もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
変更された脚本…
生半可な覚悟と演技力では潰れてしまう脚本…
全力で取り組む役者達の反応は…
「うん、この刀鬼なら私の全てをぶつけられる…」
刀鬼を演じる女の子は満足した表情で…
「…まぁ、今までの脚本じゃ物足りなかったぐらいだしな…」
ブレイドを演じる天才は一切の動揺を見せず…
「よし、稽古始めるぞ」
金田一の言葉から始まるのは…
嘘の天才を追い詰める稽古という名の試練…
………
……
…
「よぉーし、休憩だ」
役者とアイドル…対局の才能は今まで互角に戦ってきた。
しかし、今日の稽古を見ているとその戦況は…
「…うーん、調子悪いのかな…」
雷田の視線には今まで圧巻の演技を見せてくれた天才の姿が…
この言葉に答える金田一。
「…いや、そうじゃない…」
「え、でも…」
星野アイが今まで2.5次元に出演しなかった理由が明らかになる瞬間…
「雷田、ドラマと舞台の違いはなんだ?」
「えーっと…場面転換が比較的楽とか?後は…映したい子をアップにして目立たせやすいとか?」
ここに答えは隠されている…
「そうだ、要するに『編集』が出来るってことだ…そうするとどうなる?」
思考を巡らせて、答えに辿り着いた勢いで…
「…そうか!難しい場面や演技も一発撮りじゃなくて良いのか!」
ララライで数々の演技を見てきた男は腕を組みながら…
「…ドラマに必要なのはカメラの奥に魅力を届かせる強い役柄…だが、2.5次元は演技力。一発で原作ファン、観客を納得させる演技が必要不可欠…」
…この脚本と前の脚本の決定的な違いは…
「説明口調が削られて演技力が一層求められる…」
「…前の脚本よりも演技力が必要になって、他の能力で補えなくなった結果がこれだ」
星野アイも下手ではない…しかし、相手は姫川大輝…
ララライの最強役者…
しょうがないさ…ここは2.5次元、アイドルの舞台じゃない…誰も責めるなんてことしない…
しかし、心配する雷田の隣で金田一は…
(…輝けない理由としては十分…そうなんだが…)
15年以上前なのに、頭から離れない衝撃…
(ここで、アイツが…星野が負けるのか?)
理由も確証も無い…しかし、数々の役者を育ててきた男の有り得ない筈の予想は…
『星野アイの覚醒』
「…アイさん?ゆっくりで大丈夫だと思います…初めての舞台ですし…」
「あかねちゃん…足引っ張っちゃってごめんね?」
私は珍しく落ち込んでいるアイさんに声を掛ける。
こういう時、、、なんて言えばいいのかな…
(うぅーん…偉そうになってもダメだし…でも何も言わないのは…)
私を元気付けてくれたアイさんは凄かったんだ…
改めて実感させられる。
しかし、そんな恩人を貶す存在が…
「…星野アイにとっては絶望の脚本変更かしら?」
「…」
赤い髪の少女は今日一番の笑顔で…
「…あんたのせいで舞台はぐちゃぐちゃね…」
その笑顔は酷く歪んでいて…
私は思わず…
「かなちゃん!アイさんは頑張ってるんだから…」
「あんたは黙ってなさい!」
私もアイさんに恩があるのに…
かなちゃんの圧に負けてしまって…
「…あーあ、アクアなら余裕で演じきるのにね〜」
過去の亡霊に囚われる少女の言葉…この言葉に反応を見せる天才アイドル…
「…アクア?」
「そうよ…アクア…あんたなんかより百倍凄い人間よ!」
この名前が出た途端、落ち込んでいた天才の蝋燭に火が…
「ふふっ…」
この状況で笑うアイドルの絵面は…不気味という言葉でしか表せない…
「…脚本変更は絶望なんかじゃないよ?寧ろ、私からしたら幸せ…」
それは…鞘姫の最後が…
「…あんたが幸せになるなんて私が許さない…」
奥歯を噛み締めて睨むのは本気で恨みを向ける少女…
星野アイは戦うのではなく、のらりくらりと躱して…
「一緒に良い舞台にしようね…」
「…」
私は痛感する、アイさんの強さを…
そして、見惚れてしまう…笑顔を含めた全てに…
「あかねちゃん?ちょっと付いてきてくれる?」
「はい、行きます!」
星野アイは嘘を吐きながら冷静に計画を立てて…
その計画を実行に移す一歩目…
「あかねちゃん…私、絶対勝つからね…」
「…」
愛する双子のために…
始まる、逆転の一手…
「…アイさん遅いわね…」
(急遽仕事入ったから迎えに来たんだけれど…)
夕焼けの空気に溶ける独り言…
苺プロ社長の妻として運営を手掛ける彼女の目に止まった物は…
「あのぉ…少しお時間大丈夫ですか?」
外に出ていた鳴嶋メルト。
彼はこの声に反応して…
「大丈夫っすよ、どうしたんですか?」
「…実は苺プロ所属の星野アイを迎えに来まして…外で待ってたんですが中々出てこず、連絡も繋がらなくて…」
不安そうに話す斎藤ミヤコ。星野アイへの愛情を乗せた不安…それはアイドルの一人として…否、それ以上の…
「俺は居残りで演技させてもらってるだけなんで…星野さんいつも残ってるけど見なかったな…ちょっと探してきますよ!」
「すみません、ありがとうございます」
再度室内へと戻っていく努力家。
星野アイは一体何処に…
「アイさんがこの舞台にかける思い…」
ミヤコは知っている、天才と呼ばれるアイドルの原点を…
そして、偶に見せるあの時のような…15年前の暗い瞳が何かを射抜く時、嫌な予感が止まらない…
不安を募らせる彼女に話しかけるのは…
「君、誰かの出待ち?」
何にでも手を出す男…しかし、まさか…
「いや、そういうのじゃなくて…」
「へぇ〜、じゃあ役者の子?可愛いもんね」
…まさか、口説こうとしてるのでは…
「…は、はぁ…それ以上言うと後悔すると思うので辞めておいた方が…」
斎藤ミヤコは確かに若々しいけれど…
「えぇ〜、後悔なんてしないって〜…何処の事務所出身?」
「…事務所…強いて言うなら苺プロ?」
役者ではないけれど…一応運営しているし…
「あぁ!分かった!星野さん関係でしょ!俺、結構演技褒めてもらってるから〜」
「…」
(これは無視が一番ね…)
両者の幸せの為に無視しようと試みる既婚者…
「ちょっと!ラインだけでも良いから交換してよ〜」
思いの外食い下がる鴨志田、この男を止めるのは…
「鴨志田さん!金田一さんが呼んでましたよ、緊急招集!」
「え!?マジ?」
仕方がない。いや、真実を知らなくて良かったのかもしれない…
自分の口説いた相手の女性が何歳かと知ったら彼は…
色々な意味で安堵するミヤコから離れていく鴨志田。
男同士の戦いが波に乗り始める瞬間…
「なんだよ、誰も居ねぇじゃん…」
稽古場には人影は疎か、物音すら聞こえない静寂が…
この静寂を切り裂くのは…
「まぁ、嘘だし…あの人星野さんの付き添い。手出したらまずいでしょ?」
「なんだよ、そんな理由で邪魔したのかよ…」
メルトは視線を持ち上げて…
「大事なことだろ?仕事に支障が出る相手はダメじゃね?」
注意を受けた鴨志田は笑いながら…
「ビビリすぎ〜、支障なんて出ねぇよ」
「分かんねぇだろ…俺たちは『プロ』なんだし…」
この言葉に、納得する所か更に小馬鹿にするよう微笑んで…
「プロじゃねぇのはお前だろ?片手間に舞台の仕事しちゃってさ〜」
「…」
ある種の正論…
悔しい…俺は、俺だって…
「気付いてる?お前が作品の質落としてんだけど?…おーっと、才能がねぇとか言うんじゃねぇぞ。星野さんにあれだけ文句垂れてたのにさ…あの人より練習してねぇだろ?」
「…くそっ…」
目を見開いて…イラついて…
分かってる、アイツにキレてるんじゃない…情けない自分自身にキレてんだ…
「まぁ、その星野アイも姫川さんには勝てねぇけどな…」
「…あの人は…星野さんはこんな所で終わる人じゃねぇよ…」
自分のことは言われても許せる。だけど…星野さんを馬鹿にするのは許せねぇ…
「はっ、実力のねぇお前じゃ演技の質も上手さも分からねぇよな?」
俺のせいで星野さんが馬鹿にされる…
俺が、下手だから…
「…鴨志田さん、一つだけ言っといてあげますよ…」
今の彼では何も言えない。
しかし、偶然にも今出来る細やかな復讐が…
「これ、さっきあなたが口説いてた女の人です…」
取り出したのは斎藤ミヤコと書かれた名刺…
「あ?それがどうしたんだよ…」
「あの人、苺プロ社長の奥さんなんだよ…」
鴨志田の額に浮き出る冷や汗…
「な、なんだよ!既婚者口説いたから犯罪ってことか?」
「…そんな小さなことじゃねぇよ…」
これよりも大きい、一体何が待ち受けているのか…
「…あの人、35歳超えてんだよ…あれ、鴨志田さんの性癖ってもしかして…」
「…」
細やかな復讐、その意図が伝わる瞬間…
「…勘違いすんなよ!あの人見た目若かったから…」
「…鴨志田さん、婚約してない熟女探すの頑張ってくださいね…」
「おまっ…だからちげぇって!」
ミヤコは空気を読んで伝えなかったのに…
細やかな復讐が完遂する瞬間…
小さな復讐の次は、絶望が詰まる大きな復讐…
「ママさーん!監督いる?」
「アイちゃん、あかねちゃんいらっしゃーい!あの子なら自室に居るわよ〜」
星野アイと黒川あかね…劣勢の役者が向かった先は…
「…五反田監督のお家…アイさん何しようとしてるんだろう…」
独り言のつもりだったけれど…
前を歩く彼女の耳に届いてしまって…
「…まぁ、困ったら監督の家にレッツゴー!って感じだからそんなに気にしなくて大丈夫!」
「…」
(アイさん無計画には見えなかったけど…)
稽古場からのアイさんの足取りに迷いは無くて…
何かあるんじゃないのかな…
「おう、ガキが二人でどうした?」
「30歳は子供どころか中年でしょ!」
「…アイさん…アイドルなんですから中年とか言わない方が…」
挨拶代わりのちょっとした言い争い…
この先も、三人でこうやって言い争って…そんな幸せがあったなら…
「…それで本題なんだけどね…これ見てくれない?」
一通り笑い終えたアイさんが取り出した物は…
「東京ブレイド…2.5次元の台本か」
監督と導き出す答え…
その答えならば…確かに勝てるかもしれない。しかし、あまりにも…
「…アイさん、それは流石に…」
星野アイを研究し、知り尽くした女の子でさえ…
世界一の才能が本物なのか…
復讐が入り混じる混沌の中へ…
「…なるほどな、確かにお前の演技じゃ厳しいな…」
「やっぱりそうだよね…」
星野アイは天井に声を広げていく。
がむしゃらに練習するしかない…そう考えていた時…
「…だが、鞘姫が目立つ所は幸い多くねぇな…」
「…目立つ?」
解説を始める五反田監督…
「没入型と適応型…お前はどっちだ?」
「…えーっと、それ演じ方だよね?」
没入型は言い換えれば憑依のような…この役ならこうするよね?という演技…
逆に適応型は周りの演技を引き出すような…自我を残して作品全体をワンランク上に引き上げるような演技…
星野アイは…
「アイさんは…どちらでもない…」
「え!?私、役者失格!?」
あかねちゃんからの唐突な発言…
この言葉の意図は…
「…アイさんが下手とかそういう意味じゃなくて…アイさんの演技って没入型に似てるけど少し違くて…」
星野アイの演技は特殊である。
没入型に近いが何処か違う…
役を憑依するわけじゃなくて星野アイを見せるような…
例えるならば、太陽のような…私を見て欲しいと願う眩しい演技…
「要するに良い意味でも悪い意味でもお前の演技は目立つんだよ。じゃあ目立たなくするにはどうする?」
「…演技を上手くしろってこと?」
「…お前話聞いてたか…?」
混乱状態で目を回す星野アイ。
長い話は難しそうだ…
「鞘姫の大事な場面は大きく分けて三つだ。そこに練習のほとんどを費やせ」
「ちょっ!監督何言ってんの!?」
ただでさえ上手くないのに…
そんな練習方法じゃ…
「…舞台、私が壊しちゃう…」
「周りに居るのは全員上手い役者なんだろ?それならとっておきの手があるじゃねぇか…」
そう、これこそが逆転の一手…
「50点で良い、適応型で受けてみろ…」
星野アイの眩しい演技と適応型、光と影の使い分け…
希望という言葉が頭に浮かんで、アイドルは真剣な眼差しを向ける。
「よし、あかねちゃん!早速指導お願い!」
「…アイさん、言いにくいんですが…」
適応型を学ぶため、懇願する星野アイ…
しかし、懇願…願いとは、必ずしも叶えられるとは限らない…
「私、没入型です…だから適応型は…」
「…あ、そうだよね…」
黒川あかねは没入型のスペシャリスト。
出来ないことはないだろうが…指導が出来る程では…
「…せっかく解決策出たのに…」
適応型のスペシャリストが居れば…
星野アイの悩みも…
「…おい、居るじゃねぇか…」
五反田監督が口にするのは…よりにもよって…
「受けが上手い役者…有馬かなが居るじゃねぇか」
「…かなちゃんは、無理なんです…」
「…?」
星野アイを一番嫌っていると言っても過言ではない少女…
話すことすら出来ないのに指導なんて…
「…いや、一つだけ方法あるよ?」
方法…こんな絶望を破壊出来る方法なんて…
星野アイが有馬かなに持ち寄るのはビジネス。
ビジネスとは報酬と対価で成り立つ物…
適応型を得るために、支払う対価は…
「かなちゃん?こんばんは…」
夕暮れ、紫色の髪を揺らしながら赤い少女の目の前に…
「チッ…目障りだから消えなさいよ…」
嫌われて、下手をしたら口さえ聞いてくれない…
「…星野アクア…」
この名前に通り過ぎようとしていた少女は足を止めて…
「…黒川あかねから聞いたのね…あんたがその名前を言うと虫唾が走る…」
少女の言う黒川あかねから聞いたこと…それは星野アイと有馬かなの共通点…
「…かなちゃん、アクアの好きな食べ物知りたくない?」
「アクアの…好きな食べ物?」
対価はお金とは限らない…
暗かった赤い瞳が一瞬明るくなって…
天才と不器用な女の子の共通点は…
『アクアのことが好き』…そんな揺るがぬ感情…
「監督さん、少しお話があって…」
「…どうした?」
星野アイを救おうとする優しい女の子は…
「借りたいDVDがあるんです…」
「あぁ、俺が持ってるやつなら何でも良いぞ?」
刀鬼に全てを乗せると誓った天才…
「その子は幼い男の子で、15年前に亡くなっていて…」
「…」
監督が愛した、有馬かなを狂わせた…そして星野アイが生命を宿した…
「星野アクア…アイさんの息子…」
「…」
監督は、震えた手でDVDを握ると…
「…俺の口から真実を言うことは出来ねぇ…だけどな、これだけは言わせてくれ…」
母親の死というきっかけが無かったから、片手で握れる量の筈なのに…
監督は両手で、大切に握りしめて…
「…頼む、救ってやってくれ…」
幸せな星野家を…ルビーとアクアが笑って、それを微笑みながら眺める星野アイの光景を…
少し、ほんの少しで良いから…
復讐、真実…そして愛情。
『愛してる』この言葉をまた笑顔で言えるように…そんな儚き願いを込めて…