それぞれの路
褪せ人と戦って敗れた者や、戦禍の内に亡くなった者の魂が還っていく。生きることに絶望さえしていなければ、彼らは再び生き返る。今度は望む路を行けるように。俺が金色の律に加えた、一度きりの機能だ。
マリカとラダゴンを担ぎ、ゴッドフレイやモーゴット、セローシュと一緒に巫子の村へと向かった。巫子の村は、マリカの生まれ故郷だ。母の生まれた場所さえ知らなかったモーゴットは、心なしか嬉しそうにしていた。
巫子の村は、今までの訪問者数をはるかに超えており、すさまじい賑わい具合だった。
デミゴッドたちは、ほぼ皆が集まっている。
ライカードについては、大蛇に自身を喰わせたことで復活は遂げられなかった。タニスが代わりに来ている。彼女の腹には、ライカードの魂が眠っている。何れそれはタマゴとして再誕するだろう。
また、レナラもレアルカリア魔術学院を抜け出して村に来ており、食事をレラーナ、メスメルと一緒に取っている。彼女は俺たちが担いできた二人を見て、料理を取り落としていた。
ゴッドフレイはマリカを、俺はラダゴンを花畑に寝かせる。レナラが取り乱したように、ラダゴンの近くへ向かった。遠巻きに彼らの子らも、マリカとラダゴンを見ている。
起きるまで、しばらく待つことにしよう。俺は、ゴッドフレイがモーゴットを連れてモーグとゴッドウィンの方へ肩を組みに行ったのを見て、この喧騒を楽しんだ。
マリカとラダゴンは、ほぼ同時に目覚めた。マリカは、見覚えのある場所に寝かせられていることに驚き、人で賑わっていることに驚き、更に死んだはずのゴッドウィンが子どもたちと話していることに驚き、見るものすべてに反応していた。
ラダゴンも似たような状況だ。ただ何も情報が整理できていないままに、レナラとレラーナに魔力を放出されながら詰められているのは、とても憐憫の情が湧いた。
二人は目を白黒させた後、肉体が二つに分かたれていることに一際驚き、疲れ果てたように脱力した。
そのコミカルな姿に、あちこちで目にし聞いた二人の印象とはだいぶ違うなと思った。百聞は一見にしかず。伝聞だけでは人格は図れないことを認識させられた。
メスメルは、じっとマリカのことを見つめていた。母の真意を知りたい。彼の埋め込まれた瞳は、そう訴えかけてくる。マリカは一つ一つ丁寧に状況を理解していくつもりになったようで、メスメルに対して、よく村を守り抜いてくれたと言葉をかけた。
メスメルにとって、そのねぎらいは救いだった。彼は、歯を食いしばると下を向く。ただ零れそうな涙を堪えたいがために。
俺は、村に集まった皆に簡潔に伝えた。褪せ人が王に、魔女ラニがその伴侶となり、新たな時代が始まったことを。俺は影の地のヴェールの上を示す。ヴェールの裂け目から見える、黄金の月は俺たちを柔らかく照らしていた。
ラダゴンとはマリカである。これは金仮面卿やコリン、議論の最中に知ったギデオンとユミル卿、そして俺と褪せ人のみが知っていることだった。俺が村の皆に伝えると、ざわつく声が聴覚が痛くなるほど騒がしくなる。
その事実に対し、マリカとラダゴンは否定しなかった。デミゴッドたちやゴッドフレイが驚愕で十人十色の反応を見せている中、メスメルだけは納得していた。マリカの分け身であった彼は、母の中に人格が現れてもおかしくないと思っていたようだ。それとこれとは別で、レナラを捨て置いたラダゴンには尚更怒りを覚えていた。
マリカとラダゴンは肩を縮めている。こんなところはそっくりである。
俺は彼ら二人に、エルデンリング破壊の意図について問いただした。マリカは子供たちにじっと見つめられながら、ぽつりぽつりと話す。
指の母の交信が途絶えたことが直接の原因なのは、俺の推測通りだった。
問題はマリカとラダゴンが別人格であったことだ。マリカは大いなる意志に従う巫子であり、ラダゴンは大いなる意志よりもそれが齎した仕組み、黄金律により興味を持っていたのだ。
全ては食い違いから始まっていた。マリカは半身を信用しておらず、ラダゴンは彼女がエルデンリングを砕いたわけについて知らなかった。
どちらも狭間の地を良くしようとしていた。しかしアプローチの仕方が違い、意思疎通も取れていなかったのがまずかったのだ。
マリカはエルデンリングを砕き、デミゴッドたちには黄金樹に頼らない新しい王になってほしいと思いがあったそうだ。それは狂ったと考えられもする。
指の母が原因ではあるが、彼女を責めるのもおかしい。大いなる意志が、しっかりと指の母の損傷に気が付いていさえすれば。
話し合ったところで、責任の擦り付けはやめることにしようと、俺は提案した。今、俺たちが新しい仕組みを作り上げた。人の叡智と、大いなる意志の知見を合わせた、黄金樹より綻びのない仕組みだ。
ここからは遺恨なしだ。再スタートを切ろう。
彼らは、同意を返した。デミゴッドたちにもマリカたちにも、複雑な感情はあるだろう。だがそれを解決するには、あまりに時が経ちすぎた。
感情を吞み込み、彼らは笑い合い話し始めた。失った時を取り戻すために。
―――――――――
それぞれの路、狭間の地の重要人物であった人々はどうしているか。
まずゴッドフレイは、再び狭間の外へ向かった。今度はマリカを連れて、広い世界を旅するという。マリカはようやく縛られぬ生き方ができると、顔をほころばせていた。巫子の村の家族たちにしばらくの別れを告げ、二人は海の先へ旅立つ。ゴッドフレイは俺やデミゴッドたちに、戻ってきたときには戦いたいと望んだ。彼の期待に応えるためにも、鍛錬は欠かせない。
マリカとゴッドフレイは言った。子らはもう、良く育った。皆もまた、王の器にふさわしいと。
ラダゴンは反対に狭間の地に残ることになった。レナラの元へ向かい、学院で魔術の探究に勤しんでいる。レナラは、レラーナとメスメルに頻繁に会っているらしく、研究は順調に進んでいるという。
デミゴッドたちは、それぞれの地を治める。ミケラはエブレフェールへ行き、トリーナは影の地の大穴や死に生きる者を統べることとなった。ゴッドウィンは、深き根の底を中心として狭間の地の死に生きる者を統べる。
新しい時代が始まって、メスメルはある人物に会うことができた。褪せ人が残した影の地の遺灰、黒騎士の副長、ヒューが肉体を取り戻したのだ。父アンドレアスについては褪せ人が連れて行ったため、彼との和解は出来なかった。しかし彼らは種の垣根を越えて、再び友になれた。それだけで、メスメルは晴れやかな表情で影の地の統治を行っている。
王について、リムグレイブはネフェリ・ルーが、ケイリッドはラダーン将軍が、ローデイルはモーゴットが仕切る。種族関係なく受け入れる派閥として、モーグウィン王朝、エブレフェール、そして拡大した巫子の村、角人の集落がある。
狭間の地の外からやってきた者も、まずはこれら派閥が応対するようになった。
このように、力ある者は所縁の地にて統治することとなった。褪せ人や祝福をまだ持たない者は、円卓にいるギデオンや金仮面卿、コリンなどが、律の仕組みを理解できるよう指導している。
また、生き壺の顛末について。鉄拳アレキサンダーや小壺、生き壺の多くは旅に出た。まだ見ぬ好敵手、試練を求めるが故に。
指たちは、前の時代のものとなり、指の母やユビムシとひっそり暮らす。
場所ごとの派閥が、各々必要だと考える部分の管理を行い、それが秩序立った組織として出来上がっていった。
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時は緩やかに、しかし流れるように過ぎていく。俺は鍛錬を重ね、毎日を刺激的に生きている。
今日は特別な日だ。
狭間の地では、百年に一度戦祭りが開かれる。ただ己の鍛え上げた力を示すための、純粋なる力試しだ。
霧の向こうにもこれは伝えられ、今も尚存在は知れ渡っている。蛮地の王となったホーラ・ルーや、狭間の外に闘いを求めた戦士たち、それに律の学者たちが広めてくれたおかげだ。この祭りのためだけに一生涯をかけて技を磨く者もいるほどで、回を重ねる度に盛り上がりを見せてくれる。
久しぶりの祭りに、俺は壺を震わせる。今回はどんな強者と闘えるのだろう。
デミゴッドたちや、過去に名を残した武人たち。それか、まだ見ぬ新しき強者。どのような出自であっても、楽しめることは間違いない。
俺は戦士の壺。かつてそうありたいと願い、今はただ闘志を燃やし続ける一つの壺だ。俺は、大海の上に建てられた巨大なコロセウム、その扉に手を伸ばし、一歩踏み出した。
これで番外編を含め、「戦士の壺(パチモン)」は完結です。
全ての更新を終えられたのは、皆様方の感想と評価のおかげです。
また別の作品で、皆様方とお会いできたらと思っております。最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。