もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
ある日から、見ないようにしてるドラマがある…
「ソンナカオシテテタノシイノ」
見ないようにしても…頭にこびりついて離れない…
「ヒトリニサセネェヨ!」
俺は自分に嘘を吐いた…星野アイとは違う自分自身を甘やかす嘘…
必死に言い訳したさ、俺のせいじゃないって…悪いのは好き勝手やった有馬だって…
でも、今日甘の打ち上げの日…原作の先生に睨まれて、スタッフから冷たい目で見られて…
ほんとは気付いてたんだ…
ドラマをめちゃくちゃにしたのは俺だって…
しばらくして…こんな話が俺に舞い込んで来る…
『東京ブレイドのキザミ役』
努力もしてないのに…なんで受けちまったんだろうな…
テスト前に謎の自信が湧き上がるみてぇに受けちまった…
正直、今回も何とかなると思ってたんだ…
主演がアイドルなんだし俺だって…
「刀鬼…」
一言、たった一言だった…
可愛いじゃんって思った人間が、俺と同じで顔だけだと思ってた人間が遠くに居る…
初日で分かったよ。
「鞘姫…」
女の筈なのに男役を俺以上に演じる天才を見て…
俺は置いてけぼりだって確信しちまった…
「ほらぁー、かなちゃんもメルト君も喧嘩しない!」
うるせぇ…そう思った…
俺の何が分かんだよ、そう思った…
悪口言われてんのに微笑んで…怒れよ、そう思っちまった…
そこからは何も覚えてない。
黒川と取っ組み合って…俺はすぐ息切れして…
また嘘を吐いたよ。泣いたから息が切れたんだって…体力が無いからじゃない。全部黒川と星野アイのせいだって…
俺は涙が止まらなかった…
「忘れ物しちまった…」
暗がりの中、稽古上に忘れ物を取りに行って…
「えーっと、鞘姫の役柄は…」
明かりは、努力する天才を照らしてた…
「なんで…顔と才能だけじゃないのかよ…」
動揺する俺に横から…
「…メルト君がこんな時間まで居るなんて珍しいね〜」
声の主は雷田さん。
俺は思ったことを口にして…
「あれって…星野アイ…」
「…凄いよねぇ…忙しいのに…」
努力してない、頑張ってない。俺はそう言っちまった…
「彼女の為にも舞台良いものにしたいんだけどね…毎日練習してるのに報われないなんて悲しいから…」
「…」
拳をぎゅっと握りしめて、俺は決心する…
こうやって…天才アイドルはファンを増やして行くのかもしれない…
「変わってやるよ…俺だって…」
また一人、意思を受け継ぐ。天才を見て変わり始める人物…その名は…
『鳴嶋メルト』
「あかねちゃん!早く!早く!」
「アイさん!ちょっと早いです…」
あかねちゃんが舞台に誘ってくれて…
ウッキウキの星野アイ…
「凄い…今、風来たよ!」
興奮して何度も話しかけちゃった。舞台中だったのに…
舞台も凄かったけどあかねちゃんと見れたことが何よりも幸せだ…
「アイさん!どうでした!?」
「めちゃくちゃ良かった…東京ブレイドめちゃくちゃ楽しみになっちゃった!」
笑って話す女の子…普通の日常。ここまではそうだった…
「あれって…メルト君?」
「…」
彼が無言のままこちらに近付いてくる。あかねちゃんは怒ったように睨んで口を開かない…
「星野アイ…いや、星野さん。お疲れ様です…」
下を向きながら目の前に立った男の子は…
「星野さん…言わなきゃいけないことがあって…」
横から割って入る女の子…
持っていたジュースを勢い良く机に置いて…
「アイさんの悪口まだ言い足りないの!?」
私もそう思った。
きっと悪口言われるんだろうなって…だけど…
「…すみませんでした!黒川もほんとごめん!」
思いっきり頭を下げるのは、変わり始めの原石…
「明日…いや!今日から俺変わるから!見ててくれ!」
怒っていた黒川あかねが気圧される程の謝罪…
涙をたっぷり浮かべて…本気の贖罪…
「頑張ったくらいで許してもらえるなんて思ってねぇけど…死ぬまで頑張り続けるから!」
決意を固める鳴嶋メルト…
私はメルト君の手を握って、微笑んだ…
「…今からでも全然大丈夫だよ!メルト君のしたことは失敗じゃない…私なんて…」
…その後の言葉は出なかった。出せなかった…
取り返すことが出来ない失敗。一生引き摺る、引き摺らなければいけない失敗…
私に比べたら彼は…素晴らしい人間だと思う…
「黒川…怒ってるよな?良ければ演技に必要なこと教えて欲しいんだけど…」
「…ごめん、私も言い過ぎちゃった…怒ってないよ?アイさんも望んでないだろうし…」
まずは体力、そう言われて駆け出した男の子…努力したって天才には敵わない…そんなことは分かってる…
だけど、努力すれば何かが変わることを私達は知っている…
心は時に、賢さを超える…
「うわぁ、ここが漫画家さんのお家…」
「私は前にもお邪魔したことあるわよ〜」
吉祥寺先生の家にお邪魔する面々…
「皆、いらっしゃい!ゆっくりしてってね〜」
先生は気持ち良く出迎える…
…ただし、一人を除いて…
「皆、何歳?」
「16です」
「17」
「17」
「若っ…死にたくなってきた…」
プシュッと鳴るビールの音…
疑問に思わないだろうか?ホームパーティは賢い男の子のおかげで用意された物なのに…今は亡き、骸の手柄なのに…
では、誰がこのパーティを…
「…そういえば誰がパーティ主催してくれたの?有馬さん?黒川さん?」
一人、正座をして…覚悟を決めて口を開く…
「先生…今日は話があって…俺が主催しました」
とてつもなく嫌われている事実を覚悟という器に押し込んで…
「…話って…何ですか?」
「…俺、星野アイ…いや!自分自身の為にこの舞台良い物にしたいんです!」
そのまま地面に額を付けたメルトは…
「その為に!アビコ先生説得してもらえませんか!?」
お願いごとをする男の子を見て、先生は…
「私がアビコ先生を説得して良い舞台になるんですか?…どうせ、またあなたが…」
奥歯を噛み締める吉祥寺…
「あなたのせいで今日甘は壊れたんです!しかも、稽古の日も外から聞いてました…有馬さんに好き勝手やってるって言ったんですよね…そんなあなたのお願いを聞けると思いますか!?」
これだけ言われても、メルトは頭を上げなかった。口を開かず、ただただ頭を下げて…
「努力なんてしてないくせに…人にばっかり望んで…」
彼は強かった。本気で舞台を良くしようと…後少し…ほんの少しで良いから助けがあれば…
「かなちゃん?」
静かに立ち上がる赤い髪の少女…
「先生、良ければこれ受け取ってもらえませんか?」
渡したのはランニングコースが書かれた紙…
「良ければ…翌朝、このコースの何処かで待ってて欲しいんです…」
頭を下げる男の子を尻目に、吉祥寺先生は…
「分かりました…有馬さんの頼みなら…」
「有馬…俺、お前にも酷いこと言っちまったのに…」
半泣きで後悔に焼かれる男の子…
「勘違いしないで…私も舞台が流れたら困るのよ。星野アイを倒せなくなる…」
この言葉を放った少女の口角は少しだけ上がってた…
翌朝、先生とメルトが出会うことは無かった…それは説得させるために1日だけ走る計画だと吉祥寺は考えていたから。
出会ったのは3日後の朝…
「…」
「はぁ…はぁ…」
吉祥寺先生が目にした姿…膝に手を付いて、歯を食い縛りながら努力する凡人の姿…
周りに居る人間なんて気付かないほど集中して…
(凄い汗…私が来たからやってるんじゃない…)
一瞬で理解した。
鳴嶋メルトは変わろうとしている…
だけど、だからこそ…
「先生!?今飲み物買ってきます!」
漫画家に気付いたメルトは、汗を拭きながら自動販売機へ…
「先生!これ飲み物です!」
「…要りません…」
なんで、今日甘で努力してくれなかったの…
「先生…すみません…」
彼がキレることは無かった。
星野アイのように…許してくれた天才のように…それだけを思って…
「…一つ聞かせてください…あなたが変わったのは今日甘のドラマがあったから?」
この言葉に、メルトは迷う。嘘が下手な彼は…
「…すみません、違います…」
「…そうですよね…」
吉祥寺は知っている。自分が凡人だって…だから自分の作品で人の心が動くことは無いんだって…
「星野さんのおかげで変われたんです…天才がやってて俺がやらない訳には行かねぇって…」
「…」
凡人の心が動かされるのは天才を見た時?素晴らしい作品を見た時?…いいや、違う…凡人が、自分と同じ境遇の人が踠き、苦しみ続ける姿に感動するんだ…
「私は、やっぱりあなたを許せません…」
「…そうっすよね…」
断る吉祥寺…
しかし、先生の言葉には続きが…
「だけど、あなたを変えた星野アイ…肥大化しない星野さんはアビコ先生に必要な存在だと思います…」
周りを駄作だと罵る彼女は…きっとこの先通用しなくなる…
自分が凡人で…あなたが天才でも…いつまでも可愛い教え子なんだから…
「だから…私はこのチケットを渡しに行きます…あくまでアビコ先生の為に…」
そのチケットに書かれていたのは…
『B小町 アイドル公演』
吉祥寺は負けなかった。
締め切りギリギリの漫画を仕上げて…天才と言い争って…
床に寝そべる漫画家達…
「…これ、見てきなさい…」
「…私、アイドル興味無いんですけど…」
凡人には凡人を…
天才には天才を…
「でも、先生が言うなら…」
最後の一押し…一番難しい一押し…
この一押しが出来るのは彼女しかいないだろう…
星のように輝く天才の名は…
『星野アイ』