戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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二つの星

 建物の中は、外よりも暗く感じた。俺は、声の主に見えているか分からないが一度壺を傾けてから、ゆっくりと歩いていく。

 建物の装飾から、ここは教会だと理解できる。木製の長椅子が均等に並んでいたようだが、潰れたものもある。手入れがされていないようには見えないのだが、修繕まで手が回っていないのだろうか。

 

 開かれた扉の奥に、一人の男が座っている。いたるところに置かれた、青白い小さな蝋燭が、空を彩る星のようで何とも神秘的だ。

 俺は鉄の扉をぐいと押し、男の近くまで行くと、また男の方から言葉が発せられた。

 

 

「訪問者の方々…私はユミル。このマヌス・メテルを管理する司祭です。話に聞く…生き壺の方、ご婦人、あなた方を歓迎いたしますよ。」

「ユミル殿、感謝を。俺は戦士の壺、こちらは…」

「壺巫女と名乗らせていただいています。ユミル様、お見知りおきを。」

「俺たちは、目的があって旅を始めたところだ。その途中で炎の巨人に襲われてしまってな…慌てて逃げ込んだのがここであったのだ。突然、この教会に入ってきてしまって驚かれたと思う。…してユミル殿、不躾なお願いになるのだが…俺たちを少しの間、ここに滞在させていただけないだろうか。」

 

 

 互いに自己紹介をすませ、俺はここでの一晩の休息を願い出た。夜は危険だ。獣が活発に狩りをする時間に、視認性の悪い外を歩くには、まだまだ経験がいる。

 

 

「戦士の壺さん、そんなに畏まられないでください。ここは教会、あなた方が再び旅立つまでご自由に過ごしていただいて、問題ありませんよ。」

「ありがたい…!」

「いえいえ、本当に大変な道のりでしたね。さて、そちらの壺巫女さん。貴女のお召し物、必要でしょう?しまって久しく取り出しておりませんが、肌が隠れるものはご用意できますよ。」

「ありがたくお借りいたします、ユミル様。」

「返却は結構ですよ。私はただ、助けになりたいのです…あなた方のような強い目的を持った方々のね…。」

 

 

 しばらくくつろいでいて下さいと、ユミル卿は俺たちに柔らかく言葉をかけ、教会の奥に向かっていった。お言葉に甘えて、俺は足をしまい、教会の壁に接する形で体を落ち着ける。壺巫女も同じように、俺の隣に腰かけた。

 

 

「なんとも博愛精神にあふれた御仁だな。休息の場として使わせてくれるだけでなく、壺巫女殿の衣類まで考えてくれるとは。やはり、夜は冷えるから壺巫女殿のことが心配だったのだ。」

「戦士の壺様、お気遣いの方ありがとうございます…。ええ、そうでございますね。」

 

 

 壺巫女の同意があまりに淡白であったため、やはり一日の疲れが積み重なっているのかと思った。壺巫女は、こちらをじっと見ると、すっと顔を俺の横に寄せて小声で囁いてきた。

 

 

「戦士の壺様、十分に休息されましたら、少し教会の外でお話ししたいことがございます。」

 

 

 壺巫女はそれだけ俺に話すと俺に寄りかかり、ユミル卿が戻ってくるまでの間、無言を貫いた。

 確かに彼女からは疲れも感じたが、囁かれたその文言には何か、含むものがあった。

 

 

 

 しばらくして質素な白い布のローブを、ユミル卿から手渡され、俺たちは礼を言った。これだけしてもらったならば、恩を返したい。俺は、両手を膝の上に置いて柔らかく微笑むユミル卿に尋ねた。

 

 

「ユミル殿、何か困っていることはないか?もしくは欲しいものなど。今特に返せる物がなくてな、夜が明けたら調達してこよう。」

「壺の戦士さんは、義理堅いお方なのですね。困っていることも欲しいものもございませんよ。ただ…協力してほしいことがあるのです。」

 

 

 そうユミル卿は話すと、一枚の古びた紙と、穴がいたるところに入った紐付きの石を俺に渡した。紙の端はボロボロで、簡素な図が書かれている。

 ユミル卿は、その地図を指さし続けた。

 

 

「あなた方には、この神秘の遺跡の元へ寄っていただきたいのです。私に利があるだけではありません…必ずあなた方の助けになりますから。どうでしょうか。」

 

 

 同じように渡された石の説明がなされる。これを持つことで、遺跡にある吊り鐘を吹けるようになるとのこと。鐘を鳴らしてほしいというのが、彼の望みのようだ。

 

 

「承知した、ユミル殿。見つけ次第、鐘を鳴らしてこよう。」

「ありがとうございます。知りたいことがあれば、何でもお聞きください。良い夜を。」

 

 

 俺は深く頷くと、壺巫女の座っている場所へ戻っていく。

 そして夜の帳が完全に降りた頃、ごそりと音を立てて、ユミル卿から借りた毛布から抜け出た壺巫女が、ひっそりと外へ出る。しばらくして俺も彼女の後をついていった。

 

 

「戦士の壺様、あの司祭様にお気を付けください。…この大教会にも。長居すれば、ここに潜むものが牙を剥く…そう感じております。」

 

 

 教会より少し離れた、獣がいない場所まで歩いた壺巫女はこちらを向き直り声を潜めて、俺に警告する。

 

 

「なるほど、壺巫女殿は彼を警戒していたのか。たとえ腹に一物を抱えていたとしても、それは別だ。受けた恩は返さねば。心配しないでくれ。元々、一晩の休息のつもりでもある。」

 

 

 そう返すと、壺巫女は、ふふと小さく笑い、肩の力を抜いた。

 

 

「戦士の壺様、貴方であればそう言われると思っておりました。」

「壺巫女殿も気を付けてくれ。貴女の言う凶刃に倒れないように。」

 

 

 話したいことはそれだけだったようで、二人連れ立って教会の中へと戻った。

 壺巫女が俺に寄りかかりながら、小さな寝息を立て始めると、俺も休息を取ろうと考え始めた。しかし、眠ることができない。ずっと肉体的な疲労を感じないのだ。壺人とは眠らないものなのだろうか。睡眠属性は効いた覚えがあるので、壺人がどう眠るのかが想像できないのも理由の一つだろうか。

 時間が流れ、教会の装飾を視界に映して暇を潰していると、ユミル卿が教会の横から外へ出て行くのが見えた。壺巫女は警戒をしていたが、ここには三人しかいないはずだ。教会内も彼女の言う「潜む者」の気配がしないため、危険は感じない。

 ならユミル卿の様子を見るのもいいだろう。俺は起き上がると彼の背中を追った。

 

 

「ああ、ごめんねユーリ。私がしっかりと産んであげられなくて…。待っていて、今度はもっと丈夫にあなたを産んであげるわ…。」

 

 

 外に出ると、そこは幾十もの墓石が無秩序に置かれた庭であった。

 ユミル卿の声が聞こえてくる。その独り言は女性的な柔らかさを持っており、俺たちが話した時とはまた調子が違う。死者を弔う姿、見てはいけないものを見てしまった俺は、踵を返そうとして、だがユミル卿に話しかけることにした。その言葉に、あまりにも悲しみの感情が混じっていたからだ。

 

 

「…ユミル殿。」

「…戦士の壺さんですか。」

 

 

 振り返るユミル卿の腕に抱えられたものに視野が吸い込まれた。指がたくさんついた大きな手。これはユビムシじゃないか?

 

 

「俺は生き壺だ。だから、死者を弔うことも壺人としてやることだと思っている。…ユミル殿、抱えているのは、今呟いていたユーリという名なのか?」 

「…ユーリは、ここに。私のたった一人の、可愛い子でした。」

 

 

 ユミル卿は重い口を開いた。手で示すのは、一際小さい墓石だった。

 俺は言葉を選びながら言った。ユビムシに対して「それ」などと呼称したら、彼は激怒するだろう。可愛がっている生き物に対して、失礼な物言いはしない。

 

 

「ああ、悲しいことだ…。ではその、子は?」

「この子も、ユーリ。亡くなってしまいましたが、また産んであげるのです。」

「…なるほど、そうか…。」

 

 

 俺は混乱した。産む?ユミル卿がユビムシを?

 ユミル卿は地面を手で掘り、ユビムシに土をかぶせ始めた。

 

 

「あなたは、あの村か牢獄から来たのでしょう?戦士の壺さんが話してくださったことが嘘でなければ…。紋様が影の地の儀式壺であることは、気づいています。」

「ああ、その通りだ。壺巫女殿とともに牢獄を出て、今ユミル殿のご厚意に甘えている。」

 

 

 すると、ユミル卿の温和そうな顔立ちがぴしりと固まる。

 

 

「あの女性も?…まさか、ボニの牢獄にはもうまともな人間は…。」

「色々と知っておられるようだ。詳しく聞いてもいいか。夜は長い、俺も無い腹を割ろう。」

「ええ…。私も、あなたからお聞きしたいことができました。」

 

 

 

――――――――

 

 ユミル卿と、戦士の壺を名乗る者が、墓地にて話している最中。

 巫子、壺巫女と名乗る女性は、この大教会に入る前のことを思い出していた。

 自らの身に植え継がれた罪人の肉片が、優しく強い光に溶かされたあと、夢の中で感じた安寧。

 それは間違いなく、戦士の壺を名乗る神の内にいたことに他ならないのだと、壺巫女は考えた。

 

 壺巫女は、戦士の壺がした提案に平常心を保つことで必死だった。再びあの安寧を感じることができる。

 中に入ると、表面の液状になった肉の下に、ぐちゃりとした固形があった。固まった肉片の生臭い死臭が、直に鼻腔に吸い込まれる。しかし、それは壺巫女の気に障るものではなかった。彼女は見て感じたのだ。肉たちが、金色に染まっていく様を。おぞましい肉片が浄化されていく、小気味好い音を。

 

 あの大きな人型から逃げ切り、戦士の壺に外へ出されたとき、彼女は思った。そして今も思っている。

 ああ、もっと浸かっていたかった。壺巫女は縁の広い壺の中へ両手を入れ、頬を包み込む。壺巫女の隠された顔はどこまでも火照っていた。

 

 それ故に壺巫女は、目の前の黒い鎧を着た女性に哀しみを感じずにはいられなかった。

 ユミル卿はあんなにも、人でないモノを愛しているのに、彼女は真には愛されない。

 

 教会に入ってきたとき、ユミル卿は小さく何かを呟きながら、白いモノを撫でていた。

 そして休息を取っている間、指がたくさんある手のようなものが、教会の壁を駆けずり回っているのを、壺巫女は見た。しかし、ずっと教会の闇に潜んでいる黒い騎士の彼女を、一瞥もしない。

 それで壺巫女は理解したのだ。

 

 小さく手を震えさせながら、刀を壺巫女の喉元に向ける黒い騎士の女性に、壺巫女は尋ねた。

 

 

「もう一つ…貴女の中に星を見つけてみませんか?」

 

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