戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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最後の冒険譚、その始まり

 褪せ人に呼び出された場所は、湖のリエーニエ、そこにある四鐘楼の転送門前であった。転送門の横に書かれたメッセージには、「崩れ行く地」と記載がある。

 褪せ人は、掌に意匠の凝った、螺旋状の針を取り出し、言う。

 以前、ミリセントとマレニアから、この針をもらった。この針は、ファルム・アズラにあるという時の狭間、嵐の中心でしか使用できないという情報が読み取れる。だが、この門からいける場所では、中心に向かえないようなのだと。

 俺は理解した。本来ファルム・アズラの中心へ行くには、巨人たちの山領にある、滅びの火の解放が条件になる。しかし俺も褪せ人も、黄金樹そのものを燃やす必要がないし、燃やすつもりもない。だから、どうやって中心に向かうか道のりを導き出せないのだ。

 

 

「褪せ人殿。転送門を抜けた後、俺を再び召喚してくれ。必ず貴殿を、崩れ行く地へと届けよう。」

 

 

 褪せ人は俺の言葉に頷き、先に行って待っていると残し、転送門を潜り抜けた。場所を跨ぐため、俺は強制的に消滅する。

 ファルム・アズラの上空には、飛竜が翔けていたはず。思考のリソースを移動のみに使う、金色の柱を使うのは難しい。攻撃をされたら、ダメージの有無は関係なく集中が切れてしまうため、金色の柱の展開は解除されてしまうのだ。

 であれば、竜の翼を以て彼を運ぼう。悠久の時を生きた彼女に、同行を依頼するのだ。

 

 

 こうして俺は、村へと一旦戻ってくる。今回の探索は、褪せ人にとって最後の冒険となるだろう。万全の支援をしなければ。

 俺は村の端まで歩み、大壺に寄り添うようにしてリラックスしている、古竜セネサクスの元へ来た。彼女は薄目を開けて俺の姿を見、前足を俺の体につけて話しかけてくる。今回は、随分と早い戻りだなと。

 

 

「セネサクス殿、貴殿に用があってな。ファルム・アズラ、竜王が眠る地に、褪せ人殿のため同行していただきたい。」

 

 

 セネサクスは瞬膜を何度も素早く出し、黙りこくる。そして念話で俺に言う。竜王を裏切った私は、一時でもそこに戻る資格などない。

 俺は、沈んだ面持ちのセネサクスに再度告げる。これは許しを乞うために行くのではないと。

 

 

「貴殿は、家族だ。竜王に取り入る必要はない。ただプラキドサクスに、彼が失った首を返しに行くだけだ。協力してくれ、俺の我儘に。」

 

 

 セネサクスは、お前の我儘なら仕方ないと言い、くるると喉を鳴らし翼を広げた。行く気になってくれたようだ。

 彼女も羽を伸ばしたい頃だろう。丁度いい機会ではないか。

 

 俺は岩の指がうずき始めたのを感じる。早速召喚に応じようとすると、俺の背面にぴったり張り付いてきた者がいた。一度承諾したら中断することができない。誰だか分からないまま、俺の意識は暗転する。

 

 

 巨大な竜巻が、瓦礫を巻き上げ渦巻いている。そして無数の飛竜が、竜王を守るように旋回し続ける。かつての栄華を再現し続けるかのように。

 崩れ行くファルム・アズラ。謎多き、竜の時代の名残へと、俺たちは足を踏み入れた。

 

 褪せ人はセネサクスを見上げ、なるほどと呟く。褪せ人は以前ギザ山で、竜の背に乗ってみたいと言っていた。彼の飛竜は、まだ小さい。何れは親を乗せるだろうが、今は気分を楽しんでもらおう。

 俺の背面から、人が降りる。振り向くとそこにいたのは、トリーナであった。彼女は俺が召喚に応じていることを知らなかったらしく、目を白黒させて辺りを見回している。

 

 

「召喚してもらって申し訳ないのだが…。」

 

 

 褪せ人に壺を下げて謝り、トリーナを帰そうとすると、彼女はまだ帰らないと言う。俺は驚き、彼女を再度視界に入れると、トリーナは続ける。ここに死を封印している、お母さまの影従の獣がいるはず。簡単には行けない場所だから、私も目的を果たしたいと。

 

 

「そうか…。褪せ人殿、トリーナ殿の同行を願っても良いだろうか。」

 

 

 褪せ人は容認してくれた。道中は俺がしっかりとトリーナを守ることにする。

 トリーナが残ってくれることには、結構なメリットがある。この場の皆は知らないが、竜の聖堂にて神肌の使徒が現れる。神肌の使徒はよく眠る。ならトリーナの昏睡は、よく効くだろう。二度と目が覚めないほどに。

 

 褪せ人は童のように兜の奥の瞳を輝かせる。そして、早く行こうと声高に言い、ファルム・アズラの中心を指で示す。今日は幼い飛竜を外に出している。幼竜は親の高揚に引っ張られたのか、ブレスを噴出しながら低い位置を飛び回っている。

 出発の時だ。俺はセネサクスの前足を軽く触る。

 

 

「セネサクス殿、行けるか。」

 

 

 するとセネサクスは首をもたげ、俺たちが背に乗りやすくしてくれた。俺はトリーナを両手で抱きかかえると、セネサクスにまたがる。褪せ人と幼竜も乗って、体をしっかりと固定した。

 セネサクスは少し震える体を鼓舞するように、天に向かって咆哮する。そして翼をはためかせると、彼女は大空を翔けた。

 

 

 飛竜たちはセネサクスを見て、一旦その場でホバリングをし、その後攻撃を仕掛けてきた。やはり多くがベールについていった飛竜といえど、ここに残るのは竜王の傘下ということか。裏切った古竜を、同じく悠久の時を生き、知性を得た飛竜は許さない。

 道を邪魔するからといって、殺すつもりはない。俺はセネサクスに攻撃が来ないよう、ブレスを巨人の火で相殺し、無事に羽ばたけるよう支援する。トリーナも昏睡の権能を使ってくれ、飛竜たちが墜落しない程度に微睡へ誘われていく。

 

 俺たちが降りられそうな場所を、セネサクスは探してくれる。そして、途中で崩れた橋が、丁度降りられそうであったので、そこを彼女に指示する。

 そのとき、俺たちの死角から高速で迫ってきた影があった。セネサクスと同じ種族の、名も知れぬ古竜だ。平穏の祈祷を使えないセネサクスは、同族からのタックルによって広間へと叩きつけられる。

 

 

「皆、無事か!」

 

 

 俺はトリーナをしっかりと抱え、蛇綱で広間へと降りる。褪せ人は、幼き飛竜が必死に持ち上げているお陰で、落下死を免れている。俺は粒子でセネサクスを治し、名も知れぬ古竜に向き直る。

 言葉はなく、古竜は咆哮する。赤雷が俺たちに降りかかってきた。セネサクスが古竜に向かって飛び、互いの爪と牙を使って戦い始める。

 

 

「古竜ならば、言葉を知るはずだが…。あの竜餐の巫女殿が、どうにかしてくれないものか。」

 

 

 俺が呟くと、褪せ人が呼んでみると言い、霊呼びの鈴を鳴らす。青白い霊体が、俺たちの目の前に現れた。

 褪せ人は、竜餐の巫女に向かって両手を合わせる。褪せ人の頼みに、竜餐の巫女は大きく息をつく。

 

 

『堕した私に、説得をしろと言うのですか…我が王。…竜の王の元集う、同胞よ!この、フローサクス。暴竜を討ち取りし戦士と共に、戻ってきたぞ!』

 

 

 竜餐の巫女、改めフローサクスが声を張り上げると、名も知れぬ古竜はセネサクスへの攻撃を中断し、口を大きく開けたまま固まる。そして漏れ出た念話が、俺の頭に響く。褪せ人たちも聞こえているようだ。

 まさか。任を果たし、貴様が帰ってくるとは。

 

 

「上手くいったな…。竜餐の巫女殿、礼を言わせてくれ。」

『竜の戦士よ、良いのです。私は、我が王に従うまで。』

 

 

 フローサクスは俺に言葉を返すと、褪せ人に視線を向ける。褪せ人の横顔に向ける視線は熱っぽい。古竜は愛情深いと勝手に考えているが、彼女はこの短い間で褪せ人に心奪われたようだ。

 名も知れぬ古竜はセネサクスを鋭く睨みつけた後、フローサクスと会話し始めた。今回の念話は、俺たちには聞こえない。話がつくまで、彼女たちを待とう。

 

 セネサクスは俺に寄ってくる。少し涙交じりの念話で俺たちに言う。裏切りの謗りは受けると分かっていたが、やはり苦しいものだと。

 俺とトリーナは、彼女の頭を撫でた。罪は無くならないが、家族として心は慰めたいがために。

 

 

 フローサクスと古竜の話がついた。古竜はその場から飛び去る。

 俺は、古竜が遠くへ飛び、豆粒のように小さくなるのを見届ける。フローサクスは、話した結果を簡潔に教えてくれた。

 

 

『我が王。あの同胞に、竜の王の元へ向かうことを話しておきました。数少ない古竜と飛竜は、手出しをしてきません。ご安心を。』

 

 

 褪せ人は、フローサクスに拝み倒すようにして感謝を告げ、竜の王に会ったらまた呼ぶと言った。

 フローサクスは目を伏せる。彼女もセネサクスほどではないが、プラキドサクスに負い目がある身だ。その原因は、褪せ人が作り出したもの。それを理解している褪せ人は、彼女の手を取って、責は自分にあることを強調し、竜の王にフローサクスと共に行くことを報告したいと言う。

 

 

『ああ…。我が王の命とあれば。』

 

 

 フローサクスは霊体だというのに熱を帯びた瞳で、彼を見つめ同意する。そして青白い粒子を出して褪せ人の懐に戻っていった。やはり褪せ人の、友好を築く力はすさまじい。強さと優しさ、そしてしっかりと心に芯があるのだから、フローサクスも惚れ込むわけである。

 トリーナは目をつぶって、彼らのやり取りを受け流していた。

 

 

 セネサクスは外から回ってもらうことにし、褪せ人と俺、トリーナは遺跡内部を探索する。右に向かうと、褪せ人が祝福を見つけたため、彼には休憩してもらう。

 その間に、俺はトリーナに訊く。何故、マリカの影従に会いたいと思っているのかを。

 すると、トリーナはこう言った。陰謀の夜、私たちはその真意を知らない。だから、事件に近い影従なら、知っていることがあると思って。あのお母さまの影従なら、知識もあるはず。

 

 彼女が口にしたのは、幼子らしい無条件の信頼だった。陰謀の夜にマリカが関わっていたことを、彼女は知らないようだ。俺は彼女へショックを与えないように、影従であるマリケスから話されるまで言葉を伏せておこうと思った。

 

 トリーナと一対一で話す機会は少なかったので、雑談は盛り上がった。トリーナは、基本的に巫子の村にいるのだが、泥濘に眠りを与えるため俺が連れていくこともある。

 メスメルやメリナがマリカの分け身だと分かった今、トリーナはメスメルを父か兄のように慕っている。そのため、話の内容は、彼女の従者のこと、石棺にある信者たちのこと、メスメルとのことなど多岐に渡った。俺はなるべく話の聞き役に回って、楽しんでいた。

 

 

 話し込んでいると、褪せ人が準備を終えて立ち上がった。褪せ人は、見覚えのない武器を担いでいる。俺が見たことがないということは、影の地で取得した武器だろう。折角だから、色々武器を試していくと彼は言い、素振りを始めた。

 影の地の力が、どれだけこの難所に通じるのか。俺は褪せ人の技を楽しみにしながら、壺を持ち上げた。

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