もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
男は、新幹線に乗った…
最悪のファン…菅野良介は、宮崎へと向かっていた…
「クソっ…なんで警察が居るんだよ…」
雨宮五郎を葬り、死体を隠した洞窟。
そこには、無数の警察が居た…
(やばい、やばい…)
焦る良介。
そこに声を掛ける、幼い女の子…
「…こんにちは」
良介は、苛立ちながら幼女を見る。
眉間に皺を寄せた彼は、油断した…
「なんだ、ガキかよ…」
本当の敵は警察じゃない。
神と名乗る幼女…復讐に燃える彼女が始める、最初の一手…
「殺人犯、菅野良介…やっと見つけたよ…」
瞬間、ツクヨミが笑った。
唖然とする良介、語り出すツクヨミ。
「指紋ってさ、2ヶ月ぐらいで消えちゃうんだって…でも、特定の条件下だと半永久的に残るらしいよ。君は知ってる?」
「…は?いきなりなんだよ…」
ツクヨミはカラスを腕に乗せ、言葉を続ける。
「私が質問してるんだけどね…まぁ、いいや。直射日光を避ける、乾燥させない…この二つが大事なんだって」
「…」
立ち尽くす良介の周りをゆっくりと回るツクヨミ。
言葉の真意を理解した良介は、膝から崩れ落ちた。
「…洞窟は、この二つを満たしているね…」
自らが殺した雨宮五郎。
彼の遺体を洞窟に隠すという手段…
自身の行いは必ず自身に返ってくる。
次の瞬間、良介は無数の警察に取り押さえられた。
「離せ!離せよ!俺は犯人じゃない!」
「遺体が持っていた物と同じ指紋を検出、この男で間違いありません!」
暴れる良介…その姿を見て、ツクヨミは哀れんだ。
恩人を殺した男…最悪なファンの最後は、呆気なかった…
「…星野アクアと星野ルビーを殺した人間…本当に醜いね」
一瞬、幼女に殺意が籠った。
しかし、ツクヨミはすぐに平常を取り戻す。
そして無理矢理笑顔を作り、言葉を続けた。
「…でも、君は幸せ者だね…」
捕まる人間に似つかわしくない言葉…
しかし、皮肉ではなかった。
「星野アイに殺されなくて済んだんだからね…彼女が殺人犯になると困るんだよ、色々とさ…君は神に感謝しなくちゃいけないよ?」
ツクヨミが始めるのは天才への復讐。
幼女の復讐は、天才に全てを教えること。
「…殺して楽になる…そんなこと許さないよ?星野アイ」
この言葉と共に、衝撃のニュースがアイドルの耳を揺らす。
終わりの始まり。そう言いたくなるほどの内容…
『菅野良介、逮捕』
牢に守られた良介。
…星野アイはファンを、殺せなくなった…
ガチャっ
星野アイは、扉を開いた。
扉を開いた先は、留置所の面会室。
母親は抜け殻のような顔で椅子に座る。
得意の笑顔は、消え失せていた。
私は、何がしたかったんだろう。
椅子に座って、横にある真っ白な壁を見つめる。
綺麗だなぁ…唐突に、そう思った。
何の着飾りも無い白が、羨ましいと思った。
正面を向き直す。目の前には、アクリル板のような透明な壁。
真ん中には会話が出来るように数個の穴が空いている。
アクリル板の奥には、こちらと同じように部屋があって…
そこに人が来るのは、時間の問題だった。
「面会の時間だ、入れ」
アクリル板の奥で、扉が開いた。
入ってきたのは、一人の男。
ニュースで聞いて、名前は知っていた。
いや、昔から知ってた。一時も、忘れたことはない。
あかねちゃんにも言わず、ここに飛んできたのは、その人を待っていたから。
アクリル板越しに私に近付いてきて、座る。
私は、笑った。無理して、嘘を吐いて笑った。
嘘を吐かないと、この言葉を吐き出してしまいそうだった。
『殺したい』
苦しくて、辛かった…
次の瞬間、面会室に響いたのは舌打ちだった。
「ちっ…てめぇが、アイが子供なんて作るから…俺が捕まったんだ!俺は正しかったのに、なんでだよ!」
私は、人の気持ちが分からない。
だけど理解したくないって思ったのは、この時が初めてだった。
「どうせ、俺のことも忘れてんだろ!俺たちファンのことなんて忘れてよぉ…自分は好き勝手やりやがって!」
抜け殻のような顔、ぼーっとする頭。
それでも忘れるわけない。ファンのことは、絶対に…
「リョースケ君…だよね?」
「…」
名前を言った瞬間、彼は黙ってしまった。
何か言ってよ。私を心の底から納得させてくれる理由。
お願いだから、言ってよ…
「星の砂くれたよね?綺麗な星が入ってる砂、覚えてるよ。本当に、何もかも覚えてる…」
「は?なんで覚えてんだよ…じゃあ、何のために俺は…」
忘れるわけないよ。
だってさ、何年、何十年も誓ってきたんだから。
この言葉を、何度も…
『殺す』
この誓い。
溢れ出してきた時、私の中で嘘が壊れる音がした。
「なんで、捕まったの?」
「は?」
良介は勘違いしていた。
ファンを愛したい、愛そうとしているから名前を覚えられている…
真実は、全くの逆。
「なんで、生きてるの?」
星野アイは、違う運命では笑顔を向けていた。
自身が刺される運命では、最後に笑っていた。
しかし、今は違う。
アクリル板越しにあったのは、美しい女性の睨む顔。
「アクアとルビーを殺して、なんで生きてるの?私が殺す筈だったのに、こんな薄い板で守られて…」
ドン!星野アイがアクリル板を叩く。
彼女は、椅子を蹴って、立ち上がった。
「私が憎いなら、私を殺せば良いでしょ?なんで、なんで…理由になってないよ?」
疑問と殺気が、アクリル板に絡み付く。
良介は気付いてしまった。覚えられていた理由は、愛情なんて生優しい物じゃない。
覚えられていた理由、それに気付いた時、良介は椅子から後ろに転げ落ちるように転倒した。
「ひぃ!」
「アクアとルビーを殺して。先生も殺して、そんな君を私が殺す。私が、終わらせる筈だったのに!」
とても、星野アイには見えなかった。
食い縛った結果、唇から血を流し、濁音混じりで、喉を潰すように叫ぶ姿は、一世を風靡する天才アイドルには到底見えなかった。
「殺す、殺してやる!アクアよりも傷付けて!ルビーよりもぐちゃぐちゃにして!!!」
憎き対象を目前にしたアイ。
叫ぶアイドルを前に、初めてリョースケは罪を実感した。
「あ、あぁ…俺は、俺はぁ…」
ドン!ドン!ドン!!!
アクリル板を叩き、壊そうとするアイドル。
その光景は、正に地獄だった。
計算して、調整して、トップアイドルまで駆け上がって…
そんな天才アイドルが、終わる。
憎み、殺せず、復讐が終わる。
母として後悔して、復讐が終わる。
自身を殺して、生を終える。
神さえ居なければ、それが運命だった。
「星野アイ、私からのプレゼントはどうだったかな?」
「…」
「殺したいと願って、その対象を目の前にして殺せない。そんな、最高のプレゼント…」
ツクヨミ。
天才と神の、ニ度目の対話。
「せっかくのプレゼントなのに、黙られると悲しいね。そうしたら、こっちのプレゼントはどう?」
小さな人差し指を一つ立てて、
大きく笑みを浮かべて…
目を背けていた真実が、明らかになる瞬間。
「真犯人を教えてあげる。まぁ、君は知ってるんだろうけどね…」
愛する人が、愛する人を殺した。
そんな、最悪な真実。
「犯人は、神木ヒカル…」
「…」
ツクヨミの復讐と愛情が入り混じる。
この事実に、神は更に大きく笑う。
「君が恋をした、神木ヒカルだよ!」
ツクヨミの言葉と同時。
この時、この瞬間、天才 星野アイは壊れたんだ。