○月×日 後世にこの研究を詳細に伝えるべく、日記をしたためようと思う。
早速研究内容の説明から入りたいが、研究書が何らかの原因で消えてしまった時に備え、自己紹介を書いておくとしよう。
私はルーン。弱冠15歳にして魔術を極めんと研究している天才魔術師だ。
自分を天才とか書く奴はおろかとか言っている奴はまだまだ3流魔術師なので気をつけるように、真の天才は自ら天才と名乗るものだ。
まあそれはともかく、本題に入るとしよう。
私が今研究している物は、私が生まれる数年位前から信仰され始めたらしい大いなる意志とかいうものだ。
ここから少し遠い場所にある大聖堂を中心に栄えているらしく、なんかくそでかい指を大いなる意志の端末とか言ってあがめているらしい。
正直そんな気持ち悪いのとはお近づきにもなりたくないのだが、その指が与えたらしい祈祷なるものがめちゃくちゃ面白いらしい。なんでも腕一本の欠損を治せるのだとか。
そんなもの聞いちゃったら研究するしかないでしょう、ということでその祈祷が書いてある祈祷書をもらってきて研究を始めることにしたのだ。
え?ただ解析するだけなのに天才魔術師と名乗っているのか、だって?
なめてもらっては困るぞ3流共。私はこの研究から発展させて輝石魔術やカーリアの魔術とはまた別の魔術を作ろうと画策しているのだ!
あの辺の魔術は表に出せるしょーもない魔術師か教えてくれなかったからつまらないんだよ。なんだよ輝石魔術の最高峰があのしょうもない彗星飛ばすだけって。絶対もっとなんかあるだろう。
でもいくら食い下がっても絶対教えてくれなかったので仕方なくあきらめて学園卒業してきたってわけ。
そして帰ってきて家でごろごろしているときに思い立ったのだ。最近話題の祈祷と魔術組み合わせたらめっちゃおもろいのできるんじゃね!?と。
まあ研究を始めたのはそういう動機なのだ。
...っと、こんなものを書いている場合ではない。研究始めなければ。
○月△日 研究は難航している。調べ始めたらわかったが、祈祷の形式は従来の魔術とは全く異なるものらしい。そうなるとまず学ぶところからしなければならず、そのせいでめちゃくちゃに時間がかかっている。
まったく面倒だ、こうなるとわかっていたらおとなしく輝石魔術の源流の研究をするべきだったかもしれない。後世の諸君はぜひそうしたまえ。多分こっちの研究は面倒だからな。
そういえば最近うちの近所にだれか引っ越してきたらしい。村長がそう言っていた。
だがまあそんなものを知ったところで研究には何の役にも立たんのでな、興味などない。
村長にも伝えておいたように、研究の邪魔をされなければ誰がやってきて誰が出ていこうと、どうでもいい話だ。
○月▽日 口は禍の元とはこういうことを言うのだろうか。金髪のクソガキがやってきた。
どうもこの間村長が言っていたここに引っ越してきた一家の娘らしい。それだけならいいのだがこのクソガキ、私の家に入り浸るようになってしまった。ガキが勝手に話してくれた話によれば、家にいると退屈だし母親は花嫁修業しろとうるさいのだとか。私にとってはお前の雑談のほうがうるさいがな。さっさと出て行ってくれ。
○月□日 出て行ってくれといったな?...あれは嘘だ。前言撤回。
私が普段のように難航している研究に精を出していると、横から首を突っ込んできたあのクソガキが私の研究を間違っていると指摘しやがった。「ここと、ここ。これ直せば行けると思うよ。」とかほざきやがる。
無視して進めようとすると騒ぐので仕方なく確認してみたら、確かにこのガキが指摘していたのは私の天才的頭脳でもよくわからなかったブラックボックスじみていた箇所だった。間違ってたとしてもすぐに直せる場所だったため、ガキが言っていた通りにしてみたらあら不思議、いままで起動できなかった魔術が起動できるようになったではないか。思わずこのクソガキをほめながら抱き着いてしまった。そのくらいうれしかったのだ。
□月○日 あいつを弟子に取ってから、魔術の研究速度はめちゃくちゃに上がった。なんでかは知らんがこの弟子には2本指の文字が読めるらしい。文字を読み取り、それを起動キーにして発現させることが魔術の基本なため、読めない文字を翻訳することができることで市は私にとってとても有用な存在だった。おかげで私は魔術書を完成させることができた。そうだな、魔術の大本の大いなる意志から名をとって...「大いなる魔術」といったところか!うんうん!私の作り出した魔術としてぴったりの名前だな!
...そういえば新しい魔術の一つ、名づけるなら大いなる回復といったところだが、あれを実験して以降体の成長が止まってる気がするんだよな。正確に測ったわけではないからわからんが...まあ気にしても仕方あるまい。ともかく、研究をつづけるぞ!次はこの魔術をだれにでも扱えるようにするところからだ!魔術はだれでも使えるものでなければ意味がないからな!
♢
「...ふむ、日記はまあこんなところだな。」
簡素な研究室に据えられた机と椅子。それに向き合うようにして座っていた少女は、机に乗せられた日記を閉じ、椅子から降りる。
「この辺も片付けなきゃなぁ、いつの間にか足の踏み場がなくなってる。これだけ散らかすとあのバカ弟子に怒鳴られるしなぁ。はぁー、面倒面倒。」
そんな風にぼやきながらその少女...ルーンは研究所の出口にむかって歩いていく。
普段の彼女は誰に何を言われようとも決してその研究所を出ないのだが、今日の彼女にはある用事があった。
「しっかしあのバカ弟子、なんでわざわざ外に呼び出すかなぁ。別になかでいいだろうに。」
彼女は彼女の弟子である少女に呼び出されていた。曰く、とても大事な用事があるからだそう。
いくらバカ弟子の言うことでもそこまで言われてしまえば師匠としていくしかあるまい、とそういうわけで彼女はしぶしぶ研究所の外へと向かっていた。
扉を開けると、そこには一面に花畑が広がっており、その中にぽつぽつと村人たちの家がある。
のどかで平和な村だ、誰かが襲われることもなければ、誰かが誰かを殺して食べ物を奪うなんて光景もない。このあきれ返るほどの平和っぷりがルーンの琴線に触れ、いま彼女はここにいる。
そんな花畑の中心に、彼女はいた。まぶしくなるほどに輝いて見える花畑、その中心でさえもはっきりと色がわかるほどの金髪を持つその少女。間違いなくルーンの弟子である少女だ。
「待ったか、バカ弟子。ちょっといろいろ終わらせなきゃいけないことがあってだな...」
「別にいいよ、確かにすごい大事な話ではあるけど、それを聞いて自分のペースを崩す人でもないっていうのは嫌でも知ってるからね。」
「...皮肉か?それ。」
「せいかーい。」
その少女の言葉に申し訳なさが勝ったルーンはがっくりと肩を落とす。
そんなルーンの姿に少女はくすくすと笑うと、視線をルーンからそらして話を続ける。
「...前に言ったよね。私、指の言葉がわかるって。」
「言っていたというか、現在進行形で役に立っているだろう。」
「そうだね。...それで私、聞いちゃったんだよね。指の声。」
「...それは、どういう声だ。」
「助けてくれって。私が必要なんだって。」
そう気楽に発した弟子の言葉に、ルーンは口を噤む。
この村の外は危険だ。亜人やおぞましい生物、知恵なく暴徒と化している人々が暴れ回る場所。王や統治者もいないせいでその混乱はいつまでも収まらない。それを知らないルーンではないし、目の前の少女もそれを知らないわけがないだろう。きっと彼女はそれを分かったうえで、彼女にしか聞こえない、本当にそういったのかも怪しい指を助けに行こうとしているのだ。
ルーンはため息をついたのちに言う。
「...わかっているんだろうな?外は危険だ、お前が生きてここに帰れる保証もない。それでも行くのか。」
「うん。だって、助けてほしい人がいるみたいだし。...人かはわからないけど。」
「はぁ...お前らしい。」
ルーンはその言葉に苦笑いし、懐から一冊の書物を渡す。
「...なにこれ?」
「卒業試験だ。そこには私が作った祈祷が書いてある。...もっとも、作っていた魔術の絞りカスみたいなものだがな。やって見せろ。」
「...でも師匠、私が魔術ほとんどできなかったの知ってるでしょ?」
「知っているとも。だから今回はお前にとっては簡単な指の文字で書かれた祈祷を用意してやったんだよ。そのくらいはやって見せろ。」
そのルーンの言葉に少女は仕方ないなぁと笑い、そこから立ち上がる。
少女は手元の祈祷書を開き、そっと唱え、そして。
「わぁ...すごい、きれい。」
「...そうだな。まさかここまでうまくやるとは。」
花畑の中心には、小さな黄金の樹が、周囲の花々に祝福を与えていた。
効果は出ている。成功だろう。
「...合格だ。もうお前は私の弟子じゃない、いっぱしの魔術師だよ。...さあ、どこへなりとも消えちまえ。」
「...待って。」
嬉しそうに、しかしどこかさみしそうに言い放ったルーンを、少女は呼び止めた。
何も言わずに振り返ったルーンに、少女は言った。
「最後くらい、名前で呼んでよ。」
「ああ...名前、名前か...何だったか。」
「もう...ほんっとに魔術以外興味ないんだね...私の名前はマリカ。マリカだよ。」
マリカ。そういえば最初にあったときにそう言っていた気がする。ルーンはそんなことを考え、そしてさみしさを塗りつぶすようにしてその名前を呼ぶ。
「......マリカ。私の弟子。またここに戻って来いよ。」
「...うん。ありがと、先生。」
のちに巫女の村と呼ばれるこの場所で、のちに女神と呼ばれる少女と、のちに賢者と呼ばれる少女は一度、別々の道を歩み始めたのだ。
・大いなる意志の魔術
黄金の賢者、ルーンの魔術。黄金樹の始まり、その中でも原初の魔術。
これを作ったルーンは嘯いたという。魔術は、すべての人が使えなければそうは言えぬ、と。