シンデレラはガラスの靴を選ばない~魔法使いシンデレラ物語~   作:ヒトリゴト

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第13話

「シンディは無事に主を倒せたみたいね」

 

 グラン山脈麓『魔女の森』。家の煙突に仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべたグリセルダは、山肌を散り散りに下って逃げてくる魔物の見てそう呟いた。

 

「それにしても減らしすぎだけど。あの娘たち、やりすぎていないでしょうね。魔物の素材は高く売れるからいい状態で欲しいけど……。シンディは無理かもなぁ」

 

 グリセルダは勝敗の心配などせず、銭の心配をしていた。特にシンデレラの方を。そういう面ではソフィアの方が向いているのだ。

 

「まあ、お酒代くらいは稼がないとね。王都にはいい酒もあるし」

 

 グリセルダの体に魔力がほとばしる。シンデレラに勝るとも劣らない、稀代の魔法使いと称されるに恥のない魔力量だ。

 

 今回の討伐戦において、グリセルダがシンデレラからお願いされた防衛線の範囲は、『魔女の森』とそこに隣接する一帯。合わせて『魔女の森』だいたい3つ分のほどが、グリセルダの守る範囲である。

 その広大な範囲を1人で守ってください、とシンデレラに言われた時、グリセルダが思ったことは、

 

——なんだ、そんなもんでいいのか

 

 という、与えられた仕事量の少なさ、簡単さだった。正直に言って、グリセルダは拍子抜けしていた。

 

 『魔女の森』がそう呼ばれる所以は、踏み入れた者が帰ることができない死の森だからだ。それは森に張り巡らせた魔法陣があらかじめ設定された敵性対象を自動迎撃することで起きることだった。

 グリセルダの『名付け』の魔法は、その性質的にほとんどの場合で使われる魔法はたった1つだ。しかしその1つで多彩な効果を生み出し、魔法使いのなかでも随一と称される万能さを誇っていた。

 そのため別個に魔法の起動句となる物をグリセルダはほとんど用意していないが、森に引いた魔法陣とそれによって起きる数多の魔法を総称していた。

 

——『魔女の森』、それがこの麓の森にかけられた、後付けの魔法名だった。

 

 故に『魔女の森』は【命名】の魔法使いの絶対領域とされていた。

 しかし、『魔女の森』決して領域内のみを守る魔法ではない。必要とあれば、外敵を攻撃することも可能だ。その攻撃可能範囲は、今回シンデレラに任された防衛線を大幅に上回る。

 

 グリセルダが練り上げた魔力が、魔法陣に沿って森中に広がっていく。薄く立ち上がる光が、不気味な森を輝かせ神秘的な光景を作り出す。

 そして、森の女王とでも呼びたくなるような尊大な態度で命じる。

 

「さあ、木々たちよ。外敵を撃ち抜く『弓矢』となりなさい!」

 

 グリセルダの声が風となり無限の木の葉を揺らす。木の葉同士が擦れて鳴るざわざわという音は、まるで本物の大衆が、兵がいるかのように錯覚させた。

 女王の命を受けた森は、指示を実行しようと鬨の声を合わせながら、それぞれの体——太い幹や鋭い枝を山の斜面に対して大きく反らした。それはまるで投石器のようであり、木々が一斉に同じ方向へと身をしならせている光景は、摩訶不思議なものであった。

 

 ぐぐぐっ、と軋んだ音を輪唱させながら力を溜めるように反った状態を堪えている木々は、今か今かと女王の新たな言葉を待つ。

 グリセルダは蟻のように見える斜面の魔物たちを十分に引きつけ、魔法を放つ。

 

「撃て」 

 

 たった二文字の小さな声の命令は、不思議と森に響き、木々の緊張状態を解く。

 恐ろしいほどに鋭利な枝の矢が、弓となった巨木たちの強力なしなりによって打ち出された。空気を裂く轟音が幾重にも重なり、森と山の斜面を繋ぐ線が上空に引かれる。

 

 森の弓、雨の矢。空を裂き地を穿つ。

 逃げ惑う魔物たちは、自分たちに迫り来る大量の矢を目の当たりにし、少ない知性で諦めという選択をした。

 大地の怒りのような攻撃は十秒ほど続き、一切の魔物を殲滅したのだった。

 

「さて、第二射構え」

 

 しかし【命名】の魔法使いは次を構えた。山の中で発生した『魔物の災禍(スタンピード)』の魔物たち、この程度の量ではないとわかっているからだ。シンデレラたちが壊滅させ、いくつもの方向に分散して逃げようとも、それは変わらない。

 グリセルダは長くなるかもな、と煙突を椅子に変化させ、腰を下ろした。そして悠々と紅茶を飲みながら、演劇でも鑑賞するように山を眺める。

 

「放て」

 

 【命名】の魔法使いグリセルダ。その所業を隣接する防衛線で見ていた各領地軍は、口々に口走った。

 

——『魔女の森』には近寄っては駄目だ、と。

 

 

   ***

 

 

 アッシュベリー王国王城、謁見の間。

 公式の場、玉座に腰を下ろした国王に『魔物の災禍』の顛末を語ったシンデレラは、同席してい家臣たちに畏怖の念を植えつけた。

 【大賢者】クドリャフカが愉快そうに笑い声を響かせるのを、国王は感嘆の混じったため息で諫める。

 

「クドリャフカ殿、今真面目な話をしていますので」

「ふぉっふぉっふぉ! 孫弟子の大活躍を喜んで何が悪いのじゃミルド」

「ですからっ、公式の場ですのでもう少しだけ我慢をお願いします」

 

 困った様子の国王にシンデレラはが助け舟を出す。

 

「クドリャフカ様、わたしからもお願いします。真面目なお話でしたら構いませんが」

「なんじゃ、グリセルダの弟子なのに。あの娘ならこの場でミルドのことを盛大に煽るぞ?」

「それは否定しませんが——」

 

 シンデレラとクドリャフカの視線が揃って横に向いた。そこには、国王に顔を上げることを許されずに、頭を下げたまま跪いている第二王子クリストフがいた。クリストフは頭の裏に注がれる視線を感じてはいたが、静かに沙汰が下るのを待っていた。

 

「わたしは上乗せ分の報酬がどうなるのかを聞きたいですね」

「そうじゃったそうじゃった。ミルド、お前の馬鹿息子の件、どうするつもりじゃ?」

「今からそれを話そうと思っていたところなんですよ」

 

 国王は肩を落としつつ、クリストフに厳しい視線を送った。

 

「面を上げよ、クリストフ」

「はっ!」

 

 クリストフが顔を上げた。

 国王は厳かに問いかける。

 

「クリストフよ、【灰燼】殿の説明に間違った部分はあったか?」

「いえ、ありません」

「そうか。まず、改めてこの場で【灰燼】殿とソフィア殿にお礼と謝罪せよ」

 

 そう言われたクリストフはシンデレラとソフィアに向き直り、腰を九十度に曲げた。

 

「申し訳なかった【灰燼】殿、ソフィア殿。数々の無礼な発言と態度、反省している。それから、助けていただき本当に感謝している」

 

 公式の場で、国王が命じて、家臣たちの前で王子が謝罪をする。それは後継争いに影響がでることが間違いなかったが、クリストフはそれを気にも留めずに頭を下げた。クリストフは馬鹿で愚かではあったが、同時に実直で素直であった。

 クリストフの後頭部を見下しながら、ソフィアがフンと鼻を鳴らした。

 

「あたしはもう別にいいわ。スッキリしているし」

「わたしも構いませんよ。あの後しっかりと働いてくれたことを、ソフィーちゃんから聞きましたから」

「ありがとう。【灰燼】殿、ソフィア殿!」

 

 シンデレラたちの反応を見て、国王も胸をなでおろす。

 

「【灰燼】殿。私からも謝罪を。それから寛大な心に感謝を。」

「いえ、お気になさらず」

「それで、報酬の件だが聖金貨2枚を追加するというのはどうだろうか」

 

 提示された価格は破格の額だった。貴族たちのあいだにもどよめきが起き、ソフィアも顎を落としそうになっていた。

 シンデレラも当然驚いていたが、金額に関係なく答えは決まっていた。

 

「アッシュベリー国王、追加分に関してはいただかなくても構いません」

「なに?」

「ただ、今後力を貸していただきたいことがございます。その際に、お願いを聞いていただければ。もちろん断っていただいても構いません」

「……本当にそのようなことでよいのか?」

「はい。クリストフ王子のこともついででしたし、大した手間でもなかったので」

 

 シンデレラの言葉を受け、国王は腕を組む。

 金で解決できることであれば、そちらの方がきっぱりとしていていい。それが国王ミルドの考えだった。

 しかもその代わりが魔法使い頼み事。どう考えてもあまりいい話だとは思えなかったのだ。ただよりも怖いことはない、という考え方はアッシュベリー王国にもあるものだ。

 

 う~む、と国王が顔に皺を作り悩んでいると、クドリャフカがにらみを効かせた。

 貴方はそちらの味方ですか、と国王は内心でため息を吐いた。

 

「わかった。【灰燼】殿の提案を受け入れよう。ただ、あまり無理難題ではないと助かる」

「ええ。そこまで無茶なお願いをするつもりはありませんのでご安心ください」

「それは助かる……」

 

 互いに深まったところで謁見は終わった。

 シンデレラにとっては満足のいく結果だった。

 

  ***

 

 

 王都には様々な場所に掲示板が立っている。申請さえすれば誰でも利用ができるもので、主には催しものの告知がされている。

 昼下がり、掲示板の周りには多くの王都民が集まっていた。一様に見つめているのは王家の印が押された張り紙だ。

 

「すげえ、ゴブリンキングの首が運ばれてくるんだってよ」

「なんでも西のグラン山脈で起きた『魔物の災禍』の主らしいぞ」

「西ってことは、【命名】の魔法使いが倒したのか?」

「いや、今回はその弟子だって話だ。【灰燼】っていうらしい」

「【灰燼】、聞いたことあるぞっ。なんでも大層綺麗で、恐ろしいくらいに強いとか」

「へえー。それは一目拝んでみたいものだな」

「ハハッ。討伐記念のパレードには参加しないらしいから無理だろうな」

 

 早すぎる手際で公示された内容にシンデレラたちはフード深く被り直す。

 

「あの髭親父、こんなこと言ってなかったわよね?」

「こらこらソフィーちゃん。国王のことをそんな風に言わないの」

 

 謁見後、王城を後にしたシンデレラたちは、グリセルダと待ち合わせをしている店を探し歩いていた。

 ソフィアの言い方にやんわりと注意しつつ、シンデレラは言う。

 

「でも、パレードするのは納得かな。魔物の素材が多く手に入ったわけだからね」

「それはそうだけど」

「ふふ、ソフィーちゃんのおかげだね」

 

 魔物から採れる素材——毛皮や牙など——は様々な面で優れていたが、魔物が狩られることが少ないので流通量は少なく貴重だ。しかし今回の討伐戦では大量の魔物の素材が手に入った。そこには氷結させることで傷つけることなく、高品質の素材を大量に確保したソフィアも関わっていた。

 シンデレラの言葉に耳を赤くしたソフィアは、フードのつばをギュッと握った。

 

「あ、あたしたちはパレードに出させられることはないのよね?」

「うん。そのつもりはないだろうけど、念のためメッセージは送ってあるよ」

 

 そういってシンデレラが見上げた丘上の王城、執務室で仕事をしていた国王が椅子から飛び上がって驚く。

 

「敵襲か⁉ ……いや、灰?」

 

 不自然に机の上に積もった灰を見ていると、かってに動き出し文章を浮かび上がらせた。

 

「『パレードには出ません。念のためにメッセージを送りました。【灰燼】』」

 

 文章を読み上げた国王は乾いた笑いを零し、同時刻、鼻を掠めた嗅ぎなれた灰の匂いにソフィアも似たような苦笑い浮かべた。。

 

「やること早いわね」

「わたしも出たくはないから」

 

2人で歩く王都の街を歩く。行政の中心であり、国内商業の中心地でもある王都はよく賑わっていた。入り混じる様々な音が会話をかき消してしまいそうだ。だけど、その平和をシンデレラたちも気に入っていた。

 

「キャアーッ!」

 

 しかし、その平和を切り裂くような女性の悲鳴がシンデレラたちを振り返らせた。

 

「暴れ馬⁉」

 

 ソフィアが驚いて声を上げる。

 大通り行き交っていた馬車を引く馬の1頭が興奮したようすで民衆をかき分け、シンデレラたちの方へと一直線に突っ込んできていたのだ。

 ソフィアが魔法を発動する前に、シンデレラが灰を馬の体に這わせて蔓のように縛り上げた。その早さにはソフィアも思わず「はやっ」と呟き、行き場を手を迷子にさせていた。

 

 シンデレラは馬が落ち着きを取り戻すまで優しく馬を縛り続けた。その優しさが伝わったのか、馬も次第に落ち着きを取り戻していき、ぶるる、と鼻を鳴らしたところでシンデレラは馬の頭を撫でた。

 

 一連の流れを見ていた民衆は一瞬の静寂の後に沸きあがる。

 そしてその中の1人が呟いた。

 

「もしかして、【灰燼】の魔法使いさま?」

 

 例え疑問形だったとしても、今王都で話題と言って過言ではないシンデレラの二つ名が出れば、一瞬にして伝染し、見方を決定づけてしまう。

 フードで顔が隠れているとはいえ、さすがにこの注目はまずかった。

 取り囲みつつある民衆に魔物の軍団以上の危機を感じたシンデレラは、ソフィアの手首を握る。

 

「ソフィーちゃん、『灰渡り』で移動します」

「そうよね、この注目じゃ動けなくなるわよね」

 

 パっ、とシンデレラたちの体が一瞬で消えたことで、民衆の間にどよめきが起こる。その多くは「すげー」や「魔法よ!」というものだったのに対し、1人だけニチャリっと不気味に笑った。

 

「今のがぁ【灰燼】の魔法ぉ……。やるねぇ」

 

 目的を達したイーリンは貴族街の方に向かって歩き出し、姿を眩ませた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

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