戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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新たなる秩序

 巨人たちの山領は、環境もそうだが、敵対する生物の強大さが厄介だ。著大犬や著大鴉、トロルが争い合い、その余波がこちらまで及びそうになる。他にも、死に生きる者や火の監視者たち、亜人といった様々な勢力が集まっているため、一人一人を説得していくのは難しい。褪せ人が王となり、新たな律を掲げた後、全てが片付いたら彼らへの対応を行おうと思う。

 

 俺は以前、褪せ人に金仮面卿の元へ連れていってもらうよう頼んだ。律の理解について、大いなる意志側の知見は持っているが、どの部分に綻びが生じているのか、黄金樹を視認するだけでは分からないからだ。ただ観測するだけで、その仕組みを数理として表し、律の原理まで到達できる金仮面卿は、天才という言葉で片付けられない。

 彼の協力がなければ、律を組み合わせることに時間がかかる。それに完全律以外の修復ルーンについても、エルデンリングに嵌めこもうとしているので、どちらも達成するのは褪せ人が王になるまでに間に合わないだろう。

 

 一番の懸念事項は俺が行おうとしていることに、金仮面卿が同意してくれるかである。しかし俺は、彼に納得のいく説得さえ行えれば、協力してもらえると皮算用している。何故なら、彼は学者で理論を何より重視する人物だが、それと同時に後世を考えていると、俺はゲーム中で読み解いたからだ。

 律を完全にすることで、人の時代が始まる。それを金仮面卿も望んでいるはずだ。

 俺は褪せ人の案内に後ろからついていき、辿り着いた橋の上で、頭を抱える者と、両腕をまっすぐに伸ばし静止している者を視認した。

 

 

 俺たちが近づいていくと、頭を抱えた男性が苦し気な唸り声を発しているのを聞いた。彼は眼を布で覆い、首元に車輪の首枷を付けている。

 

 

「ああ、先生…貴方はまだ、黄金律に忠実であるはずだ…。そうでしょう…おお、おおおおお…。」

 

 

 褪せ人は、俺に紹介する。彼がコリン、金仮面卿の記録者であると。そして褪せ人は、金色の輪を象った仮面を付けた彼を示し、金仮面卿だと言う。

 俺はまず記録者コリンに近づき、粒子を使う。彼は今正気ではない。思考の坩堝にはまり、単純な考えに支配されているのだ。一旦精神面をフラットにしておけば、こちらの言葉も届く。

 コリンはすっと両手を雪につけ、俺の方をじっと見てくる。

 

 

「…貴方は、何者ですか。妙な気分です。先生への疑いをどうしても拭えないというのに…頭がすっとしています。」

「俺は、戦士の壺。貴殿とは初対面だが…こちらの金仮面卿に用があってな。正気に戻させてもらった。貴殿は記録者だと、褪せ人殿から聞いている。だから、俺の問いかけの答えを記録してほしい。」

「突然現れ、妙な光を使い…あまつさえ、先生の思索を邪魔するつもりですか…。ああ、貴方!この壺の方を遠くへやってください!」

 

 

 コリンは俺への怒りのままに、聖印を握る。確かにこちらの言葉足らずが悪かった。しかしコリンの在り方は金仮面卿に近づくことを許さない。話は通らないだろう。やはり信仰へ傾倒した者は、独自のルールを破る者を許さないのが、難しいところだ。褪せ人が俺の前に出る。そして言う。ここは自分に任せてくれと。

 

 褪せ人は、コリンの言葉を流し、金仮面卿とのすれ違いを話した。金仮面卿は黄金律の探究者であり、信奉者ではない。貴公が言い放った、金仮面卿から傲慢を感じるという考えも、視座の違いなのだ。元より金仮面卿は黄金律を盲信していない。

 

 

「私の信仰を盲信とでも、言いたいのですか。…つまり貴方も、黄金律の完全性を否定するのですね…!」

 

 

 褪せ人は首を縦に振り、続ける。貴公は言っていたはずだ。金仮面卿の思索は、真実は、自身の理解を必要としていないと。自身の考えと食い違っただけで、記録を止めるのか。

 コリンは歯ぎしりをする。コリンは感情が高ぶり、聖職者に似つかない粗暴さの交じった言葉を発し始める。

 俺はコリンと褪せ人が言葉をぶつけあっている間に、大いなる意志の知見をまとめ、物質化することに注力していた。そして、黄金樹の仕組みの情報を圧縮したそれを掌に取り出す。

 

 

「記録者コリン殿。手荒ですまないが、これを識ってもらおうか。」

「貴方、何を…!は…。」

 

 

 信仰という情動に絡むものを盲信する者には、実物を見てもらうのが手っ取り早い。

 俺が掌に具現化した情報をコリンに渡すと、彼はその瞬間口を開けたまま固まった。そして呆けたまま、コリンの体はだらりと力を失う。俺が与えた情報の波に呑まれているようだ。

 情報群からは、黄金樹の一つ一つのシステムを、理解できるようにしてある。しかし、コリンはぴくぴくと指を動かし、泡を吹いて倒れ込んでしまった。そこまで受け入れがたいものなのだろうか。俺は粒子を以てコリンの体を治しておく。

 

 俺たちは、コリンの意識が現実へ戻ってくるまで待つ。そうして、しばらく彼の様子を見守っていると、コリンは荒い息を立てて覚醒した。

 

 

「はあっはあっ…。これが、先生の見ている世界…なのですか。」

「分かってもらえたか。貴殿と金仮面卿の、視座の違いが。」

「ええ。黄金律の複雑さを、しかと理解しました。このような繊細な仕組みを、神が容易く壊す…それを先生が危惧していることも、納得しましたよ。」

 

 

 口早にコリンは言葉を発し始める。自身が想像もしていなかった、黄金樹の在り方。聖職者や並みの学者は勿論、金仮面卿レベルの天才にしか到達できない理を、一瞬の内に頭に入れられたことで混乱しているのだろう。

 何とか言語化しようとして、途切れ途切れ、支離滅裂な言葉を口にする彼に、俺は目的を話す。

 

 

「コリン殿。俺や褪せ人殿は、人のための時代を作りたいと考えている。黄金樹はただの仕組みに過ぎない、それを貴殿は理解しただろう?だから、もっとより良い仕組みを作れる。その具体的な構想を、金仮面卿に伝えたいのだ。協力してくれるか?」

「…貴方は、恐ろしい方です。信仰の及ばないことを、力を行使することで、私に思い知らせました。貴方は、一体何なのですか。」

「俺は、戦士の壺。そして…信じてもらえるか。…大いなる意志に連れて来られた、特殊な落とし子だ。」

「ああ、ああ…!そうだったのですね…!この複雑な接続を、ただの生命が知れるはずもありません…。」

 

 

 コリンは声を張り上げて、心から納得がいったように振舞う。多大な情報を与えたことで、精神が安定していないのだろう。やはり手荒すぎたか。

 俺は褪せ人にコリンの介抱を任せ、金仮面卿に近づいた。

 

 金仮面卿はコリンとの問答があった間も変わらず、両手をぴんと横に伸ばしたまま微動だにしない。彼は、常人には理解できないほど、深い思考に入り込んでいるのだろう。指の動きが見えないと、その思索の一端さえ読み取れない。

 俺はただ声をかけたところで、意思疎通が図れないことは踏んでいた。そのため、コリンに行ったことと同じように、新しい律の構想、その仮組みの情報を掌に実体化させ、彼に渡す。すると金仮面卿が、ぴくりと体を動かした。彼の考え抜いた完全律、それだけでは零れる生命がある。それを補うルーンを、詳細なシステムの構想を以て、彼に伝えたのだ。

 果たして、彼はこの案に興味を示すかどうか。金仮面卿を見守っていると、彼はアルファベットのTのごとき黄金律全姿を止め、指を荒ぶるように動かし始めた。その姿を見て、コリンは紙を取り出し、手がぶれるほどに速く、文字と図式を書き留め始める。

 

 

「先生、私にも分かります…!ようやく、貴方の閃きを理解できます!そして、先生が目指す先も…!」

 

 

 コリンは興奮した様子で、文字を書き続ける。狂気的であり、信仰とはかけ離れた知への探究が彼の内に有った。もしや俺は、とてつもなくまずいことをしてしまったのではないか。俺はコリンのあまりの変わりように動揺して、褪せ人の方を向いた。

 褪せ人は、俺の肩を持ってくれた。黄金樹が理解の及ぶものになったなら、ああもなるだろう。

 コリンは視線を金仮面卿に固定し、手を高速で動かしながら、俺に言った。

 

 

「貴方…私に啓蒙を与えてくれた、黄金の貴方。先生は、新たな旋律を奏で始めました。私はまた記録を再開しようと思います。」

「…すまない。俺は、貴殿の信仰を奪ってしまったのかもしれない。」

「いえ、私の視座の狭さ、低さに気づくことができました。…先生はまた、王城ローデイルに向かわれます。もし合流できたならば、記録の一端を、貴方がたにお伝えしましょう。神がおらず、揺らぐことのない律の記録を。」

 

 

 コリンの話から察するに、金仮面卿は俺の構想を取り入れてくれたようだ。律を神から離すという考えは、俺も持っているため、この金仮面卿の荒ぶりは新しい思索に乗り出しているのだという結論が導き出せた。

 俺はコリンに壺を下げると、ローデイルにて再会することを約束した。

 

 

 俺たちの、巨人たちの山領での目的は達せられた。俺は村へ戻ろうとするが、褪せ人が手を突き出し制止する。

 褪せ人は言った。戻る前に、ある男に会ってほしい。そして愚弄された友の体を取り戻してほしいと。

 それだけで俺は、男というのが誰だか推測できた。

 褪せ人は続けて言う。その者は狂い火の病の起源とされ、歴史上最も憎悪された。そして血の狩人ユラの遺体を奪い、自分に混沌を説いた。シャブリリだ。

 

 山領を下っていくと、岩陰にぽつりと人が立っているのが見えてくる。褪せ人はその人影に近づくにつれ、威圧感を纏っていく。

 鉄の編み笠を被り、男は顔を両手で覆うようにして直立している。その不気味な雰囲気に、俺はぶるりと壺を震わせた。褪せ人が男に向かって、友の体を返してもらいに来たと宣言する。

 男はどこか不安を掻き立てるような調子で、言葉を紡いだ。

 

 

「それは難しいお話です。彼は、私にこの体を託したのですから。それよりも貴方、哀れな小娘を火にくべたくはないでしょう。さあ早く、混沌の王たる道に向かいなさい。」

 

 

 褪せ人は、そのつもりはないと強い言葉で返した。そして金色の種火を取り出し、しかとシャブリリに見せつける。よく見れば褪せ人の横に、青い粒子が舞っていた。

 俺は心の中で笑った。メリナが同行しているのに、狂い火に勧誘するなど。何と大間抜けなやつだ。

 シャブリリはその悠々とした態度を崩し、後ずさりする。この得体のしれない怨霊でも、人のように動揺するのか。

 

 

「ああ、まさかそれは…。焼き溶かすことを、忘れてしまったのですか。」

「…俺は知っている。お前が、多くの英雄を狂い火に唆したことをな。」

「壺の中に、火種が宿っている…。混沌が、手籠めにされるなど…。」

 

 

 シャブリリは声を震わせて、一層強く額に手を押し付ける。俺は褪せ人に了承を取ると、素早くシャブリリの体に触れた。抵抗される前に金色の粒子を炎状にし、その動かされた遺体を包み込む。

 シャブリリの声が、ユラの体から離れていく。弱弱しく、こちらを呪うような恨めしい声で彼は呟く。

 

 

「ああ、世に混沌のあらんことを…。」

「三本指に伝えるといい。もうじき狂い火を消しに行く。混沌は、人の時代に不要だ。」

 

 

 ユラの体が倒れ込むのを、褪せ人が抱き上げる。ユラは規則正しい呼吸を取り戻していた。

 

 褪せ人は、彼を介抱してから別の場所に向かうと言った。今度こそ、ここでの役目は終わりだ。

 律の構想がより良くなることを楽しみにしながら、俺は姿を消した。

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