もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
暗い、とにかく暗くて不気味な部屋…
凡人から天才へ…孵化直前の蛹が暗い部屋を明るくしていく…
…あっという間に天才になっていく存在、天才になりきる前に少しだけ話そうか…
不器用で可愛い…悲しい初恋をしてしまった女の子の物語を…
大人顔負けの演技…10秒という短い時間で涙を流せるその子役はこう呼ばれた…
『重曹を舐める天才子役』
…否、間違えた。これは今は亡き双子の片割れが言っていた言葉、本当は…
『10秒で泣ける天才子役』
世間からそう謳われ、時代に爪痕を残した本人はこの評価に微塵の疑いも無かった。
自分が役者の中で一番…それが当たり前、ましてや私より年下の子役に私以上の物があるわけ…
「宿にご案内します、こちらにどうぞ…」
当たり前が崩れる音…
私の左耳をくすぐったのは一つ年下の男の子による圧巻の演技。
不気味で、怖くて…隣で聞いただけで鳥肌が立つそんな演技…
「君凄いね、お姉さんびっくりしちゃった…」
現にこの言葉を貰ったのは私ではなく男の子…
こんなガキに、、、私が、私が…
『負けてるわけない』
「だめ、今のダメ…」
目から出た大粒の雫が頬を伝って顎に集まる。
演技じゃない涙は久々だった…
「もう一回!次はあの子より上手くやるからっ!」
金髪の髪に青色の瞳…
私のことを抑える大人達。大きな腕の隙間から自身の目に擦り込んだその男の子の芸名は…
『星野アクア』
初めてのライバル…この時はあまりの悔しさに奥歯をぐっと噛み締めて…
「次は絶対に負けない…」
車に揺られながら台本を強く握る…
次、次か…植物も動物も人間も、生を平等に受けている。一生懸命生きて、そして朽ちていく…
ある男の子が齎した死はアイドルの星を黒く染め上げ、赤い髪の少女を絶望の淵に叩き落とす。
星野アクアの死によって狂うのは星野アイや黒川あかねだけではない。いや、寧ろ…不器用な少女の方が…
「ニュースです。昨日、トップアイドルのアイさんの自宅が襲撃されました」
何気なく付けたテレビ、この時の私は何も知らない。だって…
「4歳の二人の幼児が殺害されたとのことです」
刑法41条、被害者(加害者)が未成年の場合は遺族が許可を出さない限り実名を公表することは出来ない。
何も気にせず食べるいつも通りのトースト。
暗いニュースとは裏腹にサクッという軽い音が部屋に響き渡る…
ライバルから初恋に、そしてアクアより賢くない私が取った行動は…
「ねぇ、アクア?演技教えてよ」
「うん、良いよ!」
…アクアは本来こんな口調じゃない、、、それが私には分からない。だって彼とあまり話せなかったから…
綺麗な原っぱを二人で駆けて演技の練習。疲れたらそのまま寝っ転がって…
「アクア!ずっと一緒に演技してくれる?」
…赤い顔で横を見る私の目に飛び込んできたのは白黒の写真。
かっこよくて可愛い顔が遺影として立て掛けられている…
「嘘だ、、、なんで?…なんでっ…」
五反田監督に招かれて向かったお葬式…
星野アクアの本名も知らないのに…次会ったら聞こうと思ってたのに…
また、彼のせいで演技じゃない雨が…大粒の雨がポツポツと地面を濡らしていく。
あまりにも遅すぎる気付きが脳を揺らす…
「あいつに恋してたんだ…」
生意気にも自分を超えた子役。
初恋を奪った遺影に手を伸ばして…
「またゴリ押しで良いから…一緒に演技しなさいよ…」
有馬かなの子役事務所に投函されたお葬式の手紙…
五反田監督が気を回してくれたのだろう。しかし…有馬かなが知らなければ、不器用な少女が彼の死を知らなければ…きっと、あんな悲劇は起こらなかっただろう。
「早く犯人見つかって、アクアに謝ってよ…」
子供らしい純粋な答え…ずっとこれで居てくれれば、あんなことにはならなかったのに…この物語はライバルから初恋へ、そして星野アイとは違うもう一つの…
『有馬かなの復讐の物語』
「はい!日本では起訴されると99%有罪になります!」
何処にでもあるような授業風景、普通とは違うのは『元』天才子役が居るということ…
顎に手を付いて外を眺める、どうやら授業に集中していないらしい…
そんな授業態度に先生が…
「おい、有馬!聞いてんのか!」
チョークを片手に怒りを見せる先生、赤い髪の少女が一つだけため息…
「はぁ、日本だとほぼほぼ有罪って話ですよね?」
「…聞いてたのか」
明るい教室で少し恥ずかしそうにチョークを握る先生…
恥ずかしさを誤魔化すためか、はたまた皆の授業意欲を高めるためか…とあるエピソードを話し始める。
「皆!星野アイって知ってるか?」
この言葉にたくさんの生徒達が…
「知ってるに決まってるじゃないですか!星野アイといえばアイドル界の神でしょ!」
「はぁ?星野アイはドラマだろ!俺出てるドラマ全部録画してっから!」
名前が出ただけで盛り上がる教室、カリスマ性は十年経っても健在…
しかし、有馬かなに興味を持たせたのはここからのエピソード…
「皆、やっぱり知ってるか〜、先生もファンでな。昔ドーム公演があったんだよ」
まだ興味を示さない少女。ダンスが今より若々しかった、元気だったなど古参アピールをしてくると思っているのだろう。
しかし、ここで流れが変わる…
「そしたらちょうど星野アイが居なかった時に自宅が襲撃されたらしくて、二人の幼い子供が殺されたらしくてさ」
ここでやっと窓から視線を外す少女、私を闇へと誘う瞬間が…
「まだ犯人見つかってないらしくてな〜、話を戻すと起訴されるとほぼ有罪だけど完全犯罪っていう起訴すらされないこともあるってわけだ」
いつもと変わらぬ黒板、机、そして綺麗な空…
変わらぬ教室に響いたのは普通の先生であれば当たり前のようにするであろうエピソードトーク…
これまでと変わっていく世界…そう、有馬かなの世界…
暗く、黒く…血縁というヒントも、アクアのような賢さも無い彼女が持っている物は…
「星野アクアが好き」
この言葉と思い…
恋は盲目、その言葉をこの世界でも悪い、とてつもなく悪い形で思い知ることになる…
弱った彼女に付け入るのはアクアではなく最悪の狂信者…
私が最初に調べたのは苺プロ、しかしここで問題が生じる…
「皆、辞めちゃってる…」
星野アイという驚異的なカリスマ性による事務所の急成長、アイに憧れた優秀な若手…
「…大量リストラ…」
そう、負の側面。優秀な人材との芸能競争、アクアが苺プロに所属している時に居た人間は星野アイ以外にはもう居ない…
もう少し気付くのが早ければ、調べるのが早ければ…止まらない後悔、そんな私がしたことは…
「私、星野アイの大ファンで!昔の苺プロ知ってる人居たら教えて!」
こんなSNSへの書き込み、これももっと早ければ、、、私に影響力があれば…星野アイまで届いたかもしれないのに…
「アクア…私ほんとダメだ…」
蹲って更なる絶望…
確かに、この書き込みは星野アイには届かない…
しかし、この書き込みはニヤリと眺める狂信者に届く…毎日、毎日…『星野アイ』と調べてはその投稿を眺める狂信者が…
…星野アクアの代わりに出会うその人間の名前は…
『新野冬子』
絶望に蹲る女の子がそっとDMを開く…そこにあったのは…
「私、元々星野アイの同期で…直接話さない?」
この言葉に口を開けて驚く少女…
しかし、流石は子役からこの世界で生きる生粋の芸能人。簡単には会ったりしない…
「すみません、これからしばらくドラマの撮影があって…終わるまでに証拠の写真などお願い出来ますか?」
このドラマで自信を付ければ…そう、自信を付ければまだ…
そのドラマの名前は…
『今日は甘口で』
…絶望は終わりを知らない…
「ソンナカオシテテタノシイノ」
今回のドラマは私の大好きな作品、絶対良い作品にしてみせる…
「…何の用?」
絶対、絶対に…
「ワラエバカワイイジャン」
淡々と終わっていくドラマの撮影。
カットして、止めてよ…私の大好きな作品を作ってくれた原作者の先生は…
「…」
地獄のような顔…
若手の育成、お金、顔…演技なんて微塵も無いこのドラマはもう半分以上終わってる。
絶望した原作の先生を見て私が毎日考えてることは…
「アクアなら、アイツならどうしてたのかな…」
私を、周りを驚かせたアイツの演技が忘れられない…
思い出すと今でも鳥肌が立って顔が赤くなる。
死ぬ気で頑張れば、私でもきっと…
「原作馬鹿にしすぎ」
こんな言葉に負けない、ファンを納得させてみせる…
「低評価ポチっと押しましたぁ」
日に日に落ちていく星の数、最終話を迎える時には星の数は1.1にまで落ちている…
これを見た有馬かなは自分を追い込もうと決意して…
「先生!最終話必ず良くします!なので、是非見て下さい!」
確証の無い言葉…
めちゃくちゃやってやると言った賢い男の子は最高の演技をした。水溜りを使った環境と自分を見せる演技、ある種の天才と言えるだろう。
一方自分を追い込み、焦った少女はどんな手段を…
「一か八か、私の全力の演技で…」
…自らの経験から。あの日、私を変えたのは私以上の演技…きっと良い演技をすればあの時みたいに…
「放っといてよ!勝手に付いてきて!」
気持ちが乗った最高の演技…
好きなシーンを全力で…
何かが変わればきっと…きっと!
「ヒトリニサセネェヨ!」
最終話の先で、完遂したドラマの星の数は…
『0.6』
そのコメント欄には…
「有馬かな出しゃばりすぎ」
「周りとか考えて演技してないだろ」
「あーあ、良いシーンなのに…」
好き勝手言われてムカつく…そんな怒りさえ湧いてこない地獄、私を絶望の淵に叩き落とすのには十分な理由。
その日から最愛の人への想いは加速していく…
「アクアっ、アクア!…なんで居ないのよ…私の隣に居てくれたら、居てくれるだけで…」
星野アクアは有馬かなにとってそこまで…
ピロン
…自信を失った、絶望した彼女が一人で復讐なんてあり得ない。そんな彼女を地獄に誘う最悪なDM…
そこには複数の写真と文字が…
「これで大丈夫かな?もう一回だけ聞くね…」
あぁ、賢くてカッコいい、金髪の男の子が居ないだけでここまで変わるものなのか…
「直接会わない?」
…お願いします、絶望の顔で文字を打つ少女と、それを見て崩れた笑顔を見せる信者…
プロファイリングという孵化を終えた少女…
星を宿した目で天井を眺める。話せるのもここまでか…
しかし、忘れてはならない、復讐を決意したもう一つの物語を。
そして始めようか、天才の堕落を誰よりも願う信者の物語を…
双子の星が消えた、最悪な物語が幕を開ける…
『この物語はノンフィクションである』