シンデレラはガラスの靴を選ばない~魔法使いシンデレラ物語~   作:ヒトリゴト

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第14話

 大通りで起きた暴れ馬による騒動から『灰渡り』で抜け出したシンデレラたちは、そのまま目的の店まで向かった。

 

 明るく華やかで整備された、人の活気が絶えない大通りから、昼間だというのに薄暗く湿った空気が漂う迷路のような裏道に入ったシンデレラたちは、そこにたむろする住民たちから奇異な目線を送られる。

 身につけているものの上等さが違う。尾を引く香りが違う。珍しい女性2人組。そういったいろいろな要素が、シンデレラたちに場違い感を与えていた。

 

 シンデレラたちもそのことはわかっていた。だからこそ、このあたりの店を待ち合わせ場所に指定したグリセルダに文句の1つでも言ってやりたいという気持ちが芽生えていた。

 

「ねえシンディ、このあたりなのよね」

「うん。お師匠さまから届いたこれはこっちって言ってるもの」

「じゃあ間違いないわね」

 

 シンデレラが手に持ち、ソフィアが覗き込んだ紙には矢印が浮かんでおり、別れ道や角に着くと動いてどちらに進むべきかを示してくれる。当然グリセルダの魔法がかけられた紙で与えられた役割は『目的地を示すコンパス』だ。

 矢印に従って進んでいくと、一軒の店を指し示した。看板はないが、作りが住居ではないということはわかる。ただ、店だとしたら、普段であれば近寄らないような雰囲気は出ていた。

 

「ここだね」

「早く入りましょう。お師匠さまが待ってるはずよ」

 

 ソフィアが古臭い——裏道の匂いが沁み込んでそうなという意味で——ドアを開いて中に入る。踏み込んだ床はぎし、と不安が湧いてくる音を立てたが、意外にも店内は清潔で、内装だけであれば大通りにあったもおかしくはなかった。外観が致命的ではあるが。

 

 ソフィアがきょろきょろとするまでもなくグリセルダを見つけた。ローブを纏った背中はやけに丸まっていて、体躯も小さい。魔法で姿を変えているのだが、ソフィアには、そしてシンデレラにはそれがグリセルダだということは一目瞭然だった。

 

 店主らしき初老の男性に会釈をして、カウンター席に座っているグリセルダ(老婆)に近づく。

 

「お師匠さま、着きましたよ——って、酒臭いっ! 寝てるし!」

 

 ソフィアが肩を叩いてもグリセルダはむにゃむにゃとするだけで起きる気配がない。それどころか酒瓶を枕に突っ伏しており、いつもよりも小さく見えたのはそのせだった。

 なんど揺すっても駄目なソフィアが、シンデレラに振り返った。

 

「シンディ、お師匠さま起こしちゃって!」

「はいはい……」

 

 ソフィアにせがまれたシンデレラが、つっぷしているグリセルダの全身を覆うように灰を撒いた。しばらくするとグリセルダの呑気な顔が寝苦しそうなものに代わり、がばっと飛び起きた。

 グリセルダで老婆顔で間抜け面をさらしていたが、シンデレラたちに気がつき声を荒げた。

 

「シ、シンディ! アタシに魔法を使ったわね⁉」

「はい。起きないので」

「あたしが頼んだのよお師匠さま」

「うぅ……。せっかく気持ちよく酔えてたのに、頭がスッキリしちゃったじゃない」

「いいことなのでは?」

「あのね、アンタたちは全然お酒を飲まないから知らないかもだけど、嫌なことを忘れるには酔いつぶれるのが一番なの!」

「ソフィーちゃん、、こういうところは見習っちゃだめだよ」

「さすがのあたしもこの部分については見習うつもりはない」

 

 弟子2人の白けた視線を感じ、グリセルダは誤魔化すようにカウンター内にいた店主に声をかけた。

 

「お水ちょーだい」

「……はあ、お前さんも弟子を持ったと聞いたから変わったと思ったんだがな」

「ちょっと、アンタまでそれ言うの?」

「弟子に迷惑をかけるような飲み方はするな、馬鹿」

 

 店主はそう言って荒々しくコップ一杯の水を置いたあと、シンデレラたちに優しく「ごゆっくり」と声をかけて店の奥に引っ込んだ。

 

「お師匠さま、店主の方とは古い付き合いなのですか? 弟子を持つ前から知っているように聞こえましたが」

 

 シンデレラはグリセルダの隣に腰をかけながら訊ねた。ソフィアはグリセルダを挟んで反対側に座る。

 

「そうよ」グリセルダは姿を変えている魔法を解いて言う。「アタシがジジイの下で修業してたころからのね。長い付き合い。合うのは久しぶりだけど」

 

 グリセルダは水を一気に呷った。

 

「ぷふぁ。……で、『魔物の災禍』の方はどうなったの?」

「それは予定通りに。内容は言ってはいませんが、協力してくれると思います。国王にとっても悪い話ではないと思いますしね」

「そっ」

「お師匠さまのほうはどうだったのよ? ずっと1人で調べてたんでしょ」

 

 ソフィアがその先を口にする前に、シンデレラは店の内壁全体を灰で覆って外に音が漏れないようにした。ソフィアは迂闊だったと反省したのか、心なしか声が小さくなる。

 

「トレメイン伯爵家のこと」

 

 グリセルダがシンデレラたちと別行動をしていたのは、なにも『魔物の災禍』に備えてのことだけではない。それよりも前から1人で行動しており、その目的もシンデレラは知っていた。というか、シンデレラがグリセルダに頼んだのだ。

 

 ——トレメイン伯爵家の現状を知りたい、と。

 

 シンデレラが調べられないこともないかったが、グリセルダの方が圧倒的に向いていたのは明らかだったのだ。グリセルダはシンデレラの頼みを快く聞き入れて、そして期待通りの成果をもたらした。

 グリセルダがきっぱりと言う。

 

「トレメイン伯爵家には魔法使いが関わっているわね。それも、結構な手練れよ」

「お師匠さまがそこまで言う相手ですか⁉」

「アンタたちも聞いたことはない? 【死操】と呼ばれる魔法使いを」

「【死操】……ですか?」

 

 ソフィアは首を傾げたが、シンデレラはなるほど、と呟いた。

 

「シンディは知ってるの? その、【死操】ってやつのこと」

「ええ、他国に行ったときちょろっとね。でも納得したわ」

「なにを?」

「さっきの暴れ馬よ、ソフィーちゃん」

「暴れ馬がなによ?」

「あの暴れ馬、わたしが落ち着かせたけど、その時に魔力を感じたの」

「魔力を? でも、普通の馬、だったわよね。荷物引きの馬だし」

「馬、自体はね」

 

 グリセルダはわかったようだがソフィアはそうでないようで、シンデレラは説明を続けた。

 

「たぶん操られていたの。わたしたちを襲うように命令をされて」

「命令? ……まさか、【死操】の魔法って、動物を操るモノなの?」

「いいえ。生物を操る、この場合は洗脳ね。それが【死操】の魔法なのよソフィー」

 

 挟まれたグリセルダの言葉に、ソフィアは息を呑んだ。

 

「それって、人も操れるってことですか?」

「ええ」

「ソフィーちゃん、それどころか魔法使いも操ったって話よ」

「魔法使いを⁉ そんな、あり得ないわ! 魔力を持つ魔法使いに、同意もなしに魔法を直接働かせるなんて!」

 

 それは魔法の原則とでも言うべきこと。それを侵すことはできないというのは魔法使いの常識だ。

 グリセルダを押しのける勢いで身を乗り出したソフィアをシンデレラは押し返す。

 

「もちろん全部がほんとうってわけじゃないと思うけどね。全魔法使いを無差別に操れるのなら、さっきも暴れ馬じゃなくて、直接わたしに魔法を使えばいいわけだしね」

「そっか、そうよね」

「まあ、なにかしらの制限や手順が必要なのか、【死操】って魔法使いが特殊なのか。そんなところでしょうね。さすがにそこまではわからなかったけど」

「わたしもそう思います」

 

 グリセルダの推察にシンデレラが落ち着いて返す。それに恥じたソフィアは、そもそもの話を思い出す。

 

「お師匠さま。【死操】がトレメイン伯爵家に関わってるって言ってたけど、まさかシンディをいじめてた義母たちが?」

「いいえ。ベラとその娘たちは操られていないわ。……残念だった、シンディ?」

「むしろよかったです。ベラたちが被害者だったら、怒りのぶつけどころがなかったですから」

「お師匠さま、その質問意地が悪くない?」

「ごめんごめん」

 

 ソフィアのにらみを躱してグリセルダは付け加えた。

 

「ベラたちはむしろ逆。【死操】を雇った側なのよ。時期は不明だけど、おそらく——」

「父と再婚した時から、ですか?」

 

 グリセルダは言葉を継いだシンデレラに頷いた。

 

「ええ。その線が濃厚でしょうね。伯爵の様子が変わったと言われたのもその頃だしね」

「そうですか」

 

 無機質な声音と、俯いた表情。シンデレラがなにを思っているのか、グリセルダたちにはわからなかった。

 ただ、それでも3年も一緒に過ごしていればどうすればいいのかはわかっているつもりだ。そう、ソフィアは思っていた。

 

「シンディ、それで次はどうするの?」

「あ、うん……そうだね」

 

 すぐに思考の沼に嵌まってしまうのはシンデレラの悪い癖だと知っていた。代わりに、自分がその分考えなしだとも。だから2人で考えるのがちょうどいい塩梅だけど、いずれは自分も考えられるように、と期待を込めてソフィアはシンデレラにいたずらっぽく聞く。

 

「もう相手の正体もわかってるんだし、伯爵邸に突撃しちゃう?」

「あはは、さすがにそれは無理かな。もう少しだけ【死操】の魔法の情報が欲しい、というか勝てる見込みができるまで待ちたい」

「あんたなら負けないでしょ。お師匠さまもいるんだよ?」

「うん、負けるつもりはないよ。でもお師匠さまの言う通り再婚した4年前から【死操】が関わっているのなら、今は魔法陣が構築されてるかもしれない。どうですかお師匠さま?」

「3年前にシンディを拾った時はなかったけど、この間偵察用に鼠を送ったら反応が途切れた。直接目視もしてみたけど、ま、あるわね魔法陣」

「少なくともその魔法陣の機能を破壊しておきたいわ。あと根回しもしたいし」

「む、難しいわね。ちゃちゃっとやっちゃえばいいのに」

「こらソフィー。魔法使い同士の戦闘になったら被害も大きくなるでしょう。貴族街のど真ん中なんだから慎重にならないとよ」

「はーい」

 

 シンデレラとグリセルダの力を疑わないからこその考えだったが、ソフィアは渋々といった感じで引き下がった。

 シンデレラはそれに頬を緩めたが、すぐに引き締めた。

 

「それに暴れ馬の件を考えると、【死操】もわたしたちを警戒してるのは間違いないもの。わざわざ舞踏会に出て気を引いたことはあったわ」

「最低でも魔法使いが3人いる。それがわかってる【死操】は情報を集めるでしょうし、アタシたちを引き離そうとするでしょうね。ま、それで油断してくれたらいいんだけども」

 

 シンデレラの眉がぴくっと動いた。

 

「シンディ、どうしたの?」

 

 異変に気がついたグリセルダが声をかけるのも無視して、シンデレラは扉の方を向いた。そしてしばらく灰に覆われた一面を凝視していたかと思えば、指をくいっと動かす。それに連動して灰が動き、外で物音がしたかと思えば、ドアが独りでに開き—灰が開けた——灰で拘束された男を連れ入れた。

 

「噂をすれば、ですね」

 

 シンデレラはそのいかにも普通そうな男に、悪意の込められたざわりとした魔力を感じ、呟いた。

 

 

   ***

 

 

「きひっ、やっぱり駄目かぁ」

 

 伯爵邸の地下、好んで自身の工房にした一室で、【死操】イーリンは自身が送り込んだ偵察用の男が捕らわれ、あまつさえ魔法が解かれたことに不気味な笑いを零した。生ごみみたいな声が、冷たい石の壁に反響する。

 

「【灰燼】、【命名】、それから2つ名はないけど強力な魔法使いぃ。さすがに3人を相手どるのは厳しいかぁ」

 

 イーリンは計画を練り直す。一対一であれば、【灰燼】であろうと【命名】であろうと、奥の手を使って倒す自信がイーリンにはあった。それはこれまで積み重ねてきた対魔法使いの実績が与える、確固たるものだった。

 しかし、その経験が与えたのは自信だけではなかった。いや、もともと備わっていた素質、イーリンの戦い方か。

 

 イーリンの【精神操作】という魔法はその性質上、決して直接の戦闘に長けているわけではない。どちらかと言えば裏で暗躍しているほうが適性があるし、実際にそうしてきた。しかしその過程で打倒さなければいけない敵に対しては、イーリンは自身が圧倒的に有利な状況を、勝てる条件をそろえてから戦う方法をとっていた。

 その不気味さと狂った言動からは想像できない、論理的で冷静な思考。前準備が大事なのだと理解しているからこそ、イーリンは裏社会で名を馳せる魔法使いとなれたのだ。

 

 依頼者の要望を叶え、たんまりと報酬を戴くために。

 

「引き離すなら【命名】だなぁ」

 

 シンデレラたちを絞め殺そうと、イーリンの地を這う蛇のような企みが動き始めた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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