もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
「あなたのアイドル〜サインはーb!ちゅっ♪」
「よぉーしOKだ!後は本番前まで少し休んどけ!」
『B小町』というアイドルグループを、あなたは知っているだろうか?
そのグループとは、地下アイドルから始まったグループ。
一人の、圧倒的カリスマが居た、最強のグループ。
そう『星野アイ』彼女の、強烈な光によってのし上がってきたグループ。
のしあがって、駆け上がって、ドーム公演まで来たアイドルグループ。
しかし、そんなグループも、アイという一人の人間が居なくなれば、きっと、このグループは、羽を失った鳥のように地べたを這いずり回るだろう。
「疲れた〜。本番絶対に成功しよぉ!」
アイがそう言うと、皆静かに汗拭きタオルを手に取る。
皆も分かってるんだ。アイ以外が振り付けの一個や二個間違えた所でどうせ誰も気付かない。
皆に認めさせる。それほどのカリスマ。
そんな天才、星野アイ。彼女に寄ってくるのは、B小町をここまで導いた壱護社長。
「おい、アイ。緊張する必要ねぇからな」
「ん?緊張?何でですか〜」
アイは、タオルで顔を拭くとしらばっくれたような顔で社長を見つめる。
なんていうか、すごいというか、こんなアイドルが伝説級とは本当に驚きだ。
(はっ、心配なんてする必要ねぇか。だってこいつは…)
壱護社長がストローで水を飲むアイを見つめる。
(俺が拾った嘘の天才なんだからな…)
そうニヤけながら考える社長。瞬間、彼の携帯が鳴る。
誰からだろうか?そう思い、携帯を見つめた先、電話の主はミヤコさんだった。
プルルッ、プルルッ。着音が鳴る。
その音は、嘘という砂の城が壊れる、正に始まりの音であった。
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─星野アイ視点─
私は『星野アイ』B小町というグループのセンター。
今日はアイドルなら皆が憧れるドーム公演の日。
みーんな私に期待してる、私を見たいと足を運ぶ。
でも不思議と緊張は無い。だって…
(今日見せるのも、どうせ本当の私じゃないんだから…)
本当の私と違って、嘘で固めた『アイ』という人間は恐ろしく強い。
きっと、今日もなんとかしてくれる。
そんな強い、強いもう一人の私。でも、今日終わったら、嘘の私は消すね。それで、本当の私で、ルビーとアクアと手を繋いで、こう言うの。
「ルビー?アクア?愛してる。だから、これからも一緒だよ?」
そして、目の星を消して暗い私を見せてみる。
ルビーはなんて言うかな?アクアはなんて言うかな?
私は、そんなことを考えて一瞬下を向く。
本当に一瞬だけ、私は俯く。
次の瞬間、スゥーという風の音な私の前髪を揺らした。
暖かくも冷たい風を感じて、私は前を向き直す。その目に綺麗な星だけを宿して、空っぽのまま前を向く。
もう本番だ。私は、にっこりと笑って、笑顔の練習をして考え事をする。
そろそろ、ルビーとアクアも来てくれることだろう。そう考えて、佇む。
佇んで、待つ。すると、いつのまにか居なくなっていた社長の声が廊下から聞こえてきた。
「おい。は???どういうことだよ…」
「だから、ルビーさんとアクアさんが、もう、息してなくて…」
廊下に向かう。すると、そこに居たのは、サングラス越しでも分かるほど瞳孔を広げた社長の姿だった。
「だから!!!それが意味わかんねぇんだよ!」
泣いているミヤコさんが、呼応するように大きな声で。
「うっ、とにかくアイさんに変わって!!!」
それを聞いた社長は、携帯を握りしめて静かに言葉を震わせる。
「おい、ミヤコ。それ、どうゆうことか分かってるのか?」
「わかっ、分かってます。でも!」
「でもじゃねぇんだよ!ここまでの苦労捨てるつもりか?ドームの客はアイを待ってんだよ。八十パー、いや、九十パーはアイ目当てだ。それが抜けるなんてことになってみろ。本当に終わるぞ?」
ミヤコさんは唇を噛み締めるような、苦しそうな叫び声で。
「でも!!!それでもアイさんには選ぶ権利があります。母としてか、アイドルとしてか。この惨劇を見るのは私ではなくアイさんであるべきなんです」
それを聞いて押し黙る両者。俯く社長の後ろに、私はゆっくりと近付く。そして…
「しゃちょー?どうかしたんですか?」
社長は、携帯を耳元から離して私に振り向く。
額に滝のような汗を流すその姿に動揺が見られる。
「あ、あぁ、アイか。なんでもねぇよ」
真っ青な唇で、そんな言葉を放つ社長に私は鋭い一言。
「社長。なにもないって、嘘ですよね?」
その言葉に動揺で跳ねる社長の姿。
図星。嘘の天才の前で嘘など付けるはずがなかった。
(確かに、会話自体は良く聞こえなかったけれど…)
社長が下に下ろした携帯から聞こえてくるのは、ミヤコさんの声。
何か嫌だ、いやだ、いやだ、いやだ。私は、そんな悪い予感に嘘を吐いて笑う。
「あぁ、もしかしてお昼寝してたルビーとアクア寝坊しちゃってます?そうだとしたら…」
「アイ、もし、もしも、人生を変える出来事が一気に二つ起きたらどうする…」
「え?どうしたんですか社長?そんな怖い顔しないで…」
社長は、サングラス越しに鋭く私を睨む。
「良いから答えろ。答えてくれ」
語尾が弱まる社長の質問、私が出す答えは
(きっとドームが一番って言ったら喜ばれるんだろうなぁ)
この空気、ドーム公演を超える出来事が起きたのは間違いない。
だけど、だからこそ、私は喜ばれるだけの選択肢は捨てる。
「選びたい、自分の手で…」
私の言葉を聞いた社長。彼の手が、ゆっくりと右手が持ち上がる。重く、重く、空気を澱ませる。
私の目の前に広がる視界。そこにあったのは、保留にもしてない電話機。
唇を噛み締めた社長が、私の目をじっと見つめる。
「取れ、そしてお前が選べ。だが、これだけは言っておく。ドーム公演はお前が居なければ終わる…」
私は、何故か震え始める自身の手で電話機を落とさぬよう両手で包み込むように受け取る。
電話機を受け取った刹那、一瞬だけ自身の手が血まみれになる幻覚を見た私は、唇を噛み締めた。
大量の血。悲惨な光景。それは、一体誰のだろう…
「もしもし、電話変わりました」
「アイさん、よく聞いてください。実は…」
ミヤコは、無駄なことは言わなかった。ただ、双子の星が消えた、輝きを失ったと。来いとも来るなとも言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。だって、アイはそれを聞いた瞬間、携帯を落として走り出していたのだから。
アイは天才アイドルの前に、少女であり二児の母である。それが、彼女の出した答えだった。
私が着いたのは、救急車と同時だった。
「はぁ、はぁ…」
半泣きで、鼻を啜りながら走ってきた私は酸素不足とぐちゃぐちゃな感情から視界がぼやける。
だけど、担架で運ばれる我が子だけは、そんな視界でも間違えない。
「アクア、アクア!!!」
私は、ぐったりと眠る息子に近寄る。
担架の邪魔になるとか、ミヤコさんが何処とか考えることは、今の私には出来なかった。
「お願いします!重症患者ですのでどいてください!」
酸素ボンベを付けたアクア。腕は千切れそうなぐらい切られており苦しさが伝わってくる。ただでさえ白い肌が真っ白になってる。
私でも分かる…
(あ、死んじゃう…)
駆け寄って、見つめる。
しかし、そんなことをしても、どうせ起きない。救急隊がそう喋り出した時、綺麗な顔に負けずとも劣らない青い瞳が姿を表す。
「アクア!?アクア!どうしたの?ママはここだよ?」
「あ、アイ?ごほっ…」
救助隊が居るのにママと言うアイ。いつもなら絶対しないだろう。
しかし、それでも、彼女は叫んだ。
暖かく、ゆっくりと。
その気持ちが身を結んだのか、はたまた偶然か。
アクアの千切れそうな腕が、アイの元へと近付いていく。
「ア…イ…ありが…とう…」
「うん、そうだね。今日ドームは苦しそうだね…?録画してもらお!そしたら何度でも見せてあげるから、だから…」
「アイ…?どこ…だ…?」
アクアの目は、開いているはずなのに何も映らない。暗い、暗い瞳孔の部屋。
それは、完全に、血液が回っていない証拠であった。
私は、無心でアクアの体を抱いた。
血が付くとか、そんなこと、どうでも良かった…
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ?役者さんなんて良いから、アクア…?生きてさえいてくれたら、ママ大丈夫だから…」
抱いたから分かる冷たさと脈。
最後にアクアは、こんな言葉を残す。
『がくせい、おとこ、しないで』
か細く私の耳に発した言葉。
その時、私は救助隊の人に引き剥がされる。何故か私の視界が、雨の時の窓のように濡れて、ぼやけてる。あ、泣いてるのか。
(まだ言いたいことたくさんあるよ…)
道路が、道が水没するんじゃないかと思うほど濡れていく。
そしてその水は階段、そして私の家へと繋がっていって。
開いていた私の家に入ると、奥にあったのは、居たのは、もう一つの骸だった。
「ルビー?救助隊に連れてってもらってないの?」
やった。私の心が少し晴れる、だって、だって、連れて行かれてないということは…
怪我せずに生きてるってことだよね…?
しかし、濡れて行く視界の中で家族の全身を収めた時、そこにあったのは絶望だった。
「うっ、ダメだよ。こんなの、私が生きてて…おかしいよ…」
目の前には、ルビーだった物がぐたりと寝転がる。
ルビーだった物。ぐちゃぐちゃになった物。
そう、彼女は、アクアとは違って、完全に死んでたから連れて行ってもらえなかったのだ。
拷問されたような傷跡。
アクアより苦しそうに歯を食いしばったルビーの姿が私の瞳に刷り込まれる…
瞳に光は無くて、綺麗な顔と髪は、血と切り傷でぐちゃぐちゃになってる。
私は、血の池の真ん中に眠るそんな遺体を静かに持ち上げ、アクアの時とは違ってゆっくりと、ゆっくりと語りかける。
「ルビー?こんなママでごめんね。こんなママじゃなかったら、ルビーは、どんな子になれてたのかなぁ。うーん、ルビーはアイドルかな?もしなったら、共演とかほんと楽しみだったなぁ。そうだ、ママも今からそっちに行くからね。それで寂しくないよ?」
そして、ルビーのボロボロになった体を血の池に置き、血まみれの手で自身の首を掴む。そして…
「……ゔっ……ゔヴ…」
ゆっくりと首を絞めていく。やった、これで楽になれる。嘘を吐かなくて済む…
冷たい水に足から入っていく感覚。ルビーと会ったら謝って、それから、それから……
遠のいていく意識。
刹那、私の腕が突如何者かに掴まれる。
「アイさん!!!何してるんですか!?」
そう言って、掴まれた私の手首。足りなかった脳に酸素が回ってしまう。イヤダ、いやダ、いやだ…死ナセテ、死なせて…
「はぁー、はぁー。しにたい、しにたい!なんで、しなせてくれないの。なんで!私だけ!!!」
「アクアさんとルビーさんが、それを望んでいないからです…」
「もう、やだ。やだよ。お願いだから、またルビーとアクアと一緒にいさせてよ……」
ピチャっという音と共に、ミヤコさんが私に詰め寄る。
「ダメに決まってるでしょ!あなたが無責任に産んだのがこの結果なんです!だから、生きないと…」
「………」
黙った私に、ミヤコさんも言いすぎたと思ったのだろう。
ゆっくりと腕を広げてくれる。
そして、ぎゅっと、私を包み込んでくれた。
「今日はドーム公演も忘れて泣いてください。そして、お葬式に来てくれた二人に伝えてあげてください…」
血の溜まり場に、ぽつぽつと雨を降らせていく。
人は死んで50秒でとてつもない異臭を放つと言われている。
アイは、そんな遺体をためらい無くその腕に包み込んだ。
それだけで愛が伝わるだろう。
そして、アイは歩む。自分だけが生きてしまった旅路、血の繋がった家族が居ない一人ぼっちの旅。
その旅の始まり。アイは、二人の顔を思い浮かべてぼそっと呟く。
「二人共、ずっと、ずーっと…」
「愛してる」