もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
「アイ君、久しぶりだね」
「鏑木さん、お久しぶりです」
静かな部屋。響く言葉。
この時、この瞬間、芸能界に長く籍を置く二人の静かな戦いが幕を開けようとしていた。
「えぇ!?あの番組鏑木さんがプロデュースしてたの!?」
「まぁね、君がドラマの番宣してるの端で聞いてたよ」
鏑木さんがグラスを回してお酒を口に含む。
私はその姿を尻目にゆっくりと本題に入った。
「実は鏑木さんにお願いがあって」
監督と話したあかねちゃん炎上消火の条件一つ目は……
『今ガチのプロデューサーと連絡を取れてお願いが出来る関係であること』
「今ガチのプロデューサーって鏑木さんですよね?」
「ふふっ、そうだね」
プロデューサー。鏑木さんと連絡を取る必要があるのは、あるお願い事をするため。
「今ガチの一部の動画と名義使用の許可。後、著作権ください!」
「著作権が欲しい?あぁ、なるほどねぇ」
鏑木さんは顎に手を置きながら察したように口を開く。
「最近アイ君とあかね君仲良いもんね。やりたいことは炎上の緩和と消火かな?」
隠してもしょうがない。私は大きく口を開く。
「やっぱり鏑木さんには隠せないなぁ。正にその通りって感じです」
困り顔の私に対して鏑木さんは……
「炎上の消火ね。方法は僕が言っても良いのかな?」
悔しそうに唇を尖らす私。彼は、対照的に淡々と言葉を並べて行く。
「単純だけど凄く合理的な手だ。名義と著作権があれば、今ガチに対してある程度のことを言っても問題にはならない。そして、プロデューサーである僕と話せる君なら、名義と著作権の使用許可が取れる。許可さえ取れれば、あかね君が故意で傷付けたのではないという証拠を世界に発信することは容易になる」
ここまでは鏑木さんの言う通り。しかし、彼は薄く笑いながら、見通すように私に言葉を投げかけた。
「だけどこれだけだと問題が生じてしまう。そうだろ?」
「完全にバレちゃってるなぁ。そうなんですよ、ここには大きな問題があるんですよね」
大きな問題、その正体は……
『作った動画を何処にアップするか』
「今ガチ公式Twitterかな?動画の出来によってはある程度炎上は消えるだろうけどね。今ガチの最終回から少し時間が経ってるからねぇ」
鏑木さんは、再度お酒を口に運ぶと楽しそうに頬を上げた。
「でもアイ君ならこの問題も解決出来る、そうだろ?」
この答えこそ、炎上消火の条件二つ目。
『世間に圧倒的な影響力があること』
「怖いぐらい鏑木さん察し良いんだよなぁ。動画の使用許可と名義だけじゃなくて著作権が欲しいのもそれが理由で」
「著作権が無いとアイ君のTwitterやYouTubeには投稿出来ない。君のSNSはそこらの公式よりフォロワーも登録者も多いからね、これなら影響力の問題も解決するわけだ」
方法は伝えた。後は実践するだけ。あかねちゃんの為に、そして、何より私自身の為に、私は成功させなければならない。
「鏑木さん?その、ダメですか?」
不安そうな私に返ってきた言葉は……
「厳しいね」
希望は、あっさりと斬られる。
監督も無理だと話していた。その理由は……
「あはは、見返りが無いってことですかね?それなら今度鏑木さんの番組出ますからっ!お願いです!」
私の奥の手。番組出演で恩を返すという強行手段。でも、違う。そんなものでは解決できない。だって、理由は、見返りの有無なんかじゃなかったんだから。
「見返りか、それも有るけどね。結論から言うと少し違うかな?今ガチの権限を渡さない訳は、もっと単純だよ」
単純な理由、その正体は……
『星野アイが大きくなりすぎたから』
「これに尽きるかな」
大きすぎる?よく分からない。存在は大きければ大きいほどお金だって入ってくるのに。
「なんで、大きすぎるってどういうことですか?」
私は、素直な疑問を口にしていく。
「せっかくだし、説明しようか。例えば、君を僕の番組でしか出演出来ないよう契約するとしよう。要するに星野アイの独占さ」
「別に、しても良いですよ?今の私は、あかねちゃんに対して本気ですから」
私の真剣な眼差しに鏑木さんは笑う。
「気にしすぎないでよ。例えの話さ。星野アイの独占。君が了承したとしても出来ないんだよ。それは君が大きすぎるから。今の芸能界はアイ君を様々な番組、プロデューサーが分け合う形で成り立ってる。その均衡を僕ごときが崩せないってことさ」
うん、なるほど。なんというか、話が長くて分からなかった。
「要するに、どういうことですかね?」
困り顔の私に鏑木さんは一瞬ズッコケる。
「は、はは。要するにね、君が僕に恩を返したいと思っても難しいということだよ。まぁ、僕が新しい発見をしたいっていうこともあるけどね」
「新しい発見?」
「あぁ、こっちの話だから気にしないでよ」
少し難しい話だけど答えは理解出来た。その答えとは、至極単純で悲しい答え。
「あはは、やっぱりダメかぁ」
監督の言った通りだった。カードが揃ってても、それは悪魔で『可能性』の話。
私にはあかねちゃんのことを守ることなんて出来ない。
だって、私は、愛する子供たちを、アクアとルビーのことを、助けられなかったんだから。
絶望に打ちひしがれる私。しかし、これだけでは終わらない。私は、暗闇から救い出されるのだから。神様に、否、悪魔に。
「という感じでアイ君には伝えようと思ってたんだけど、少し状況が変わってね。聞くかい?」
机に突っ伏していた私は勢い良く頭を持ち上げて。
「お願いします!」
「数日前、有馬君と少し話してね」
(有馬って、誰だっけ?)
「まぁ、内容は省くけどね。彼女と話したんだよ。ビジネスの話をね。そうしているうちに、僕も気が変わってね」
私でも分かる。流れが良くなってきた。
「これから言う二つの条件を呑んでくれたら著作権もその他諸々全部あげよう」
「来たぁ!鏑木さんありがとうございます!」
右手を持ち上げて喜ぶ私を見ながら指を出して。
「一つ目は動画を出してから一週間で削除すること」
「3日で十分っ!」
上機嫌になった私は胸を張って耳を傾ける。
「二つ目は動画による利益の70%を今ガチ公式に支払うこと」
「100%でも大丈夫ですっ!」
一つ目の理由は分からないけど、二つ目はお金か。
正直、もっと酷い条件かと思ってたから拍子抜けだなぁ。
「身体売れとか言われるのかなって思いましたよぉ」
「ははは、それこそ僕が芸能界から消されちゃうね」
お礼をして、ガッツポーズをして、私は帰宅の準備をする。一秒でも早く監督に、そしてあかねちゃんに報告したい。そう思った時だった。
「僕からの条件は以上だけど、彼女からの伝言が一つあってね」
「彼女?伝言?」
「有馬かな、彼女からの伝言。それはね……」
「鏑木さん。星野アイの『初めて』プロデュースしたくないですか?」
「アイ君の初めて?」
有馬かなが発したのは星野アイの弱点が露呈する試練。
「星野アイが今ガチについて言ってきたら伝えてください」
「……」
「本気の勝負、楽しみにしてるって」
星野アイの初めて、露呈する弱点とは?
有馬かなが置いた餌は罠となって……
無敗の天才へと襲い掛かる。