シンデレラはガラスの靴を選ばない~魔法使いシンデレラ物語~ 作:ヒトリゴト
アッシュベリー王国の下にシンデレラの灰によるメッセージが届いたのは、国王がワインを嗜みながら眼下に見える光溢れる王都を眺めていた時だった。
『明日の午前、追加報酬の代わりのお願いをしに伺います』
有無も言わさないそれに国王は頭を痛めつつ、ワインを一気に呷った。
そのせいか、翌日シンデレラとソフィアを迎え入れた国王は二日酔いに沈み、体調を考慮して、あたたかな日の当たる中庭で、ゆったりとしながら話すことになった。
アッシュベリー王国側は国王と第3王子とマスクウェル侯爵が席に着いた。第3王子は自身が場違いなことに自覚があるのだろう、どこか気まずそうで俯きがちだ。
シンデレラもソフィアもそのことは指摘しなかった。要望さえのんでもらえればよかったからだ。
ちなみに、【大賢者】クドリャフカはいなかった。かの魔法使いも暇というわけだはないのだ。
手入れの行き届いている草花に見惚れたあと、シンデレラは話し始めた。
「アッシュベリー国王、急な来訪申し訳ありません」
「よい。それだけ【灰燼】殿にとっても急用だったということであろう」
「はい、思っていたよりも早く事態が動き初めまして」
「その事態とやらが頼み事に関係しているのだな?」
シンデレラはこくりと頷き、「失礼します」と一言断ってからソフィアに合図を促した。
ソフィアはグラン山脈で魔物の群れから討伐隊を守った時のように、半球状の氷で自分たちにいる場所に蓋をした。透き通った氷は陽光を幾重にも反射させ、国王たちもその綺麗さに「おお」と言葉を漏らした。その息が白くなることはなく、ソフィアが完全に冷気をコントロールしていることがわかった。
氷の膜に感嘆としていた国王はすぐに表情を引き締め、シンデレラをまっすぐに見据えた。
「どうやら、あまり人に聞かれたくない話のようだな」
「はい。突然で申し訳ありませんが、必要なことだったので」
「構わない。が、次からは先に言ってもらえると助かるな。護衛騎士が慌ててしまう」
「すいません」
庭の端に控えていた騎士が腰に装備した剣へ手を伸ばしかけたのを国王は手で制した。騎士はすぐに臨戦態勢を解き、警戒態勢に戻る。その一連を見せられシンデレラもすぐに頭を下げた。もちろん、怪我をさせることなく無力化することくらい、シンデレラとソフィアの2人には簡単なことではあったが。
「それでは聞かせてもらおうか」
草木の模様で鋳造された白のテーブルに肘をついた国王は、シンデレラに話を促す。
「まず——」
シンデレラは一連の事情を話した。トレメイン伯爵家に裏社会で有名な魔法使い【死操】が関わっていること。【死操】の能力で夫人が伯爵家を乗っ取っていること。【死操】の魔法を用いてすでに襲われていること。そして、シンデレラがこのトレメイン伯爵家の一連の騒動を解決したいことと、それに力を貸して欲しいこと。
順を追い、要点を絞ったシンデレラの話を聞き終えた国王は、当然浮かぶある疑問を口にした。
「ふむ、なぜ【灰燼】殿はトレメイン伯爵家の問題に関わろうと? 魔法使いである貴殿には関係がないはずでは?」
【灰燼】の魔法使い・シンデレラ。彼女について周知されているのは、やり遂げて来た数々の偉業と聳える山岳に凛と咲く花のような容姿、そして【命名】の魔法使い・グリセルダの弟子であるということだけ。3年前に突如として現れたもっとも新しい英雄、それが【灰燼】だった。
3年間で様々な地を巡ったシンデレラは多くの人の縁を持ったが、しかし、出自については一切の情報がなかった。
もっとも、魔法使いとしては特段珍しいことではない。そもそもグリセルダもクドリャフカが拾ってきたというだけで出自は未だに不明であり、クドリャフカにいたっては昔のことすぎて様々な脚色がされ、もはやなにが真実かなどは本人以外知る由のないことだ。
しかし、だからこそ魔法使いが依頼でも自身に関係することでもなく、言ってしまえば面倒事に首を挟もうとしていることは、珍しいことだった。
国王の問いにどう答えようかと悩むシンデレラの袖を、隣に座っていたソフィアが心配そうにぎゅっと握った。それに気がついたシンデレラは、大丈夫、とほほ笑んだ。
「関係はあるのです、国王。詳しく言う気はありませんが、トレメイン伯爵家には縁がある。だから今回のこと、これまでのことを見過ごせない。それだけです」
シンデレラにしては語気の強まった言葉に、国王はまっすぐと見返して脳裏に過ったことを口から零した。
「たしか、トレメイン伯爵家には社交界デビューを控えていた令嬢が——」
「国王」
国王の呟きを、シンデレラの鈴のような一言が打ち消した。
ハッとした表情でシンデレラを見返した国王は、数秒ほどの固まったあと、誤魔化すよう太い指で髭を梳った。
「おほん、口が滑ったな。すまなかった【灰燼】殿」
「いえ、お気になさらず」
「お前たちも、今のことは他言無用だぞ」
国王が流し目で強く言いつけ、侯爵と第三王子はそれぞれ頭を下げて応じた。侯爵は国王が気がついたことに同じように辿りついており意味を理解したが、第三王子はそこまで貴族の情報に精通しているわけではなかったので、ひとまずといった形だ。
「ふむ、それはそれとして」
張りつめた空気を千切るように、国王が声をやわらげて言う。
「なにか適当な名目を用意しておいたほうがいいだろうな」
「名目、ですか?」
「騎士団を動かす必要ためにだよ。くだらないと思うかもしれんが、貴族にとっては大事なものだからな」
「なるほど、たしかにそうですね」
元・貴族令嬢といえど、そこらへんの部分はシンデレラも経験がない。国王の助言はもっともなものであった。
数秒ほど思索して、シンデレラが提案した。
「それでは、【死操】、表向きには悪い魔法使いとわたしの間に他所の国で因縁があったということにしておきましょう」
「うむ。それであれば貴族たちも要らぬ詮索を働くことはないであろうな」
「ありがとうございます」
「ん? なに、気にするな。隠したいことの1つや2つ、誰にでもあるからな」
それは国王としての言葉か、あるいはミルドとしての言葉か。どちらにせよ、国王のアドバイスは適格であり、シンデレラも感謝を感じていた。
「ところで、騎士団を動かすとおっしゃっていましたが、ご協力いただけるということでよろしいでしょうか?」
「うむ。私としても見過ごせぬ件であるからな。ただ、クドリャフカ殿は別件で協力できないと思うが、よいか?」
「大丈夫です。わたしとソフィーちゃん。2人もいれば【死操】が相手でも確実に倒せます」
「そうか。それはよかったが。そういえば【命名】殿はどうしたのだ? 弟子の有事となれば、彼女も喜んで手を貸してくれるはずだが」
しかも今回は『魔物の災禍』の時のように、もしもに備えて西に残っておく必要がない。国王の疑問はもっともなものだった。
「今はトレメイン伯爵領に向かっていま。昨夜に発ちましたので、お師匠さまの移動速度であればそろそろつく頃でしょう」
「トレメイン伯爵領に? なぜだ?」
「【死操】から『伯爵領に災いを』と丁寧な脅しが届いたからです」
それは昨晩のこと。裏道の酒場の二階は宿も兼ねており、そこに【死操】のが操った男がやって来た。当然無力化しようとしたが、その直前にシンデレラが口にしたメッセージが告げられたというわけだ。操らられていた男はメッセージを口にした後に解放されたようで、なぜ自分がこんな場所にいるのかわかっていない様子だった。当然、【死操】の情報は得られず。
「罠だとはわかっていますが、伯爵領にも【死操】の魔法の痕跡があることは調査済みでしたから。行かなないわけにもいかず」
「それは、敵の思うつぼなのではないか?」
「はい。どうやら【死操】は、わたしであれば勝てる見込みがあるようです」
「それは、大丈夫なのか? 当然貴殿の実力に疑う余地はないが」
「予想通りでもありますから。わたし1人でも問題ありませんが、ソフィーちゃんもいます。ソフィーちゃんはまだ2つ名こそありませんが、偉業を成し遂げる機会さえあれば、すぐに2つ名を戴ける実力があります。お師匠さまのお墨付きです」
「実質的には、2つ名持ちの魔法使いが2人いるということか」
「はい、そう考えていただいて問題ありません」
シンデレラが自信たっぷりに頷くのを見て、ソフィアは横で恥ずかしそうに顔を伏せる。
「そうか、それは心強いな。ソフィア殿の活躍も耳に新しいしな」
「ええ」
「して、騎士団を出す形でいいのだな?
「はい。わたしたちが魔法使いを相手するので、騎士団の皆さまにはそれ以外をお願いしたいのです」
「それ以外、というと?」
「汚いお金の話です。裏社会の存在が絡んでいて、伯爵家を乗っ取るだけが目的なわけがありませんから。そちらも概ね調査済みです。王都にあるいくつかの拠点と、王都外の拠点も。一網打尽にする機会です」
「なるほど。人手がいるな。それは、というよりか今回もだが」
「ええ、まあ。基本的に足りないのはそれだけなので」
遠慮しがちにいったシンデレラに国王は苦笑いを浮かべながらも、それはそうだ、と理解していた。
そこにコンコン、と氷を叩く音が響いた。秘書官だった。国王に向けて必死になにかを言っているようだったが、残念ながら声は聞こえず口パクとなっていた。しかし国王はそれでも理解し、シンデレラに言葉をかける。
「【灰燼】殿。私はそろそろ行かなくてはならなくてな。それにちょうど立て込んでいてな。今回のことは、第三王子であるジェイクに一任するつもりだ。よいか?」
「能力に問題がないのであればどなたでも」
「安心してほしい。第一王子ほど頭はよくなく、第二王子ほど強くはないが。同時に第一王子ほど頑固でも、第二王子ほど愚鈍でもない。正直、この時代であれば私はこやつに後を任せたいと思っているほどだ。残念ながら本人にそれほどの覇気がなかったがな」
話題に上がったジェイクは苦笑いを浮かべながらシンデレラに手を伸ばした。
「ということで、よろしくお願いします【灰燼】殿」
「ええ、よろしくお願いしますジェイク王子」
国王の説明を受けて納得したシンデレラはジェイクの手を握り返した。
それを見て国王は、最後に、とシンデレラに問う。
「今回の一件が上手くことを運べば、魔法使いが関与していたとしても、トレメイン伯爵家にはそれ相応の処罰を課さなくてはいけなくなるかもしれん。それでもよいか、【灰燼】殿」
国王の言葉は銀の剣のようにシンデレラに突き刺さった。
捨てた、関係がない。そうは言っても、トレメイン伯爵は紛れもない実父であり、憎むべきなのか今も愛しているのか、わからない相手なのだ。シンデレラが今大事にできているのは、思い出の中に生きる亡き母フラムと、救ってくれたグリセルダとソフィアだけ。
それでも灰のように残る情はあった。シンデレラは今のまま搾取され続けるより、罰せられたとしても、終わらせてあげるのがいいと思った。それがせめてもの救いだと信じて。
「わたしには、関係がないことですから」
「そうか。うむ、貴殿の思いを尊重しよう」
シンデレラの答えに、国王はわざとらしく大きく頷いて、席を立った。マスクウェル侯爵もそれに続く。
ソフィアは2人が外に出られるだけの穴を開けた。
「それでは【灰燼】殿、失礼する。ジェイク、しっかりやるのだぞ」
「お任せください、国王陛下」
「ありがとうございました、国王」
「うむ、朗報を期待している」
国王とマスクウェル侯爵が去ったことで、氷のドームの中は3人となった。ジェイクが改めてシンデレラの正面の席に移り、話しやすいように態勢を作った。
ジェイクは間の抜けそうな笑みを浮かべた。
「【灰燼】殿、早速詳しい情報を聞きたいのですが。話も長くなりそうですし、お茶と菓子を用意させますので、ゆっくり話しませんか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。実は既に用意させてあって」
つまり、ジェイクに任せることは決めていて、それを了承してくれることも見越していたということだった。
ジェイクがさらっと明かしながら外に控えていたメイドに合図を送ると、メイドはワゴンを押しながら近づいてきた。ソフィアがそれを受け入れ、テーブルの上に次々と用意されていく。
「僕は紅茶と甘い菓子が好きでして、これらは僕のおすすめなんです。あ、甘い物が苦手ではなかったですか?」
「大丈夫です」
「好物よ」
「よかったです」
メイドが紅茶を注ぎ、各自の前に配膳する。ドームの天井を這うように広がる香りは柑橘系の甘酸っぱさがあった。甘い菓子をさっぱりと、という意図なのだろう。好きなだけありさすがに食べ合わせが考えられている。
「どうぞ召しあがってください」
ジェイクは客に先にいただいてもらおうと、好物を前に耐える。それがどこか待て、をさせられている犬のようで、シンデレラは少し笑う。ソフィアは猫舌であり、もう少し冷ましてから飲むと遠慮した。
一方でシンデレラは熱いモノを普通に飲めるので、紅茶の香りで鼻腔を満たしながら、紅茶を口に流し込んだ。
——そして、異変は起きた。
「シンディ!」「【灰燼】殿⁉」
シンデレラが倒れた。