復興が進み、物資も人の出入りも少しずつ増えてきた頃。影の地のヴェールがこじ開けられ、一つの大穴となった。
褪せ人の最後の探索が終わった今、俺は遠征に来てくれる貴腐騎士やモーグウィン王朝を通して、デミゴッドたちに巫子の村への招待状を出した。全て終わったとき、神を人として連れ帰るためだ。
そして褪せ人には、コリンとフィアをつかまえてもらい、改めてローデイルに集まることを伝えてもらった。新たな時代の始まりに合わせ、その時代を作る者たちが、聖堂に集結する。
岩の指がうずく。俺は、ユビムシたちに構う小さな指の母を拾い、蓋に乗ってもらう。大いなる意志、もしくは狂い火の傀儡である、指たちに挨拶しよう。
大いなる意志や狂い火といった、外なる神に導かれずとも、人は地に足付けて生きていくと。
指の母から、ようやく会えるという感情の念を受け取りながら、俺は意識を暗転させた。
訪れた場所は、円卓であった。褪せ人ではないのに、ここへ来れるというのも不思議な気分だ。召喚者の褪せ人は椅子から立ち上がり、扉の奥を指さす。
俺と褪せ人は、巨大かつ不気味な二本指に対面する。二本指はぴんとその指先を伸ばし、動きを止めていた。
左側に座っている、指読みの老女エンヤが、俺を見て身じろぎする。
「…あんた、還樹の壺じゃないか。どうやってここへ、入ってこれたんだい。」
「指読みのお方。俺は、戦士の壺。鉤指の力を応用させてもらった。」
「私は指読みのエンヤだよ。世界が壊れると、こんなこともあるんだね…。」
褪せ人はエンヤに、黄金樹を燃やさなくても通れそうだと話した。そして金色の種火を取り出し、これで拒絶の棘を焼くと続け、エンヤに見せる。
「あんた、これは確かに種火さね…。幻視に似た不思議な火だよ…。うん、他にもあるのかい?」
褪せ人は二本指を示し、次に俺の蓋に乗った指の母を示す。大いなる意志はこの地を完全に去った。この指の母が、二本指に事の顛末を伝える。
「…そうかい。この婆には、追いつけないことだらけさ。あんた、やっておしまいよ。この世界を直すために、なんでもおやり。」
エンヤは、指の母を理解していないようだが、すんなり頷いた。王座につくための力とその器を、褪せ人は十二分に持っている。だから託しているのだ。この世界がどうなるか、行く末を。
俺は指の母に、もういいと話しかけた。すると、小さな指の母は、俺たちには聞き取れない音波を二本指に向かって発した。意味は理解できる。再会したことへの温かい感情と、父がこの地に戻ることはないことを伝えたのだ。二本指が蠢き始めた。
二本指はその意思を伝える。親へ会えたことの溢れ出る喜びと、父が皆を見捨てたことへの悲しみ、落胆、納得、複雑極まりない感情を。エンヤは指読みを行い、二本指の真意を理解する。
「指様が…。あんたが言ったこと…本当だったみたいだね。大いなる意志が、我らを見捨てた…。」
「エンヤ殿、それは少し違う。」
「…聞かせておくれ。」
それには経緯から話さなくてはならない。俺の出自に、大いなる意志が関わっていること。指の母を治療した際、大いなる意志は俺に力を託していったこと。
好きなようにやれ。身勝手だが、必要な物は置いて去った。この力を使えば、壊れた世界を再び祝福できる。
俺は証拠として、金色の柱を展開した。かつてこの地に落とされた流星、その運搬にもこの柱は使われた。展開の方法を知るのは、大いなる意志のみだ。この黄金にエンヤは納得した。二本指も、人の言語が分かるらしく、規則的に蠢いている。
「この力…確かに、大いなる意志の力さね。」
「理解してもらえたようだな。二本指よ、大いなる意志の時代は終わりだ。ここからは人の時代。お前たちがかけた、大いなる意志に逆らう者への制限を解け。これは俺、大いなる意志の一部が命令することだ。」
指の母も、俺へ同意する念を放つ。二本指は蠢き、指を垂らす。俺の言葉に従うようだ。親の思いも汲んだ結果だろう。垂らされたそれは、傅くようであった。
二本指は、近くにいる指の母に対して蠢き続けている。円卓を離れるまで、指の母はここで話しているつもりのようだ。指たちから目を離したエンヤは、褪せ人と俺に言う。
「あんたたち、善き王におなり。大いなる意志の導きのない…真っさらな道を、ちゃんと進むんだよ。」
褪せ人は、もちろんだと小刻みに頷く。そして、褪せ人はエンヤのしわしわの手を握った後、扉をくぐった。俺も、エンヤに対して壺を下げ、その場を後にした。
円卓には死を狩る者D、双子の兄ダリアンの遺体が残っていた。フィアが殺した、黄金律原理主義者だ。褪せ人は双児の鎧を戻し、ダリアンの復活を願う。
Dは特殊な存在であった。二つの身体、二つの意志、そしてひとつの魂。彼が死んだ以上、弟の方に魂があるはずだ。俺は褪せ人に、双子の老婆から鈴玉を取ってきてもらい、それを遺体に置いてから、粒子を使い始めた。鈴玉は魂の大きな欠片だ。生前持っていた道具などが強く刻まれたものであり、それには薄くとも霊と意志がつく。後は魂に俺のエネルギーを肉付けすればいいだけだ。
粒子を使っていると、ダリアンは歯を食いしばりながら目覚める。
「う…貴公、それに壺…?俺は一体。」
褪せ人はダリアンに対し、諸々を説明する。復活した経緯についてや、死に生きる者について。黄金樹の綻びで生まれた者ではなく、確かな生として変わる構想を。
「円卓の縛りは、壺には適用されないか。…恐ろしい、祝福だ。この、生まれながらに呪われた身が、まさか二つに分かたれようとは。」
ダリアンは、自分たち双子の性質が、黄金律以外の力で解決されるとは思っていなかったらしく、驚きを露にしていた。彼の手にはいつの間にか、片側が欠けた黄金の剣が握られていた。分かたれぬ双児の剣、本来なら黄金と白銀が絡まり合い結びついた剣の残骸だ。
そして、俺たちの構想を排除しようとせず、受け入れた。
「夢物語ではないことは、貴公の奇跡で伝わった。貴公の力は穢れではない、黄金の力だった。貴公ら、行け。俺はもう一人の方へ向かう。」
欠けた黄金の剣を納め、ダリアンはその場を去った。決して言葉を交わすことはできない双子が、対面する。不可能が可能になる。これも大いなる意志の力が無ければ、できなかったことだ。
ローデリカと鍛冶師ヒューグへ、褪せ人は話をしに行く。ローデリカは、仲間たちが蘇ったことに対して冗談を言われていると思っていたが、ストームヴィルにいる一人から受け取っていた手紙を読むと、ぽろぽろと涙を流し始めた。黄金樹を燃やさなくても良くなった旨も褪せ人が伝えると、ヒューグの身に対して安堵していた。
「大きな壺さん、ありがとうございました。またいつか、あの方たちに会いたい。しかし今は、調霊のお仕事を行い続けようと思います。私に生きる意味を与えてくれた、ヒューグ様のお隣で。」
「ローデリカ殿、良き選択だと思う。会いたくなったら手配しよう。」
鍛冶師ヒューグは、神殺しの武器を打つことに専念している。女王マリカとの誓約を例え解いても、彼は鍛冶師として武器を鍛え続けるだろう。
褪せ人ではないのに入ってきた俺に対し、困惑はあったようだが、すぐさま職人の顔に切り替わる。そして、俺の手と背後を示す。
「壺か…。お前の腕と…その剣を見せてみろ。打ってやろう。」
「確かに、俺の得物は拳だが…。褪せ人殿…?」
褪せ人は、大きさの違う鍛石をヒューグに渡し、終わったら来てくれと言って卓に戻っていった。
ヒューグの目がきらりと光る。彼の顔を見て、俺はもう逃れられないことを理解した。
俺は精神的によれよれになって、褪せ人に合流した。腕や針だけでなく、壺までも鍛えられたからだ。ヒューグの、よく鍛えられているなという言葉は嬉しかったが、それはそれだ。
収穫は十分なほどにあった。ミケラの巨大針は固く分厚くなり、もはや折れることはないだろう。死のルーンの力や、外なる神を封じ込める力、昏睡の力が更に強くなった。これであれば、必ずや神を殺せる。
俺の体と腕も格段に動きが良くなり、なんと強度も更に上がったのだ。これ以上固くなれるとは思っていなかった。
身をもって知った。ヒューグの鍛冶の腕は至高だ。
残すはギデオンと、その従者だ。従者である王骸のエンシャは、既に褪せ人が倒している。しかしその遺体は、隅に片付けられていたため、復活させることができた。何も話さず、また壁に寄りかかる彼は、本当に中身が入っているのか疑問なほど、不思議な人物だった。
ギデオンの書斎は、とても騒がしかった。覗いてみれば、ギデオンの横にドローレスがおり、文字通り尻を叩いていた。
ドローレスは、見ない内にまた自分の中に籠ってと、語気を荒げていた。ギデオンは、ただそれを受け入れていた。懐かしさを感じているのだろうか。
二人は、俺たちに気づいた。褪せ人の後ろで腕を組んでいる俺の姿に、ギデオンは動揺が見られた。
「耳に入ってきた声は、君か。まさか褪せ人以外が、ここへやってこれるとは。」
「俺は戦士の壺。入れたのは、鉤指の応用だ。抜け道は色々あるのだ。」
「面白い。それで…聞いていたぞ。二本指ではなく、その大元が壊れていたとはな。」
褪せ人は、これまでのことをギデオンに話す。デミゴッドの復活に、神人眠りの繭の中身。琥珀のタマゴが赤子になったことや、そもそもミケラが影の地で暗躍していたことなど。ギデオンは頭を触り、最後には抱えてしまった。
静かに机に突っ伏すギデオンに、褪せ人は勝ち誇ったような視線を向ける。
「識らないことばかりだ…。それに、君。君の中身は一体、どうなっている…。識っておきたい、その中身を見せてくれないか。」
ギデオンは俺に手を伸ばしてくる。ドローレスが彼を止めようとするが、褪せ人が制止した。そして、コリンの時のように教えてあげてくれと言った。
信仰へこだわりを持っていたコリンならまだしも、百智卿ならば大丈夫だろう。俺はローデイルでの戦いが起こらないならばと、ギデオンの頭に情報を流した。本質的な情報であるため、単純量でコリンに渡した物の五倍だ。
すると、ギデオンは天を仰ぎ、動かなくなった。まずい状況かもしれない。
ドローレスがいち早く心肺の確認をする。生きてはいるようだ。俺はほっとした。
ドローレスに、金色の壺を多めに渡し、ギデオンに使ってもらうことにした。俺が渡した情報は、ギデオン自身やこれからの時代に役立つだろう。意識を取り戻したとき、有効活用してくれることを俺は望んだ。
指の母を連れ戻した後、褪せ人に次の場所を伝えられる。忌み捨ての地下、その更に奥深くでまた召喚すると。
俺は背面の針を握り、気合いを入れた。多くの人から受け取った、この力。完璧に使いこなして、狂い火を討つ。俺は拳を褪せ人と合わせ、円卓から去った。