結界、魔術に通じる者にとって切っても切ること出来ないもの。魔力を編んだ網を張りその内部、もしくは境界部に手を加える地形魔術。
その形式は多種多様、まともな魔術師なら一手間で出来てしまうような簡易的なもの、ーーもちろん効果は限られるーーから人の身では余程のことがない限り届かない大禁術クラスのものまで実に数多くのものが存在し、用途も皆がイメージするような防御壁であったりはたまたトラップに近いものであったり実に奥が深い。
……がしかし、ここ数百年、現代の魔術師が使うのは術者の身を守るそれだけに限られていた。
「けど学校のは違う、そう言いたいんでしょアーチャー?」
「ああ。」
衛宮家に戻っての作戦会議、時刻はまだ早朝5時。桜やタイガが来るまで時間があるだろうと言うことで今は実体化した彼も交えて4人での会議となっている。
「まだはっきりとした事は言えないがあの結界は少なくとも現代の魔術師の作るそれではあるまい。少しばかりかじったことがあるのだが恐らく西暦以前、古代ギリシャか……ともかく神代のそれだと言うことに疑いの余地はあるまい。」
「サーヴァントの仕業ってことね。それで、どういう類のなの。わざわざ学校に仕掛けるようなものなんだからそんなに穏やかなものじゃないんだろうけど。まさか学校の皆を巻き込まないように~なんてものじゃないだろうし。」
「当然だ。」
苦い顔で皮肉を言う凛に彼が呆れ顔で同意する。
私も同感だ。
そんなことをするようなお人好しがこの聖杯戦争にいるわけもないしいたところでどんな裏があるか分かったものではない。
「今でこそまだ形をなしていないがあれは人の身に余る、いや、侵すと言うほうが正解か。作ったやつは真っ当な英雄の類ではあるまいよ。」
「反英雄ってこと?」
「そこまで確定は出来ん。これだけの情報で断定しようというのは視野を狭めることになるからやめておいた方がいい。さっきのも参考程度に留めておいてくれ。現在ある事実はあの結界が発動すればその中にいる人間を食らいつくすということだけだ。」
真っ当な英雄ではないという言葉に凛が深く突っ込もうとするが彼はそれ以上の言及を避けるように端的に結論を述べ話を打ち切る。
凛は優秀なのは間違いないけどまだまだ若いしどこか重要なところになると抜ける癖がある。この行動に凛は不満げな顔をしているが言葉通り推測という不確定の段階から視野を狭くして大事な所でやらかすリスクを減らそうという彼なりの心遣いなのだろう。
「けど……!」
「あー……ちょっといいかな?」
食い下がろうとした凛だが今日この場で初めて発せられた遠慮がちな声に3人の視線が集まる。
なんというかこんな事をこの場で言って良いんだろうか?思ったよりも注目が集まっちゃってどうしよう。そう迷っているような表情で士郎は続ける。
「反英雄、ってなんだ?英霊ってのはみんな何かしらの功績を残した英雄なんじゃないのか?」
一瞬の空白、あまりにも気の抜けそうになる質問に緊張感なんてものは吹き飛んでいった。
英雄、それは生前の輝かしい功績、武勲、行い、その他様々な要因で死後も人々による信仰を集め奉られる者達。
一括りに定義するのは難しいが一般的には善行により人々を救った救世主と言うのが一番わかりやすいか。本来この戦いにセイバーのクラスで呼び出される筈だったアーサー王、他にもフランスを救ったと言われる聖少女ジャンヌダルクがその最たる象徴例になるだろう。
だがこの世界は彼女達のように煌びやかな幻想だけで成り立つことはあり得ない。残念ながら憎まれ役、汚れ役を引き受ける人が必要なのだ。
そしてその汚れ役が引き受けるのは尊敬や憧れの念とは程遠いもの、怒り、憎しみ、妬み……
不思議なものだし人間の負の面でもあるのだがその存在を悪だと烙印を押されながらも結果としてその行動が英雄と同じく人々を救う者、それが反英雄。
その中には多くを救うために小を切り捨てるという非情な決断を断腸の思いで下しながら誰にもその真意を理解されることなく散った者も含まれる。
「だからその性質はあなたの知ってる英雄とは全く違ってたり、この世におぞましいほどの怒りと怨みを残した怨霊みたいなのもいたりするわけって分かったかこの素人マスター!!」
「……っ~~!わ、分かったからそんなに起こんないでくれよ遠坂……」
多分士郎のあまりの素人っぷりに説明しながら腹が立ってきちゃったんだろーなー
キーンと頭に響くような大声が部屋に響くのを直前に察知して耳を塞ぐが残念ながらその声量は指ごときでは防げない。
耳栓でも持ってくれば良かったと後悔しながら一つ溜め息。彼も同じような顔をして凛を見ている。
やっぱり人として信用はしても魔術師としての士郎のことはほとほと呆れ帰っているということだろうか、セイバーのクラスを持ってかれたのを未だに根に持ってるみたいだし。
「アーチャー……その結界は解呪可能なの?出来るのなら今すぐにでも学校に戻って取りかかるけど。」
「無理だな。言っただろう。あれは人の手に余る、と。もしもそれが出来る者がいるとしたらキャスターのサーヴァントくらいだ。無論私にもできん。」
「打つ手なしはきついわね……」
「いや、そうと決まったわけではない。」
全く関係ない数百人の命が握られる。その事の重大さをわかりながらも自分ではどうしようもないという無力感に凛はギリッと歯軋りするが、今先ほどその非情な事実を告げた彼が早計な判断は君の悪い癖だと窘める。
「なに?方法があるならさっさと言いなさいよ。」
それに対して凛はこんな時までもったいつけるんじゃないわよ、と少し食い気味に対応する。
「あくまでも対処療法のようなものだがな。あれだけの規模の結界だ。いくつも起点となる楔が学校の中にあるとみて良いだろう。本体を解くのは無理でもそちらならなんとかなるはずだ。幸いまだ魔力はあまり溜まっていない。」
「邪魔して邪魔して時間を稼ぐってことか……けどアーチャー、それだと根本的な解決は……」
「ならない。いくら邪魔をしようといつかは魔力は溜まり万全の状態で結界は発動する。我々に出来るのは邪魔をしつつ相手の尻尾を掴み何かする前に倒す。それしかあるまいよ。」
この段階まできてしまった以上ノーリスクとはいくまい。
彼の言葉に凛も考える様子を見せるが結局それしかないかと納得したように肯く。これで今後の方針は決定したように思えたが……
「ああ、あともう一つあるな。」
不意に何か思い出したように呟いた彼に再び注目が集まる。
「まだあるの?そろそろ桜や藤村先生も来ちゃうからあんまり長くならないと助かるんだけど。」
「いや、ちょっとした思いつきなのだが……凛、もしもこれから数分後君の身のどこかに骨折が50%の確率で起こる、もしくは100%で擦り傷が起こる、その代わりにどちらが身に降りかかるかは君に選択権がある、この2択なら君はどちらを選ぶ?衛宮士郎、せっかくだからお前にも聞いておこう。」
「なによそのへんてこな質問……擦り傷ね。リスクが違いすぎるわ。」
「俺も同感、擦り傷なら仮に受けた所で大した影響ないけど骨折だと後々に響くからな。」
こんな時になんでこんな訳の分からんたとえ話をし始めたのか。
私もその真意を計りかねていたが当の彼は2人の反応に頷くと
「そうか、それならこの案試してみる価値があるかもしれんぞ?」
何故か私の方を見ながらそう言った。
ーーーーー
ガヤガヤとざわめく朝の教室、HR?とやらも進み教室には凡そ40人程の少年少女達が席に着いている。
本当ならもっと煩かったりダルそうな感じを全開に出している子がいてもいいと思うのだけど……今は全員が集中してある一点のみを見つめている。
「えー……エリヤスフィールさんはフィンランドからの留学生で日本の文化に非常に興味があるということです。日本語もちゃんと喋れるので皆さん仲良くしてあげてください。」
顔が赤くなっているのを感じる……恥ずかしながらこんなに多くの人から視線を浴びるのは久し振りどころか生前含め初経験なのだ。
それだけでも充分きついってのに……
「うわ、かっわいい……お人形さんみたい。」
「髪の毛きれーい。」
「決めた、俺あの子アタックするわ。」
「なんつーか庇護欲湧くな……」
全部聞こえてるのよ!!恥ずかしいからもうちょっと聞こえないようにとか気を使いなさいよ!さっき日本語ペラペラって先生説明してたじゃない!!
声にしてしまえば今後浮くのは確定なので口にはしないがもう耐えきれなくなってきてつい俯く。
それを見て女子達から可愛いだ何だと声が挙がっているが本当に勘弁してほしい。こう見えて私はあなた達よりは年上なのだから。
エリヤスフィール・フォン・アインツベルン
縦だと収まりきらないため黒板に対し横向きでそう書かれた名前は黒板だからか随分違和感があるように見えた。
その名前が示すのは勿論私。凛の予備を借りているからかすこしブカブカな制服に袖を通している自分を再度窓越しに見るとどっからどうみても普通の女子高生なのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。
ドイツからきた高校1年生の留学生、遠坂の家とは昔家族ぐるみの付き合いがありそれを頼り日本文化の勉強の為にやってきた。日本語によって不自由はない。
確認した設定をもう一度頭の中で反芻し深呼吸、覚悟を決めて前を見る。
視界には先程と変わらず興味津々な40人。
うしっ、こうなったらやってやろうじゃないの。
ポンポンと頬を叩き、先生に促され開いている席へと歩く。視線が痛いほどだがもう諦めるしかないのだろう。
「あっ…」
「どうも。これからよろしくね。」
隣に座る少年に笑顔を作り会釈。不自然じゃないはずだと信じたい。
せっかくだからもう片方隣の人にも。早めに馴染めるようにしておくべきだろう。
「どうも。エリヤスフィール・フォン・アインツベルンです……あ。」
「あの……こちらこそ宜しくお願いします。エリヤさん。同い年だったんですね。」
「桜~……」
地獄に仏あり。慣れない笑顔を作る私の視線に入ったのはどうしようかと微妙な表情を浮かべながらも会釈を返してくれる桜だった。
「それじゃあ遠坂先輩の暗躍があって……」
「そうなのよ。どうせ私行くところもないし。そしたら凛が、もうめんどくさいからうちの学校来ちゃいなさいよ!って言ってね。テストも受けてないから凛がどうやったのかも定かじゃないけど。」
「あはは……先輩らしい。」
時間は過ぎてお昼休み。机を突き合わせて桜と2人でお昼を食べる。もちろん士郎の弁当だ。
私史上初めての学生生活は目まぐるしいうちに過ぎていった。分からない科目は全くでテンパったり休み時間になるたびに質問責めにあったり……不思議と悪い気はしなかったのだけれど。
ようやくそれが落ち着いて今は桜になぜ学校にいるのかのいきさつについて話している。因みにここはノンフィクション、私もびっくりするようなトントン拍子で話が進んだのだから。
桜は苦笑いを浮かべながら私の話を聞いている。
「遠坂先輩はこの学校のアイドルにして経営にも口を出せちゃうって言われるほどの女王様ですから。何があっても不思議じゃないです。」
「やっぱり凛はそういう位置付けなのね。」
なんで凛があんな性格なのか少しだけだけどそのルーツが分かった気がする。
「そう言えば桜に聞きたいことがあったんだけど。」
「何ですか?」
1つ聞きたいことがあったので折角だしこの機会に聞いておこう。
「桜っていつも家に来てるみたいだけどそれってどうしてなの?家族って訳でもないでしょうし。」
「うち……」
「えっ?なんて言ったの?」
「な、何でもないです!その……先輩と私は一緒の部活だったんです。今はもう先輩辞めちゃいましたけど。」
「部活?へえ~士郎達観してるように見えてちゃんと青春してたんじゃない。それで、その部活ってなに?」
一瞬桜の顔に暗い陰が降りたような気がしたが気のせいかもしれないと深くは考えなかった。
それ以上に士郎が部活をしていたという事実が私の興味を持って行った。
「弓道です。ヨーロッパの方には馴染みがないかも知れないですけど……アーチェリーに近いかもしれないですね。」
「矢を放つってこと?士郎がやってるところ想像つかないな~」
「先輩、とってもうまかったんですよ。それこそ次期部長筆頭って言われるくらいに。エリヤさんも是非一度見にきてください。弓道場っていうものがあってそこも凄く雰囲気のあるところですから。」
「へえ~……」
意外だ。士郎にそんな特技があったとは。しかもうまかったとは全くイメージがつかない。
けれどそれならば気になることがあるのだ。
「じゃあなんで士郎は辞めちゃったの?士郎が一度始めたことを投げ出すとは思えないのだけど。」
「それは……あれ……?」
「なにかしら……もしかして私呼んでる?」
桜が言いよどんだところで教室がざわめく。
そちらに目をやるとある1人の人物に主に女子が騒いでいるということが分かった。そして好奇を含んだ視線はまたもや私に向き始めはじめていた。
「何かしらねあの人、やけにふてぶてしそうだけど。なんというか……ワカメみたいな髪。」
「に、兄さん……」
「お兄さん!?」
どうもです。
アーチャーの意図説明はまた次回。いよいよ舞台は学校へ、そして、何やら不穏な方もいるようです。
少し緩やかなペースですがよろしければお付き合いください。
それではまた!
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