もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
ドラマの撮影場からしばらく歩く大通り…
もう時刻は夕暮れ、足を止めた私達の前には復讐を加速してくれる小さめの家…
「監督〜、エッセイ書きに来たよー」
私は左手であかねちゃんの手を掴み、ピンポンも鳴らさず監督のドアを開ける。
その姿にあかねちゃんは…
「え!?星野さん!流石に勝手に入るのは…」
「大丈夫だから!あかねちゃんも入って入って〜」
「え、えぇ…大丈夫なのかな…」
心配そうにする彼女の手を強く掴んだ私は開けた扉の中へと引っ張っていく。
ここに五反田監督への信頼と慣れを感じるだろう…
「それと私のこと呼ぶ時、下の名前で良いからね?」
「え、それは流石に無理ですよ…」
「主演と助演で対等な関係だから大丈夫!」
私はにっこり笑って彼女に目線を合わせる…
すると渋りながら…
「あ、アイさん…で良いですか?」
「うん、あかねちゃん可愛い!」
この言葉は本音か嘘か…自分でも分からない。分かることは彼女が私の言葉に笑ってくれたこと、その事実が何よりも嬉しいということだ。
そんな彼女を見ていたせいで私は気付けない、腕を組んで怒っている子供部屋おじさんの存在に…
「おい、だから…」
この声に気付いた瞬間、額から冷や汗が噴き出してくる。
もちろん、怒っている理由は…
「家勝手に入んなって言ってんだろがぁ!」
「やばい、、、あかねちゃん守って!」
「え!?ちょっとアイさん!?」
額に滲んだ冷や汗を飛ばしながら後ろに居たあかねちゃんの背中へと身を隠す。
ここで監督が私以外の存在に気付いた。
「あぁ、もう一人居んのか…いきなり怒って悪いな」
「…いや、至極当然な怒りだと思います…」
「ちょ、ちょっとあかねちゃん!?」
自分の味方をしてくれると勘違いしていた私はあかねちゃんの反応に目を見開く…
するとその姿にまた笑う年下の少女…
「ふふっ、アイさん面白いですね」
「アホなだけだろ…」
ちょっと予定とは違うが結果的に怒りが収まった監督…
私は再度怒られる前にしれっと話を逸らした。
「ふふふ、あかねちゃん最初に何するか分かる?」
私は人差し指を立てて自身の顔の前に置くと自慢げにふらふらと揺らし始める。
「うぅーん、日常を書き起こすとかですか?」
「違うんだなぁ〜、正解は…」
大股でズカズカと廊下を歩く私が最初に入るのは監督の部屋ではなくリビング、そこに居たのは…
「アイちゃーん!白米苦手だっていうから玄米炊いてるよぉ!」
「ママさん大好きぃ!ママさん最高!」
エプロン姿の五反田監督の母、私はそのまま大きめのお腹に抱き付く。
その姿に最初にツッコミを入れたのは…
「給料俺の100倍ある奴が飯食うなよ!」
三十歳のこんな姿、あかねもツッコミを入れるだろう…
「エッセイ書くにはご飯を食べる…」メモメモ
…ペンと手帳を持って文字と睨めっこするあかね…
どうやらメモしてるらしい。
これを見た監督は…
「いや!エッセイに飯要らねぇよ!…ダメだ、このままじゃツッコミ疲れちまう…」
「お腹空いたしママさん玄米よそって〜」
いつのまにか一番乗りで椅子に座っているアイを見た監督は深くため息を吐いて自身も椅子に座る…
そしてボソッと、大事なことを…
「…こいつが白米嫌いなのは味じゃねぇんだけどな…」
この言葉に走らせていたペンを止める少女。
常人なら見逃してしまう短い言葉…とある少女には物体を形成する一部になる。
そう、天才少女という物体を形成する一部に…
「あかねちゃん、あーん」
「ふ、ふみません…(すみません)」モグモグ
私は箸を持ってご飯を掬うとあかねちゃんの口にゆっくり近付けて行く。
辛そうな顔でご飯を食べようとしていた彼女への私なりの思いやりというやつだ。
そして私達の横から聞こえてくるママさんの声…
「あかねちゃんおいしいかーい?」
「はい、凄く美味しいです!」
横から少し心配そうに声を掛けてくれるママさん。
皆、辛そうなあかねちゃんを心配しているのだ。
(…なんかアクアとルビーのこと思い出しちゃうな…)
仕事の合間に二人の口へ料理を運んだこと…ルビーは積極的でアクアは恥ずかしがってて…
そんな遠い幸せを思い出した私は先ほどとは違う優しい微笑みで一言…
「あかねちゃん、嫌なことあったら相談してね…」
少しだけ溢れる母性、この言葉は嘘では無いと思う。
やっぱりあかねちゃんには幸せでいてほしい…
(…でもどうしたら良いのかな…)
20年近い芸能生活、そんな長い時間身を置いていても一人の少女すら助けられない自分に嫌気が刺す。
今、私が出来ることはあかねちゃんの空になったお茶碗を持って…
「ママさん…」
神妙な面持ち、何かが来る…
「あかねちゃんのご飯おかわり!」
「…!?いや、もうそろそろエッセイ書かないとまずいんじゃ…」
「あ、もうこんな時間、、、だいじょうぶ、まだ…」
「…目泳いでますよ…」
こうやって場を和ませることぐらい。
自分は無力だ、分かってる…
だってあの日、血溜まりが奏でる絶望の部屋で愛している二人の子供を救えなかったのだから…
でも、だからこそ、、、今回は…
「守ってあげたい」
賢いアクアなら色々解決策出たんだろうな…活発なルビーなら私なんかより元気付けられたのかな…そう思って握ったペンは何故だか凄く重くて、、、勢いよく飛び出したインクが文字を黒く潰してしまう…
そう、まるで復讐と愛に囚われた今の私のように…
「…五反田監督はエッセイ手伝わないんですか?」
「あぁ、俺がするのは文字直しだ。最初はあいつが書く必要あんだよ」
アイが抜けた暗い部屋、パソコンから出る細い光だけが二人の姿を照らしてる。
ここであかねが素朴な質問…
「なんでアイさんあんなに優しいんだろう…」
その言葉にパソコンから手を離した社長が一つだけ伸びをする。
「…優しいってのは違う気がするけどな…」
五反田監督は少しの葛藤の後、話を逸らして…
「そういやアイが映ったドラマとか映画欲しいって言ってたな…えーっと、何処あったっけな…」
彼は真実は言わなかった。アイは嘘吐きだとか、今も幻影に囚われている悲しい存在なんだとか…
だって自分も双子の星が落ちたことに酷く苦しんでいる人間の一人なのだから…
「ほらよ、俺の担当した映画はこれで全部だな」
「結構ありますね…」
そう言って感謝を述べる彼女が丁寧にDVDや書類を鞄に閉まって行く。
そんな彼女の姿を尻目に、思った疑問を口にする五反田監督…
「…てかなんであいつの書類なんか集めてんだ?」
「えーっと、、、あ、ストーカーとかじゃないですよ!」
「いや、それは分かってるけどよ…」
渡してもらえなくなると焦った彼女が全力で否定する。しかし監督が知りたいのはそういうことじゃないらしい…
話している間に予想が立った監督が更に質問…
「…もしかしてあいつのこと参考にしようとしてんのか?」
「実は所属してる事務所の人にも参考にしてこいって言われてて…」
その言葉にため息を吐く五反田監督…
「はぁー、そいつ何にも分かってねぇな。星野アイだけは真似すんな…アホだからとかじゃなくてあいつは特殊だからな、自分のキャラ壊して終わっちまう」
この言葉に少女は諦めるのか…
「…私、アイさんに憧れちゃったんです…あんなに強くてカッコよくて、ドラマでも私生活でも…」
強く拳を握り込む少女…
痩せこけた頬は天才アイドルのおかげで少しだけ張りを取り戻してる…
「恩返ししたいんです…」
恩返し…とある男の子が言っていた言葉。
星野アイを助けたい、救いたいという炎が十数年という時を経て次に繋がる瞬間。
その炎を受け継ぐ一人目の名前は…
『黒川あかね』
「20歳で行ったドーム公演…」
「その後、数日の収録で手指が震えたり、足取りがフラフラしてる…」
「アルコール依存症の症状…」
「その後約1ヶ月の休暇、休暇後明らかに演技に変化が出てる…」
「…どんな炎上でも切り替えてたのに、何かあったのかな…」
天才が切り開くのは今まで閉ざされていた復讐の扉。
握っていたペンをそっと置いて…
「…大事な物でも無くしちゃったのかなぁ…」