の良い大いなる意志の奇跡で塗り替えるのだ。




ボス:腐敗の神性

かつて腐れ湖に封印された腐敗の神、その神性。肉体や魂といった、生物に当てはまる特徴を持っておらず、概念的な存在。
情報が少なく、神性ということなので、腐敗を司る外なる神の一部か、端末であると独自解釈した。

ボスとしては、物理攻撃が効かないので、ただひたすらに動きを遅くするため動くこととなる。巨大な無垢金の針と、獅子炎の毒のどちらかを選択し、腐れ湖を駆けるため、ギミックボスになる。誤って神性の近くに向かうと、一瞬で朱い腐敗が溜まり、通常とは比べ物にならないほど早く体力が減る。
倒すと、盲目の剣士と青衣の踊り子関連の技が得られる。
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