記憶と遺産を求めて   作:藤咲晃

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14S.外套の客人

 誰にも悟られず書置きを残してから酒場を出た。

 今日酒場に現れた外套の女性を追って街を駆ける。

 最初は無口な客かと思ったけど、外套で姿を隠し目の前のアスラを徹底的に無視した女性。

 当人は困惑を浮かべてたけど、むしろ私も普段なら当人同士の問題として追うなんてしない。

 彼女の正体はどうでもいいけど、アスラの過去を知ってるなら聴くだけ。

 ただその為だけに走ってる。

 

「……どこに?」

 

 酒場が出てから然程時間は経っていない。それなのに辺りを見渡しても外套の女性の姿が無い。

 どういうこと? 何処か別の店に入った? 

 確かにこの辺りは商業ギルドが経営する店が多いけど、しらみ潰しに捜すにしてもヒトツメオオコウモリに不信がられる。

 不信感はより不利な状況を招く。それは避けなきゃ。

 一度立ち止まってから改めて周囲を見渡す。

 警備兵、囚人、ギルドの店内や外から来た来客の姿ばかりで肝心の目的は居ない。

 此処にはもう居ないなのだと、再び走り出そうとした時。

 

「誰か探してるのかな?」

 

 背後から凛とした女性の声に全身が硬直した。

 突然背後に現れたこともそうだけど、なによりも水面に広がる波紋のような静かな殺気と威圧感に冷や汗が流れる。

 私が威圧感を感じる相手は多く居るけど、此処まではっきりとヤバいと思ったのはそうそう居ないわ。

 それでもこれ以上不信感を与えないように私はゆっくりと背後を振り向く。

 そこに居たのは追っていた外套の女性、素顔は暗黒に覆われて見えない。

 それだけ素性を隠したいのね。それでも先ずは問わないと。

 

「あんた、何者?」

 

 外套の女性は考え込むように指先を顎に……顎? 顎って此処からじゃ見えないけど。

 とにかく外套の女性は考え込む素振りをみせ、突如私に手を伸ばした。

 瞬間的に飛び退がるも背後に回り込まれたのか、伸ばされた手に肩を掴まれた!

 移動の瞬間も練気や魔術を使った様子さえ見えず。相手は私をいつでも殺せる状況下にある。

 死が頭の中に駆け巡り身体がまた強張る。

 反撃も逃げることも叶わない。

 これはもう詰んだわ。私が諦める中、外套の女性の手が肩から頬に移る。

 

「っ!?」

 

 ゆっくりと触れられる頬、冷たい手の感触に驚いて肩が跳ね上がった。

 それ以上に彼女の目的が分からない!

 

「……システィナ・ヴァルグラフ」

 

 凛とした声に名を呼ばれてますます疑問が頭の中を巡る。

 彼女は何者でアスラを知ってるのか、なぜ私の名前を知ってるのか?

 殺気で威圧しながら殺す素振りを見せない。

 目的はなんなの?

 

「……盗賊ギルドに依頼に訪れたことでもあったかしら?」

 

「盗みの依頼なんてしないよ。それに知ってるのはお前が弟の子孫だからさ」

 

 突然弟の子孫と言われても困るし、私に親族なんて居ないと思ってたわ。

 現に父と母が亡くなってからも私の親族は名乗り出ることはおろか会いに来ることもなかった。

 いや、母さんから聴いたけど父さんは昔エルフ族から追放されてたんだっけ。

 何をすればエルフ族から追放処分にされるのよ。

 それに弟の子孫って私から見たら赤の他人だと思う。

 でもまず彼女は口振からエルフ族であることは確定ね。それならアスラに関しては髪と頬の紋章で毛嫌いをしてるだけってことかな。

 本当にそれだけかは分からないけど。

 

「……いい加減に頬を触るのやめてくれない?」

 

「機嫌を治すには癒しが必要だと思わない?」

 

 離す気はないってことね。

 

「過去に囚われて不機嫌になってるだけじゃない」

 

 不貞腐れ気味に言うとむにゅりと頬を揉まれた。

 

「そう言うな。私もね、このままではダメだと常日頃から思ってはいるんだ……ただそれ以上にあの男に対する憎悪がね」

 

 そんなにアスラは魔人に似てるの? 偶然同じ髪の色と頬に紋章が在るだけでそこまでエルフ族に怨まれる謂れはないはず。

 

「彼のこと知ってるなら教えてよ」

 

「……知らないよ。少なくとも私とは初対面さ」

 

 本当にそうなの? 声は凛としてるけど少しだけ震えてる。

 本当はなにか知ってるのか、それともアスラを通してただ過去を見てるだけってこと?

 それじゃあ単に傍迷惑なだけじゃない。

 背後のエルフ族に対する呆れを抑えながら確認した。

 

「本当に彼のことは知らないのね?」

 

「……そんなにアレが大切なのか?」

 

 大切だとかじゃない。記憶の手掛かりを探すことを条件に協力関係を結んでるからに過ぎない。

 

「単に彼が記憶喪失で困ってるからよ」

 

「記憶喪失……本当にそれだけか?」

 

「自分の名前はおろか素性も分からないのよ。それなのに知ってるような素振りを見せられたら聴かずにはいられないでしょ」

 とは言ったものの当人は嫌われてると理解して彼女に直接訊ねることなんてしなさそうなのよね。

 

「勘違いさせたのは謝るけど、さっきも言った通り私は()()()()()()

 

 本当か嘘か、顔が見えないから確かめようが無いわね。

 

「そう? 私が知り合ったのは4日前なんだけど、あんたはいつこの街に来たのよ」

 

「私が街に到着したのは今朝だよ」

 

 彼女がいつ街に到着したかどうかは調べればすぐに解ることだ。だからこれに関しては嘘は言ってないと断言できるわ。

 今朝なら記憶を失う前のアスラとこの街で出会うのは不可能ね。

  

「悪かったわね、しつこく聴いて。やっぱり記憶喪失は記憶屋に観てもらった方が速いかしら」

 

「……その方がいい。少なくとも普通の記憶喪失なら一発解決さ」

 

 看守から聴いた記憶屋に行く他にないか。

 ただそれは私の要件、投獄城で爆弾チョーカーを外してからだ。

 そっちを優先しないとアスラが裏切る可能性も捨て切れない。

 もちろん私がこう考えている以上、向こうも同じことを考えていても仕方ない。

 それはお互い様で利用し合うのが世の常だ。

 今は今後の関係よりも少しでも情報を得ることが先決ね。

 

「それじゃあ質問を変えるわ……あんたは魔人に詳しいの?」

 

「悪いけどその質問には答えないよ。いくら身内だからと言って掟に反すれば面倒だからね」

 

 エルフ族の掟については知らないけど、魔人に関する話題事態が掟に触れるのね。

 

「ふーん? 魔人の遺産を罪王グレファスが所持してるって噂だけど」

 

「らしいね。おまけに魔人の復活を目論む不届者も居る」

 

「魔人の遺産を集めると魔人が復活するのかしら」

 

「いや、それはないよ。()()()が持ってた所持品なんて……なんでもない」

 

 いま、凛とした声が嘘のように可愛げのある声が聞こえたけど気のせい?

 

「ふーん? 魔人の所持品が実在してるのは確定なのね」

 

 少なくとも父さんの手記に記されていた魔人の遺産が実在する裏付けにはなるか。

 現に父さんは魔人の遺産の一つを所有していたらしいけど、なんで父さんは魔人の遺産を調べようと思ったのかしら? 母さんが言っていた通り純粋に過去に隠された真実を追求したかったから?

 だから魔人の遺産から過去に起きた事を考察しようとした?

 考古学者の教授でそれなりに名の通った人だったとは聴いていたけど、父さんがどうして調べようとしたのかまでは分からない。

 

「鎌を掛けるなんて可愛くない弟の子孫だ」

 

 不貞腐れ気味な口調でそんなことを言われても困る。

 それに先から子孫とか言ってるけどあんたは何者なの?

 いや、彼女の素性よりも優先すべきことがある。

 

「じゃあ罪王グレファスが待ってる魔人の遺産は本物かしら」

 

「魔人の遺産を謳う偽物は多い」

 

「どうやって確かめれば良いの?」

 

 このまま質問を続ければ答えるかも。そんな期待感からかわいい声で聴いてみる。

 

「いや、教えないよ」

 

「だめ?」

 

「抱きしめたくなるほどかわいい声を出しても教えないよ」

 

 如何あっても教えてくれそうにないか。

 顔は見えないけど背後から感じる威圧感がこれ以上の質問には答えないって語っているわね。

 

「ふむ、わたしは約束があるからもう行くけど……ああ、物陰から獲物を狙う人斬りには注意しなさい」

 

 それだけ言い残して背後から突然気配が消えた。

 頬を触るだけ触って居なくなる。おまけに物陰に潜む危険人物について言い残して。

 私が物陰に視線を移すと腰に刀をぶら下げ、着崩した和服の男性と目が合う。

 黒い瞳、茶髪と髭。なによりも目が行くのは着崩した和服だ。

 返り血を浴び続けたのか、元々その色だったのかは分からないけど赤黒い和服は人目を惹き恐怖を与えるには充分だ。

 最悪だ、よりにもよって人斬りぽい奴と目が合うなんて。

 そっと眼を逸らす私とは裏腹に男はにやり、口元を歪めて気味の悪い笑みを作って見せた。

 獲物を値踏みするような視線、不愉快極まりないわね。

 

 私は静かに息を吸うことで体内で練気を操る。

 すると男は身を翻して物陰の奥へと消えてゆく。

 

「……? 気まぐれかそれとも」

 

 念のため練った練気を拡散せず、周辺の警戒を怠らずに私は酒場まで戻ることした。

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