慟哭砂丘。腐敗の影響を受けず、ケイリッド本来の様相を残した土地。そこには、戦の末に死した破砕戦争の英雄たちが、剣の墓標の下に埋まっている。褪せ人に呼ばれた際、共に行くのは赤獅子フレイヤただ一人。
ミケラも来ようとしたが、トリーナに叱りの言葉で止められていた。懺悔と贖罪は、マレニアと共に兄様へ行わなくてはならない。エオニアで腐敗を食い止め続けている戦士のためにも、安易な手段を取ることは半身が許さないと。
彼は項垂れたまま小さく頷いた。俺は二人に対し、ラダーン将軍に口添えはしておくことを話した。
戻ってきて半日ほど経ち、俺の指がうずく。俺はフレイヤを連れて、意識をケイリッドに飛ばした。
砂嵐の吹き荒れる地、錆びた剣塚に、巨体が倒れ込んでいる。痩せた馬を抱きかかえるように、そのラダーン将軍の遺体はあった。腐敗に体を蝕まれ、正気を失っても尚、痩せ馬のことを想ったのだろう。
俺は離れたところにいる褪せ人に手を振り、ラダーン将軍の遺体に近づく。
「これが、かの将軍の本体。褪せ人殿、彼が魂を再び戻そう。」
「ああ、こうして久方ぶりに相対すると…。ジェーレン爺の弔いは、適切だったようだ。」
フレイヤは大剣を砂丘に突き立て、ラダーン将軍をじっと見る。苦しみから解放された彼の姿を見て、フレイヤは沈むような調子で呟いた。戦祭りで送り出すという、将軍を看取る行為の正当性を感じ入っているようだ。
俺は褪せ人の同意を得て、遺体に手を伸ばす。金色の粒子によって、腐敗を肉体から除き傷を無くした上で、将軍の魂を呼んだ。彼に最後まで寄り添った、痩せ馬の魂も共に。
デミゴッドは黄金樹の祝福を剥奪され、ただ死するだけになったとされた。しかし、その魂は神の門を用いて戻すことができた。ここから導ける解それは、デミゴッドの魂が、黄金樹の中にただ留まっていることを指す。
黄金樹はこの地のシステム、法則を司っているのだから、魂を回収できないように改変出来ない。これを改変できてしまえば、大いなる意志の導きをとうの昔に失った二本指たちが新たな神となっていただろう。二本指がいじれるのは、表層だけ。
将軍の体に手を当てながら、祈る。ただ死することを望まない者よ、今ここに再誕をなせ。
大いなる意志の一部が黄金樹に繋がり、彼の魂を排出、遺体へと入り込ませる。心臓が動き始めた。瞼をぱっと開け、大きな咳をしてラダーン将軍は再び命を得た。
「ラダーン将軍!赤獅子のフレイヤ、ここにあります!」
フレイヤは声を上ずらせ、彼に名乗りを上げる。あれだけの女傑が、乙女のように調子を崩している。
ラダーン将軍は俺と褪せ人、フレイヤの姿を順々に視界へ入れると、ぐぐと体を起こそうとした。その巨体に潰れそうになっている、同じく再び生を受けた痩せ馬に気づき、慌てた様子で重力の技を使った。
痩せ馬は嘶く。彼は賢く、騎乗している主が戻ったことを理解し、喜びの鳴き声を上げたのだ。
ラダーン将軍が俺たちに対し、見知った顔だと穏やかな口調で言った。先は、ミケラの我儘に付き合わせたなと頭を下げてくる。将軍ほどの大英雄に、そのまま頭を下げさせるわけにはいかない。俺たちは両手を振り、それを制止した。
岩のように揺るがず、清流のごとき明瞭さを持った人物だ。俺はラダーン将軍に語り掛けた。
「ラダーン将軍。貴方に再び、ケイリッドの主を務めていただきたい。そして貴方が正気を失った後も、腐敗に抗い続けた赤獅子の軍勢に、励ましをお願いしたいのだ。」
また俺は、エオニアに広がる朱い腐敗を変質させ、並行してどちらの軍勢の命も取り戻す予定であることを話した。
ラダーン将軍は頷いた。この奇跡に感謝し、戦ってくれた皆に報いよう。彼は良く通り、聞く者の心が落ち着くバリトン声で宣言する。そして地面に転がった得物を拾い上げ、痩せ馬に、また共にあろう、よろしく頼むと声をかける。
人馬一体、痩せ馬は項垂れずしっかりと前を見て、主の望む方向へと歩を進め始めた。砂丘からエオニアへと移動し、ケイリッドに散らばった兵を集め、最後に彼らの居城、赤獅子城へと帰還するために。
砂丘に沈む戦士たちに向け、俺は金色の粒子を放つ。じんわりと範囲を広げていく粒子に触れ、貴腐騎士と赤獅子の混合が生命を取り戻し、体を起き上がらせた。死の直前で記憶が止まった彼らに対し、ラダーン将軍は声を張り上げる。
戦いは終わった。蘇りし勇ましき戦士たちよ、我に続け。不敗の女傑への橋渡しを行おう。
貴腐騎士と赤獅子、両者闘志は固く、剣を交えようとしていたが、ラダーン将軍の言葉でどよめきながら、得物を次々鞘に納める。
ほとんどが武装を解除した後。赤獅子騎士の一人が、将軍に尋ねる。我々は何故、生きているのですかと。
蘇った皆は、あれだけ剣と槍を突き刺され、腐敗で苦しんでいたラダーン将軍が健在であることに、畏怖と疑問を持っているようだ。そして自身が命を落としたことも理解しており、何が起こったか困惑していた。
フレイヤが、ラダーン将軍の代わりに説明した。
「同胞たちよ。それは、この金ぴかの壺が行ったことだ。黄金樹に近いやつでな、貴公らは再び黄金の祝福を受けたのだ。」
おおそうかと、その赤獅子は頷く。深く考えずとも、納得がいけばいいらしく、赤獅子たちは歓声を上げ始めた。我らの将軍は衰えず、勇ましき姿を見せている。何だか蘇れたことだし、将軍に再びついていこう。
竹を割ったような気持ちのいい性格は、赤獅子に所属する武人の特徴らしい。分かりが良くて助かった。
貴腐騎士達は、敵対の意志がない赤獅子たちに、気がそがれた様子を見せていた。この場に主はいない。ならば、将軍にこの後は従うべきだろうと顔を見合わせ、話し合う。結果、赤獅子の軍勢が貴腐騎士一人一人に付き、ラダーン将軍の後を追う形となった。
俺たちの歩みに、ラダーン将軍は痩せ馬を並走させる。将軍や赤獅子、貴腐騎士と言葉を交わしながら歩いていると、俺は思い出した。まだ砂丘を離れる前にすべきことがあったことに。
砂丘の端に作られた「英雄たちの地下墓」の中で、二つの勢力はまだ戦い続けている。霊体は鎮められず、互いを無力化するために、永遠の時を過ごしているのだ。
朱い腐敗が溜まっていることもある。地下墓の前で彼らには待っていてもらい、俺と褪せ人は腐敗の浄化と霊体の復活を行うため、その中へ入った。
褪せ人は一度このダンジョンを探索し終えており、俺に道案内をしてくれた。得物同士が噛み合う金属音が、地下墓に途切れることなく響いている。
まず俺は下に溜まった朱い腐敗を変質させていく。その過程で金色の粒子を受けた霊体が倒れ、白く実体のない魂に肉が付き、ただそのまま眠る。身に纏った鎧は、魂に付随していたもののようで、防具としての役割を持たないほど脆いハリボテであった。そのため地面に倒れた時点でそれは崩れ、生身を露にする。
赤獅子騎士の霊体は、大弓を使う者や、槍と大盾で堅実に立ち回る者がおり、霊体となっても抗う意志は失われていなかった。逆に霊体としての特性を活かし、姿を消すステップを戦闘に組み込む姿勢は、称賛されるべき強者の在り方だ。
インプを倒し、全ての霊体を生身で復活させた。つまりどちらの勢力も、故郷や主のために決して諦めなかったのだ。彼らの滅びぬ生き様に、俺は戦士としてそうありたいと憧れた。
俺たちは地下墓から彼らを運び出した。眠る同胞たちを、赤獅子の軍勢が、貴腐騎士たちがそれぞれ担ぎ上げ、行進する。
砂丘から上へ向かうための道はなく、重力の技を使える精鋭と、ラダーン将軍によって道は作られる。ふんわりと浮き上がり、騎士たちを抱えて崖を上る。貴腐騎士たちは赤獅子騎士に身を任せ、運んでもらっていた。
起伏の激しいケイリッドの地に、金色の粒子を撒いた後、腐敗の神性が変化した黄土色の粒子を使っていく。不気味に地から生えた巨大な菌糸が宙に溶け、植物の緑に包まれる。その光景に、どちらの陣営も感嘆の声を上げていた。赤獅子には漢泣きをしている者もいる。
腐敗で侵された地が、豊穣に満ちていく様は美しい。皆もそう思ってくれていることが、俺は嬉しかった。
エオニアの沼までやってきた。朱い腐敗に触れないよう、俺は皆に呼びかけ、沼の端から浄化して回る。
ラダーン将軍はその大きな手を叩いて言う。元々ケイリッドは乾燥した土地で、このように緑で満たされている光景は新鮮だという旨を。
沼から間欠泉のごとく吹き出す朱い腐敗も、安全な場所から浄化し、将軍たちに後ろをついてきてもらう。道中で会った、体を腐らせた貴腐騎士も治療を念入りに行い、エオニアの中心で死した宿将オニールも、貴腐騎士たちの嘆願により、魂を呼び戻す。
エオニアで生きていた腐敗の眷属たちは、見つけ次第話をしていった。彼らは、養分を含んだ土地から問題なく蟲が生まれることを理解し、緑に満ちた地を手懐けた犬と歩いていった。
また、本来ミリセントから悪意の主とまで言われた賢者ゴーリーについては、終ぞ会うことはなかった。魔術街サリア付近にあるボロ屋を訪れると、手紙が残されていた。それによれば、彼を個として認識することはもうないのだと感じられた。褪せ人は、手紙の文面を読み上げる。
花は咲かねど、母は我らを受け入れてくださった。もう人の皮を被ることはないでしょう。
雑談をしながら、俺たちは進む。褪せ人とラダーン将軍は、彼の妹ラニについて話し込んだ。褪せ人とラニの出会いから、どう仲を深めたまで。
ラダーン将軍は妹の門出を祝い、褪せ人は照れて後頭部を擦っていた。
ラダーン将軍は、俺にも話題を振ってくれた。あの戦いは見事だったとお褒めの言葉であったり、あの後どうしていたかの質問であったり、俺の大事なものについてなど様々だ。
俺が生き壺愛の深さを伝えると、魔術学院にも研究のため再現されたり持ってこられた生き壺がいたことを、彼は思い起こし話してくれた。あそこにいた柄の違う生き壺が、一部学院の手で作られたものであることに、驚きつつも納得がいった。
フレイヤが俺の話の流れで、生き小壺の推薦を行った。ラダーン将軍は検討を口にしてくれた。
ラダーン将軍にミケラが心からの反省をしていたことを、さらりと触れる。ラダーン将軍は眉を歪ませ困った表情をしながら返した。あのときミケラの言った優しき世界の在り方、それを真に知ったとき賛同はできなかったのだと。
俺は今ミケラが目指している世界について、ラダーン将軍に説明する。それを現実にするための具体的な小目標についても。彼は、ミケラの運命も動き始めたのだなと、彼自身が呼んだ隕石を見ながら、喜んでいた。義弟の成長を純粋に祝福する将軍は、眩しい。人格者だ。
ケイリッド中を練り歩いたこの集団は、どんどんと人員を増していき、赤獅子城につく頃には全盛期の軍勢が出来上がっていた。ラダーン将軍は、城に残る兵に向けて己の帰還を唱える。兵士たちは、将軍とその後ろに控える多くの同胞の姿に腰を抜かし、何度も頬をつねっていた。
ラダーン将軍が城に戻ったのを見届けて、俺とフレイヤは村へ戻る。これで狭間の地を覆った腐敗は、生物を育てる養分になり、ケイリッドを肥沃な土地へと変えた。士気の高い赤獅子の軍勢は、これからこの地の復興を推し進めていくことだろう。
俺は消える前に、ラダーン将軍に願った。力と技どちらもが頂点に立つ貴方に、何れ戦士として挑みたいと。彼はその雄々しい顔を和らげ、戦士よ、そのときを待っていると短く返した。
ラダーン将軍が赤獅子城に帰還した後、話しかけることができる。
戦いを望むかで、はいを選択すると、ケイリッドの闘技場の座標まで移動する。(闘技場の中は、対人戦を行うときより広い)
その後、痩せ馬に乗ったラダーン将軍と手合わせが始まる。
死力を尽くした戦いではないため本気は出されないが、それでも戦祭り·ミケラ戦のときに比べ、圧倒的に固く素早く強い。