もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら…   作:あえch

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嘘を吐いて、嘘を吐いて 本当のあなたは

 

 

 

 

 

 

 

 

温かいミヤコさんの胸の中で少し、ほんとに少しだけ泣いた。

ただただ辛くて苦しくて、その後にやってくるのも苦しさで。

死ぬこと以上の苦しさが終わった後、私の脳に思い出が蘇ってくる。

 

「ママ?ぎゅーってして?」

 

「アイ、寝れてるか?最近良く夜起きてるけど…」

 

とてつもない幸せ。ルビーには、ぎゅっとして。アクアには微笑んで。アイドルもしていたはずなのに、そんなの今は出てこない。あぁ、本当に二人が好きだったんだ。

そして幸せも終わり際、体の水分が涙として出きった時、ルビーもアクアも私の脳に最後の言葉を発してくれる。

 

「「ママ/アイのドーム公演楽しみ!(楽しみだ…)」」

 

(そうだよね…)

 

私が今しなきゃいけないことは泣くことじゃない。

もちろん死ぬことでもない。

ドームに立つこと。だって、アイドルじゃない私に価値なんて無いから。

 

決めた覚悟。同時、もう出てこないであろう本当の私が何か言っている。

 

ボソボソと小さく。

そんな音は、私の心の声にも関わらず、ミヤコさんに包まれた腕の中で反響した気がした。

 

「ルビーもアクアも、アイドルじゃない私も愛してくれる筈だよ。だから、せめて、アクアの最後は見届けてあげよ?」

 

そうかな?一瞬だけそう思った自分が恥ずかしい。

違う、ルビーもアクアも『アイドルの星野アイ』が好きだった。その姿に笑ってた。楽しい、嬉しい、可愛いって言ってた。そう、アイドルじゃない私に価値なんて無い。

これが事実で、たった一つの真実。

そう思った時、私は、包まれた腕を掴んで笑ってた。

 

「ミヤコさん。私、ドーム行きます」

 

「!?いや、アクアさんはまだ…最後まで居てあげないんですか!?だって、死んじゃうかも…」

 

そう言おうとしたミヤコの口が止まる。

なぜなら、私が言葉と顔で遮ったから。

今は、嘘の私。でも、それでも、アクアが死ぬなんていうことは聞きたくないし、信じたくなかった。

 

「だって、アクアが起きた時にドーム公演の録画に私が居なかったら可哀想じゃないですかぁ〜。それに、ルビーも…」

 

そう言って、血まみれのルビーの頭を、私は優しく撫でる。

 

「最高にキラキラした私を見せてあげたい」

 

強いですね。そう呟いたミヤコさんに私は笑う。

先程までフラフラだった足で、私はすんなり立ち上がると、ルビーにゆっくり手を振った。

 

「いってくるね…」

 

不思議と涙は出ない。なぜだろう。分からない。

でも、そんなことどうでもいいか…

もう、心の中の声は、私の脳には届かない。

 

「そしたら、私がドームまで送ります」

 

そう言ってくれるミヤコさん。

 

「大丈夫です、というよりアクアのところに居て欲しいなぁ〜、アクアもルビーもミヤコさん大好きだったんですよ?へへへ、知ってました?」

 

「でも、私はあの子たちのお母さんじゃ…」

 

「じゃあ、ミヤコさんは子供達の祖母ってことにしちゃおっ!」

 

ははっ、流石に失礼だったかなぁ?そう言いながら、頭をかく私にミヤコさんは何も言わずにただ涙目になる。そして、車でアクアを見届けに行ってくれた。

 

遠のくミヤコさんの車。

それを見届けて、一つだけ深呼吸。

 

「ふぅー」

 

覚悟を決めて。

よし、後は、私がやるだけだ。

 

(少し時間過ぎちゃってるな…)

 

ドーム公演に遅刻、普通のアイドルはこうなったらひどく動揺するだろう。しかし、嘘の私は、これを上手く使ってくれる。

死、遅刻。このドーム公演は、アイドルの歴史に伝説として残り続けることになる。そして、それと同時、天才の心を壊す起爆剤へと変わっていくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでアイちゃん居ないんだよぉ!」

 

始まって第一声、音楽さえ流れていないドームにはブーイングが広がっていく。

 

歓声ではなくブーイング。

頑張るぞ、見返してやる。きちんと練習していたならば、そう思えたのかもしれない。この空気を変えたい、変えられると決意出来たのかもしれない。

しかし、B子町メンバーの足は、震えていた。

 

(ふ、振り付け。あ、目線は何処…?)

 

その姿は、ドーム公演のアイドルグループとは程遠い物。

こんな奴らが、アイをいじめていたなんて本当に醜い。アイが居なきゃ何も出来ないくせに。

天才が居ない中始まる前奏。一曲目が遂に始まる。

 

あなたのアイドル〜………

 

………

 

……

 

 

結果は、社長がため息を吐いたと言えば伝わるだろうか?

アイが居ないというアクシデントがあったとはいえ酷いとしか言えないレベル。

動きもバラバラ、声もバラバラ。

もちろん、そんな姿にファンは…

 

「こっちは金払ってんだぞ!」

 

「ドームまで来てこれはなんだよ!」

 

その声に、サングラスの中で思わず目を細める社長。

こんな空気、誰も変えられない。

誰しもがそう思った時、ドームの奥に煙が漂う。

 

その煙は白い。しかし、白は、光り輝いていた。

 

全員の時が止まる、全員の視線がその煙に集まる。中に居たのは、この空気を唯一変えられる紫色の天才アイドル。

 

「みんなぁ!遅れてごめんねぇ!」

 

「うぉぉぉぉぉぉ!アイちゃぁぁぁぁぁぁん!」

 

そう、遅刻したアイは動揺する所かサプライズ登場を提案したのだ。

正に天才、常人のメンタルでは出来ぬ発想。

 

「ここに来た時、静かだったからびっくりした!皆今日元気あるぅ!?」

 

「あるよぉ!!!!」

 

「時間いっぱい今日は楽しむよぉ!」

 

私は思いっきり手を掲げて、大きく横に振る。

スマホを弄っていた最後列の人の手には、いつのまにか赤とピンクが混じった私のイメージカラーのサイリウム。

首には自身が付けた赤黒い締跡。普通なら、とてつもなく大きなデメリット。しかし、そんなものは、星野アイという圧巻のアイドルにとって、大きな海に浮かぶ一つのゴミに過ぎない。

 

流れる音楽、先程までブーイングしか無かったドームが、アイという言葉で埋まっていく…

こんなに盛り上げた天才アイドル。きっと、彼女にとっても最高な物になっただろうと誰しもが疑わなかった。

しかし、ここまでドームを笑顔と熱気でいっぱいにしたアイの本心は、違ったんだ。

 

(あぁ、この中にルビーとアクアを殺した人が居るかもしれないのか…)

 

まだ、ファンと決まったわけではない、しかし、ファンの可能性が高いとミヤコさんから聞いた私は頭の中で怒りを溜めていく。

そして、そんなファンに笑顔を振り撒いているという事実が、感情を怒りから気持ち悪さに変えていく。

 

長い、とてつもなく長い。捨てたはずの本当の私が、辞めたい、辛いと言っている。

しかし、こんなコンディションでも私は歌い続けた、踊り続けた、笑顔を振りまき続けた。

そして、地獄は、音楽と共に終わりを告げる。

 

「皆ぁ!今日はありがとう!!!楽しかったぁ!?」

 

「楽しかったぁ!B小町最高!!!」

 

広いドームに最後まで籠る熱気。

その余韻は、ファンの帰る足音になっていく。

男の子、女の子、子供、大人。皆が、アイと書かれたうちわを持って笑顔で帰っていく。

一曲目が最悪だったなんて忘れてしまうほどアイという人間は皆の光だった。

そんなファンの姿を夕焼けの中、最後の一人まで見送った私は、口元を抑えてトイレに駆け込む。

 

「うっ…ごほっ…」

 

そして、唐突な吐き気に戻してしまう。ただ、風邪気味だったとかそんな理由では無い。

憎いはずのファンに笑顔を振り撒いたこと。

アクアとルビーが死んだことを時間という概念が実感させてきたこと。

そして、何より、大事な子供が死んですぐだというのに完璧なパフォーマンスをした自分が、気持ち悪くて憎かった。

 

アクアとルビーは自分にとってその程度なのだと、自分自身で証明してしまった気がしたから。

吐き気が止まらない。暗い瞳からゆっくりと涙を溢して、考えて…

 

(あぁ、ほんとに、私は一人ぼっちになったんだ…)

 

蹲って、拳をぐっと握り込む。

『一人ぼっち』その言葉が奥歯を噛み締める私の脳に妙に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みやこ、見たか?」

 

誰も居なくなったドームで、社長がニヤけながら大きく手を広げる。

 

「…」

 

黙るミヤコさんの顔を見ずに、更に笑った社長は美味しそうに空気を吸い込んだ。

 

「俺の、俺たちのアイドルは、このデカいドームをたった一人で笑顔で満たしてみせたぞ。ははっ、ほんとにバカげたやつだ」

 

「そうね…」

 

その力の無い言葉で、やっと社長は気付く。

ミヤコに元気が無いと。

 

「ミヤコ、なんで喜ばねぇんだよ。アイが来たってことは、ガキ共は無事だったんだろ?」

 

「死んでしまいました」

 

「…は?」

 

社長の笑っていた顔は急に真顔になって…

 

「いやいや、そんな冗談やめろよ。無事だったからお前に任せてアイはこっちに来たんだろ?」

 

その言葉に、首を横に振るミヤコ。

その姿に、社長の顔が真っ青に変わる。

 

「あいつは、ガキが死んですぐなのに、あんなパフォーマンスしたのか?」

 

「そういうこと。でも、私には終始苦悶の表情に見えた…」

 

その言葉を聞いて、社長の頭に混乱と不安の波が押し寄せる。

彼も、気付いたのだ。

とっくに回っていた、この狂い始めた歯車の存在に。

 

狂い始める歯車。

 

それを回すのは、地獄という名の混沌。

 

 

─────────────────────────

 

 

ある男の子が病院の中で眠っている。

男の子の横には、0と表記されたモニターがあり、ピッ、ピッ…という長い間隔の音と共に終わりを迎えようとしていた。

そして、その病室には寝ている男の子の横に女性が一人。

母だろうか?そう思った人も居るだろう。しかし、男の子の終わり際に居ることが出来た女性は、母では無かった。

 

逃げたリョースケ、生き延びたアイ、居なくなった幼子達。

ここから本格的に始まる物語に、ある女の子は何度もこう呟き、叫んだ。

 

「もう、何もかも終わりにしたい…」

 

そう、彼女を待ち受けるのは、それほどの地獄。

 

 

 

 

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