身支度を整えて隠れ家を後にした俺はシスティナと酒場の前に来ていた。
看板に書かれた『祝福のひと時』と嫌そうに眉を顰めるシスティナに俺は静かに息を吐く。
「ここに来る途中、経緯は聞いたけどさ……」
ここには以前システィナが盗みに入り、荒くれ者達と一悶着起こしている。
その時システィナは罠に掛かりながらもティアラを盗み、追われながら廃教会に逃げ込み追い詰められたと。
爆弾チョーカーを外して罪人都市ゾンザイから脱出するための資金、そのためにティアラを盗んだ。
彼女は盗賊だから盗みを働くことはこの際気にはならいけど、問題は肝心のティアラを彼らに返せないことだ。
質屋で換金しようとしたところで掠め取られたらしい。
「謝ってティアラのその後の行方も正直に話た方がいいね」
正直に話たところで赦してくれることはないだろうけど、それでも一度誠意を見せない事には話も始まらない。
「分かってるわよ……はぁ〜盗賊が盗んだ相手に謝罪ってなんだかなぁ」
落胆を浮かべるシスティナに俺は酒場のドアを開けた。
「ちょっ!? まだ心の準備がっ!」
そうは言ってもこういうのは勢いが大事だと思う。
酒場でこっちに視線を向ける荒くれ者達は廃教会で一度だけ会った顔触れだ。
そんな彼らはシスティナを一眼見るや一斉に椅子から立ち上がり、手首を鳴らしながら歩き出す。
如何にも今から一戦交えると言わんばかりの態度だ。
「おいおい、まさか堂々と来るなんてよぉ? あのシスティナとは思えない行動だな」
あのシスティナ? それだけ盗賊として有名なのかな。
システィナは近付く荒くれ者に対してひと息吐き、
「今回はあんたらのボスに用が有って来たのよ」
要件を告げれば荒くれ者達が一斉に顔を顰める。
どういう了見だ? そう言わんばかりの訝しむ視線。
「えっとさ、今日はボスに直接謝罪したくて来たんだ」
警戒を解こうと目的を告げると荒くれ者達が一様に驚愕を顕にした。
そんなに彼女が謝罪するのは意外……あー、盗賊は普通盗んだ相手に謝罪しないか。
「謝罪だと!? ん? お前は確か全裸の……どういう成り行きだ!?」
成り行きを聴かれてもどう答えたものか。
共通の目的? 服を貰った恩義? 俺がシスティナと行動してるのは彼女に対する恩義と礼のためだ。
「システィナから服を貰ったからそのお礼に協力してるんだ」
「ほー盗賊ギルドに所属していながら誰とも組まない一匹狼気質のシスティナがねぇ……なおさら思惑を聴きてぇな」
あれ? システィナに対する警戒心が増した? うーん余計なことしたかも。
自分は失敗したのか不安に駆られる中、システィナが荒くれ者達の前に出てた。
「全裸だったこいつを囮にしたことに対する罪悪感に耐えられなかったのよ」
「……まあいいさ、ボスは地下のワイン貯蔵庫に居るからよ。ティアラを返してさっさと帰んな」
荒くれ者の一人がそう言うと彼らは道を開け、ワイン貯蔵庫に続く階段を指差した。
ごめんティアラは無いんだよね。それを正直に言うと門前払いかシスティナの身が危険になるかもしれないから黙るけど。
いや、結局はボスと呼ばれる人に事情を話して謝罪するから遅かれ早かれバレるか。
階段をそのまま降りると廊下を掃除する荒くれ者と部屋から響く物音ーーなんだろうか?
俺が物音に疑問を浮かべるとシスティナの表情は険しく、
「速いところ済ませるわよ」
壁に貼られた案内表記を頼りに歩き出した。
何かを察したことは間違いない。それがより一層此処に来たことが失敗だったのではないか? そんな問い掛けが頭の中を駆け巡り不安に心音が高鳴る。
廊下を進むにつれて不安は払拭できないまま俺とシスティナはワイン貯蔵庫まで辿り着く。
俺はそのままドアを二、三回叩いた。
『ん? おー入って来いよ』
ボスと思われる声にドアを開けると男が一人テーブル椅子に座り何やら思案顔を浮かべているではないか。
彼がボスで間違いなのは明白だけど、それにしてもワイン貯蔵庫と謳うわりにはワイン樽はおろか酒瓶の一つも無いなんて。
「ワイン貯蔵庫と聞いて呆れるほど物が無いわね」
システィナの皮肉にボスはこちらに漸く顔を向けて。
「元々在った酒場を再活用してるだけだからな。ま、一応昼夜問わず営業してるがな」
「お酒も無しに?」
「酒なら別の部屋に保管してあるさ……それよりも何しに来た? まさかティアラを返しに来たのか」
ボスの鋭い視線が俺とシスティナを睨む。
「返せるなら返してるけど、生憎と私も質屋のじじいに奪われちゃったのよね」
システィナはわざとらしく肩を竦めてティアラがもう手元に無いことを告げた。
するとボスはなるほどと一言呟き、椅子から立ち上がる。
ティアラの代わりにシスティナの命か? 警戒から身構えて彼女の前に一歩出る。
「剣もまともに扱えなかった全裸少年が一丁前にナイト気取りか? いいや、システィナが此処にわざわざ来てるのはお前さんの差金か?」
「差金ってわけじゃないよ。今回は謝りに来たんだ」
「謝罪にだと? 謝ってはいそうですかと赦されるなら罪人都市は要らないだろ」
確かに謝罪一つで赦されるなら罪人都市なんて要らないだろう。
謝罪をするべきなのだが、まずボスが謝罪は受け取らないと言わんばかりな態度を見せている。
「それでも私はあんたに謝罪するわ。ティアラを盗んだうえに紛失してまってごめんなさい」
ボスは意外そうに眼を細め、腕組みを解く。
「ほー謝罪するってんなら覚悟はできてるってことだな」
ボスが壁に立て掛けられた斧を手に取る。
重厚な刃は容易く俺達の頭を叩き潰してしまうだろう。
避けるには充分な広さが有るとはいえ、練気と呼ばれる技術から発する技でも放たれれば
「システィナは恩人なんだ。だからさ、ティアラの代わりに俺で手打ちにしない?」
「なんだと?」
「ちょっと……」
訝しむボスと眉を顰めるシスティナの視線が向けられる。
しばし沈黙が漂うが、それは長くは続かなかった。
「少年を代わりにしたところで俺達の詫びにはならねぇ。それに何も命を奪おうってわけじゃあない」
じゃあその斧はなあに? 明らかに今からティアラの詫びとして殺しますよって語ってるように見えるんだけど。
「ティアラの詫びはシスティナに労働で返してもらうとしてだ……お前達が此処に来た目的はなんだ? ただ謝罪のためだけに此処には来ないだろ」
どうやらボスはそれほどティアラを重視してないようだ。
もしかしてティアラを盗ませて交渉を進める算段があったとか?
ボスを見つめながら考え込むと。
「爆弾チョーカーを外すにも投獄城に侵入するにも人手が必要になる。そこで私はあんたらと協力締結を結びに来たのよ」
システィナが此処に来た目的をボスに告げた。
「投獄城に侵入して爆弾チョーカーを外す……いいや、お前はどさくさに紛れて何かを盗み出すつもりだな? ソイツを話さねえ限り素直に頷けねえな」
システィナを真っ直ぐ捉えるボスの視線に、彼女は隠し通せないと悟ったのか肩を竦めた。
そういえば俺も爆弾チョーカー以外の目的は知らないなぁ。いや、前に何か言ってたかもしれないけど……たぶん聞き逃した!
システィナは俺達に不敵な笑みを浮かべ。
「罪王グレファスが所持してると噂の魔人の遺産……それが本物かどうかの確認、本物なら盗むことよ」
システィナの目的にボスが目を見開く。
「魔人の遺産だと? 魔人の復活を目論む連中と取引でもしてんのか?
「そういう連中が居るって噂には聞いてるけど、魔人の復活に興味なんて無いわよ……魔人の遺産は個人的に欲しいから盗むだけ」
なんだろう? 最後一瞬だけ目を伏せたけど魔人の遺産に何かあるのかな?
まあそれが罪人都市での目的なら俺は最後まで付き合うけど。
「……なるほど、投獄城に侵入。余計な介入を避けるには隠密かつ組織だった行動が不可欠だ。そこである程度頭数を揃えている俺のところに来たってわけか」
ボスは納得する素振りを見せているけど、彼らって一体どういう連中なんだ?
見た目は荒くれ者だけど暴力的ってわけでもないし。
「一ついいかな?」
「なんだ少年」
「ボス達はどういう組織なの? システィナは盗賊ギルド所属だから盗みに入るのは分かるけど、わざわざ罪人都市で酒場の経営もしてる荒くれ者って変じゃない?」
酒場の経営ならどこの街でも可能だ。それなのにわざわざ罪人都市で危険を犯してまで経営してる理由はなにか。
少なくともシスティナが彼らとの協力を打診している以上、普通の囚人じゃないのは明白だ。
「変ときたか……まあ実際に俺達も目的が有って罪人都市に来たわけだが、生憎とその目的をお前達に話すことはない」
目的は話せないけどただの荒くれ者ではないと。それが分かれば充分かな。
「分かったじゃあ話を続けよっか」
「えっ? あんた、今ので納得するの? もう少し情報を引き出すとかあるでしょ」
ってシスティナにツッコまれても俺にボスの口を割らせるのは難しいよ。
知識不足もそうだけど情勢に疎いからどんな組織が在るのかさえ想像も及ばない状態だし。
あ、でもボスって俺達のボスじゃないしそう呼ぶのは少し抵抗を感じるな。
「じゃあボスの名前ってなに?」
「俺の名はついでなのか……まあいいさ、俺の名はヴェルト・アルガム。気軽にヴェルトかアルガム、好きな方で呼べ」
「ヴェルトだね。じゃあ俺も名乗るよ」
「自分が誰なのか思い出したのか?」
四日は経つけど未だ俺の記憶は真っ白で何も思い出せないよ。
それでも誰かに名乗れる名前が、システィナから貰ったいまの名前がある。
「アスラ。システィナから貰った名前だよ」
「……アスラか。覚えておこう」
さてお互いに名乗りあったけど、問題は此処からかだ。
俺は一歩下がってシスティナに視線を向ける。
「私は目的を、警備兵に売られたら拙い情報をあんたらに提示したわ。それを踏まえてあんたらは私達と協力してくれるのかしら?」
「危険だと理解しながら目的を明かしたか……良いだろう、今回は利害の一致で協力の申し出を受けよう」
「お互いに得意分野を活かす方針でかまわないわね?」
「侵入はお前の十八番だからな。代わりに俺達は情報収集を務めよう……ああ忘れるところだったな、早速お前には働いてもらうとしようか」
ヴェルトは不敵な笑みを浮かべて机下から箱を取り出し、中身を開けて見せた。
丁寧に折り畳まれた洋服をシスティナは手に取って広げーー頬を引き攣らせた。
それは給仕用の制服にしてはフリルがあしらわれ、胸を強調する造りにスカート丈が短い物だった。
「えっ、こんなの着せて何させようって言うの!?」
「うちは野郎ばかで客受が悪いんだ」
「それとその制服に関係してるの?」
「度胸はいいが案外察しが悪いな。つまり看守やら警備部隊を相手に接客するには華が必要なんだ」
漸くヴェルトの言ってることに理解が及ぶ。
システィナほどのかわいい女の子に接客させ、酔った看守達から情報を引き出すつもりだ。
「頑張ってね」
「あんた他人事だと思ってっ!」
だって華が必要なら俺は役に立てそうにないもん。
でも流石にシスティナだけを働かせる訳にもいかない。
「俺はなにをすれば良い?」
「そうだな、顔は悪くねぇからバーテンダーを任せる……だが
ヴェルトの忠告に思わず考え込んでしまう。
俺はそんなに長寿種に嫌われているのか? それだけの大罪を?
「あーいや、浅葱色の髪と頬の紋章は長寿種にとって忌むべき証なんだ」
なるほど、だから昨日すれ違ったエルフ族は唾を吐き出したのか。
「分かったよ。じゃあシスティナ、さっそく頑張ろっか」
「なんであんたはそんなに前向きなのよ。はぁ〜こんな給仕服にあるまじき恥ずかしい格好なんて先が思い遣られるわぁ」
「「その露出度でっ!?」」
思わず俺とヴェルトの声が重なったのは無理もない。
だってシスティナの服装はヘソ出しでお腹を露出してるんだよ?
それでもシスティナにとってヴェルトが用意した制服は恥ずかしい物らしい。