【悲報】一般無能転生者さん、帝国からの独立を謳うテロ組織の黒幕に仕立て上げられてしまう 作:IRA
「あぁ……疲れた」
「泣きを入れるんじゃない、ドミニク。俺の方こそ疲れを意識しちまうじゃないか」
「だってさぁ……毎日毎日芋だけの飯。パンも魚も、祭や誕生日に極少量だけ。必死こいて飼育した家畜の肉は、一切れも食ったことがない。こんなんじゃ力が出ないよ。はぁ……グレースランドの地主共みたいに毎日パンと肉が食べたい」
まぁでも、気持ちは分かる。俺だって、前世は令和日本生まれの現代っ子。品種改良もされていない不味いジャガイモを、臭いのする薄い塩水で茹でただけの飯を毎日というのは……中々キツいものがある。
「そもそもさ、おかしくない? なんでベールランドの農地が、グレースランド貴族のモノなのさ。アイツ等何もしないじゃん、僕達が育てた農産物と家畜を取りに来るだけじゃん。納得出来ないよ、なんで僕達がグレースランドの地主に土地代を払わなきゃいけないんだよ」
「全くだ。けれど……ベールランドの戦力じゃ、天下の大帝国様には到底敵わない。何もかもを抑圧されて、成長の機会すらない。なんせ、グレースランドから搾取しに来た奴等以外、この島の人間は誰も文字が読めねぇ」
悲しいものだ。国力差とは。グレースランドも、ベールランドも、一応は同じ国。共に、ケルテン諸島を本土とする大ケルテン帝国。だが、諸島内における地域格差は絶大。
前世が、現代日本が恋しい。あんな素晴らしい国、有史以来有ったか? 飢えず、凍えず、第三次世界大戦真っ只中の下流労働者でも酒と唐揚げお供にスマホでメコメコ動画だぞ。徴兵もされず、政権への誹謗中傷だって許される。間違いなく、2050年代において最も自由と平等と繁栄を有する国々の一つだった。
俺ももう十一歳、この酷い生活にも慣れた。けれど……毎晩、祖国を夢に見てはすえた臭いのする枕を濡らすのだ。
◇
「はじめまして、ベイリッシュ諸君。私はケルテン帝国陸軍ベールランド防衛大隊副長のオーガスト大尉である。これより、5年振りのベールランド少年民兵訓練を開始する」
少年民兵訓練……。いきなり帝国軍人に拡声魔道具で叩き起こされたと思ったら、コレをさせに来たのか。グレースランド出身であろうオーガスト大尉とやらは、明らかに俺達を見下している。訓練で出来なかった分の農作業や怪我への補填は、きっと無いのであろう。
「貴様等に教えるのは、短剣とショートボウの扱いだ。銃は火薬が勿体無くて使わせられんのでな。グレースランドの栄光有るロングボウは農奴……ンン、子供が使うものでもない」
まったく、嫌になる。この世界の住民は、倫理観や道徳が足りん。そりゃあ俺の言えたことでも無いが、もうちょっと日本を見習って欲しいものだ。
「では、訓練用の武器を取りに行け」
そう言って、オーガスト大尉達は何処かに行く。俺達が武器を取ると、一人残った若い兵士が訓練開始を指示。しかし指示はそれだけで、不思議に思っていると『適当に撃っとけ』と不機嫌そうに言われた。
……いったい、何の為の訓練だ。なんだ、上の方からベールランドのガキ共に訓練をしてこいとだけ言われたから一応形式上やった……とか、そういうことか?
はぁ……下らん。農奴は辛いね。だが、サボってあの兵士に変な因縁を付けられても面倒だ。ちょっとしたスキルアップの機会と考えて、それなりに真面目にやっておくか。
「いてて……」
「まだ痛むのか」
「うん……」
「酷いよな、あの兵士。ボロボロの訓練用木矢が一本折れただけで、思い切り蹴り飛ばすことは無いだろうに」
「最悪だよ、本当に。グレースランド人は、ロクな奴が居ない」
グレースランド人が全員あんなクズという訳ではない。俺はベールランドの外に出たことは無いが、そう信じている。なんせ、ちょっと環境が違うだけの同じ人間だ。家族が居て、友人が居て、好きな音楽が有る、ただの人。多少の比率の違いこそ有れど、人の善性に生まれは関係無い。
ただ……そうだな、グレースランド人のベイリッシュ差別が酷すぎるのは事実だ。ここでドミニクに必要なのも、友人からの否定や説教ではない。
「辛いよなぁ」
「うん」
◇
「……嘘だろ。おい、マジで言ってんのか!? えぇ!?」
俺達ベールランド人は、ドが付く程の貧民の集まりだ。食料は、臭い水と元々は家畜の肥料用として栽培されていた生産量特化の不味いジャガイモのみ。
つまり、つまりだ。もしも、そのジャガイモがロクに取れなかったら? そのジャガイモに、疫病が蔓延したら?
言うまでも無い。飢饉が、大飢饉が起こる。
「斑点が、この黒い斑点共が消えない。明らかに、泥じゃない。どれだけ洗っても消えやしない!コイツも、コイツも、このジャガイモも! 俺の畑のジャガイモが、全部病気に掛かっている!」
掘り起こしたジャガイモはぐにゃぐにゃで、嫌な臭いがする。明らかにマトモじゃない。
「最悪だ……俺は親無しの一人暮らし十一歳だぞ? 備蓄なんて、極僅か。治療を受けたり仕事を休む余裕なんて以ての外。こんな病気に染まりきったジャガイモを食うのも……」
しくじったな。ツイてないにも程が有る。家畜や小麦、狩猟や漁の類いは全部グレースランド出身の監視下だ。他のベールランド人から分けてもらうにも、彼等も少ないジャガイモで必死にやりくりしてんだ。
「……三週間は、なんとか生き残れる。だが、それ以上は……救貧法か、犯罪か」
犯罪もそうだが、救貧法にも手は出したくない。救貧法、素晴らしそうな名前をしているが……実態は酷いもんだ。
救貧法の対象となるには、条件が有る。仕事・土地・住居・財産・保護者を一切有してはならないのだ。その上で、ギリギリ餓死や凍死がしない程度の環境で無報酬の実質的な奴隷労働。因みに、グレースランドにおける救貧法は幼い子供の数に応じた一定の所得以下であれば無条件でパンの食事30回分程度の金が得られるというものらしい。
「マイケル! 大変だ!」
「どうした、騒がしいな。大変なのはこっちも……いや、待て。まさか……」
「ぼ、僕の家のジャガイモ畑が全滅だ! 皆酷い病気になってる!」
「…………俺の、畑もだ」
嘘だろ、おい。そんなことが有るか。前世の俺は農業とはあまり関わってこなかった、作物の病気についても無知だ。だが、嫌な予感がしてならないのだ。近所とは言え、別々の畑で重い病気が一斉に出ていることに。
「なぁ、ドミニク。少し北の方に行かないか? ヘレンさんのジャガイモ畑の様子を見に行こう」
「……もし、ヘレンさんも駄目だったら」
「…………」
あぁ、そうか。そうなのか。いや、そんな気はしていた。畑の前で泣き崩れるヘレンさんや、そこまで行くのに見掛けた人々の悲痛な面持ちを見れば……全て、察するというもの。
「ねぇ……これから、どうすれば良いんだろう」
「…………グレースランドにも、この話はすぐに届く筈だ。それでロクな援助が貰えなければ……ベールランドは、終わりだ」
ただ、グレースランドがベールランドにこれから訪れる未曾有の大飢饉を救ってくれるかと言うと…………まぁ、な。アイツ等にとっては、農奴が苦しもうが死のうが関係無い。死んだらまた新しい農奴を入植させれば良いのだ。病気が収束するその日まで。農奴に小麦や家畜、魚を食わせるより、そちらの方が利益が出るから。
「だが、希望が無い訳じゃない。海を渡りし遥か西方の、新大陸。70年前、クソったれたグレースランドに打ち勝ち帝国からの独立を果たしたベスプィカへの渡航。それが出来れば……」
「でも、どうやって……」
俺は転生者だ。既に一度生き、死んで、この世界に蘇った。合計年齢で言えば、ベールランドの平均寿命を余裕で越えている大人も大人。
前世でも……未練は山程有るが、概ね満足はした。まぁつまり、なんだ。今は自殺も嫌だから惰性で生きているだけに過ぎないのだ。俺は自身の命を、ベールランドで一番軽いとすら思っている。
「ドミニク、お前には家族も居る。姉と、弟と、病気の母。……ま、取り敢えずお前は一旦ベールランドで耐えててくれ。渡航の為の良いアイデアが浮かんできた。この俺に任せろ」
このマイケル、実を言うと超絶イケメンである。どのくらいイケメンかって言うと、全盛期のジャクソンの方のマイケルを余裕で越えているとすら自負している。
ド貧民とは到底思えぬ、艶やかで柔らかい金髪。エメラルドのように輝く、他者の感情を増幅させるだけの雑魚魔眼。中性的で整った顔立ちに、一切の毛穴や肌荒れが見えない美肌。
俺は天涯孤独の身だが、4歳までは親も居た。グレースランド北部に隣接したロカットランドの子爵家令嬢と、その家に仕えた騎士の間に生まれたのが俺だ。両親は実家と婚約者から逃げるようにベールランドへ駆け落ちしたのだ。尤も、二人とも病気で死んでしまったが。家族仲が最後まで良好でDVの気配すら無かったのは、殆ど奇跡の類い。
母は服が好きだった。裁縫を自主的に学び、ベールランドでも仕立て屋の真似事をするくらいには。だから家には裁縫道具や布も多少残ってるし、俺自身も前世で義務教育履修済みかつ家庭科の成績は5だった。
女性服を仕立て、女装少年男娼としてグレースランド出身者に春を売る。上手く行けば、ドミニク一家をベスプィカへ渡航させられるかもしれない。