シンデレラはガラスの靴を選ばない~魔法使いシンデレラ物語~ 作:ヒトリゴト
イーリンの放った精霊に追い詰めらるソフィアの横に嵐とともに現れたのは、毒で倒れ城で介抱されているはずのシンデレラだった。銀灰色の髪を靡かせ、苛烈極まった戦場に似つかわしくないほど綺麗な立ち姿は、希望の一輪。
しかし、それがソフィアにとってであり、イーリンと、屋内から様子を窺っていたベラたちには絶望に近い衝撃だった。
遠くで喚くベラを一瞥してイーリンを警戒しながら、シンデレラは疲弊したソフィアをねぎらった。
「お疲れさま、ソフィーちゃん」
「遅いわよシンディ」
「ごめんなさい。少し手間取っちゃってね」
なにごともなく話始めたシンデレラとソフィアに、イーリンが荒く声を上げた。
「【灰燼】、アナタは毒で倒れていたはずではぁ?」
「やはりあなたの仕業でしたか【死操】。ええ、倒れましたよ一瞬だけ。ですが、わたしに毒は効きません」
ソフィアの汚れを払いながら答えたシンデレラに、イーリンはあり得ない、とつぶやく。
「単眼鬼も卒倒する猛毒よぉ? それが効かないなんてぇ、あり得ないわ」
「あり得るのだからここにいるのですよ、【死操】。……それにしても、使った毒物が人に使うには過剰すぎないかしら」
「それが効かないあんたもあんただけどね」
「それがわたしの魔法ですから」
シンデレラが笑って答えた内容に、イーリンが引っかかる。
「魔法ぉ? アナタの魔法は灰を操るもののはずではぁ?」
「そうですよ」
「それがなぜ毒が効かない魔法になるんですかぁ」
そう、『魔物の災禍』の時も、暴れ馬のときも、それ以外も。シンデレラが王都に来てから見せた魔法はあくまで灰を操るものであった。だからこそ、イーリンは理解が及ばない。
シンデレラがはため息を吐く。
「あなたに教える必要はないのですが、そうですね。あなたもこれで最後になるでしょうし、特別に教えてさしあげましょう」
最後、という言葉に引っかかりはしたが、イーリンはからくりを知るべく、ぐっと言葉を堪えた。
シンデレラが静かに話す。その眼差しは、完全に師が弟子に教えを説く時のものであり、この時点で勝負は決していたのだろう。
「そもそも魔法の考え方はいろいろありますが、その一つに魔法の本質を極めるという方向性があります」
***
時は遡り、シンデレラが王城で倒れた。
「シンディ!」「【灰燼】殿⁉」
シンデレラが倒れた瞬間、傍にいたソフィアと第三王子ジェイクは胸を潰しながらも、するべき行動へと迅速に移った。
人を払い、紅茶を用意したメイドを捕縛し、宮廷を呼び、騎士団及び警備兵に厳戒態勢をとらせた。当然、席を外したばかりの国王にも話は伝えられ、シンデレラの体は室内へと移動させられた。
そう、すべてベラが噂として聞いた通りの事態が起こっていたのだ、ここまでは。
王城内のベッドに運び込まれたシンデレラは、宮廷によって解毒の処置を施されそうになった。当然毒物の特定などできてはいなかったが、ここは王城だ。暗殺に備えて、考えらるだけの薬は常備されていた。
しかし、結局それらが使われることはなかった。
「ああ、すいません。もう大丈夫ですので」
昏倒していたはずのシンデレラが、まるで朝陽に肩を叩かれた農夫のように起き上がったからだ。なにごともなさそうに。
その場にいたソフィア以外の者、つまり国王やマスクウェル侯爵、それからジェイクと宮廷医は、死人が蘇ったと腰を抜かした。
「あはは、すいません。敵を騙すには、ということで演技をしていました」
「【灰燼】殿、説明を頼むっ。私は今心臓が痛いくらい驚いている」
「簡潔に申しますと。【死操】がなにか仕掛けてくるのはわかっていたので、それを利用しようと皆さま含み騙したのです」
シンデレラは語る。【死操】が魔法をかけた人物は遠隔でも操ることできる可能性。それを考慮して、暗殺かなにかを仕掛けてくる可能性。そしてそれ利用して自分の存在を一度盤上から消し、自由に動ける隙を作りたかったこと。それは王都で【死操】に操られている人の魔法を一気に解除するためであったこと。
それらを話した上で、さきほどの仕掛けを明かす。
「わたしの魔法は傷も毒も癒す力があります。これは【死操】が知りえない情報なので、おそらく相手はわたしが死んだかそれに近い状態だと思い込むことでしょう。王城の今の騒ぎはすぐに噂となりますし、トレメイン伯爵夫人の耳に入る確率はかなり高いです」
「そうであったか。まったく、王城でそのようなことを、と苦言を呈したいところだが……。ところで、ソフィア殿もかなり慌てていたようだが、ソフィア殿は【灰燼】殿の魔法と今の計画は知らなかったのか?」
国王の言葉で、全員の視線がソフィアに集まる。ソフィアは赤く腫らした目元を手で覆い、さっきまでの大号泣を押し隠そうと声を大きくした。
「べつに! さっきまでの演技だから! 騙すためだから! ……ちょっと、なにくすくす笑ってるのよっ」
微笑ましい笑みを向けられたことで、ソフィアの極まりが悪くなって顔を背けた。
「わかってても心配なものは心配なのよ」
「心配してくれてありがとう、ソフィーちゃん」
「もうこんなことするんじゃないわよ」
「わかったわ」
ソフィアの言葉に頷いたシンデレラは、ベッドから降りて第三王子にきっぱりと言う。
「さあ、ジェイク。ここからが本番です。この後ソフィーちゃんにはわたしが倒れたことに怒った体で、トレメイン伯爵家に乗り込んでもらいます」
「体じゃないわ。本当に怒ってるわよ」
「そこでソフィーちゃんには【死操】と戦ってもらって、意識を逸らしてもらいます。魔力が入り乱れれば、【死操】も外の状況を察知するのは難しくなるでしょうから。そのあいだにわたしが敵の拠点にある【死操】の魔法陣を全て無効化し、魔法を解きます」
そして、
「最後に、わたしが乗り込んで【死操】を捕縛、あるいは殺害します」
シンデレラはが告げた計画は大きな失敗もなく成功に終わり、そして現在に至る。
***
シンデレラはイーリンに問う。
「私の魔法は『灰』で間違いありません。では、灰とはいったいなんなのでしょうか?」
「それはぁ、物が燃え尽きたあとに残るモノでしょぉ」
「はい、正解です」
「馬鹿にしてるぅ?」
イーリンがいら立ちを募らせる。
「いいえ。ただ、今の答えだけだと完答とは言えませんね」
「どういうことかしらぁ?」
「あなたの答えは物質的な意味しか含んでいないということです」
要領を得ないシンデレラの言葉に、イーリンは黙りこくってしまう。
「要するに、シンボルとして、あるいは概念的な灰の意味がないということです」
シンデレラは手のひらに灰を生み出す。
「あなたの言ったように、灰はなにかが燃えた後に残ったもの。そのことから人々は——死の象徴としました」
手のひらから、さらさらと灰が砂時計の砂のように零れて行く。
「ですが一方で、灰は新たな命を生みだす糧にもなります。人々は——再生の象徴ともしました」
零れ落ちた灰が、時間を巻き戻すように腰の高さの植木を象った。
「つまり、灰の本質は死と再生。わたしの魔法の真髄です」
三年間の修行の際、シンデレラはある一定のレベルまではすぐに到達した。しかしそこで頭打ちとなり悩むことになる。氷のように一瞬で強度の高い造形をすることには向いておらず、魔物との戦闘にも苦戦したからだ。
そこでグリセルダは助言した。「灰とはなにか? それを考えてみなさい」と。
当然シンデレラもイーリンと同じような考えに至った。だから死の象徴としての側面にはすぐに辿り着くことができた。
だが、魔法の本質を完全につかんだとは言えない感覚はシンデレラにもあり、もやもやとしたものをかかえていた。その時、シンデレラは思い出した。
——もう1つの未来の果て。そこで死んだはずの自分が過去に戻ったことを。
それをきっかけにシンデレラは再生という側面を掴み、自身の魔法の本質の一つを極め、【灰燼】に至った。ただ、時間を逆行した再生を再現することだけはできなかった。そもそもあのもう一つの『今』は、魔法使いになっていないので『灰』による魔法行使が行われたはずはないのだが。
シンデレラの説明を聞いたイーリンは、その本能に訴えかけるなにかを感じつつも、虚栄を張って笑う。
「イヒヒヒヒ、すごい魔法だねぇ【灰燼】」
「いえ、あなたもの魔法もなかなかのモノではないですか。あれだけの数の人を何年も洗脳し続けるなんて。しかも距離が離れていても効果は消えない」
「アナタに消されてしまいまいたがねぇ」
「入念に準備をさせていただきましたから。人質をとられては厄介ですし」
イーリンは唇を嚙む。
「では、終わらせてしまいましょうか【死操】」
「イヒヒヒヒ。【灰燼】、まさか中級精霊程度がワタシの切り札だと思っているのぉ?」
イーリンの魔力が立ち上がる。
「『火の上級精霊・イフリート』」
一体の精霊が顕現する。炎の王者、業火の担い手。竜のような見た目をし、燃えさかる炎の体が、周辺の氷を存在だけで溶かしていく。上級精霊のなかでも強い名前持ち、それがイフリートだった。
「イヒヒヒヒ! 一国を焼き尽くすとされるイフリートが相手さぁ。こいつに魔法をかけるのは骨が折れたよぉ」
シンデレラは「下がってて」とソフィアを自身の背中に隠して、冷めた目でイーリンに勧告する。
「それでよろしいですか?」
「はぁ?」
「それでいいですか、と聞いているんです。終わらせますから、全力でどうぞ」
シンデレラの天然煽りには、後ろで見ていたソフィアもさすがにドン引きした。
「ならぁ! これでどうだぁ!」
喉のがつぶれそうな声とともに、中級精霊がさらに10体呼び出される。それは、ただ一人の人間に向けるには過剰すぎる戦力であった。イーリンは従えていた精霊をすべて呼び出したのだろう、肩を大きく揺らし息を切らしてしていた。
シンデレラもイフリートを中心に精霊が並ぶ壮観さには素直に感心したが、しかし、それでもシンデレラにとっては脅威足りえなかった。
すでに確定した終わりが幕を落とす。
「——灰よ」
シンデレラの一言が、地面から大量の灰を呼び起こした。黒々とした灰が、津波のように精霊たちに襲い掛かり一切を消し去ろうとする。
死を直感した何体かの中級精霊が逃れようと上を目指したが、先回りした灰がそれを飲み込んだ。それを見た別の中級精霊が魔力で生み出した攻撃で突破を試みるが、全てを無効化され無情に消える。
イフリートはその場で体を激しく燃え上がらせ、灰を燃やし防ごうとした。しかしその火力は灰には通じない。なぜなら、すでに燃えたモノが灰だからだ。むしろ灰という燃焼後の結果を押し付けられたことで、イフリートの体から火を奪い去っていった。
「そんな、たった一言でぇ? ありえない、ありえないッ! 上級精霊ですよ⁉」
「わたしは既に準備を終えたと言いました。魔法陣は完成させてあります」
トレメイン伯爵家に灰色の光が走る。それはシンデレラが這わせた魔力。ソフィアが耐えているあいだに、確実に勝つためにと仕込んでおいたものだった。すでにここはシンデレラの領域だったのだ。
「それなら、屋敷の人間を!」
「それももう解いてあります。魔法を燃え尽きさせました」
魔法を燃え尽きさせる。シンデレラの『灰』の死の側面の効果だった。
イーリンの体から力が抜けその場で崩れ落ち、茫然とした顔で地面を見つめる。その手足も灰に覆われた。
「無茶苦茶ですぅ」
あまりの事態に感情が抜け落ち声でぼそりと呟いた。
「それが、わたしとあなたの差です」
灰の上を歩くシンデレラに足音はない。イーリンはただ、声と影が近寄ってくるのを感じ、顔を伏せる。
「師から与えられた試練を越え、世界を見て回り、その過程で畏怖されるよになった【灰燼】。弱い者をいたぶるためだけに技を磨き、下を見続け恐怖から呼ばれる言うになった【死操】。同じ二つ名でも、格が違います」
ぴしゃりと言い切ったシンデレラの神色自若とした態度は、確かな積み重ねに裏打ちされたものであった。未知に挑み、未知を相手にし続けた。そして、何よりも己と向き合い続けた。
その点イーリンは既知しか相手にしてこなかった。想像をしなかった。魔法は、その時点で死んでいたのだ。
ここに、【灰燼】と【死操】の戦いに決着がついた。同時にトレメイン伯爵家に関わる計略は潰えることとなった。