もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
光る刀…
「なんだこれ…」
ブレイドが名刀を手に取った時、それぞれの物語が幕を開ける…
「俺!王様になってみたかったんだよね!」
その物語とは…それぞれが命を懸ける最後の戦い…
第一幕…ツルギ、ブレイド…キザミが活躍する舞台…
「…やっぱりかなちゃんや姫川さんは凄いな…」
私は刀鬼のメイクを終わらせてモニターを見つめる…
そこに映るのは倒すべき強敵の姿…
「お前も王様になりたかったんじゃないのか…?」
「仕方ない…剣士同士の決闘に負けた者は配下になるか命を差し出さなければならないからな…」
かなちゃんは少し寂しそうな顔から…
「それに!あんたが王様になった際にゃあ、私を大臣にしてくれりゃあいい!」
満足したような笑顔…
かなちゃんは凄い、認めたくないけれど…
私はモニターを睨むようにじっと見つめる…そんな時だった、近くのドアがゆっくりと開いて…
「あかねちゃん…いや、刀鬼って呼んだ方が良かった?」
『鞘姫役』と表記された控え室…
そこから姿を現したのは母親ではなく天才…
「あ、すみません…うるさかったですか?」
「ううん!全然!…ちょーっと役に入るの苦戦しててさぁ…息抜きに外出ようと思ったらあかねちゃん居たから声掛けちゃった!」
笑いながら私の隣でモニターを眺める鞘姫…
美しくてカッコいい…私から見たら完璧な役に見える…
「…第一幕が終わったら、私達の出番ですね…」
「そうだね…私の、いや…私達の集大成…」
私も、アイさんも…演技に全てを込めたいと願い、何かを変えてみせると抗ってきた…
そんな二人が出演する第二幕の初め…その命運を握るのは天才ではない。
努力を知り、悔しさを滲ませる少年…私達は思い知ることになるだろう。天才とは違う凡人の姿を…
そして、見届けなければならない。才能に抗い続けた凡人の結末を…
「お前!裏切ったのか!?」
「…戦わなきゃダメなんですか?…僕は戦いたくなんてない…」
(…鴨志田朔夜、やっぱり別格…)
いつもヘラヘラしてて、可愛かったら年上の女も拾いに行くような奴…人としては尊敬出来ない役者。だけど…
(演技はめちゃくちゃ上手い…)
鴨志田の瞳孔が揺れ、こちらに飛び降りて来る…
普段とは真逆の役柄なのに…見方を変えれば星野アイや黒川あかね以上のポテンシャルを持ち合わせてる。
剣と剣がぶつかって、舞台装置の風が俺の頬を撫でる…
今の俺に出来ること…
角度を変えた剣に、キザミの冷や汗が映る…
「舞台の効果音確認しまーす」
「立ち位置の確認するぞ」
時は逆行して舞台練習…
席に腰掛けるのは…
「鏑木さん、鴨志田君を紹介してくださって助かりました…」
「…満足してくれたのなら良かった…」
ララライに興味を持ってくれるように…
2.5次元と演劇の塩梅、雷田Pは悩みながらも楽しそうに話を進めていく。
「鴨志田君は流石だ、ララライが持っていない2次元を現実に持ってくるノウハウの塊…」
演劇のスペシャリストが学びを得るほどの役者…
鴨志田朔夜にはそれほどの才能が…
「鴨志田君があれだけ凄いなら刀鬼役に推してくれれば良いのになぁ…とはちょっと思いましたけどね!」
雷田Pは笑いながら…
鏑木はその笑いを見て反論ではなく質問を口にしていく…
「おっと、星野アイはお気に召さなかったかな?」
「…」
サングラス越しに目線を落として、思考を巡らせて…
「いや、めちゃくちゃ驚いてます…演劇自体慣れていない筈なのに、鞘姫という主演…台本が難しくなって、こっち側が無理だと諦め始めてたのにもう対応し始めてる…」
鏑木Pの人選、凄いのは星野アイだけではない…
「鏑木さんが、星野アイを使いたいなら黒川あかねを刀鬼役にしろ!って言ってきた時は正直驚きましたけどね…」
鏑木Pではなく、元天才子役が発した条件…
ララライの若きエースは雷田から見て…
「あかねちゃんも仕上げて来てる…ララライの子なのに僕ら以上に実力把握してる鏑木さんには人選含めて信用してるんですが…」
満足気な表情は、一人の男を視界に収めると同時に終わりを迎えた。
その男とは…
「キザミ役のメルト君…何で彼を推薦したのかは分からなかった。星野アイ程の知名度があるわけじゃない…演技が上手なわけでもない…」
鏑木Pのゴリ押しで決まったキザミ役…
なぜそこまでして鳴嶋メルトを推すのだろう…
「ははは、流石に芸能界の天才と比べたら可哀想だね…」
「…」
何か才能が見えているのだろうか…
固唾を飲んだ雷田Pに向けられる言葉は…
「ただの私情だよ、空いている席に気に入ってる子ぶち込む。推薦なんてそんな物でしょ?」
「…え?」
拍子抜けする男に、悪びれることなく言葉を放って行く…
「顔も良くて声も良い…演技は場数を踏んで少しずつ上手くなっていけばいい…」
「人の舞台を稽古場に使わないで下さいよぉ…」
雷田Pは呆れるように笑って舞台を見つめる。
鏑木はその表情を見て、自身も薄く笑う…
「君も気に入ると思うよ…」
彼の説明では、気に入る理由なんて分からない筈なのに…
私達は知っているんだ。その理由と覚悟を…
「君も好きでしょ?」
天才に触発されて、心を入れ替えて…
自身を凡人と認めて、涙を堪えて続けてきた…
そう、続けてきたんだ…何を?
『努力』
この短い言葉だけで良い…いや、短いからこそ良いんだ。
後は見届けよう…
賢い男の子が居ない凡人の逆襲…狂い始める歯車に触れた彼の集大成を…
走って、走って…
汗をかいて、水を飲んで…
また走って、俺の不甲斐なさに絶望して…
「脚本が流れなかったのはメルト君のおかげだね!」
俺が人生で初めて憧れた人…
脚本が難しくなった日、自身の心配よりも先に俺を元気付けてくれた…
演技出来なくて八つ当たりして、
無様に踊るピエロに笑顔をくれた…
俺は、俺だけは…
足引っ張っちゃ行けねぇんだよ…
剣同士がぶつかって、金属音と共に露呈する事実が舞台と客席に広がっていく…
その事実は、キザミを否定するのに十分過ぎる理由…
『鳴嶋メルトが演じるキザミ役には強者感が無い…』
『素人に毛が生えた程度の演技』
『魂込めた作品を馬鹿にするような演技…』
彼を一番貶すのは誰だろう…
2.5次元のノウハウを持ち合わせる優秀な役者?…それとも命を賭けた作品をぐちゃぐちゃにされた原作者?
…いいや、違う。
一番彼を貶すのは…後悔して、時間を巻き戻して努力したいと願ったのは…
『鳴嶋メルト』
あぁ、走るのってキツい…
一生懸命やってるのに出来なくて、人に馬鹿にされるのってキツい…
でもよ、それ以上にキツいことがあるぜ…
星野さんに恩を返せず、舞台をめちゃくちゃにすること…
今日甘の時みたいに、人のせいにして後からカッコわりぃって涙ぐむこと…
ヒントは、努力というスコップで発掘される…
「黒川あかねを刀鬼役にして陥れたのよ…」
「30歳で鞘姫役…出来るわけない…」
有馬の発言…
俺はこの言葉を一番近くで聞いてた…
「…なんで出来ないって分かるんだよ…」
「…性別、年齢…明らかに違うじゃない…」
天才達でさえ苦戦する障壁…
俺が越えられる訳が無いよな…
その障壁とは…『役柄』
みっともなく負けて、何も言えずに蹲る俺にある訳無いんだ。
『強者感』なんて…
「…メルト君、演技教えて欲しいの?」
「はい!…星野さんお忙しいのにすみません…」
申し訳なさそうな表情をする鳴嶋メルト…
星野アイはゆっくりと微笑みかけて…
「全然暇だから大丈夫!…うぅーん、やっぱり才能を活かすことかな?」
「…才能、ですか…」
星野さんは凄い…
演技力以外の部分で姫川さんと渡り合ってる…
でも、説得力と出来るかどうかは別物…
「俺に、才能なんて…」
苦しそうに唇を震わせる男の子はそれ以上喋らなかった…否、喋れなかった。
何故なら、目の前の太陽が食い気味に喉を震わせたから…
「メルト君は才能で溢れてるよ…」
世界一の天才…いや、関係ないか…
憧れる存在に言ってもらったこの言葉を信じて、本物にしてやる…
仮にお世辞で、嘘だったとしても…
俺の才能なんて、分かりきってるじゃねぇか…
今日甘で周りを見ていないと侮った有馬に俺は『敗北』した。
性別という大きな壁が有るにも関わらず、俺は黒川に『敗北』した。
そして、アイドルだからと侮って…顔だけで努力してないと貶して…手を差し伸ばしてくれる世界で一番優しくて強い星野さんに俺は…
『敗北』した…
剣が飛ばされて、床を滑る…
認めるよ、俺の…いや、キザミの敗北だ…
お前も負けちまったな…
馬鹿にしてた匁に…
負けて、負けて、負けて…
そっくりじゃねぇか。今のキザミに…
なぁ、キザミ…お前はどうしたいんだ?
…だよな。
勝ちてぇ、勝って言ってやりてぇ…
星野さんは別格だって。星野さんのおかげでここまでやれたんだって…
この舞台で一番努力したのは誰だろう…
性別を超えようとする黒川あかね?…この舞台に復讐を誓う有馬かな?
…いいや、違う…そう言い切ることが出来る。
その理由は、刀が一本だけボロボロだったから…
刀がボロボロになるまで演技に打ち込んで、それでも負けて…
努力をしたからこそ知ることが出来た…
敗北を人一倍知ってる…それこそが彼の才能…
敗北感に悔しさを乗せて…
根性だけで立ち向かって、雄叫びを上げて…
本当に俺にぴったりだ…
気持ちを乗せた演技…
敗北の一分は最高の形で客席に降り注ぐ…
…そう言いたい程の演技だった。
「誰にも負けねぇぇぇぇぇぇ!」
魂からの叫び…
本当に、カッコよかった…
バタッと倒れる姿も、本当に…
…前のめりに倒れるキザミ…
最高の一分…しかし、彼は片方しか達成することが出来なかった…
『覚醒』…彼は完遂することが出来なかった…
「…想像以上だった…だけどね…」
観客席から眺める鏑木の呟き…
ファーストインプレッション、日本語で第一印象…
雷田や鴨志田、今日甘を知ってる吉祥寺。
厳しく見る人には覚悟が伝わっただろう…
しかし、他の客は違う…
『あまり上手くない役者』…こういう印象を受け、しっかり見ることを辞めてしまった…
第一印象を覆す為に必要なのは『事象』
彼は最高の敗北感を乗せた…しかし、それは感情でしかない…
必要なのは…例えば…
『原作再現』
本当に、賢い男の子は運命を狂わせる。
居ないだけで…これほどの絶望を与える…
「くそっ…また負けちまった…」
キザミとして、役者として…
観客の見る目を変えられなかった。じんわりと、じんわりと視界がボヤけて行く…
そして、狂った結果は最悪の方向へ舵を切る…
「…良い感じに感情乗ってんじゃねぇか!…まぁ、観客には届いてなかったけどな〜」
冗談混じりの鴨志田の言葉。
努力が報われていたら、この言葉に笑顔で返すことが出来たのかもしれない…
「鴨志田さん…そうですね、観客に下手だと思われて見せ場終わっちゃいました…」
役者を辞めようか…俺には向いていない…
絶望と一緒に溜まった雫が落ちる、その時だった。
「メルト君?めっちゃ良い演技だった!」
メルトの背中を撫でたのは憧れの存在…
あぁ、本当にこの人は才能で溢れてる…
「…星野さん、すみません…俺に才能なんてありませんでした…」
「…」
天才は、今度は言葉を遮らなかった…
しかし、それは認めたということではない…
「…言ったでしょ?メルト君は才能に溢れてるって…」
「…言ってましたね…俺は、あなたの嘘を本当に出来なかった…」
星野アイは嘘吐き…
でも、ただの嘘吐きじゃない…
「じゃあ見せてあげる、メルト君の才能…」
「…俺の才能…」
彼だ、彼だけだった…
脚本が変わっても、舞台の上で姫川大輝に押されていても…憧れの天才を信じてた…
「メルト君の才能はね?人を見る目だよ…」
この舞台で、絶望は希望に変わる…
彼女はこの日、嘘吐きから進化する…
「…私の演技、見ててね?」
嘘が本当になることを願って…
一度捨てた目標が、意図せずとも手中に収まる瞬間…