「……よし、あとは顧問の先生の欄だけ!」
放課後の視聴覚室にて。
大テーブルを囲むように座る侑芽と未来、希菜の3人。
そして希菜は声をあげて立ち上がり、1枚のプリント用紙をホワイトボードに張り付ける。
部活動申請書。
部活名の欄には『ラッシュデュエル部』
活動内容の欄は『ラッシュデュエルを遊びつくす!』
とミミズのような文字で書かれている。
そしてその下には、冬川 希菜、瀬名波 理香子、遊見 侑芽、西条 未来、姫榊 琴音……と、三者三様の筆跡。
顧問の欄は空欄。
「お嬢にはあらかじめ書いてもらっておいたし、後はお嬢が顧問を引き受けてくれる人を連れて来るのを待つだけ!」
「誰を連れて来てくれるんだろうね〜」
肘を机について、両手の掌に顔を乗せてニコニコと笑顔で話す侑芽。
理香子は相変わらず、我関せずと窓際の席で本を読んでいて……未来はその様子をジッと眺めていた。
「エルゼがすんなりと署名してくれたのは意外だったな」
「……………………」
未来の言葉に特に反応も示さず、本のページを捲る音だけが聞こえる。
「協力的なのかそうじゃないのか、分かんないヤツだぜ」
「でもいい人だよ、リカコちゃんは」
「っ……」
視線を本に落としたまま、理香子の肩がほんの僅かに……ピクッと動いた。
「そうか〜?」
「だって本気でイヤだったら、この部屋を使わせたりラッシュデュエル部に入ってくれたりしないよ」
「現にルンぺルシュティルツヒェンは負けてるからな。我らが蹴り飛ばされても文句は言えん」
「うっ、うるさ〜い! 次やったらアタイが勝つ!」
「……………………」
小さくため息をつき、理香子は次のページを捲る。
そうこうして、和気藹々と談笑してると……ガチャリ、と扉が開く音がした。
4人の視線が入り口に集まる。
「遅れて申し訳ありません!」
「構わん構わん! っで、顧問の人は!?」
視聴覚室に入るなり、深々と頭を下げる琴音。
希菜はすぐさま琴音に駆け寄る。
「はい、連れて参りましたわ」
「よーしよしっ!」
「お〜! やったね、キナちゃん!」
侑芽と希菜が両手を握りしめて小躍りする。
その様子を見て、琴音と未来がクスッと微笑む。
「……ここがラッシュデュエル部、とやらの部室?」
「「あっ!」」
琴音の後に入って来た人物が視界に入った途端、侑芽と未来が大きな声をあげた。
クルクルとパーマがかかった黒髪の女性……侑芽と未来の、よく知る人物。
「1年1組の担任を務めてる、
侑芽と未来のクラスの担任の先生……白雪 花澄。
音楽教師でもあり、小柄な容姿や人当たりのいい性格で生徒からの人気は結構高い……らしい。
「雪ちゃん、これからラッシュデュエル部の顧問としてよろしくお願いしますわ!」
「学校では先生って呼びなさい、って何度も言ってるでしょ?」
「はーい、ですわ」
琴音が白雪先生に気安い感じで話しかける。
白雪先生も、口では咎めるように言うが本気で怒っているような表情には見えない。
「雪ちゃん先生って、部活の顧問してなかったんですね〜」
「こーら、遊見さん! ……ほら、他の人が真似しちゃうじゃないの!」
「ふふっ」
琴音がクスクスと口に手を当てて笑う。
その様子を見て、白雪先生は大きく肩を落とし……ホワイトボードに張り付けてある申請書に目を向ける。
「これが申請書ね?」
「あとはセンセーが書く所とハンコだけっす!」
「相変わらず、冬川さんは元気ね〜……」
白雪先生は申請書を手に取り、大テーブルに着いて……胸ポケットからボールペンと判子を取り出す。
「ふんふん……いや、もうちょっと活動内容どうにかならないの……? まあ、これでも通るとは思うけれど」
ごもっともなツッコミである。
「ウチの生徒会って緩いよな〜」
「生徒会と、評議会ってところの許可が下りないとダメなんだよね? ……私、どっちも詳しく知らないんだけど」
首を傾げる侑芽。
未来も同様に首を傾げている。
「そこはお嬢が詳しいから、説明は頼んだ頼んだ!」
「はい、畏まりましたわ!」
琴音は黒色のマッキーペンを右手に持ち、ホワイトボードに図を書いていく。
「生徒会……正式名称は『生徒会執行部』と言います。
会長、副会長、会計、書記、庶務の5人から成る組織ですわ。主な役割は、この清栄中学校に通う生徒全員の学校生活が充実かつ円滑になるようにする事」
ホワイトボードの左半分に大きな丸を書き、その中の上部に『生徒会』と書き込む。
その下に会長、副会長、会計、書記、庶務と連なって書く。
「コトネちゃん、庶務ってなーに?」
「有り体に言えば雑用係。一番下っ端ですわ、ユメ様」
「なるほど〜!」
「……様?」
申請書に目を通していた白雪先生の肩がピクッと震えた。
「ワタクシの命の恩人ですので!」
「何をしでかしたのよ、琴音ちゃ……姫榊さん」
「もうっ、言い直すぐらいなら昔のように《琴音ちゃん》と呼んでくださいませ!」
ぷくーっと不満気な表情で頬を膨らませる琴音。
白雪先生はバツの悪そうな顔で目を逸らす。
「いや、一応は教師と生徒だからね?」
「ワタクシにとっては今も昔も、身内同然ですわ!」
「頼ってくれるのは嬉しいんだけどねー」
線引きはしっかりと……と、思ったが白雪先生は言葉を飲み込む事にした。
琴音は簡単に意思を曲げない、というのを理解しているからだ。
「お嬢と白雪センセーって、どんな関係なんだ?」
「妙に距離感が近いよね〜」
希菜の質問を受け、琴音が向き直る。
「雪ちゃんは、ワタクシのお母様の妹ですわ。つまりワタクシは姪っ子というわけです」
「なるほどな〜。昔っから家族ぐるみの付き合いがあるってわけか!」
「そういうことですわ」
そんなやり取りを聞いて、理香子の手が止まる。
そして、ゆっくりと……口が開く。
「姫榊の母親……」
ボソッと呟くように吐いた言葉。
誰にも聞こえないような……静かな声。
「……話が逸れましたわね。
そして評議会……正式名称は『生徒評議会』と言います。
これは議長、副議長、議員13名の……計15名から成る組織ですわ」
再びマッキーペンを持ち、ホワイトボードの右半分に大きな円を書いて……上部に評議会と書き、その下に議長、副議長、議員13名と書き連ねる。
そして2つの大きな円を矢印で向け合う。
「生徒会と評議会って、どう違うの?」
「まず選出方法が違いますわ」
「選出方法……?」
侑芽が首を大きく傾げる。
未来は最初からずーっとチンプンカンプンな表情だ。
「生徒会のメンバーは確か、選挙で選ばれるんだよね?」
「そうですわ、ユメ様」
「入学して早々に生徒会選挙があったんだもん、記憶には残るよ〜」
清栄中学校は4月と10月、1年に2回の生徒会選挙が行われる。
生徒の自主性を重んじる校風だからこそ……の仕組みであると言えよう。
「……あれ? でも評議会選挙なんてなかったよね?」
「いいところに目を付けましたわね、ユメ様。そこが重要なのですわ」
生徒会の括りの左に『生徒からの選出』、評議会の括りの右に『教職員からの選出』と書き込む。
「つまり……生徒会は生徒側の組織で、評議会は先生側の組織?」
「その通りですわ。この2つの組織は立場が真逆なのです。
そして、生徒会の草案を評議会が可決するかどうか……という仕組みなのです」
「最終的に決めるのは、評議会ってこと?」
「そういう事になりますわね。……と言っても、基本的に評議会が否決を取る事はございません。こう見ると、生徒会と評議会は対立しているように見えますが……あくまで風習といいますか、形式上だけなのです。
現に、評議会が発足してから何十年と経っているそうですが……生徒会の案が否決された事例は1つもありません」
「お役所仕事みたいなもんだね〜」
「……要するに、生徒会が認めれば決まったようなものなのだな、ラプンツェル?」
「ですわ」
コクコクと琴音は頷く。
「そして、ここに心強い味方がいるからな〜!」
希菜が、我が物顔で胸を張る。
「どういうこと、キナちゃん?」
「だってラッシュデュエル部に生徒会のメンバーがいるんだし!」
「……へっ?」
侑芽と未来が大きく目を見開く。
思考を巡らせる。
侑芽は、自分は生徒会とは無縁で……未来もそうだ。
希菜は生徒会に入れるような器ではない。
そうなると、残りは2人。
「もしかして、コトネちゃんって……生徒会?」
「はい、生徒会の庶務を務めさせていただいてますわ」
「……1年生で、しかも入学早々で生徒会入り!?」
「末端ですわ、大した権限はございません」
「いやいや……それでも凄いって」
「ふふっ、ユメ様にそう言って貰えると光栄です」
そういえば、選挙で1年生が立候補してたな……と侑芽は思い返した。
2年生と対抗になり、大差で圧勝した1年生がいる……と軽く話題になっていたような、とも。
「それに、偶然にも評議会のメンバーがラッシュデュエル部にいらっしゃいますし」
「……へっ?」
琴音の言葉に、侑芽が再び間抜けな声を出す。
琴音の視線の先にいるのは……黙々と本を読んでいる眼鏡少女。
「……リカコちゃん、評議会のメンバーなの!?」
「うん」
理香子は本に視線を落としたまま返事をする。
「ああ、ラプンツェルが言ってた『顔を合わせた事はあるけど直接話した事はない』って……」
「ご推察の通りですわ、西条さん」
「生徒会と評議会、両方のメンバーを抱え込んでるウチら! これはもう勝ち確定!」
「……わたしに評議会をどうこうする権限とかは無いけれど」
「でも心強いよ〜、助かるよ!」
侑芽はキラキラと眩しい表情を、理香子に向ける。
理香子は顔を背けて、窓から外を眺めた。
「……はい、記入終わったわよ」
「あっ、白雪センセー! あざーっす!」
顧問が記入しなければならない、諸々の項目を埋め終わり……希菜は白雪先生から申請書を受け取った。
「あとはコレを提出するだけ!」
「私が預かっておくわよ、あとで生徒会に渡しておくから」
「頼んます、白雪センセー!」
白雪先生は手提げのカバンに申請書を仕舞い込んだ。
*
「そういえば、さ」
するべき事が全て終わり、みんなで一息ついていたところで……侑芽が立ち上がった。
そして鞄の中から1枚の用紙を取り出す。
「ラッシュデュエル部のポスター、作ってきたんだ〜」
そう言いながら、大きな用紙を広げてホワイトボードに張り付ける。
先日、希菜が作った意味不明なポスターとは違い……しっかりとフォントや構図に拘ったと一目で分かるような出来栄えのポスター。
「わあ〜! ユメ様がお作りになられたのですか!?」
「突貫工事だけど、形にはなってるかなーって」
デフォルメされたドラギアスのイラスト、丸みを帯びた可愛らしい字体、カラフルな色使い、そして……
「遊見さん、なんでお惣菜が所々に散りばめられてあるの?」
白雪先生が疑問を呈した。
至極真っ当な疑問だ。
至るとこに描かれた、唐揚げやらエビフライやら切り干し大根やら……側から見たら料理部のポスターと見間違えそうだ。
「えへへ〜、これには深い事情がありまして」
「大した事情じゃないだろ……」
希菜が大きく肩を落とす。
「まあでも、アタイのに負けず劣らずな出来だな!」
「盟友ユメの圧勝だ、ルンぺルシュティルツヒェン」
「おぉおぅ!?」
視聴覚室の隅っこで体育座りをし、シクシクと涙を流す。
そんな様子の希菜を無視して、侑芽は話を進める。
「でもまだ、未完成なんだ」
「これでも充分だと思いますが……何が足らないのです?」
「写真! みんなで撮って、それをポスターに貼り付けようよ!」
「おぉ〜! いいですわね!
結束! 友情! って感じがしますわ!」
「えへへ〜、でしょ〜?」
侑芽が満面の笑みを浮かべながら、鞄の中をガサゴソと探り……デジタルコンパクトカメラを取り出した。
「デジカメ……です?」
「うんっ!」
「ユメは映し絵を好んでいる故」
「なんだユメ、お前カメコだったのか?」
いつの間にか復活していた希菜。
カメラ小僧……略してカメコ。
写真撮影を行う年少者を指す言葉である。
そして侑芽が手に持っているのは……CANON PowerShot G11。
古いモデルだが……愛用者は多い代物だ。
「私の専門は風景だけどね〜。ポートレートは殆ど撮らないよ」
「ユメ様の撮った写真、見てみたいですわ!」
「後で持ってきてあげるね〜。……雪ちゃん先生、撮影お願いしていいですか?」
「ええ、構わないけれど」
白雪先生はそう言って、侑芽からデジカメを受け取る。
「何を撮るつもりなんだ?」
「とりあえず、屋上に行こ〜う!」
一同は荷物を纏めて、視聴覚室を後にした。
*
屋上の壁に背を向けて立ち並ぶ5人。
そしてカメラを構える白雪先生。
「ほらほら、リカコちゃん! もっと寄って〜」
「……………………」
侑芽に促され、無言のまま理香子は距離を詰める。
左から順に、理香子、侑芽、琴音、未来、希菜に並んでいる。
「はい、ちーず」
カシャリ、とシャッター音が鳴り響く。
「うーん、フツー」
「並んで立ってるだけですものね、味気ないですわ」
撮影した画像を眺め、それぞれの感想を言い合うが……評価は芳しくない。
「かの有名な思想家、ニーチェはこう言った。OPでジャンプするアニメは神アニメである……と」
「ニーチェはそんな事言ってないわよ」
未来のボケに、理香子のツッコミが炸裂する。
「でも、ジャンプするのはいいかもな!」
「みんなで手を繋いで、ジャーンプ! って感じで?」
「……………………」
白雪先生の脳裏に、過去の出来事が過ぎる。
姉と……先輩たちの組んでいたバンドのアーティスト写真。
「白雪センセー? どーしたんすか?」
「あっ、うん……なんでもない!」
白雪先生は首をブルブルと振り、カメラを構える。
5人が並んで手を繋ぎ……大きくジャンプしたところで、シャッターを切る。
そして、画面に映った写真を見た瞬間、速攻で削除した。
「あ〜! 雪ちゃん先生、なんで私たちに見せる前に消しちゃうんですか!?」
「いや、これは……うん……」
言えるわけがない。
全員……ではないが、理香子以外は……撮るタイミングがジャンプから降りる瞬間だったからか、スカートが完全に捲れ上がっていたから、だなんて。
(何が悲しくて、教え子のパンチラなんて……しかも、お姉様の娘もいるのに……)
気持ちがどんよりと沈んでいく。
「……ジャンプ以外にして?」
「はーい、雪ちゃん先生」
「じゃあさ、天神乱漫のポーズは?」
「なにそれ?」
希菜が天高く指差して右腕を斜め上に伸ばし、掌を上にして左腕を曲げて……左足を上げて膝を曲げる。
「このポーズ!」
「……こうですか?」
琴音が、希菜と同じポーズを取る。
「そうそう!」
「……ふむ」
未来も同じようにポーズを決める。
「えっと、じゃあ私も……」
侑芽が右腕を伸ばし、左腕を曲げ、左足を上げた……その時だった。
「うわわっ!? わぁ〜!?」
グラッと侑芽の体が大きく揺れ、後ろに倒れそうになる。
「ユメッ!」
すんでのところで、未来は侑芽の後ろに回り込み、肩を支える。
「は〜……ありがとっ、ミク」
「いや、ユメが怪我しなくてよかった」
(今の動き、やっぱり……)
理香子は握り拳を顎に置き、未来をジッと見つめる。
「みんな、よくあんな体勢とれるね〜。バランス取れないよ」
「そうか? 簡単じゃないか?」
「簡単でしたわ?」
「うむ」
「え〜……リカコちゃんはどう!?」
「……………………」
侑芽に言葉を投げかけられ、理香子は侑芽の方を向いて……そしてそっぽを向いた。
「エルゼ、かのポーズを……」
「うるさい」
「っ……!」
理香子の言葉に、未来が訝しげな表情を浮かべる。
そして、睨み付けるように見遣り……理香子に詰め寄る。
「ユメの言葉を無視して……先のジャンプの時だって、1人だけジャンプしないで。それに案も出さないで、うるさい……だなんて」
「……それが?」
「っ! 私たちは、ラッシュデュエル部の仲間でしょう!? 少しは協力するとか……」
「仲間? わたしが? ……はっ!」
理香子が鼻で笑って遇らう。
その態度に……未来は表情を歪めた。
「あなたは……!」
「ミク! もういいからっ!」
侑芽が2人の間に割って入り、未来の肩を掴む。
「喧嘩しないでよ! 私は気にしてないし……リカコちゃんだって、ちょっと機嫌が悪かっただけで……」
「ユメは、私よりもその人の肩を持つんだ?」
「そっ、それは……ちがっ……」
「違くないよ」
侑芽が手を離し、小刻みに肩を震わせる。
「……はーい、ストップ2人とも!」
白雪先生が手を大きく叩く。
未来と理香子が視線を向ける。
「そんなんじゃ、部活動の設立は認められないよ?」
「……………………」
理香子は何も言わず、壁に背を向けてもたれ掛かり腕を組む。
「……こりゃあ、ヤバそうだな、お嬢」
「一触即発……ですわね」
「……………………」
「ミク……」
侑芽は涙を瞳に溜め、未来を心配そうに見つめる。
未来は、理香子を鋭い目で睨み付ける。
「……ラッシュデュエル」
「ん?」
理香子と未来の視線がぶつかり合う。
「その性根、ラッシュデュエルで叩き直す。私が勝ったら、態度を改めて」
「ふーん……」
理香子は腕組みを解き、壁から離れる。
「じゃあ、わたしが勝ったら?」
「好きにすればいい」
「オッケー。受けて立つわ」
理香子はそう言うと、床に置いていた鞄の中からデュエルディスクとデッキを取り出す。
「まあ、勝つのはわたしって決まってるけど」
「やってみないと……わからない!」
未来もデュエルディスクとデッキを取り出し、左腕に装着する。
「ミク……リカコちゃん……」
「ユメ様、今は西条さんを信じて……見守りましょう」
「なるようになるしかないって、ユメ」
2人に手が、侑芽の肩にそっと触れる。
その感覚に安堵を覚え……大きく息を吸う。
「……うん、頑張ってミク!」
未来は侑芽の言葉を受けて、振り返り……ニコッと微笑んでサムズアップした。