シンデレラはガラスの靴を選ばない~魔法使いシンデレラ物語~   作:ヒトリゴト

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第11話

 グラン山脈の進んでいく山道で、ソフィアが物騒なことを呟いた。

 

「あの男、殺していいかしら?」

 

 殺意の込められた視線は、騎士団の中央で馬に乗りふんぞり返っている男に向けられていた。

 こうなってしまったのは、その男、アッシュベリー王国第2王クリストフの言葉が原因だった。

 

 

   *** 

 

 

 『魔物の災禍(スタンピード)』討伐の日の朝。

 国王の迅速な手配によって必要十分な数の兵力が、カラン・ルランの外壁の外に集まっていた。

 その内訳はカラン辺境伯領に隣接する5つの領地から派兵された領地軍と、王都より派兵された精鋭の第1騎士団、それから第2王子直属の近衛兵団、計5000弱の混合軍だ。なお、カラン辺境伯軍は既に防衛地陣地に展開しており、異変がないか警戒にあたっていた。

 

 様々な軍が集まっていることで掲げられている旗は様々であり、その通常では見られない光景に、壇上に立つ第2王子は密かに胸を躍らせていた。

 そしてその興奮を伝えるように、奮起を促す演説を行う。

 

「諸君! 今日はよくこの地に集まってくれた! 俺はアッシュベリー王国第2王子のクリストフ、今回の『魔物の災禍(スタンピード)』討伐作戦の総指揮官だ!」

 

 短く刈り上げられた赤茶の髪は、他国から嫁いできた正妃の血を色濃く引いている。装飾が少なくシンプルな服の上からでも分かる骨太の体躯もその影響だろう。ただ、顔つきは国王ミルドに似ていた。

 挑戦的で好戦的な眼差しで兵士たちを鼓舞する。よく通る声は整列された後ろまで響いている。情熱と希望に溢れた言葉たちは、『魔物の災禍』という困難に挑む兵士たちに活力を与えていた。

 

 外壁の上に立ち、その演説を見守っていたシンデレラとソフィアは、しかし頭を抱えていた。

 

「ほんとうに、あれだけならよかったのだけど」

「ねえシンディ、あの王子様本当にあたしたちと一緒にグラン山脈に入る気なの?」

「そうみたいね」

「まったく、国王は何を考えてるのよ」

「うーん。国王、というより軍務卿の差し金でしょうね」

 

 シンデレラは第1騎士団の到着とともにやって来た手紙に、呆れを含んだ視線を落とす。それは謝罪と依頼が書かれた国王からの密書だった。

 

『 【灰燼】の魔法使いシンデレラ殿。突然このような手紙を送り申し訳ない。ただ、至急謝りたいこととお願いしたいことがある。

 まず、今回の討伐作戦に第2王子・クリストフが参加することになってしまった。跡目争いのために功績を欲したのだろう。そのため、防衛地に籠るのではなく、グラン山脈に進む討伐隊に混ざるだろう。このことを謝りたい。申し訳ない。

 そして、クリストフを守っていただきたい。怪我は構わないが、正妃の子なので、命を落とすと問題があるのだ。にも関わらず前線に出ようとする馬鹿者である。お灸をすえていただきたい。なにかする必要はない。ただ、2つ名持ちの魔法使いがどれほど強大な存在なのかを、知らしめてほしいのだ。

 どうか、よろしく頼む。

 追伸:報酬の方は上乗せさせていただく。』

 

 要するに、馬鹿王子のおもりをしていただきたい、という内容だった。

 改めて読んだその手紙の内容が、万が一クリストフに知られでもしたらめんどうなことになると、シンデレラは手紙を灰に変えた。灰は颪に攫われて宙に帯を引く。

 ソフィアはそれを見てうんざりしたようすで肩を落とした。

 

「まったく迷惑な話よね。王位争いに巻き込まないでほしいわ」

「まあ、第1王子と第2王子の王位争いは、かなり接戦らしいからね。平和な時期であるアッシュベリー王国で起きた今回のことは、第2王子派閥としては喉から手がでるほど欲しい実績でしょうから」

 

 今回の討伐の編成には軍務卿が関わっていた。軍務卿は第2王子派閥の筆頭であるので、第2王子がねじ込まれたのは理解できる話であった。

 

「はあ……。難しいわ」

 

 アッシュベリー国王はまだまだ在位し続けるだろうが、すでに後継争いは始まっている。主に第1王子派閥と第2王子派閥の間で。

 それぞれを推す理由は明確だ。内政を重視しているが、外政を重視しているか。前者は第1王子、後者は第2王子が掲げているものだ。

 国王ミルドはどちらの主張もわかっていた。故に好きにさせ競争を促し、より良き王を選ぼうと見定めているのだ。

 

 また、王位争いが激化している理由は他にもあった。その最たるものが、第1王子の母が第二王妃で、第2王子の母が正妃ということだ。長男を後継とするのか、はたまた正妃の息子を後継とするのか。その点が、王国貴族たちの間でも意見の分かれるところであった。

 

 そのあたりの事情を把握しているのはシンデレラだけで、ソフィアはただ目の前の厄介ごとのことで頭がいっぱいだった。

 

「それで、どうするのシンディ」

「どうするもなにも、やることは変わらないよ。ただ、ソフィーちゃんには王子の傍から離れないでもらおうかな」

「あたしがおもりするの?」

「わたしはゴブリンキングを倒さないといけないし、それに国王の要望に応えるのは王子は少し邪魔だしね」

「はあ、わかったわ」

「お願いね」

 

 演説を終え、防衛線を築くために各領地軍がそれぞれの持ち場へと散っていくなか、シンデレラはグラン山脈に向かう第1騎士団と第2王子直属近衛兵団の者達と、顔合わせをしていた。

 第1騎士団からは団長コルウェルが、近衛兵団から第2王子クリストフが代表して言葉を交わす。

 

「初めまして【灰燼】殿。私は第1騎士団団長のコルウェル・アーチと申します」

「初めまして団長さん。魔法使いのシンデレラです。要請に応じていただきありがとうございます」

「なんの。魔法使い殿のお供をさせていただけるのは、私どもとしても光栄ですからな」

「ふふふ、お口が上手ですね」

 

 甲冑を身にまとったコルウェルは、紳士らしい態度でシンデレラと接する。明らかに年下の小娘を相手にも崩れぬ態度に、シンデレラも好感を覚えた。

 一方で、クリストフは一言目から最悪であった。

 

「俺が今回の作戦の総指揮を任されたこの国の王子、クリストフ・アッシュベリーだ。……ほんとうにこんな奴らが頼りになるのか?」

 

 あまりに不遜な態度に、コルウェルが慌てて諫めようとする。

 

「で、殿下! 【灰燼】殿に向かってなんということを——」

「黙れアーチ団長! 貴様もお供をすると下手に出やがって。いいか、今回の総指揮は俺だぞ! 貴様がお供をするべきは俺だろう!」

「そ、それはそうですが殿下。そう意味ではなくてですね」

「ふんっ、まあいい。おい魔法使い、お前らはかってなことをするなよ。ゴブリンキングは我が精鋭の兵たちが討伐する!」

 

 言うだけ言って去っていくクリストフの背を見て、シンデレラは笑顔のまま固まっていた。怒りを堪えているのがわかる程度には、目の端がぴくぴくしていたが。

 コルウェルが慌てて弁明する。

 

「も、申し訳ない【灰燼】殿! クリストフ殿下は、その……。魔法使いを国防に組み込むのを嫌っているお方でして。それであのようなことを口走ってしまい! もちろん国王陛下の御意向ではないので、お気になさらず。【灰燼】殿は予定どおりゴブリンキングを討伐していただければ」

 

 シンデレラは笑顔の威圧を見せつつ、すでに怒りは収まり別の感想を抱いていた。

 

(国防に魔法使いを組み込むのを嫌う。まあ、もっともな考えよね)

 

 シンデレラはクリストフにつけていた『馬鹿王子』という評価を、砂粒ほどだけ改めた。

 

 まず前提として、魔法使いが国防に、それもその中枢に組み込まれている国はそう多くない。なにせ、魔法使いというのはだいたいが変わり者——シンデレラは自身をそれに含んでいない——であり、同時に気分屋でもあるので、国防に組み込むには少々リスクが高すぎるのだ。

 クドリャフカのように長年関わっているほうが稀であり、必要があればその都度に依頼をするというのが普通であった。シンデレラは後者の時に依頼を受けるタイプの魔法使いだ。

 

 なので、クリストフの考えが一概に間違っているかと言えば、そうではないのだ。

 その上で、今回の行動は馬鹿と評価せざるを得ないのだが。

 

 シンデレラの機嫌を損ねたのではないかと慌てるコルウェルに、シンデレラが諭すように言う。

 

「気にしてませんから団長さん。それよりも、ソフィーちゃんを王子の護衛として付けたいのですが、お願いできますか?」

「ソフィア殿、ですな。もちろんです。是非ともお願いしたい」

「では、行軍の際にはソフィーちゃんを王子の近くにお願いします。わたしは離れなけらばいけない時もあるので」

「わかりました」

 

 シンデレラの様子に安堵したのか、コルウェルは甲冑の留め具が外れてしまいそうなほど脱力した。

 シンデレラのはそれに苦笑しながら、ソフィアに言葉をかける。

 

「ソフィーちゃん、落ち着いて顔が怖いわよ」

「ふうう……。大丈夫、まだ大丈夫よシンディ」

「そ、そう? それらないいのだけど」

 

 まるで嵐の前の静かな海みたいだな、とシンデレラは不安交じりに内心呟いた。

 

 

  ***

 

 

 シンデレラの不安は的中することとなった。

 麓でソフィアが近衛兵団の近くに位置どった際、それを見つけたクリストフが馬上から嫌味ったらしく言った。

 

「おい、なんで魔法使いが騎士団に混ざっている。まさか【灰燼】に色仕掛けをして来いとでも言われたのか? ハッ。俺に幼女趣味はないがな。どうせなら自分ですればいいものを。【灰燼】であれば、俺も転んでしまうやもしれん」

 

 その言葉を聞いたソフィアは意外にもなんの反応も見せなかった。だからなのか、周囲にいた騎士たちはギリギリ聞こえていなかったと勘違いをしていた。

 しかし実際には、ソフィアは自身の太ももをつねって必死になって怒りを抑えていた。しかし自身のなかで「幼女趣味」という言葉を反芻しているうちに怒りが煽られ、それに比例して冷気が周囲に漏れ出る事態になっていた。

 騎士たちは大して高度も上がっていないのにも関わらず感じる山頂のような寒さを、グラン山脈の異変だとして『魔物の災禍』への警戒を高めていった。

 

 そして、冒頭の台詞が色濃い殺意を滲ませながら出たのである。

 

「あの男、殺していいかしら?」

 

 ソフィア、人生でも3本の指に入る激怒の瞬間であった。本人は胸のうちに留まっていると思っていた。無意識である。

 これにはさすがに騎士たちも気が付き、すーっと距離を取っていた。

 

 そもそも、とソフィアは自身の体を見下ろす。

 

(幼女ってほど幼くはないでしょ! ……シンディやお師匠さまみたいではないけどっ)

 

 16歳となったソフィアであったが、身体の成長は平均を下回っていた。身長は150に届かず、肉付きは薄く、そのため体の凹凸がほとんどない体型。比例して食べても太らない体質であったのだが、そんなことはソフィアにとってなんの慰めにもならなかった。

 ソフィアは欲していたのである、乳房を。それも大きな乳房を。

 

 なにせ師匠であるグリセルダは40を手前にして未だ20代の頃の美貌を保ち、反対にシンデレラは18にして大人の色香を感じさせる妖艶さを持っていた。

 ソフィアも容姿に自信がないわけではない。むしろ顔立ちは整っているほうだと自覚している。

 しかし師匠と妹弟子のように美女と呼ばれず、美少女で止まている。その原因はわかっていた。

 

 そう、乳房の差であった。2人にあってソフィアにないものだった。

 

 日頃一緒にいるソフィアにとって意識しないはずがなかった。シンデレラが弟子になったころ、綺麗ではあったがまだ美少女であった。たしかに少し胸が発達していた気がしたが、うん、許容範囲だと。

 しかし、シンデレラはソフィアを裏切るように成長した。今ではグリセルダとほとんど同じ大きさである。

 初めはソフィアも期待したものだ。自身もシンデレラと同じ年頃になれば、同じように成長するのだと。しかし身長は伸びず、明るかったはずの未来に雲がかかり、胸も一切膨らまなかった。

 

 ソフィアはその点に関して、尊敬する師匠と希望を持たせた妹弟子を恨んで(羨んで)いたのだった。

 

 漏れ出る冷気、ではなく漏れ出る魔力を、グラン山脈を全体の後ろで見ていたシンデレラは感じていた。

 

(なにをしてるのソフィーちゃん……)

 

 そんな平和な? ことが起きるほど進軍は順調に進んでいた。シンデレラたちが事前に間引いていたからだった。

 しかし、それも比較的浅い部分に限られ、間引いた地域を越えるあたりでシンデレラは騎士団長コルウェルに警戒を促す。

 

「そろそろ魔物が現れてもおかしくないので警戒を」

「わかりました」

「それと、国王から依頼されているので、王子が危険になるまでわたしもソフィーちゃんも手出しはしません。もちろん、騎士の皆さまが怪我をしないようには配慮しますが」

「……わかりました。国王陛下の御意向であれば、私が言えることはありません。ご忠告をいただけるだけでも助かります」

「はい、それでは」

 

 シンデレラはそう言って、全体から少し離れて様子を見る。

 

 グラン山脈。麓とそこになだらかに繋がる部分にこそ豊かな森が広がっているが、ある程度上がると岩肌が露出している岩山である。そのため見晴らしがよく、突然の奇襲がないと考えられていた。

 

 シンデレラは空気中に灰を散布する——目に見えいほど小さいので誰も気がついていない——魔法『灰霧』を使っていた。『灰霧』は使用する魔法の中でも基本的なものであり様々な魔法へと発展するが、今回は『灰霧』が持つ効果を目的として発動していた。

 『灰霧』は灰が広がった範囲を物理的に探知する効果があった。

 

 散布していた灰が、不自然な揺れを探知した。反応は一団が進んでいる先、道の両脇が崖なっている先にあった。見晴らしがよくても、そこまでは視認ができていない。

 『灰霧』にかかる反応がどんどんと増えていく。

 シンデレラは一団のなかで1人構えた。

 

 そして数秒後、先頭の方にいた斥候兵に叫び声が戦いの合図となった。

 

「敵襲ッ!!」

 

 

 

 

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