シンデレラはガラスの靴を選ばない~魔法使いシンデレラ物語~ 作:ヒトリゴト
「イーリン! イーリンはいるの⁉」
トレメイン伯爵家の屋敷に、伯爵夫人ベラの興奮した声が響く。外聞も気にせず、らしくなくヒールの音を荒く立てながら、部屋を開けては探し回る。使用人たちはそんなベラを見向きもしない。こういった時、人形として操っていることの不便さが出る。命じられていること以外の行動はできないのだ。
バンッ、バンッ。ドアが壊れそうな勢いでしらみつぶしにイーリンを探している途中で、「キャっ!」と声が重なった。
「お母さま、どうしたのですか?」
「ビックリしました」
悲鳴を上げたのはアナスタシアとドリゼラだった。ラフな格好でリラックスし、昼間から酒と肴を堪能していた。チーズの刺激臭が部屋に充満していたが、それもワインを楽しむのにちょうどいい濃さだ。
目的のイーリンではなかったが、愛する2人の娘の胡乱な顔を見て、ベラは胸に息をたっぷりと溜めながら近寄っていき、喜色に溢れた声で言った。
「聞きなさい。さっき噂を耳に挟んだのだけど、どうやらエラが王城で倒れたらしいわ」
「どういうことですかお母さま!」
「詳しくきかせてくださいませ!」
ソファにだらしなく寝そべっていた2人は体を起こして、興味津々にベラに耳を傾けた。ベラは「落ち着きなさい」と自身にも言い聞かせるように言って、商人に勧められて買った、他大陸から仕入れたのだという珍しい木材の椅子に座り、自身もワインを一杯呷った。
「今日、エラが城で国王と会っていたらしいのだけど。その場で出されたお茶に毒が入っていたみたいで、エラが1人だけ倒れたらしいわ」
「本当ですかお母さま?」
「ええ。実際に宮廷医が動いているし、毒を入れたとらしい侍女も捕まっているわ。王城の警備も妙に増えていたから、間違いないでしょう」
情報収集が貴族の世界で生き残るために一番大事だと知っているベラは、よくお茶会に参加する。シンデレラが倒れたという情報も、今日参加していたお茶会で得たものだ。主催した別の伯爵夫人の息子が王城に務めており、その筋からの話だった。
アナスタシアが目を輝かせ、口角を上げて声をあげる。
「まあ、なんていい日なんでしょうかお母さま! やっぱり、ワインのお供はチーズよりもそういう噂のほうが合いますわ!」
「待ってお姉さま。倒れただけで、どうなったかはわからないわよ?」
「馬鹿ねドリゼラ。それも気になるけど、とりあえずあの生意気なエラが痛い目にあったというだけでいい話じゃないの」
「それもそうねお姉さま!」
ドリゼラはそういって空いていた自身のグラスにワインを勢いよく注いだ。テーブルクロスに赤いシミができた。
それを見たベラはいつもであれば叱っていたところだが、今は機嫌がよかった。なにせ、ドリゼラは倒れただけ、と言っていたが、ベラにはそれ以上のことになっているという確信があった。
ベラが聞いた正確な話は、『お茶を飲んだ
その話から即効性の毒が用いられたのだろうとベラは予測していた。そして、即効性の毒のほとんどが確実に死をもたらすために強力であるということを、経験上知っていた。
だからシンデレラが助かる見込みは低いと、もしくは既に死に至っており、今は招いた客が王城内で毒殺されたことに対する弁明が練られているのではないかと考えていた。厳戒態勢あのは二度目の襲撃に備えてという名目だが、既に毒殺犯は捉えられている。だから警戒しているのは、真実が外に漏れることだろうと。
ベラの口元は、自然と笑みで歪む。
「そうだわお母さま、イーリンを探していましたけど、今の話となにか関係が?」
アナスタシアが話を戻して聞くと、ベラは忘れていたらしく腰を上げかけた。ただ、あれだけ探したのにも関わらず現れないということは、屋敷にはいない。それはベラの考えていることの信憑性が増す事実でもあった。
「イーリンとはエラのことで話していたの。だから、イーリンが関わっているのだとおもって確認したかったのよ」
「イーリンが? たしかに、イーリンなら操って毒を盛ることもできますわね」
「できるというより、イーリンのよく使う方法よ」
遅効性の毒ではなかったのも、別に毒を盛った実行犯が捕まったところでイーリンにつながる情報はなに一つとして出ないからだ。即効性のデメリットは犯人が簡単に割れてしまうことだが、イーリンにはデメリットに足りえなかった。
そしてベラがよく知る手法。その毒殺率は100パーセントだ。初手に限れば、警戒などほとんどされないので必殺の手段と言っても問題ない。
ベラがそう語ると、ねっとりした声が混ざった。
「依頼主ぃ、そうべらべらと話されちゃこまるよぉ」
「イーリン。そうね、ごめんなさい」
「ま、依頼主ぃたちがワタシを雇い続ける限りは問題ありませんがねぇ」
「貴方みたいに有能な手ごまを手放すつもりはないわ。まだまだ貴方の力が必要なんだから」
「イヒヒ、そうだといいですがぁ。ワタシにも、一応情はありますからねぇ」
イーリンの言葉にベラや姉妹は信じられないといった表情をした。彼女たちを繋ぐのは金であり、そこに情が挟まる余地はない。イーリンはそれを忠実に体現してきたからこそ、今の評判と信頼を得たのだ。
「ところでイーリン。エラをやったのは貴方で間違いないかしら?」
ベラが確信めいた笑みで問うと、イーリンはそれに合わせて口を歪んだ三日月に変えた。
「えぇ、念のためにワタシがやりましたぁ。さすがの【灰燼】でもぉ、❘単眼鬼《キュプロクス》も殺せる猛毒は効きましたねぇ」
「単眼鬼って、あの⁉ そんな毒があるのね、知らなかったわ……」
「イヒヒ、ワタシのとっておきですよぉ。二度目は無理なのでぇ、貴重でしたが使いましたぁ」
「それじゃあ、あの娘は確実に死んだのね?」
「確認はできていませんがぁ、確実でしょぉ。倒れたということは、毒は効いたみたいですからぁ」
イーリンの言葉に、ベラは積年の悩みが解決したと鼻の穴を膨らませた。アナスタシアたちは「アハハ!」と愉快そうに笑い、腹を抱えている。笑い上戸ということもあるのだろうが、エラの死は彼女たちにとってもそれだけ望んでいたものだった。
「それからぁ、【命名】は念のためにぃ、トレメイン伯爵領へ向かわせましたぁ。なのでぇ、今王都にいる魔法使いはもう1人の弟子だけですぅ」
「計画通りじゃない! よくやったわイーリン。追加で払うわよ」
「イヒヒヒヒ、ありがとうございますぅ」
「これで王都に潜ませてある奴らも大きく動かせるわ。騎士団も今は王城から離れられないでしょう」
ベラは思わぬ副次効果に悦に入る。乗っ取った伯爵家の豊富な資金は、自分たちの身支度を整えるために使うほか、裏で工作を行うために使っていた。しかし裏で使うための金をいつまでも表から引き出すわけにもいかない。足が付きやすいのだ。
だから裏の金は裏で増やそうと、ベラは違法な薬物を扱ったり奴隷商やらせたりした。もちろん人手はイーリンの魔法で用意させ、万が一彼らが捕まったとしてもそこから情報が漏れないように慎重に。
そうやって増やした金でベラがイーリンと作った組織は、裏社会でも一大勢力と呼ばれるまでに至る。ベラはその黒幕として莫大な金と情報網を得たのだった。
シンデレラの毒殺騒動で王城に縛られることになった騎士団は、目の上のたんこぶであったため、ベラはこれを好機とみて大きく動くことにしたのだ。
未来の王の義母となるための計画を大きく進めるためのチャンスだと。
「イーリン。悪いのだけど、少し頼みたいことがあるわ」
その時が、ベラがもっとも心を躍らせていた瞬間だった。
***
同時刻、王都外周部にある倉庫。そこでは数人の男が茫然自失の状態で拘束され、甲冑を纏った騎士たちに囲まれていた。騎士たちの所属は宮廷第三騎士団だった。
「団長! 見てください、これ」
「どうした?」
「【灰燼】殿の情報通り、違法薬物です。最近はやり始めたやつですよ」
「すごい量だな。これから本格的に蔓延させるつもりだったのか」
「間一髪ってやつですね」
部下の1人が冷や汗をかいたような動作で額を拭うのを見て、第三騎士団の団長は顔に刻まれた深い皺をさらに濃くし叫んだ。
「数人を残して次に向かう。どうやら情報通り相手は素人だ。他の拠点もどんどん抑えるぞ! これを一つたりとも逃してはならん!」
「「はっ!」」
また同時刻、別の倉庫では第四騎士団の騎士たちが義憤にかられ顔を赤くしていた。
「こんな、子どもたちをっ」
「もう大丈夫だからなぁ」
「おい! こっちの子が危険だ。衛生兵、手を貸してくれ!」
この倉庫では奴隷が監禁されていた。奴隷にされていたのは子どもだけであり、身なりからは平民だと判別はついた。最近、王都では子攫いが多く起こっていた。目撃証言が少なく、その足取りが一切掴めないので、事件の調査をしていた第四騎士団も手をこまねいていた。
それがシンデレラの情報一つで大きな進展に至ったのだ。彼らのなかではシンデレラに対する感謝の念が、他の騎士団よりも高まっていた。
「おかしいですね。もっと、錯乱していてもおかしくないのですが」
衛生兵がぽつりとつぶやいた言葉に、騎士の1人が答えた。
「【死操】っていう、人の心を操る魔法を使う魔法使いが関わっているらしいからな。その影響かもしれん」
「子どもたちに、許せません」
「ああ。だが、それもお終いだ。今、その魔法使いがいるところに、ソフィア殿……魔法使いが向かっているからな。【灰燼】様と同じ【命名】様の弟子だそうだ」
***
はじめに違和感に気がついたのは当然イーリンだった。
「イーリン? イーリンどうしたの?」
「はい?」
「貴方に頼みたいことがあるのだけど……」
「依頼主ぃ。倉庫で働かせていた道具たちの反応が消えましたぁ」
「どういうことかしら?」
「誰かが魔法を解いたようですぅ」
「噓でしょ⁉」
ベラが悲鳴に近い叫び声で動転した。イーリンも、表情にこそ出てはいないが同じ心境だった。
「エラは倒れている。【命名】は領地へ。【大賢者】も今はいない。誰が?」
「もう1人の弟子ぃ? でもぉ、使える魔法が氷で、ワタシの魔法を解くことができるとは思えないけどぉ」
まさか、自分が知らないだけでまだ魔法使いが相手側にいた? とイーリンは過るが、それを一瞬で一蹴した。可能性の話をすれば否定しきれないが、それでも新たな魔法使いの登場はないと確信していた。
「お母さま?」
「大丈夫ですか?」
アナスタシアとドリゼラは驚きで酔いが醒めたようだった。心配そうにベラの顔を伺っている。
「大丈夫よ、2人とも。——イーリン、どの拠点の反応がなくなったの?」
「ほとんど全部ですぅ」
「間違いではなく?」
「はいぃ。魔法の把握は問題なくできていますからぁ」
「そう……」
ベラは冷静になろうと努めるが、焦りが隠しきれずに爪を齧ってしまう。
(まだ、まだ大丈夫よ。それに私につながる情報なんて1つもない。せっかくの手ごまを失ったのは痛手だけど、仕方ないわ。エラの問題は片付くのだから、気にしないで——)
その時、急激な冷気がベラたちの体を襲った。
「どうしたの急に⁉ なにごとよ!」
せっかく取り戻した冷静を放り投げたベラは、イーリンのことをにらむ。
イーリンはベラの視線を受けて、そっちを見ろと言わんばかりに窓のその外に視線を向けた。
ベラは外に見えたものに目をぎょっとし、窓に駆け寄って手を触れて「冷たっ」と驚く。窓に触れた手のひらは今の一瞬で赤くなり、そこから体の熱を奪うように冷たさは広がっていった。
体を擦りながら、ベラは開いた口が塞がらないなかった。
「なによ、これ」
屋敷の外にあったのは、敷地をまるごと包むように現れた氷の結界。命を奪うような冷気を漂わせ、逃がさないと宣言するように、聳え立つ。
「どうやらぁ、来たみたいですねぇ」
イーリンは窓まで近づくと、それを開け放ち来訪者、門扉の前に立つ少女を見下ろした。
少女——ソフィアはイーリンの姿を見つけると、キッと睨み上げた。イーリンの姿は知らなかったが、それが魔法使いだとソフィアは感じ取ったのだ。
「【死操】出てきなさい! もう逃げ場はないわよ!」
妹弟子に毒を盛られた姉弟子は激昂は、トレメイン伯爵家に冬を連れてきた。