機動戦士ガンダムSEED Free……Dream ―ミカイが見た夢― 作:黒瀬夜明 リベイク
「え?」
深海の言葉に、その場にいた全員が困惑した声をあげた。泣き崩れてしまっていたイングリットでさえ、驚いた様子で深海の方を見つめている。深海はゆっくりとイングリットの傍まで歩いていく。
「ミカイさん!」
思わずキラが声をあげたが、深海は焦る様子もなく振り返ってキラに言った。
「すまないなキラ、俺も助けなければいけない人物がここにいるんでな…」
「っ!?まさか!」
驚くキラに深海はイングリットへと振り返りながらごく平然と答える。
「ああ。俺が助けたいのは、彼女……イングリットだ」
「え?」
余りに驚愕の事だったからか、イングリット自身も驚きの声が漏れる。深海は床に座り込んでいるイングリットに視線を合わせるように、しゃがみ込んだ。深海は動揺したイングリットのオレンジの瞳に自身の視線を重ねると、口を開いた。
君も、自分の気持ちに正直になる時じゃないのか?
「っ!?」
イングリットが明らかに動揺したのが、深海にはハッキリわかった。恐らく、予想だにしていなかった言葉だったのだろう。イングリットは小さく口を震わせているようだったが、返事を出せることは出来なかった。深海は続ける。
「内に秘めた想いは、どれだけ強く抱いても言葉にしなければ伝わらない。例え相手に伝わらなくても、伝えずに終わりを迎えるよりは、ずっといい」
「あ、え……」
「その想いを伝える手助けをする事が、俺にはできるイングリット……もし本当に、その想いを伝えたいのなら、どうかこの手を取ってくれないか?」
深海はそう言ってイングリットに右手を差し出した。イングリットは茫然とした表情で深海の右手を見ていた。
「もしこのまま、仲間たちの元へ戻ってしまえば、君は「役目を果たせなかった者」として永遠に苦しみ続けて全てを終えることになる。だがもし、ここで君がこの手を取れば、まだ終わりじゃない。例え辛くても、君は前へ進むことが出来る。運命に縛られない、そんな世界へ」
「……でも、私は―――」
突然イングリットが口を開いた。深海はその事が少しだけ嬉しく感じた。反発するという事は、自分の言葉に心を揺さぶられている証拠だ。叶えられるなら、叶えてやりたい。深海は今目の前にいる少女に向けて発する言葉は、そんな願いから出ているからだ。
「私は、何をするのか定められて生まれた身…その役割をこなせないのなら、きっと彼も―――」
「君の想いは、その「役割」で縛れてしまうほど小さいものじゃない筈だろ?それなら何故、君は「今」泣いているんだ?」
「―――!」
イングリットが声にならない声をあげた。深海は言う。
「自分と彼は決して結ばれない。そう決めつけたくないから、泣いているんじゃないのか?」
「………」
「なら決めつけなければいい。それなら、君の想いを伝えるチャンスはまだあるという事だ。そのチャンスを掴めることが出来る時が、今この時だイングリット」
俯いたイングリットの目の前に深海は、再度右手を差し出した。
「人を運命で縛ることは、誰にもできない。それがアウラであろうと、デスティニープランであろうと……だから行こう、イングリット。君の気持ちを、彼に伝える為に」
再びイングリットと深海の視線が交差した。深海の真剣な表情がイングリットの瞳に映り込んでいるのが、深海には何となくだが分かるような気がした。自分は伝えられただろうか?深海はそんな事を考えていた。
「でも…私は……」
「………そうか」
イングリットの言葉を聞いた深海はゆっくりと立ち上がった。そして、左手に握り締めていた自動拳銃を自分の正面にある壁に向けた。そして、弾倉が全て空になるまで引き金を引いた。乾いた銃声が部屋中にこだました。
「ミ、ミカイさん…なにを?」
キラが突然の深海の行動に驚いて尋ねる。すると深海は、事務的な口調で言い放った。
「ファウンデーションの兵士による抵抗を受けた為、やむなく発砲しました。標的は死亡、服装から、アコードの内の1人、イングリット・トラドールと判断します。ヤマト准将、クライン総裁、報告は以上です」
キラは深海が発砲した理由を悟るのに少しだけ時間がかかったが、やがて理解を示した口調で返答した。
「アコードの内の1人、イングリット・トラドールはアルテミス要塞にて死亡を確認。了解ですクロノ大尉。クライン総裁もお聞きになりましたか?」
「ええ。ハッキリと報告を承りました」
深海はキラとラクスからの返答に少し満足感を得た。当のイングリットは驚いた表情で深海を見上げている。深海はそんなイングリットに向かって言い放つ。
「もうこの世界に、アコード、イングリット・トラドールは存在しない。ここにいるのは、ただ胸に秘めた想いに悩むただの女性、イングリット」
そうして深海は、自動拳銃を投げ捨てた。戸惑うイングリットに、後ろから歩いてきたラクスの言葉が飛ぶ。
「ともに参りましょうイングリットさん。貴女なら、大切な人へきっと想いを届けることが出来ますわ」
「……姫さま」
「いいえ、私は「ただの」ラクス・クラインですわ。貴女と同じ、大切な人への一途な想いを抱く、1人の人間です」
「あ……」
イングリットの表情が僅かに緩んだような気がした。ラクスの言葉が、彼女の凍った心を溶かした。深海はそう感じていた。そして今度は、ラクスが右手を優しく差し出した。
「さぁ、行きましょうイングリットさん。貴女の大切な人が、待っていますわ」
「……はいっ」
ラクスに差し出された右手をしっかりと握り締めたイングリットは、涙を流しながら立ち上がった。