もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
暗い祠に、死体が一つ…
何十年も前の死体…誰からも見つけられることなんて無かった…
「…星野アイは、見つけられるかな?」
とある男の子は言った。
風と共に揺れる広大な林…この中に、もしも死体が埋もれていても…見つけることなんて出来ない…
見つけられるとしたら…そんな物は『奇跡』だと…
「星野アイは、絶望するのかな?」
偶像を破壊する一手…
奇跡の上に成り立つ物が、そんな理不尽なら…見つけるべきじゃなかったのかもしれない…
「…せんせー?…」
世界で一番のファン…
理不尽な『死』が…一番星を黒く染め上げる…
「…なんというか、ボロボロですね…」
「…そうだね…せんせーって掃除苦手だったんだ…」
ツクヨミの助言を受け、雨宮五郎の自宅を見つけた二人…
手入れの行き届いていない光景に、思わず扉の前で立ちすくむ。
「…とりあえず、インターホン鳴らしますね…って!アイさん!?」
「あ、鍵開いてる…あかねちゃん入っちゃお!」
黒川あかねの視界に広がるのは、不法侵入する天才の姿…
監督の家にお邪魔した時も思ったけど…アイさんって図太いんだよなぁ…
「…ま、まぁ…名札に『雨宮』とは書かれてましたし…間違えてることは無いと思いますけど…」
「よーし、それなら大丈夫!お邪魔しまーす!」
元気の良い天才を待ち受けていたのは、真っ暗な部屋…
…なんだか、不気味な感じ…
「アイさん、どうしますか?」
「うぅーん…どうしよっか…そうだ!勝手にせんせーの家探検しちゃおう!」
「…分かりました…」
黒川あかねは、天才に非常識だと断らなかった…
その理由は、至極単純…
(…きっと、この家は暫く使われていない…)
屋根はポツポツと雨漏りしていて、家具は腐りかけてる…
そして、決定的なのは…
『埃』
あかねは人差し指で床を撫でる…
付いてきたのは大量の埃…しかし、大切なのは積もり方…
(…埃が綺麗に積もりすぎてる…)
そう、この家の不気味な点…
机の下、ベッドの上…埃が同じ量積もっている。
そんな家の廊下を歩けば、当然…
「うわぁ…あかねちゃん、足の裏に埃付くから気を付けてね?」
「…はい」
廊下に連なる埃の足跡…
これが今、出来たということは…この廊下は暫く歩かれていないということになる…
その事象が…黒川あかねの推測を加速させる…
「…アイさん…」
「あかねちゃん、どうしたの?」
私には、アイさんに報告する義務がある…
きっと…雨宮五郎は…
「雨宮五郎さんは…夜逃げしたんだと思います…」
「…」
聞いたことがある、助産師は物凄くストレスの掛かる仕事だと…
苛ついている妊婦に当たられ、複雑な家庭を持つ妊婦さんとその子供を最後まで守り切る…
生命を守る…それは、簡単なことじゃない…
そんな思考を見透かすように…アイさんの口が開く…
「…そっか、そうだね…あかねちゃんは知らないと思うけど…」
黒川あかねの知らないこと…それは…
「せんせーは、凄く強い人だから…だってさ!こんな私に元気な双子産ませたんだよ!天才じゃない!?」
「…えーっと、なるほど…」
天才女優とは違う曖昧な理由…しかし、妙な説得力がある。
そして…そこに、こんな理由が加われば…納得せざるを得ない…
「…私もね、逃げ出したいと思ったことがあるんだ…ドーム公演の日…どうしようもなく苦しくて…」
少女を絶望の淵に叩き落としたドーム公演…
彼女は薄く笑って、質問として投げかける…
「あかねちゃんならさ、夜逃げする時に何を持っていく?」
唐突な質問…黒川あかねの答えは…
「…そうですね、まずは缶詰め類ですかね…後は水、お金と通帳…あ、、、でも持って行きすぎるとバレちゃうのか…」
うぅーんと思考を巡らす賢い女の子…
彼女が口にするのは理想、夜逃げしようと本気で思ったことが無い人の意見…
「ふふっ、あかねちゃん不正解!…正解はね…『これ』だよ?」
「…これって…」
四角い箱に保管された一通の手紙…
一目見て分かる、雨宮五郎が物凄く大切にしていた代物…
「…私が夜逃げしようと考えた時、最初に手にしたのはアクアとルビーの写真…夜逃げするなら、一番大切な物を持っていく筈…」
「なるほど…凄く納得しました…」
これが、復讐に身を焦がす『星野アイ』…
復讐の為ならば…苦しい記憶も瞬時に呼び起こす…
「よし!それじゃあ読むね!」
箱を開けて、一通の手紙を取り出す…
そこに記されていたのは、前世の魂…
せんせーへ!
私、お医者さんに言われたんだ…長くないって、そろそろ死んじゃうって…
だから!せんせーの為に手紙書くことにしたの!
手紙ならずーっと残るから!
元気になって、せんせーと星野アイの推し活したい!
髪が生えたら、せんせーに綺麗だねって言われながら撫でられたい!
そして、16歳になったらね!せんせーと『 』したい…
生きたかったなぁ…せんせーと、一緒に…色んなところを見たかった…
来世があったら…ずーっと一緒だよ!!!
『天童子さりな』より
「…確かに、これは…凄く大切な物ですね…」
「…」
一番星は、喋らない…
重い空気に充満する…最悪の推測…
「…もう一度言わせてください、アイさんの意見…凄く納得しました…夜逃げはありえないと思います…」
夜逃げもせず、自宅にも帰っていない…
そうなれば、残る可能性は…
「…先生、雨宮五郎は…きっと…」
黒川あかねは言葉を止める…
脳裏によぎったのは、天才の言葉…
『せんせーは、優しい…』
『せんせーは、強い…』
『せんせーは、世界一のファンだから…』
誰でも躊躇するだろう…こんな事象、可能性は壊れかけの偶像を破壊するには十分すぎる…
しかし…天才の覚悟は想像の上を行く…
「私が出産する時、せんせー来なかったんだぁ…楽しそうに約束してくれたんだよ?絶対に出産に立ち会うって…」
「…アイさん…」
星野アイは微笑む…壊れた人形のように…
「…ちょっとだけ、散歩しよっか…」
時刻は夜、明かりの無い真っ暗な林で…社長からの電話が鳴り響く…
「せんせーに、謝らなきゃって…産ませてくれたのに…私、守れなかったから…」
鳴り止まぬ携帯…
星野アイは、出ようとしなかった…
「…だからさ、こんなこと有り得ないよ…私が生きてて…こんなこと…」
手がかりと、ほんのちょっとの奇跡…
信念が生んだ…生んでしまった奇跡が…この運命を作り出した…
「せんせー?…嘘なんて…辞めてよ…」
「…アイさん…雨宮五郎さんは、もう…」
「嘘だっ…嘘だよっ…」
カラスの瞳孔に映る、一粒の雫…
白骨死体の前で…蹲る…
「…せんせっ…」
真実は、黒い…
未来が…絶望に染まる…