機動戦士ガンダムSEED Free……Dream ―ミカイが見た夢― 作:黒瀬夜明 リベイク
月面に墜落したブラックナイトスコード・カルラに向かっていくゆっくりと降下していくムラサメストライク。深海は、墜落したブラックナイトスコード・カルラに通信で呼びかけるべく、回線を開いた。
「オルフェ、聞こえているか?無事なら、返事をするんだ」
〈………ケホケホッ〉
回線からの返事は無い。しかし、回線自体は繋がっているようで、雑音に交じって小さく咳き込む声が聞こえてきた。深海は少しホッとして、ムラサメストライクを月面へと着陸させた。そしてコックピットのハッチを開き、ムラサメストライクの右手をコックピットの前へと持ってきた。
「イングリット」
「はい、ありがとうございます」
深海とイングリットは短い受け答えをすると、イングリットはコックピットから降り、ムラサメストライクの右手の上に乗った。それを確認した深海は操縦桿を動かして、ムラサメストライクの右手を月面へと向けながら、ムラサメストライクを屈ませた。月面に右手が付くと、イングリットは月面の岩肌に横たわるブラックナイトスコード・カルラに向かって飛び上がっていった。それを確認した深海もまた、ムラサメストライクのコックピットから身を乗り出すと、ブラックナイトスコード・カルラに向かって身を翻した。イングリットがブラックナイトスコード・カルラのコックピット横にある外部操作式のハッチ解放コンソールを操作し、ブラックナイトスコード・カルラのコックピットハッチを開けた。
「オルフェ!」
ハッチを開けた瞬間、イングリットがコックピットにいる者の名前を呼ぶ。深海はその横で、黙ってようやく向き合った2人を見守っていた。
「イングリット……」
「良かった…オルフェ、よく無事で」
イングリットは涙をこらえた口調でオルフェの無事に安堵していた。イングリットは今にも泣きだしてしまいそうだったが、深海は2人の声を掛けようとはしなかった。これはあくまで2人の問題だ、歩み寄れるかどうかの。深海は口内で独り言ちた。イングリットはブラックナイトスコード・カルラのコックピットに入り込むと、オルフェを強く抱き締めた。
「…何故だイングリット。私は……私は己の使命を、果たせなかったのに―――」
イングリットに抱き締められたオルフェは驚いた様子だったが、その声は何処か弱々しい響きだった。そんなオルフェにイングリットは優しく声を掛けた。それは慈愛に満ちた温かい言葉のように聞こえた。
「もういいのよ、オルフェ……」
「イングリット?」
私は、知っているから
「っ!」
オルフェの顔が一瞬だけ驚きに包まれた。だが、その表情はやがて穏やかなものへと変わっていった。そしてイングリットは、オルフェに向け自分の想いを告白した。
「愛しています、オルフェ―――今までも、これからも、ずっと、ずっとずっと――――」
貴方を愛しています
「役目を果たせない、こんな私でも、本当に良いのか?」
「はい!私はオルフェを愛しています。深く、姫様よりも、ずっと…ずっと強くっ」
「イングリット…」
(ふぅ……世界を巻き込んだ恋路なんて、もう金輪際ごめんだな)
深海はふとそんな事を思いながら、ムラサメストライクを見上げた。この機体も元は、娘たちが組み上げたガンプラに過ぎなかった。しかし今夢を見ている深海には、彼の力となってくれた頼もしき相棒だ。現実の世界に戻ったら、あの娘たちにお礼を言わないといけないな。と深海は思った。イングリットとオルフェの2人はコックピットの中で熱い抱擁を交わしている。すると、月面から少し離れた宙域でひと際大きな爆発が起こった。深海はその様子を眺めていた。今までに見た爆発の中でも一際強いそれが、何の爆発なのか深海は何となく察した。
(ファウンデーションの旗艦が沈んだか……そして恐らくは、あの女帝も…)
ファウンデーションの旗艦「グルヴェイグ」が沈むときに見せた最期の輝きとなる爆発。深海はその爆発を見て、少し哀愁の様なものを感じていた。深海棲艦との戦争中、深海は何度となく「死」を見てきた。それは艦娘だったり、深海棲艦だったり、そして人間だったりと様々だ。しかし、艦娘や深海棲艦が最期を迎える瞬間は、とてつもなく強い哀愁を感じてしまうのだ。彼女たちが海の底へと沈んだ場所には、何も残らない。生きた証も全てが、消えてしまう。時には大爆発を起こして海底へと沈む者もいたが、それでも後には何も残らない。深海は、ファウンデーションの旗艦「グルヴェイグ」の最期でさえ、そんな気持ちを抱いていた。そして月面へ降りたつ前、ここから少し離れた場所でインフィニットジャスティスガンダム弐式と戦闘を繰り広げていた、ブラックナイトスコード・シヴァも、アグネスのギャンシュトロームが乱入したことで次第に追い込まれ、遂に撃墜された。その光景を目にしていた深海は、これでようやく終わりが見えた。と口内で独り言ちた。すると、イングリットに手を引かれ、ブラックナイトスコード・カルラのコックピットからオルフェが身を乗り出してきた。深海はその姿を見受けると、小さく笑みを浮かべた。そして、時を同じくして、月面から巨大な炎の柱が舞い上がった。そこから発せられた凄まじい音と光景に、深海たち3人は目を奪われていた。
「レクイエム――」
イングリットが小さく呟く。その呟きはまるで、自分たちを縛っていた最後の枷が外れた事への喜びが含まれているようだった。
「私たちは、負けたのだな……」
その光景を見てオルフェが呟いた。
「…ええ。でも、これで良かったのかもしれない」
「イングリット?」
少し嬉しそうなイングリットに、思わずオルフェは聞き返した。するとイングリットは涙を浮かべながらも、笑顔を作ってオルフェに言った。
やっと、貴方と一緒になれたのだから
「そ、そうだなっ」
と、何処かオルフェは照れ臭そうに視線を別の方向へと投げたのだった。
「良かったな、イングリット」
「はい。貴方のおかげです、ミカイさん。何とお礼を言えばいいのか……」
「礼はいいさ。お前たちがこの先、幸せに生きてくれればな……さて、最後の仕上げといくか」
深海はそう言ってブラックナイトスコード・カルラの方を振り向いた。イングリットが、最後の仕上げですか?と尋ねると、深海は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ああ。アコードはこの戦いでラクスを除いて全員命を落とした。という事を世に知らしめないとな」
「っ!そんな事まで考えていたのか!?」
深海の言葉に思わずオルフェが驚いた声を上げた。まあ、当然だな。と深海は思い、説明をした。
「お前たち2人がこれからも生きていくためには、アコードは全員死んだことにしないと危険だ。親衛隊の5人は実際に命を落とし、旗艦にいたアウラも、恐らくは死んだだろう。そしてイングリットは、アルテミスで命を落としたことになっている。あとはオルフェ、お前が死んだことになれば、全てのアコードはこの世界から姿を消したことになる。だからこの機体を破壊する様をミレニアムともう1人、担保として伝える」
「なるほど、我々がやったことをそのままそっくりやり返す。そう言うことか」
「まあ、そう言うことだ……さて、誰に担保を取って―――」
深海がそう言った時、3人の近くに1機のMSが降り立った。アグネスの駆る白いギャンシュトロームだ。すると、コックピットが開き、中からアグネスが降りてきた。深海はその姿を見て、これは丁度いいな。と思った。そしてアグネスが、深海の傍までやって来た。
「アンタたち、こんな所で何やってるのよ?」
「丁度いいところに来てくれたな、アグネス。正しく、グッドタイミングだ」
「はぁ?」
アグネスは呆れながら首を捻った、そんな彼女のために深海は先程と同じことを説明した。するとアグネスは驚愕の表情で叫んだ。
「アンタそれ正気なの!?」
「正気だ。でなければ、この2人と一緒にはいないだろ」
アグネスは、オルフェとイングリットの顔をチラリと見やった。そして不満げながらも、承諾の言葉を口にした。
「まあいいわ。これで私の評価も上がるだろうしね!」
「ああ、感謝するよ。アグネス」
アグネスは、フンッ!と鼻を鳴らすとそっぽを向いた。そして、ムラサメストライクに乗り込んだ深海、オルフェ、イングリットに見守られながら「大破したまま宇宙空間を漂っていたブラックナイトスコード・カルラは、アグネスのギャンシュトロームによって撃墜」されたのだった。