もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
稽古も時が経ち、スタジオでの練習…
待機場所から聞こえる話し声…
「かなちゃーん、クッキー食べる?」
差し入れで貰ったクッキー、有馬かなの反応は…
「ふふっ、私ご飯持ってきてるから大丈夫〜」
そんな言葉を放ち、バッグから取り出したのは…
「かなちゃん!サラダチキン!?」
少し遠くから見ていた黒川あかねは驚いた声で…
声を聞いた少女は、赤い髪を揺らして近付いて行くと…
「前に話したアクア居たでしょ?アイツお肉食べる時幸せそうな顔してたらしいのよね〜」
「…そっか、かなちゃんアクア君のこと大好きだもんね…」
私はごく普通の言葉だと思ったんだけど…
かなちゃんは真っ赤な顔で…
「んなっ!?…あんな奴嫌い!…ではないけど…食生活真似したらアイツぐらい演技上手くなると思ったの!」
アクアの好きな食べ物…有馬かなは誰から聞いたのか…
「星野アイに演技教える代わりにアクアのこと色々教えてもらってるのよね〜、アンタよりアクアのこと詳しいからっ!」
「う、うん…かなちゃんそこで張り合うんだ…」
アイさん程ではないにしろ私と話す時は不機嫌そうなのに…
アクア君のことになると凄く嬉しそうな顔になる…
「そういえば…星野アイは何処に居るわけ?」
かなちゃんの質問、私は何も考えず答えてしまう…
「えーっと、アイさんならちょっと遅れるって…あっ…」
言った後に気付く不安…
せっかく上機嫌だったのに…こんなこと言ったら演技を舐めてるとか言い出すんじゃ…
「ふぅーん…」
かなちゃんはサラダチキンを一口頬張って…
「星野アイも忙しいんでしょ?…先に私達で始める感じになりそうね」
この言葉を聞いて、静まり返る待機室…
その理由は…
「…え!?かなちゃん怒らないの!?」
黒川あかねだけじゃない…鳴嶋メルトを始めとした他の役者も驚きの表情…
それだけ嫌っていた筈なのに…
「…何よ、別に良いでしょ…」
「いや、なんでいきなり…」
不器用な少女と天才…二人を繋げたのは…
「…星野アイには利用価値がある、ただそれに気付いただけよ…」
言葉とは裏腹に彼女は笑っていた…
星野アイはアクアのことを話す時、幸せそうだった…有馬かなと同じ、愛情が止まらない表情だった…
「あんたもアクアのこと聞いてるんでしょ?…色々知ってるなら私にも教えなさいよ…」
赤い髪に負けないほど真っ赤な顔で…
恥ずかしさと愛情が隠し切れない表情…
(…アクア君のこと、アイさんから聞いてないんだけどな…)
黒川あかねが行ったのはプロファイリング…
有馬かなの言葉、監督から貰った数少ないDVD。それらを駆使して目標のために…
しかし、黒川あかねは初めて目標から逸脱する…
「…かなちゃん?」
「何よ…」
前向きになった彼女ならこの言葉を聞いてくれる…
私は根拠の無い自信で赤い瞳を見つめて…
「…私とも戦おうよ…演技でどっちが上か決めるの…」
勝負して、かなちゃんが勝ったらアクア君について知ってることを教えてあげる。
そんな言葉を放つ前に、目の前のライバルは…
「…良いわよ、望み通りボッコボコにしてあげる…」
この舞台で初めてかなちゃんが私の方を向いてくれた…
罵倒されてるのに薄く微笑んで…
「…負けないよ?かなちゃん…」
小さい言葉が交わり、空気が重くなる…
因縁の相手、複雑な愛情…
また一つ…愛情が増えていく。
誰の愛情が勝つのか…目的を達成するのは…
「アイさん、かなちゃんサラダチキン食べてたんですよ…」
「さ、サラダチキン…ふふっ、やっぱり面白くて可愛いね…」
少し遅れたアイさんに先程あったことを話していく…
脇幕の裏で、アイさんには腰掛けてもらって…
「…アイさんって本当に凄いですよね…」
アイさんが遅れたことをかなちゃんは怒らなかった…それぐらいまで好感度を上げた…
天才と呼ばれる所以はカリスマ性だけじゃない。人の心を掴む力、信用を得る力…本当に何もかも桁違い…
「それはかなちゃんが優しかったからだよ…私は本当に教えてもらったお礼をしてただけ…」
あれだけ暴言を吐かれて、この言葉が出るのは本当に凄いと思う…
しかし、私はそんな天才の弱点を知ってしまった…
「アイさん、私の刀鬼…絶対見ててください…」
私を助けるのが無駄だったなんて、アイさんに思わせないように…
一緒に戦う覚悟を見せられるように…
「…あかねちゃん…」
星野アイの目には完成し始める刀鬼…否、自身が愛し続け…救ってくれる存在の後ろ姿が…
天才は変化を恐れない。そして変化は、必ず結果として現れる…
「黒川あかね、ここまでしても食らい付いてくるのね…」
舞台で舞う刀鬼を見ながら…
この言葉に反応するのは努力を続ける男の子…
「有馬って星野さんしか見てなかったよな…なんでいきなり黒川の勝負受けたんだよ…」
「別に、単純な理由よ…」
単純な理由…素直なメルトは疑問を隠さず…
「ごめん、分からないんだけど…」
「…正直、星野アイと同じぐらい厄介だったのよ。黒川あかねは…」
…いや、おかしい…復讐に燃える赤い少女はアイドルに固執していた…
初めて会った時も、台本が変わった時も…そんな疑問を解決するように彼女は口を開いて…
「私が一番黒川あかねの恐ろしさを知っている…何度も舞台を共にしてきて、私じゃ勝てないことが身に染みてる…」
今日甘が成功しなかったからだろうか…彼女の瞳から欠落している自信という感情…
「それで、黒川あかねの対策に頭を使ったわ。何だと思う?」
「うーん…」
悩むメルトの横から口を挟むのは…
「…刀鬼役か…」
星野アイと双璧を成す、姫川大輝という天才…
「…そういうことよ…黒川あかねに男役をやらせて自滅させて…私は星野アイに専念するつもりだった…だけど、見てみなさい」
彼女が顎で示したのは…
「…黒川、仕上がってるな…」
「…私が思っている以上に黒川あかねは凄かった…だから勝つために先に倒そうと思ったわけ」
有馬かなは天才に不幸が訪れた時にしか笑わなかった…
しかし、ツルギ役として双剣を握った彼女は…
「…ラスボスの前に中ボスを倒す…物語の定石でしょ?」
勝負を楽しみにする微笑みでステージに向かっていく…
戦うことを決意して…ライバルの元へ…
その姿を眺めながら、メルトが口を開く。
「…姫川さんから見ても、有馬は黒川に劣ってる感じですか?」
「…二人とも上手いと思うけどな…」
「そこを優劣付けるとしたら?」
メルトの質問に、メガネ越しに役者を見つめて…
「演技の実力が互角な時、どんな所で差が出るか分かるか?」
有馬かなに続いて、姫川大輝からの質問…メルトは良く考えて…
「…自分に近い役柄の方が演じやすいってことですか?」
「そういうこと…黒川も仕上げて来てるのは認めるし異質な演技で天才と呼ばれるのも分かる…だけど、有馬も演技は上手い。そうなると役柄の分有馬の方が優勢に見える…」
「なるほど…」
女性が男役を演じる…性別の壁を越えるのは簡単なことじゃない…
それに…
「有馬は本来舞台を良くしようとする役者だ。今回は相手に勝とうとする余り相手を陥れて、自分の中に迷いがあったように見える…」
しかし、今の彼女の目には…
「敵に演技を教えて、黒川と戦うことを決めて…迷いなんて微塵も感じない…」
「…それも含めて有馬の方が優勢ってことですか…」
確かに敵も強い…しかし、120%の有馬かなには確かな強さがある…
黒川あかねが劣勢なら、やはりパートナーが勝たなければならないが…
「…星野さんと姫川さん…優勢なのは…」
悔しいけれど…
メルトでも分かるほどの格差が…
「…今回は有馬が勝つよ」
だって、俺が星野アイに勝つから。
そう呟いて歩き出した姫川大輝の首元に…
「…星野アイの適応型…」
「…」
鞘姫の刀が下剋上を狙う…
今までにない手札…新しい星野アイを前にして、ブレイドの額には冷や汗が浮かぶ…
2.5次元本番…最高潮の波が立つ…
「遂に来てしまった、舞台本番…」
「どうしたのアビコ先生…緊張してる?」
楽しみにしながら東京スタジオに入っていくお客さん。
その中に居るアビコ先生…
「そりゃあしますよ…私がめちゃくちゃ口出ししたんですから…」
「でも…脚本は納得行ってるんでしょ?」
「まぁ、それはそうなんですけど…」
漫画家同士の不安や考え…
そこにやって来たのは…
「大丈夫ですよ、僕もあの脚本には満足してますから」
言葉を返すのかと思ったら、アビコ先生は吉祥寺先生の背中に隠れてしまって…
「あれ?仲良くなったと思ったんだけどなぁ…」
「気にせずガンガン行っちゃって下さい!この子青春を漫画に注ぎ込んで男子に免疫無いだけなので」
それを聞いたGOA先生は安心したように笑うと…
「…まぁ、この舞台の成功は役者の方々の演技に掛かってると思います…でも大丈夫です!皆さん実力のある方ばかりなので!」
安心するような笑顔を見たアビコ先生は…
「はい!私、星野さんの演技凄く楽しみにしてたんです…アイドルとして見た時からファンで…吉祥寺先生の次に尊敬してます!」
「あはは、星野さんは芸能界でも随一ですからね…だけど…」
期待が大きい分、プレッシャーも大きい…
そして役柄の相性も良くない…GOA先生は不安そうな顔で天才を思い浮かべて…
「…?GOAさんどうしました?」
「あ、なんでもないです!とにかく心配する必要は無いですよ!」
心配…天才の他にもう一人…
吉祥寺は口を開かず、一人の男を思い浮かべて…
「…キザミ役、鳴嶋メルト…」
この言葉が冷たい空気に反響する…
「MEMちょお久ぁ!」
「ゆき!その他共も久しぶりぃ!」
仲良しな今ガチ組…
挨拶を交わして…
「匂わせお揃っちじゃーん!」
こんな感じの他愛の無い会話…
友達が主演の舞台…テンションも上がるのだろう…
「…いやぁ、星野さんの演技とかめっちゃ楽しみだわ…そういやMEMちょ星野さんとコラボしてたよな?なんか言ってなかったの?」
前は釣り合いが取れないと断っていたのに…ちゃっかりコラボはしていたらしい…
「まぁ、星野さんのことだし大丈夫か!」
自分たちが見た星野アイ…あの姿を見たら心配なんて烏滸がましい…
しかし、MEMちょは心配そうな顔をすると…
「うぅーん、大丈夫!って言いたいんだけどね…コラボしてる時もちょっと自信無さげだったんだよね…」
「え!?あの星野さんが!」
全員の驚いた表情…
星野アイは不安だったとしても絶対表には出さない…
それが表に出てしまうほど…今回はそれ程までに追い詰められているのか…
驚きから心配の表情、その表情に映ったのは…
「あれ五反田監督じゃない?」
世界で一番この舞台を楽しみにしている男の姿…
「星野アイ…力の入れる所と適応型で受ける所…」
監督は練習を振り返り考える。
有馬かなに教わった適応型を俺が仕上げて、力の入れる所も教えてやったつもりだが…
(…やっぱり時間が無かった…)
舞台と並行してテレビ、アイドル公演…忙しい中での舞台の稽古は厳しい物がある。
「特に最後の演技…ここはあまり教えてやれなかった…だけど…」
黒川あかねを救う代わりに2.5次元のオファーを受ける。この目的の為なら舞台に手を抜いて良かったのに…
今回のアイツは本気だった…
「…そりゃあ、楽しみにしちまうよな…」
そして、楽しみな理由はもう一つ…
「隠れて教えた刀鬼の演技…」
この言葉と共にポケットから取り出す幼いアクアの写真…
もう早熟はこの世に居ない…そんなことは分かってる。でも楽しみで仕方がない…
「…役者の限界を超えて…その景色が見られるかもな…」
期待…不安…一つの役に全てを込めて…
絶望から希望へ…そんな奇跡が起きるとしたら…
「アクア…」
鞘姫役、星野アイの控え室…
椅子に腰掛けて、ゆっくりと下を向く…
「アクア、ルビー…」
万が一バレたらいけない…だからスマホの待ち受けを子供にすることも出来ない…
だから、私は下を向いて、目を瞑って…
「好き、本当に大好き…」
あぁ、やっぱりそうだ…
何年、何十年経ってもこの言葉は嘘じゃないって言い切れる…
そして、愛する子供と共に思い出すのは脳を抉り取るような凄まじい激情…
「ダメだね…メイク落ちちゃう…」
感情がぐちゃぐちゃになって涙が溢れる…
だから、私は今日も笑うんだ…
「今日はね、ママの覚悟を見せるから…」
一つ、二つ…深呼吸をして…
「この台本のおかげで気付けた…私の本当の幸せ…」
天才として、アイドルとして…
しかし、この時の微笑みは間違いなく…
「…私が守るんだ、アクアとルビーを…」
何処にでも居る母…
双子を世界一愛する美しい母の表情だった…
〈補足〉
星野アクアの好きな食べ物ですが調べても出ませんでしたので今回は有力視されている『お肉』にさせていただきました。
知ってる方いましたら教えていただけると幸いです。