シンデレラはガラスの靴を選ばない~魔法使いシンデレラ物語~   作:ヒトリゴト

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第20話

 王都で同時に起きた騎士団による違法組織の摘発。その黒幕がトレメイン伯爵夫人だったということは、すぐに王国中に広まった。一連の事件は巷で『毒婦事件』と呼ばれ、後に様々な脚色を加えられた上で劇となった。

 ベラと親交のあった婦人たちはすぐに縁を切ろうとしたが、敵対関係にあった別の婦人から後ろ指をさされ、肩身の狭い思いをしていた。

 

 当の本人であるベラは今もなお王城の地下牢で無実を叫び、娘のアナスタシアとドリゼラは自分はなにも知らなかったとバレバレの噓を吐いていた。もちろん、監視にあたっている騎士団の誰も、彼女たちの言い分に耳を貸さなかったが。むしろ耳障りだと侮蔑の視線を向け、そんなものをまともに受けたことがなかった姉妹は、それだけでおとなしくなった。

 

 問題は【死操】の魔法使い・イーリンの扱いだった。シンデレラは結局イーリンの命を取ることはしなかった。戦意が喪失してしまった相手にそこまでする気が起きなかったのだ。

 しかし、戦った直後は魔力を使い果たし魔法が使えなくなっていたとはいえ、それも時間が経てば解消されてしまうことだった。『精神操作』という魔法は、その性質上シンデレラやグリセルダとは別方向で危険極まりないものだ。事実、イーリンはベラの依頼を受けて多くの災厄をもたらしている。

 

 即刻、死刑に処すべきというのは国の上層部の考えだったが、残っている問題があった。

 イーリンが『精神操作』によって築き上げた裏組織は、まだ国外にも残っているとことが発覚したのだ。イーリンを殺してしまえばどの程度の規模なのかもわからず、手綱から解き放たれた暴れ牛のような危険性を孕むことになる。その角がいつ王国を襲うかもわからないからだ。

 

 生かしても殺しても問題が残るイーリンの取り扱いは、グリセルダが戻ってきたことで解決した。

 

「はい、これ」

「なんですかこれ?」

「『魔力封じの首輪』よ。作っておいたの」

「……最初からこれを使えば解決したのでは?」

「いやね、さすがに無条件で封じれるほど便利なものじゃないの。シンディが魔力を空っぽにしてくれたおかげよ」

 

 グリセルダが用意した『魔力封じの首輪』は、魔法使いの魔力が回復する際のろ過装置として機能し、魔法が使える魔力状態でなくさせるというものだった。つまり、絵を描こうにも色がないただの水に変えてしまうというものだ。ただの魔力へ変わった後も首輪の刻印が魔力を吸い取り、魔法を維持し続ける。つまり、半永久的に機能し続け、イーリンの魔法を封じ込めるのだ。

 『魔力封じの首輪』が付けられた上で、イーリンの身柄は【大賢者】クドリャフカが引き取ることになった。結局は、魔法使いの面倒は魔法使いが見るのがいいからだ。監視と更生が目的だ。

 

 そうして諸々のことが片付いていき、シンデレラの過去の清算されていった。

 

 

   ***

 

 

 王都の墓地。トレメイン伯爵家の墓の前に、【命名】の魔法使い・グリセルダが花を抱えて立っていた。

 

「久しぶりね、フラム」

 

 膝を着き、転がってきた枯葉を手で払いのける。グリセルダは遠い過去を偲び、フラムが見られなかった未来を報告する。

 

「アンタの子ね、アタシの弟子になったのよ。舞踏会に行かせてあげようと思ったら、弟子になりたいって言ったの。驚いたわ、魔法を使った形跡があったんだもの。本人は使ってないって言ってたけど、たぶん無意識に使ってたのね。体の傷が癒えるのが異常に早かったから」

 

 シンデレラを弟子にした日のことを思い出す。あの日は、妹弟子だったフラムとの約束を果たしに行っただけだったのだ。

 

「そうそう、アンタがあのジジイからもらうはずだった二つ名、【灰燼】はシンディのものになったわ。『神火』を使ったあんたより似合うわね」

 

 グリセルダは笑う。

 

「それにしても不思議な縁ね。火を扱ったアンタの娘が灰だなんて。ま、シンディののほうがもうアンタよりも強いけどね」

 

 フラムの命が燃え尽きエラという灰になった。

 時は止まってしまったから。もう、シンディのほうがずっと大きくなっていくだけだ。再生は、灰の本質。

 

「そろそろ行くわ、また来る」

 

 グリセルダは去りかけて、何かを思い出しかのように笑って振り返った。

 

「アンタ、旦那のこと好きすぎでしょ。死んで何年も残る魔力って……重すぎよ」

 

 

   ***

 

 イーリンが倒され、外に控えていた騎士団がベラたちの身柄を捉えるために突入している最中、シンデレラは1人地下牢に向かっていた。

 かつて、自分も捕らわれていた場所。その時の彼女は無力で非力。こんなに小さな地下なのに、無限の闇が横たわっていたと感じていたことが馬鹿らしい。シンデレラは足音を鳴らしながらそんあ風に思った。

 

 すぐに目的の場所、というよりかは目的の人物を見つける。

 牢のなかで壁に背中を預け、伯爵とは思えない酷い身なりをした白髪の男。

 シンデレラの実父。トレメイン伯爵だった。

 

 伯爵は闇に馴染んだ目をシンデレラへそっと向け、かすれた声で名前を呼んだ。

 

「エラ、なのか?」

「っ!」

 

 シンデレラの胸が息で詰まる。久しぶりの声、久しぶりの呼び名、久しぶりの再会。ずっと恨んでいた。でも、実際に対面すると、心の奥底にしまい込んでいたなにかが、沸き立つお湯のように溢れ、頭を熱くした。

 

「そうです、エラです」

 

 シンデレラはそれを肯定し、鉄柵を魔法で崩すと、伯爵に抱き着いた。

 

「遅くなって——ごめんさないっ」

 

 シンデレラの頬から零れた涙が伯爵の首筋を伝う。伯爵は抱き返すと、枯れ枝のような手でシンディの頭を撫でた。

 

「私のほうこそすまなかった。操られていたとはいえ、お前には酷いことをしてしまった」

「覚えて、いらっしゃるのですか?」

「ああ」

 

 シンデレラは目を丸くした。なぜなら、イーリンの魔法にかかっていた者たちはは、その間の記憶がなかったからだ。

 伯爵は声を柔らかくして言う。

 

「お母さん、フラムが守っててくれたんだ」

「お母さまが?」

「フラムも魔法使いだったんだ」

「そうなんですか⁉」

 

 シンデレラは伯爵から離れる。衝撃の情報だった。

 

「なんだ、グリセルダの弟子になったんだろう? 知らなかったのか」

「お師匠さまの弟子になったことも」

「ああ、ベラが話していたのをな」

「そうですか。……じゃなくて、お師匠さまとなんの関係が?」

 

 伯爵はなんてことないように答える。

 

「フラムはグリセルダの妹弟子なんだよ」 

「お師匠さまの姉妹弟子⁉ そんなこと一言も——」

 

 言ってはいなかった。しかし三年前、突然グリセルダがこの屋敷に来たのは偶然だったのか。そこに理由があったのではないか。シンデレラは頭のなかでいくつもの違和感をつなぎ合わせていく。考えれば考えるほど、つじつまがあう、

 わなわなと震える愛娘に亡き妻の面影を感じた伯爵は、自分が蒔いた種だったのでフォローをしておく。

 

「あー、きっとグリセルダも悩んでたはずだから、そう怒るなよエラ」

「……いえ、怒ってませんから」

 

 固くなったシンデレラの声質に、

 

(ほんとうにフラムとそっくりだ)

 

 と、伯爵は内心で懐かしがった。

 一呼吸おいたシンデレラが話を戻す。

 

「それで、お母さまが守っていてくれたってどういうことですか?」

「ん? ああ。洗脳されている間、寝ているような起きているような状態だったんだが。ときどき、フラムの声が聞こえてな。『負けるな。諦めるな。……エラが待ってる』って」

「……お母さまの魔力が、残っていたんですね」

「たぶんな。だから、エラをトレメイン伯爵家の籍から外すための書類には、意地でもサインをしなかったんだ」

 

 シンデレラはその驚異的な魔力の働きに驚きつつも、納得していた。

 ベラたちが自分をトレメイン伯爵家の籍から除籍しようとしていたことは、グリセルダが調べた結果わかっていた。しかし、三年という制約が過ぎ去ってもなお、それが進んでいないことを疑問に思っていたのだ。

 実際は、フラムの魔力がかろうじて伯爵の意識を守っていた結果だった。

 

 シンデレラはじーんっとするものを鼻の奥に感じつつ、伯爵の手を引く。

 

「さあ、立ってください。外に騎士団の方々がいます」

「そうか……」

 

 立ち上がった伯爵はシンデレラの肩に腕を回し、右足を引きずりながら外を目指す。

 甲冑の擦れる音が聞こえてきたところで、伯爵は呟く。 

 

「トレメイン伯爵家は取り潰しだろうな」

「そうでしょうね」

「エラは大丈夫なのか? 籍が抜けていないだろう。連座にされたら」

「おそらく大丈夫かと。トレメイン伯爵家とは関係がない、と国王も暗黙のうちにわかってくれています」

「そうか、よかった……」

 

 安心したのか、伯爵の体から力が抜けシンデレラに体重がかかる。それでも、とても成人男性とは思えない重さで、シンデレラの顔が悲しみの色に変わる。

 

(大変だったのは、わたしだけじゃなかった。お父さまは、ずっと戦っていた)

 

 シンデレラは意を決して口を開く。

 

「お父さま、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「お父さまは、わたしを愛していますか?」

 

 義母たちに虐められ、孤独の日々を過ごした計4年の記憶。そのなかには、冷たい眼差しで、興味がなさそうにシンデレラを見捨てた、伯爵へのショックも含まれていた。もちろん、洗脳されていたからだとはわかっている。だけど、それでもシンデレラの脳裏にはその時の深い悲しみが刻まれていた。

 

 シンデレラの耳元で、伯爵が息をすーっと吐いた。

 

「もちろんだ、エラ。お前を愛していなかった時なんてひと時もない。私は、私たちは、お前のことを愛している。ずっとだ」

 

 その言葉が、シンデレラにとってはなによりも欲しかったものだった。

 魔法使いとしての栄誉を得た時も、義母たちを失墜させた時も、欠けていたなにか。楔のように心の根元に刺さっていた古い記憶が、浄化される。

 

「そう、ですか——っ! あり、がとう、ございます……」

 

 シンデレラの目からは涙が雨のように降った。心を癒すように。

 その重さに伯爵は悔いながらも、今は、ただ愛娘との本当の再会を喜ぼうと。亡き妻との約束を果たそうと、言葉をかける。

 

「「笑いなさい、エラ。君は、笑顔が一番似合う世界で一番かわいい女の子なんだから」」

「ばかぁぁ……」

 

 シンデレラはその場で崩れ落ちた。涙の海に沈むように。でも、それはかつてのような暗い底ではなく、浸る者を癒す追憶の浅瀬。波の音のようにフラッシュバックする思い出が、シンデレラをただのエラに戻した。

 

 涙が枯れ果てたころには、騎士団の捜索も終わり、日が傾いていた。

 

 

   ***

 

 

 ガラスの靴を捨てた普通の女の子は、勇気と希望を胸に成長し、偉大な魔法使いへ成長していった。

  そして、西の災厄を治め、王都をむしばんでいた悪の魔法使いも妥当し、王国に平穏をもたらす。

 

 その者は——【灰燼】の魔法使いシンデレラ

 

 

 

 

 

 

 

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