「エリヤ、そこの玉葱取って。」
「はーい。」
肌を刺すような寒さが残る2月の朝だ。
私と凛は台所に立ち朝ご飯の準備をしている。と言っても実際に調理をしているのは凛だけで私はただ言われるがままに道具を出しているだけなのだが……それにしても凛の手付きは慣れたものだ。さすがはあの主夫の鑑である士郎を上回るだけの料理の腕を自称していただけのことはある。
……正直なところうらやましい、すごく。
私は全く料理が出来ないからこういうのに憧れるのだ。やっぱり才色兼備というか女子の嗜みというか、出来るに越したことはない。
「それじゃあ持っていきましょうか。どうせあのバカはまだ寝てるだろうし枕元にでも置いておけばいずれ食べるでしょ。」
「……?それじゃあ冷めちゃわない?」
「大丈夫、ちゃんとそれも見越した上で作ってるから。」
そう言うと熱々の中身が入った作りたての皿とスプーンを器用に持ってエプロンをつけたまま凛はクルッと後ろを向き廊下へと歩いていきその姿を私は後ろから追うようについていく。
……これではまるでしっかり者の姉についていくだけの怠け者の妹みたいだ。
これという理由はない。ただそんなことをふと思った。
ーーーーーー
「…………」
「ぐっすり寝てるわね……」
「本当ならもっと重傷でもでもおかしくないもの。アーチャーの矢で起きた爆風は一般兵器としての単純な威力も十分だったしね……その中にサーヴァントの私を庇って飛び出してくるなんて本当に考えなし。」
「本当にバカとしか言いようがないわ……まあそこが良いところとも言えるんでしょうけど。」
肝心の士郎はと言うと、他に表現のしようがないくらいぐっすりと眠っていた。無論、上半身は包帯でグルグル巻きである。
だがそんなもん当たり前だ。彼の矢が地面に突き刺さる直前、サーヴァントであり耐久力で人を遥かに上回る私を庇おうとして飛び出してきたのだ。無論、自分の身体を守るなんてことはしなかったし。
むしろその程度ですんでいることがもはや奇跡的な領域の話で、凛曰わく「普通の人では有り得ない、どこかから力を持ってきているとしか思えない治癒力」と言う分析で結果からいうとそれは当たりだ。私が本来の所有者でないから威力こそ弱まっているものの、そこにどう魔力を流し込めばそれなりに働くかとうコツは抑えている。そこら辺の魔術師の治癒魔術よりは遥かに大きな効果を士郎にもたらしているはずだ。
お互いに身体に同化しているためにその形を捉えることは出来ないが、2人の中には確かに同じものがある。
「それで良いのかしらね……ところでエリヤに心当たりはないの?貴女から魔力を持って行ってるとか?」
「ないわ、私はそんな器用なことできないもの。」
敢えて強めに突っぱねる。
これに関わる踏み入ったことは凛にも話すつもりはない。2人の中に同じものが入っているなど面倒にもほどがある。何より士郎との関係性を詮索されるのは私も良い気がしないし何よりも彼に私の正体がばれることにも繋がる。それは絶対阻止だ。
「ふーん……まあいいか。あいつが頑丈でいて困ることなんかどこにもないしね。」
「なんで?士郎は凛の敵でしょ?それなら士郎が頑丈で喜ぶ理由なんてそれこそないじゃない。」
「ああ、そのこと何だけど1つ提案があるのよ。ちょっと移動しない?」
そう言うと凛は再び居間に移動してまあ座りなさいよと促してくる。
しっかりと2人分の湯のみも準備してある。なんというかこれは…
「なに?今から交渉でも始めようっていうの?」
さっきまでの弛緩した空気とは違いピーンと張り詰めたものが場に漂っている。机を挟んで目の前に座る凛も真剣な表情。
はっきり言ってしまうとあんまりこういうのは好きではない。苦手な部類だ。
「そんなに怖い顔しないでよ。そんなに悪い話じゃないから。」
「どうかしら、凛がやり手なのは十分わかってるわよ?お陰で昨日もスッゴい疲れたんだから。」
「あー……やっぱりバレてたか。ちょっと侮ってたかなあ。まさか貴女が心理戦に長けてるタイプだとは思わなかったから。」
「お世辞は結構よ。さっさと本題に入ったら?あんまり焦らしても効果はないわよ?」
苦笑いをしながら対応する凛に続きを促す。あまり状況が長引くのはこちらからすると得策じゃない、残念ながら私はどちらかといえば単純なタイプだ。凛の口車に乗せられる可能性は大きいと言える。
勘違いしてはいけないのが凛は味方じゃない、たまたまバーサーカーというお互いにとってどうしようもない敵に遭遇したから一番近い相手と手を組んだ、それだけだ。なんで士郎の朝御飯の面倒を見ているのかという疑問はあるがそれは彼女の言う心の贅肉というやつなのだろう……
結論から言うと油断して良い相手ではないのだ。1人前のマスター、魔術師として対応しなければ今安らかに眠っている士郎の命も危ない。
「だから大丈夫だって……話っていうのはね、私達で手を組まないかってことなの。」
「……へ?」
思ってもいなかった提案に変な声が出てしまった。
「要するにバーサーカーを倒すまでの共闘戦線ってことね?」
「そう言うこと。アーチャーのあれは本気で取る気で撃った一発よ、あれで無傷だなんてあのバーサーカーは破格も破格、今回の聖杯戦争優勝候補筆頭よ。」
「まあ……確かにね……」
その正体がヘラクレスだって知ったら一体どんな顔をするのか見てみたいものだ。
「それなら私達がいがみ合う意味なんてないって思ったの。私達がお互いに疲弊しあってどちらかが生き残ったところでどうせバーサーカーにやられちゃうだろうし。それじゃあ意味ないのよ。せっかくだから勝ちたいじゃない?」
凛の言っている事は正論だし理に叶っている。現状私も、彼も、どちらも単体でバーサーカーを倒すのはまず無理だ。火力が違い過ぎる。
それを倒そうというのだから今なんとなく奇妙な停戦状態になっている私達に声を掛けてきたのはまあ当然の流れだと思う。
「条件は?」
「あら、意外と乗り気なのね。さっきまでの警戒はどこにいったのかしら?」
「それも全部条件次第よ。魔術師の基本は等価交換でしょ?変てこな条件出してきたら突っぱねてやるんだから。」
受けたい。無条件でよろしくお願いしますと言いたいくらいだ。私の切り札は残念ながらバーサーカーとは相性がひたすらに悪い。他の相手はどうだか知らないけどこれは間違いない。
けれど魔術師の世界は等価交換が基本原理のめんどくさい世界なのだ。
単純にあっちの出せる条件がサーヴァント+凛の戦力としてこちらが出せるの戦力は私だけだ。士郎では凛とはどうやったところで釣り合わない。それに対して一体どんな条件を出してくるのか……
「そうねえ……じゃあ毎日夜に士郎を貸して」
「(ブフッ)なっ、なあ……!」
ちょっと考える素振りを見せてから凛がしれっと言い放った予想の斜め上をゆく条件に思わずお茶を吹き出した。
……士郎を貸せですって!?それも毎晩!?ど、どこまで大胆な!やっぱりこの凛は私の知ってる凛じゃない!!やらせない……!士郎は渡さないんだから!!!
「おーい、ちょっと、聞いてる?顔真っ赤だけどそう言う意味じゃ…」
やっぱりこの話はなしだ、うん、士郎を守るのは私ひとりでやり遂げてみせ……
「話聞かんかこのマセガキ。」
「イタッ!もう……!何するのよこの変態!」
「だーれが変態よ!勝手にピンク色の妄想の世界に飛びこんで帰ってこない貴女には言われたくないわ!あのね、士郎を貸せっていうのはその……そう言う意味じゃなくて魔術を教えるって意味よ……」
「……魔術?」
ゲンコツに顔を上げると凛の言葉はどんどんトーンダウンしていく。あら?なんだか心なしか顔が赤くなってるような……
「凛、赤くなって……」
「なってない!良い?今のあいつじゃ全く戦力にはならない。それじゃあ条件が五分五分にはならないでしょ?だからその分働いてもらえるように私が鍛えるの。一応あれでも魔術師なんだしやってみる価値はあると思う。」
「ああー……うん、そうだよね。」
早とちりした自分が恥ずかしくなってくる。普通に考えればそうだ。士郎が戦力になれるならそれが一番手っ取り早いし良いに決まっている。
「だから貸せって言うのはそういうことよ……大丈夫、あなたの大好きな士郎お兄ちゃんを取ったりしないから安心して。」
「そんなこと考えてないわよ!あんなヘッポコマスターなんて私からしたら足手まといも良いところよ!」
そこで黙ったのが失策だったか。隙ありとみた凛の反撃を受けることになってしまう。
それにしてもこの悪魔っ娘!突然なんてことを!
「あら?けど今だって貴女が否定したのはマスターとしての衛宮君であって衛宮士郎という1人の男の子じゃないわ。無意識にそういう表現するのを避けてたりして~」
「……!」
ああ言えばこう言う。これぞまさに悪魔の所業。
ニッシッシ、という声が今にも聞こえてきそうな愉しげに見える表情を浮かべながら凛はジリジリと迫ってくる。
……あれ?いつの間にか壁際まで追いつめられてる?
「同盟は結んだけどせっかくだから弱点くらい掴んでおかないとつまらないわよね~さあ、あの無個性鈍感野郎のどこが良いのかお姉さんに話してご覧なさい……!」
「……ヒッ!」
やばい、これはやばい。なんとか上手いこと誤魔化さないと私の心の中を赤裸々に!!
「おーい……エリヤ?遠坂?いないのか?」
「……!士郎ーこっちー!居間よ!!」
「ちっ……本当に空気読めないわね。」
グッドタイミング!!!
「えーと……あのバーサーカーを何とかするまで俺達は協力関係で、戦力になるために俺は遠坂に教えをこう、こういうことだな?……どうしたエリヤ?後ろに隠れて?」
「何でもない……」
「まっそういうことね。」
「それは俺としても嬉しいし異論は無いんだが……遠坂、お前エリヤのことイジメただろ。これはそうとしか思えない反応だぞ。」
「え?イジメてなんかないわよ?ただちょっと女の子同士で秘密の話しただけよ。ねっエリヤ?」
「……!」
「ほら、やっぱり怯えてるじゃないか。やめてくれよ、エリヤはサーヴァントだけど女の子なんだから。」
もう二度と凛に隙は見せない。絶対にだ。
「まあ慣れてくれればいいか……うん、これからよろしく遠坂。」
「ええ、せいぜい役に立ってよね。」
とりあえず士郎も納得したようだ。これでとにかく私達は頼りになる仲間を得た訳だ。ひとまずこれから生き残るのに凛がいるのといないのでは大違いだ。
ーー私もこれで一安心かな
そう思った。けど私も、恐らく2人も忘れていた。
人生一難去ってまた一難、と。
「(ピンポーン)おはようございます。先輩。」
「士郎ー!朝御飯食べにきたよー!」
「「「あっ」」」
次なる危機は意外にも近くに迫っていた。
どうもです!
とりあえずアヴァロンの扱いだけははっきりさせようと思いまして。
次回はいよいよ日常の象徴の虎が暴れまわります。しばらくは平和な予定。
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