もしも『アイ』ではなく『アクアとルビー』が殺されていたら… 作:あえch
あれは15年。いや、下手をしたら20年以上前のことかもしれない。
天才が劇団ララライに通っていた時、俺は演技を教えていた。
(演技は平均以下ってとこだな)
アイドルだったそいつの演技力は平凡。
しかし、何故だろうか?俺の目は平凡なはずの星に釘付けだった。
(これが天才なのか)
ララライに通わなくなった後も、一年間テレビで見なくなっても、どんなに長い時を経ても忘れることが出来なかった綺麗な星は、数十年の時を経て、今俺の目の前に現れる。
「盛大に燃えちゃいましたけど金田一さんのおかげで楽勝っ!」
俺の眼前に居たのは、黒川あかねであって黒川あかねでない者。
演技の天才が得たのは、才能とほんの少しの気持ち悪さ。
「ふぅ〜、今日も疲れたぁ」
ドラマにラジオにバラエティ。お仕事いっぱいなのは嬉しいんだけど流石に疲れちゃうな。
(そろそろあかねちゃんと作ったドラマの番宣もしなきゃだな〜)
私が頭に思い描くのは一緒に共演した女の子。
可愛くて一生懸命で、また一緒にご飯でも食べたいな。
コツコツ、コツコツ、階段を駆け降りて建物を出る。肌寒い空気と共に耳が揺れる。
「アイさん、こんばんは」
そこに居たのは、月に照らされて薄い輝きを放つ一生懸命な女の子。
「うお!びっくりした〜。あかねちゃん?どうしてこんな所居るの?」
この日、嘘の私に刻まれるのは恐怖心。
「アイさんなら今日この仕事受けてこの時間に出てくるかなーって」
「…」
「夜も遅いし、一緒に帰りませんか?」
風がいつもより強く吹いて、嘘で作った偶像はニコッと笑って頷いて。あの地獄が、15年経っても忘れることの出来なかった私の悪夢が蘇るのは正に今この時。
今日は月が綺麗だなぁ。でもそれ以上に隣で歩く彼女は綺麗。前みたいな弱い足取りは微塵も感じない。
夜の美しい静寂を切り裂いたのは……
「今日はアイさんにお礼が言いたくて」
「書類のこと?わざわざお礼なんて良いのに〜」
なんだ書類のことか。雰囲気があったから少し身構えてしまった。
「いや、書類もそうなんですけど。ずーっと優しくしてくれて、あの時の私少し人間不信だったから」
「ほんと?私結構ずけずけ行っちゃったから不安だったんだよねぇ」
前を向いてくれた彼女に私は微笑む。
ちょっと怖いけれど、仕事場までお礼を言いに来てくれた彼女、本当に真面目だ。
「アイさんみたいになって活躍して、ちょっとでも恩返しが出来ればって思ってて」
今度は少しずつ語尾が弱まっていく。彼女が下を向いたこの瞬間、風向きが変わる。
「私、嘘が嫌いだったんです。でも今は大好き。だって強くて憧れの人が嘘吐きだから」
憧れの人?話の流れ的に私。嘘吐き?なんで?核心を突かれだ私は彼女の顔を見てしまう。見つめた先の先、彼女の目には綺麗な星が宿ってて……
「アイの演技をすると凄く辛い。胸の焼けそうな痛みに胃が押しつぶされそうな気持ち悪さ」
この日初めて、嘘の私が冷や汗をかいて生唾をゴクッと飲み込む。
「いきなりどうしたの?あかねちゃんいきなり呼び捨てで……「今は!」
動揺と焦りを遮る彼女の言葉は……
「今は、あなたを助けたい」
30年以上生きてて嘘が本当になったことなんて一度しか無い。そして、嘘がバレたことなんて一度も無かったのに。
目の前の天才は疑問ではなく確信で言葉を並べてる。
あぁ、なんだろう、ダメだ。嘘の言葉が作れない。
「15年前のドーム公演、何があったんですか?」
今度は星を無くして黒川あかねとして訴える。
天才が作る嘘の偶像を壊すのもまた天才。
「……」
「アイさん!言って下さい!自分なりに全力で手伝います!」
夜の街に響き渡るのは大きな愛の言葉。嘘がバレて、心配されて、だけど安心してる自分がいる。
あぁ、そうか、私は待ってたんだ。この時を、この瞬間を。
「あかねちゃん、あのね?15年前……」
重かった口が、言葉が、やっと楽になれる。辛くて気持ち悪くて、だけど、これでやっと!
???「何で楽になろうとしてるの?」
顔を持ち上げた私の後ろに居たのはドス黒い何か。
振り返るとそこには……
「苦しまなきゃ行けないのはお前。これであかねちゃんが週刊誌にリークしたらどうするの?彼女を巻き込んだらどうするの?」
居たのは若かりし頃の私。
目に星は無くて、苦しそうな顔でこちらを見つめてる。
「死ねよ」そう自分に呟いて歩んできた道。
今ここで言ったら、彼女を傷つけてしまったら、何らかの拍子で復讐が叶わなくなったら。
私は本当に弱い。
重かった口が嘘のように軽くなる。
泣きそうな彼女にニコッと笑って。
「15年前?あぁー、休んでた時のこと?お酒にどっぷりハマっちゃってさぁ。日本酒とかビール飲みまくってたら依存症になりかけちゃったんだよね〜」
雰囲気を壊す明るい言葉。
この言葉にあかねちゃんは目を見開いて驚くとキリッとした眉毛で。
「アイさん!誤魔化さないで下さい!」
「あかねちゃんはお酒飲んだことないから分からないんだって〜」
ニコニコ笑ってのらりくらりと躱してく。笑って、嘘を吐いて躱していく。そうだ、これで良い。あかねちゃんは巻き込まずに自分だけ地獄に落ちるのが正解。
それこそが、私が歩むべき道。
「ほら!あかねちゃんの家これでしょ?」
怒り始めた彼女を家に押し込んでバイバイと手を振る。
一人になった私は一つだけ深呼吸をした。
「アクア、ルビー。ママ、どうすれば良いのかな」
困った私が向かったのは、自宅ではないもう一つの家。
ピンポーン
「おぉ、お前がインターホン鳴らすなんて珍しいな」
向かったのは五反田監督の家。
夜遅くに監督の家へ。週刊誌に撮られたらやばいけれど、今の私にそんな余裕は無かった。
「上がっても良い?」
この一言で監督は気付く。
星野アイの嘘が壊れかかっていることに。
「まぁ、俺にしか言えねぇこともあんだろ。上がって良いぞ」
前はあんなに短かった廊下がこんなに長く感じる。
私は、歩きながら監督に質問をした。
「ママさん居る?」
この言葉を聞いて、監督は察してくれる。本当にありがたい。
「お袋にも聞かれちゃダメなレベルか。寝てるぞ、相当うるさくしなきゃ起きることはねぇな」
監督が指差した方向を見ると鼻ちょうちんを膨らませて眠るママさんの姿が。
俯きながら監督の部屋に入って話は本題へ。
「で、どうした?」
「実はあかねちゃんに……」
今日のことを包み隠さず話した。あかねちゃんに嘘吐きだとバレたこと、子供のことや大事な部分はバレていないこと、助けたいと言われたこと。
彼女に言いたかった言葉も一緒に話した。一緒に背負って欲しいという身勝手な言葉。途中から涙が溢れて上手く喋れなくて、だけど監督は静かに聞いてくれた。
………
……
…
「そうか」
「……」
難しい顔をする監督が私の頭を撫でる。
「別に言っても良いんじゃねぇの?そんなに悪そうな子じゃなかったし」
「ごめん。言いたくても、私が言えないの」
更に溢れる涙。言葉を絞り出せば出すほど溢れるそれは決壊したダムのようで。
「いや、今のは俺が悪かった」
私の頭を撫でられるのはこの人ぐらいだ。息が整うまでゆっくりと待ってくれて、私は苦しい呼吸で声を絞り出す。
「バレるかな」
「どうだろうな。お前の過去が苦しかった、お前を助けたいとかを抜きにして考えても自分が有名になれるまでお前を調べたり参考にするのが普通だからな」
その過程でバレるかどうか、彼女が有名になれるかどうか。答えは私も監督も分かってる。
「今ガチの炎上がな」
黒川あかねと調べたら出てくるのは今ガチでの炎上。その泥を拭っていない状態では活躍は厳しいだろう。
「一応炎上を消せるカードは揃ってるが」
不安そうにボソッと呟く監督の言葉を私は逃さない。
「その方法って何?」
「いや、カードは揃っているが難しいことに変わりはねぇぞ?それに、黒川あかねが有名になってお前の研究を辞める保証なんて何処にも……」
「やらせて、あかねちゃんを助けてあげたい。それに……」
ルビーとアクアのために、この身が滅んでも全力で。
「私が出来ることは全部やりたい」
天才は確かに脆い。しかし、唯一愛した者のためならば……
輝く星は嘘がバレて強くなるのか弱くなるのか。
まだ燃え続ける炎上の結末は。
迎える結末を知っている者は、今はまだ誰も居ない。
「こんばんは、かなちゃんで合ってる?」
ここは何処にでもあるファミレス。待ち合わせとしてありきたりの場所。だけど、話す内容は、決してありきたりのそれではない。
「はい!そうです!お待たせしてしまってすみません」
「待ってないよ?これアイと私の写真とか諸々ね」
淡々と喋りながら周りに見えないようアイの同期という証拠を机に並べていく。
彼女の名前は『新野冬子』
彼女の証拠に、有馬かなも納得して本題へと入る。
「星野アイについて知りたいんです」
有馬かなが吐き出した言葉。その言葉に、返ってきたのは涙だった。
「実は、私アイに酷いことしてたの」
嫉妬して少しだけ悪口を言ってしまったと。本当は少しじゃないくせに。しかし、有馬かなはこの言葉を聞いて、信じてしまう。
「ニノさんは悪くないですよ!」
同情させて自分の味方につける。そして利用して、ここで新野冬子が放つのは衝撃の言葉。
「実は、私ね?アイが二人のこと殺したんじゃないかって思ってて」
一緒にドーム公演で練習してたくせに。目だけは涙を流し、隠した口は微笑んで。
「いや!そしたら流石にバレるんじゃ……」
「不祥事の隠蔽」
一流のスポーツ選手が引退まで不祥事を隠すことが良くある。芸能界に星野アイは必要不可欠。そんな嘘を淡々と並べていく。
そして植えていくんだ。有馬かなに星野アイへの憎悪を……
「星野アイ最低っ!」
「ちょっと待って!まだアイが犯人だなんて決まってないから」
あえて赤い髪の少女に憎悪の言葉を言わせることで、植えた種を育てていく。
「だからね、かなちゃんには調べるためにも共演して欲しいの」
「すみません、今の私に星野アイと共演する力は……」
この言葉に、悪魔は待ってましたと不適に笑う。
「恩を売れば良いんだよ」
「いや、でも星野アイにそう簡単に恩なんて売れないんじゃ」
狂信者は先程まで涙を流していたとは思えないほど口角を上げて、ただ一つ、悪魔の囁きを少女へ。
「恩を売るのはね……」
物語は、紐が絡まるように繋がっていく。
「黒川あかねちゃんだよ」
綺麗な星が作る影でひそひそと。
黒川あかねに恩を売ってどうするつもりなのか。
有馬かなが天才と出会う物語。そんな地獄の物語は、それから少し先の出来事であった。