ファルム・アズラでの旅路から、より緩やかに時が過ぎている。褪せ人に呼ばれることはあっても、散歩のごときゆったりとした路であり、気を張ることも少ない。
褪せ人の、竜王との戦いは、とてつもなく長い時間を使って行われたそうだ。時の狭間は、その名の通り同じ時間を繰り返す場所。狭間の地や影の地の時間の流れ方とは全く違う。
損傷を無くした前時代の王は、ほぼ全てのデミゴッドを倒した褪せ人であっても、何百回も立ち上がることになったという。言葉では言い尽くせないほどの激戦だ。
そして褪せ人は探索中、話の最後にその戦いの証を見せてくれた。それは竜王の岩剣に似て、より巨大な剣であった。新しい王に受け継がれるにふさわしい、強力な力を秘めた代物。星の外へ出たとしても、この力は猛威を振るうだろう。
巫子の村の中は、相変わらず活気に満ちている。ファルム・アズラから戻ってすぐは、ティエリエがトリーナの傍でぐったりと倒れているのが発見されるという事件があったが、現在は鍛錬と娯楽を楽しむ者ばかりが見える。
直接は会っていないが、モーグを通してモーゴットとのコンタクトが取れており、だんだんとローデイルに至るまでの道が整備されている。エブレフェールから禁域、禁域からローデイルまでの道はマレニアたちが率いた混合勢力が担当し、黄金樹の下の影の地へ、時間はかかるが少しずつ人が出入りし始めている。
褪せ人に召喚された場所については、永遠の都や深き根の底などの地下世界や、ゲルミア火山、ローデイル、リムグレイブ、湖のリエーニエと多岐に渡る。
永遠の都群では、偽りであってもその星空の美しさに見惚れた。失われた遺産である銀の雫は、しっかりと有効活用していきたいところだ。
深き根の底には、死衾の乙女フィアの遺体と、ゴッドウィンの肉体が収められた人面の根があった。そしてゴッドウィンの内には、死竜と呼ばれたフォルサクスの亡骸も倒れ込んでいた。彼らは、死に生きる者のように骨の身になっていないので、俺が全力を出すことによって、その体に息を吹き返させた。ゴッドウィンについては、ただ粒子を放つだけでなく、魂の肉付けという繊細な行程を踏んだため、治療が終わった瞬間その場から強制的に離脱するほど消耗した。
その場に残った褪せ人曰く、死王子と呼ばれるようになった彼は、全ての種族に対して一様に寛容な偉人であったそうだ。故にフィアや死の根に連なる、死に生きる者たちを束ねようと言ったらしい。
フィアも修復ルーンを見出した者だ。褪せ人が彼らをローデイルに呼んでくれたようなので、より人の時代が近づいた。
ゲルミア火山では、狂い火の病に罹り、正気を失った兵士たちを治した。そして火山の奥に聳える火山館において、拷問されていたしろがね人を救出していった。蛇人たちは話が通じる種族であったので、一戦交えた後に話をして通してもらった。
ライカードが自身を喰わせた蛇の残骸、その横では、火山館の主タニスが蛇を食らい続けていた。彼女は明らかに正気でなく、俺たちが訪れても気づくことはなかった。そのとき、俺は彼女に粒子を使い、微睡へと誘った。目覚めたときには、狂気の内にないことを。何者かが、タニスの腹を内から蹴っていた。それが生まれ直したライカードか、それとも新しき生命か。それは、時が教えてくれるだろう。
人面の浮き出る、神喰らいの大蛇に粒子を放つと、凄まじい量の白い靄がそこから飛び出し、外を求めて飛んでいった。あの靄は、大蛇に食らわれ無念の内に取り込まれた英雄や、無辜の人々だったのだろう。粒子によって残骸は無くなり、最後には大蛇だったものらしき、小さな蛇が蜷局を巻いていた。褪せ人はその蛇を捕え、腕に巻きつける。
最後に炭化した人の塊に向かって、粒子で出来た癒しの炎を使い、生前の体に戻った騎士や英雄たちを引き連れて火山館を後にした。
ローデイルでは、その外縁にてまず、ならず者の復活を行った。糞喰いに宿痾をねじ込まれた体が正常に戻り、再び生を受けたことに驚きを覚えていた。
褪せ人はならず者の肩を抱くと、兜の底から涙を流していた。ならず者は、とりあえずゆでカニを食うかと褪せ人に差し出していた。兜を脱いだ褪せ人は、涙交じりのゆでカニを、美味い美味いと言って食していた。
ならず者の死の元凶となった、糞喰いの遺体にも対面した。彼は自身の恵まれない境遇を重ね合わせ、自身を人として生まれた忌み子とした人間だ。刑を執行されてしかるべき危険人物であるが、褪せ人は彼の修復ルーンを手にしていた。
褪せ人は言った。決して彼のルーンは使わないと思っていたが、糞喰いのような者も明るく照らせるのであればと。褪せ人の捨て置けない性格が、彼の願いを最後まで聞いたらしい。
復活させるにしても、その危険な思想を緩和していかねば、また無辜の人々が狙われる。
とりあえず俺は、モーゴットに救援を依頼し、地下に捨てられた王家の忌み子ともども、糞喰いの遺体を、影の地にある角人の集落へと運んでもらった。
最近の話によると、忌み子たちは、角人たちに可愛がられながら、基本的な教育の他に、壺作りも教え込まれているらしい。
そして皆の安全が確保されたとき、糞喰いは再び生を得られるだろう。
また念願の、アウレーザの副墓に向かうこともできた。俺が同胞だと分かると、攻撃を止めてくれる個体ばかりで、ぎゅっと抱きしめたい衝動にかられた。主もいないため皆で副墓を出て行き、彼らは久方ぶりの陽を見た。
密猟者という俺にとっては忌まわしい存在が改心したら、生き壺たちには大手を振って狭間の地を生きてほしい。そういった世界になるように尽力することを、俺は誓った。
リムグレイブでは、まずモーン砦前で殺されていたイレーナを復活させた。狂い火に関わるハイータに瓜二つの少女だが、殺されたときからその記憶は止まっていた。またいつ狙われるか、分かったものではない。城主エドガーの遺体を見つけたら復活させることを誓い、俺たちが付き添っていきネフェリ・ルーの勢力に保護してもらった。
ストームヴィル城にてゴドリックに接がれ蛹となった、ローデリカの仲間たちを治療し、彼女らもまたネフェリ・ルーの勢力に保護してもらう。接ぎ木を行わされた貴公子なども、順次元の姿に戻していった。
土地を追われ、今度はストームヴィル城さえも追われようとしているゴドリックの配下たちは、ローデイルへと案内しておく。モーゴットが遠くであるのに、君主軍を派遣してくれたようで、弟への強い信頼が伺えた。
失地騎士達や流刑兵をまとめる長として、ゴドリックも必要だ。ゴドリックは、悍ましい接ぎ木に魅入られたとしても、配下を想う気持ちはずっと変わらなかった。
復活して、元の細く弱弱しい体に戻ったゴドリックは、だがしかし腐っても黄金の君主であった。君主軍に半ば繋がれるようにしてローデイルに向かうときも、あの狂った病的な顔は欠片も見えず、ただ君主足らんとしていた。
湖のリエーニエにはしろがね村があり、第二世代のしろがね人が湖を練り歩いている。彼らのために、エブレフェールから聖樹の面々や、モーグウィン王朝の人員が遠征してきてくれ、彼らが向かいたい方へ連れて帰った。
しろがね村の老人たちは、涙を流しながら歓喜していた。終ぞ見れぬと思った聖樹に、聖樹軍そのものが迎えに来て、うす暗い村から連れだしてくれたことへ。老人たちは、もう死んでもいいとまで言っていた。
カーリアの城館、その奥にあるスリーシスターズでは、半狼のブライヴの遺体が倒れ込んでいた。彼は二本指に遣わされた影従だ。支配権限を持つ二本指を全て諦めさせるまで、彼を復活させることは出来ない。イジーも同様だ。
俺は褪せ人に、彼らと相まみえられるよう、再びこの地を訪れようと言った。
セルブスの魔術師塔近くの地下室で、傀儡となった者たちを復活させる。その中には、壺男や指巫女サロリナは勿論、百智卿ギデオン=オーフニールの友、眠りのドローレスもいた。ドローレスの記憶は昔のまま残っており、復活したばかりだというのに、セルブスに文句を言っていた。
傀儡であった者を引き連れて、魔術師塔に行き、同じく傀儡であったセルブスを復活させる。咳き込んで目覚めた彼は、褪せ人に対応したときのような傲慢さは見られず、理知的であった。ドローレスやギデオンのことも、魔女ラニの配下であったことも知らず、その名だけしか以前の彼と共通点は無かった。だいぶ長い間、このセルブスの傀儡をピディは操っていたのだなと、俺は真相を知れた。
その後、傀儡だった者たちの集団によって、ピディの遺体は回収された。ドローレスはまた円卓へ向かうことを褪せ人に話していた。彼女は、ギデオンの尻を叩くことに燃えていた。
望まれぬ境遇で苦しむ者は、エブレフェールとモーグウィン王朝、そして俺たち家族が受け入れる。各地に点在しているしろがね人や混種、忌み子、主を無くし行き場も無くした人々は、大方保護していった。放浪商人たちも狂い火の信仰を止め、ついてきてくれた。
生きる意志を持つ者たちの再誕。これは巻き戻しや停滞に見えて、それを俺は否定する。新しい始まりを、生を謳歌する者たちや、望まぬ死を遂げた者たちと一緒に迎える。そして単一でない、多様な循環が狭間の地を巡るのだから。人の時代に、遺恨は要らない。
こうして俺は、狭間の地を褪せ人と一周した。残すはレアルカリア魔術学院と、壺村である。
俺は褪せ人の呼びかけがいつ来ても良いよう、準備をしておく。長らくぶりに姉に顔を出すのもいいのではと、レラーナを誘う。
メスメルに少し睨まれるが、俺は彼だけに聞こえるよう弁明した。正気を失ったレナラを見せるのは心苦しい。だが彼女を治療した後持ち直させるには、レラーナの助けが必要だ。
俺の言葉にメスメルは一応の納得をしてくれた。そして、過度にレラーナを悲しませるなとの言葉を受け、俺は約束をした。俺は約束を必ず守る。
デミゴッドは順調に復活し、レナラも心を亡くしたままではいられない。褪せ人と魔女ラニの旅立ちを祝福してもらわなくては。
何度目か分からないほどうずいた俺の指が、またうずき始める。俺はレラーナと付き人として村へやってきたムーンリデルを連れて、レアルカリア魔術学院へと飛んだ。
知を感じさせる青みがかった巨大な建築物、魔術学院へと足を踏み入れた。褪せ人が案内するままに俺たち三人は付いていく。ムーンリデルは、レラーナ様の姉君に会えるのが待ち遠しいですと言った。兜の中でも分かるほど喜びがあふれており、レラーナは現状を遠回しに知っているため、少し気分が落ち込んでいる。
「レラーナ殿、心配ご無用だ。俺が必ず、レナラ殿を治す。その後心の支えになってくださると、ありがたい。」
褪せ人は、掴みかかろうとしてくる亡者を押し退けながら、先を示す。そこには、魔術師のローブを着た禿頭の男性の遺体が眠るように、椅子へ座り込んでいた。
褪せ人は言う。彼はトープス。短い間だったが、彼には魔術と、純粋な心の在り方とを学ばせてもらったと。
俺もよく覚えている。彼が学び舎に戻れることを喜んでいて、俺も一緒になって喜んでいたのに。結果はむごい物だった。トープスとは学院の中で再会して、また色々な話を聞きたかった。
この復活は、俺が持ち続けた祈りも共に込める。叡智の探究を、再び。
粒子はトープスの体を覆い、彼は咳き込みと共に起き上がる。
「…私はまた生きて…。ああ、お前さん。また会えたね。」
近くで待機していた褪せ人に、トープスは声をかける。褪せ人は深く頷き、また夢を追ってくれと彼に望む。
トープスは弱弱しく笑うと、頷いた。
「ああ、よい師にならなくてはな。お前さん、ありがとう。」
トープスと別れ、俺たちは建物内を進む。
輝石魔術師がそこらを歩き回っているが、ムーンリデルとレラーナの姿に驚愕を露にし跪いた。レアルカリアはカーリア王家に謀反を起こしたが、王家の威光は頭に残り続けている。現れるはずのない人物たちに畏怖した輝石魔術師は、攻撃することもできず、ただ俺たちを見送ることしか出来なかった。
道中で柄の違う生き壺たちに出会い、親交を深める。どんな器の見た目だろうと誰が作っていようと、生き壺は善良である。つるつるの生き壺たちは俺を見て、この魔術学院の探索に同行してくれた。
ラダゴンの赤狼が、強い意志を以て息を吹き返した。起き上がった赤狼は、歯茎をむき出して褪せ人を威嚇していたが、レラーナの姿を見て、くうんと狼にあるまじき鳴き声を上げて擦り寄っていた。小さかった頃の赤狼をレラーナは知っており、顎を撫でて可愛がっていた。
鉄球の転がってくる場所で潰れては困るので、つるつるの生き壺たちや赤狼とは、早いお別れをする。魔術学院と友好を結べたら、共に村で暮らしたいものだ。
鉄球を抜け、倒れ伏しているカーリア騎士、ムーングラムを復活させる。彼もまた再び会うことはないと考えていた二人との再会に、声を震わせていた。
三人が再会を喜んでいる中、褪せ人が呟く。自分の魔術の師が、戦祭りで共に戦った友と殺し合う寸前であり、どうにかそれを収めたいと。
魔術師セレンは、数多くの同胞を源流の探究のため手にかけた「魔女」だ。そういった苛烈な性質を持っているのに関わらず、身内には甘い。俺もプレイヤーとして色眼鏡で見てしまう部分がある。だからといってジェーレンを手にかけるのも違う。俺と褪せ人は唸りながら、考えを巡らせた。
「褪せ人殿…その魔術の師を、魔女ラニとの旅路に連れ出すというのは、どうだろう。源流の探究の末路は、貴殿が良く知っているはずだ。…そのまま放置するのは、犠牲者を増やすという意味でも、魔術の師においても良い結果にはならない。」
褪せ人は俺の言葉を聞き、じっと考え込むと、連れ出すことにすると決定した。源流の探究者と魔女ラニは、すこぶる相性が悪いと思うが、褪せ人は何とか丸く収めるつもりのようだ。
厄介な人物すぎるため、セレンの扱いは難しい。俺は可能な限り、褪せ人に協力する姿勢を貫くことにした。
ムーンリデルとムーングラムは、カーリア騎士同士話すことがあるようで、昇降機下で待つようだ。レラーナもムーンリデルに対してここで待つように言ったようで、俺たち三人は手を振って見送られる。
昇降機を下りると、扉の前に髭面の仮面を被った戦士が寄りかかっていた。城主ジェーレン、またの名を魔女狩りジェーレンだ。
ジェーレンは俺たちに気が付くと、髭を触って話しかけてくる。
「おぬし、祭の勇者よ…再び会ったな。そこの生き壺は…あの戦士とは違うようじゃな。」
「戦祭りの開催者…ジェーレン殿。赤獅子のフレイヤ殿から話は聞いている。俺は、戦士の壺だ。よろしく。」
「フレイヤか…。あの猪突猛進な小娘、面倒をかけなかったか?」
「いいや、フレイヤ殿は気持ちの良いくらい、さっぱりした女傑だ。面倒などなかった。」
そうかとジェーレンはしわがれた声で笑う。レラーナに対してジェーレンは触れない。先ほどレラーナを凝視した後目を擦っていたが、やはりもう年かと呟いていた。雑談をそこそこに、本題へと触れる。
褪せ人は、ジェーレンに話した。自分たちはデミゴッドたちを、五体満足の状態で蘇らせている。魔女ラニの王となる前の最後の旅にて、この地をより良い状態にしておくために。
ジェーレンは、殺気を込めて俺たちに返す。
「ラダーン将軍や、他のデミゴッドたちを再び…。おぬしら、彼らの死を愚弄するつもりか。」
「ジェーレン殿、騙されたと思って、一旦見に行ってみてくれ。ケイリッドの、豊穣に満ちた光景を。ラダーン将軍は、無理やりに蘇ったのではない。強き意志が、生きたいと思う心が、残っていたからこそ復活できたのだ。」
「…それで。儂をここから、どかそうというつもりか。」
ジェーレンは鋭く指摘する。確かに殺し合いを避けるために、この場から遠ざけようとする気持ちを見抜かれている。
すると褪せ人が割り込み、本音を思い切りさらけ出し始めた。確かにそうだ。戦友であるジェーレンと師であるセレン。どちらにも死んでほしくない。
ジェーレンは褪せ人の担ぐ、暗月の大剣を眺めて言う。
「ほう…やはりそうか。だがおぬしは魔女ラニの伴侶となる、その証を確かに持っているようだ。何故、魔女に組する。」
褪せ人は続ける。危険ならば、この地から連れていけばいい。自分にはセレンを抑え込める力がある。
ジェーレンはじっと褪せ人を見て、深い息をつくと共に肩を落とした。
「祭の勇者よ。その大馬鹿具合、もしやフレイヤの小娘に影響されたのではないだろうな。」
ジェーレンに褪せ人は自信をもって言う。自分は元来、こういう気性だと。
ジェーレンは再び深く息をつき、剣を担ぐ。
「おぬしの真っすぐさと力。かつての赤獅子にいれば、頭一つ抜きんでたに違いない。…儂はもう行く。おぬしたちが、魔女の処遇を決めるがいい。」
「ジェーレン殿、ケイリッドは本当に豊かになった。旅の寄り道でいい、確かめてくれ。」
「…ああ、そうしよう。」
ジェーレンは根負けしたようで、昇降機を下りてどこかへと去っていく。若者の元気にはかなわんと呟きながら。
これでセレンへの対応だけだ。俺たちは書庫の扉をくぐった。
大書庫の、無造作に散らばった本の山の奥には、女性の顔を象った輝石頭の魔術師が立っている。
魔術師セレン。魔女の名を冠した、狂気の輝石魔術師が俺たちを見る。
「おお、我が弟子…それに、何者だ…?」
レラーナが、すっと二つの剣を抜く。先ほどの話を聞いて、カーリアに仇なす危険な人物だと分かったからだろう。レラーナは言う。私の姉をどこへやったと。
その剣を抜いたシルエットに、何かセレンは気づいたらしく思索を始めた。
「見覚えがあるぞ…。もしや、いやまさか…カーリアの王女なのか。」
褪せ人は、セレンにそうだと返す。すると、セレンは杖を取り出して俺とレラーナに向けた。
「学院は源流を極めるのだ…。今更、古い時代の王女が来ても、遅い…!」
レラーナは剣を振りかぶる。俺が止めようとすると、心配するなと小声で返される。
セレンが輝石魔術を放とうとする。だがその前に、レラーナの神業によって、杖の先端が切断され触媒としての意味を失った。予備の杖を出そうとしても同じだ。レラーナの剣は、セレンの攻撃を完封した。
「く…私を殺すのか。私を殺しても、それは一時のこと。さしたる意味はないぞ…!」
褪せ人が両者を止める。そしてセレンに言った。学院よりも、もっと魔術を探究できる術がある。
セレンはその甘言に声を低め、疑問を返す。
褪せ人は説明する。自分は魔女ラニの王になる。その旅路は星を巡る、壮大なものだ。学院にこもるよりも、より多くの真実を見つけることができる。源流以外にも魔術の原点を作り出せるかもしれないと。
セレンは、知的好奇心をそそられたようだったが、その思考を止める。
「…ふむ、一理あるが…魔女ラニ。カーリアの王女ではないか…。ジェーレンと同じように、私を砕くだろう。」
褪せ人は、魔女ラニに説得が通じると言った。そもそも生まれから逃れたいという思いを持っていたから、カーリア王家だろうが輝石魔術師だろうが、ラニにとっては些事だと、屁理屈をこねて。
セレンは褪せ人の言葉がツボに入ったようで、小さな笑いが腹を抱えるまでになる。こんなに笑っているのは初めて見た。
「ハハハハッ!お前、それはデミゴッドを甘く見過ぎだぞ!」
セレンは息を整えると、未だ剣をしまわないレラーナを見て、褪せ人に言う。
「この、カーリアの女王の妹が来た時点で、私は自由に動くことは出来ない。我が弟子よ、お前の口の上手さにかかっている。頼んだぞ。」
褪せ人は大きく頷くと、セレンの手を取った。彼らが話し込んでいる間に、俺とレラーナはレナラを探す。
本棚の後ろに追いやられたレナラは、焦点の合わない目で大きな琥珀を撫でている。レラーナはその姿にショックを受けたようだったが、俺に早く治療をしてくれとお願いしてきた。
レナラに触れ、俺は粒子を放つ。
「貴方も、産まれ直したいのかしら…あ、ああああっ」
悲鳴を上げて、レナラは目を見開く。正気に戻り、ラダゴンを失った悲しみがまた鮮明に浮かび上がったのだ。レラーナは兜を取ってその美しい黒髪をたなびかせ、レナラの手を取る。
レナラ姉様、私は戻ってきたわ。私を見て。
レラーナは自身の兜に括り付けた黒髪を見せながら語りかけた。威厳を帯びた話し方ではなく、ただ等身大の姉妹としてレナラに呼びかける。レナラはレラーナの顔を見て、限界まで目を開いた。
「レラーナ…?レラーナ、どうして…。私、あの人に…。」
レラーナはレナラを強く抱擁する。実体に近い霊体のため、その力強さは確かにレナラへと届いた。
姉妹二人は涙を流す。レナラは心に巣食った激情を吐露し、レラーナはそれに頷く。琥珀のタマゴとレラーナの兜は、地に置かれていた。
生まれ直しはもういらない。レナラは心を取り戻したのだから。
琥珀のタマゴに俺は粒子を使う。産まれなかったデミゴッドとは何か。その正体は今から分かる。
粒子を使い続けてしばらくすると、次第に琥珀へヒビが入り、なんと肌が金色に近い赤子が生まれ出た。
赤子は泣きわめく。ずっと生まれられなかった分、産声は大きかった。
俺以外の、この場にいる四人が反応し、琥珀の赤子を見に来る。
「レラーナ、ようやく、ようやく生まれたわ!あの人との四人目の子が…!」
「な、なんだというのだ…。カーリアの女王が生き生きと…あの琥珀まで…。」
レナラとレラーナは二人して喜び、セレンは本棚に足をぶつけるほど狼狽している。
褪せ人はセレンに言った。あれが、人の時代を作る力だと。セレンは頭を振ると、褪せ人の鎧を引っ張った。
「あの訳の分からない壺…探求のしがいがある。我が弟子。今度やつと話して、中身を覗かせてくれないか。」
俺以外の四人は、二人ずつに分かれて楽しそうに会話している。あまりに盛り上がっているものだから、それはないよなと赤子に向かって話しかけ、彼もしくは彼女をあやした。
セレンと褪せ人は共にあり、レナラはレラーナに手を振ってしばしの別れを告げた。地が繋がれば、また気軽に会える。すっかり元気を取り戻したレナラと、褪せ人に押さえられているセレンを見ながら、俺とレラーナは昇降機を下りた。そして話し込んでいるムーンリデルをつかまえ、ここでの活動を終えた。