投獄時3Fの菅の中に到着した俺は丁度監視室の隣室の下の階を目指す。
菅の中は静だが、通路から声が響く。
「おい! マヌケが粗末な罠に掛かったらしいな!」
「なあに? もしかしてまたシスティナか?」
またとはどいうことだ?
気になる会話に俺は一度止まって看守の会話に耳を傾けた。
「そうとは限らないけどよ、システィナは宝を利用した罠に掛かったからなぁ」
「あぁ、それで捕らえて首にチョーカーを取り付けて解放したんだっけな」
システィナは同じ罠に二度も引っかかたってこと?
たまたまかもしれないけど、なんだろう? 俺の中でシスティナの印象がクールな盗賊から意外とア、天然な盗賊に変わりつつある。
これは合流したらシスティナに問うべきか、それとも彼女とは今回だけからと割り切るべきか。
ほんの少しだけ寂しさに胸が痛むが、今は無事に目的を達成することが先決だ。
「それで捕まった奴はどこに移したんだ?」
「いや、あの仕掛けはそのまま牢屋に直送する仕組みだからな。今頃は監獄フロアの何処かに居るはずさ」
「看守以外は仕掛けを解除しない限り入ることも出ることも叶わないフロアか……」
「あん? お前、怪しいな?」
不穏な空気が漂う。
通気口が無いから看守の姿が見えないけど、確かに看守同士の会話を考えるなら不自然かもしれないな。
どうして片方はわざわざ確認するように会話を切り出したのか。
「お、おい! 銃を下げろよっ!」
看守が叫んだ後に銃声が響き渡った。
「疑わしきは即射殺せよ……罪王様の指令を知らないってことはコイツは侵入者か」
「っ!?」
思わず息を呑む。
まさかヴェルト達の誰かが変装した看守じゃないのか?
それとも全く別勢力か、分からないけど今は彼らの無事を信じて3Bの監獄フロアに向かうしかない。
急がないとならないのに身体が震える。
もしも見つかったらきっと下の看守のように殺されてしまう。それを頭が勝手に想像して……恐怖で身動き取れないなんて、それこそシスティナ達に対する裏切りじゃないか!
そうだ。死よりも恐ろしいのは誰からも信用されず、孤独に果てることだ。
俺は恐怖を払い除けて早速3Bの監獄フロアを目指して菅の中を進む。
▽ ▽ ▽
3Bに到着した俺は目の前の魔術を構成する術式に困惑していた。
監獄フロアと書かれたプレートが指し示す先。まさしく俺が行きたい場所なのだが、通路は術式に阻まれて通ることができない。
恐らく下の通路にも同様の術式が施されてるのだろう。
一体どうやって解除するのか、何かヒントか解除方法はないものか。
いや、侵入者対策をするならそんな隙を残すわけが……ふと菅の隙間に挟み込まれた紙切れに目がゆく。
「怪しいぃ……」
こんな場所に誰が紙切れを残したのか気になるけど、考えても仕方ないためソレを手に取る。
紙切れにはこう書かれている。
「監獄フロアに入りたいなら二つの作業が必要だ」
「術式を構成する台座の移動。神秘の供給源を断つこと」
菅の中にそれらしい物は無いから下の通路に降りる必要があるか。
それにしても解除方法を残しておくなんて、いよいよ俺達は誰かに良いように利用されてる疑惑が深まる。
思惑は分からないけど助かるのは事実だ……それともシスティナの行動を予見していた?
いや、まさかね。彼女が罠に掛かったのは単なる偶然に過ぎない。
俺は紙切れを残した人物に警戒と疑問を浮かべながらも通気口から通路に降りた。
「周りには誰も居ないな」
走って通路を駆け抜ける。
恐らくここにも警備兵や看守が多くて居ることだろう。
それに解除に必要な台座と魔術の供給源の場所も探さないと。
っと通路の脇道から人影が差し込む。
俺は咄嗟に近場の部屋に入って息を殺す。
「……いま、人の気配がしたんだが気のせいか?」
「14連勤だろ? 神経が過敏になってる証拠さ、ほら明日から3日休暇だから頑張ろうぜ」
「そうだな……捕らえたあの子、可愛かったな」
「あ〜貧乳は好みじゃないが、確かに可愛い子だったな」
ちょっとそれだけの情報じゃあシスティナって断言はできないな。
「監獄フロアから逃げることは叶わないが、例の計画は把握してるな?」
「おう、罪王様も人が悪いというか、大胆なことを考えるよな」
罪王グレファスの計画……? もう少し情報を話してくれないかな。
俺が期待を込めてドア越しから耳を傾けるも、足音が遠ざかるだけだった。
「少しは不真面目な看守が居てもいいじゃないか」
立ち話はするけど肝心なことは口にしない。
やっぱり侵入者を常日頃から警戒してるからなのか?
おかしい。さっき通った看守はシスティナが侵入したことも侵入者が居ることも把握してるはずだ。
なのに異様に落ち着き払ってるのは変じゃないか?
俺はてっきり侵入一つの発覚で大騒ぎに発展するかとばかり考えていたけど……まさか一網打尽を考えてるのか?
急がないと拙いかもしれない。
俺はドアを静かに開け、再度廊下を駆け抜ける。
さっそく何処をどう通ったのかすら分からなくなりかけた頃。
これまで見たドアとは一風堂変わったドアに足が止まる。
簡素なドアと違って装飾が施されたドア。怪しさと罠を思わせるけど、他に探すあてもない。
ドアを静かに開けると四つの台座と中心に佇む宝石が嵌め込まれた人型の石像が視界に映る。
床には台座を結ぶように描かれた陣ーーこれがきっと術式を構成する台座かな。
そして中心に佇む石像が神秘の供給源、つまりあの宝石が魔石なのか。
宝石をよく見れば凝縮された紅い輝きを放つ神秘が渦巻いてる。
台座を移動させて魔石を外すだけで監獄フロアに入れる。
それにシスティナのことだから黙って捕まってることは無いだろう。
恐らく彼女は脱出するために監獄フロアを走り回ってるかもしれないな。
俺は早速台座に触れると。
「黙って見ていれば勝手に触れおってからに」
何処からともなく声が聞こえるっ!?
どこだ!? 俺は辺りを見渡すと人型の石像が動き出した!
「っ?!」
突然のことに叫び声を必死に抑え、咄嗟に台座から距離を取る!
人型の石像に対して折れた直剣を抜き身構える。
「……人造人間を相手に粗末な剣を向けるなど、舐められたもんだな」
人造人間? それに物質が言語を発することなんて有り得るのか?
「人造人間?」
疑問が無意識のうちに漏れてしまったのだろう。
それを聞いた人造人間は腕を組み始めた。
「ほう? 我々を知らないとは無知な……対象の生態情報のスキャンを開始……?」
眼から放たれた赤い光が俺の頭から爪先まで動く。
一体何をしてるんだ? 人造人間とやらの行動に疑問が増すばかりだ。
そんな俺とは裏腹に人造人間は突如頭を抱え始めた。
「……登録データ及び該当データ無し。古代図書館の彼女へ、至急応答を求める」
今のうちに逃げた方が良さそうだ。
人造人間に背を向けてドアに走ると……頬を一筋の光が通り抜けた。
溶けたドアノブと人造人間の掌から立ち昇る煙。
いま動けば次はお前だと言わんばかりの視線。
正直なにをされたのか理解が追い付かない。
それでも唯一分かってるのはこの部屋から逃げられないことだ。
「解答……休暇中だから要請は断る……あの旧式のポンコツ風情がぁぁぁ!!」
「うわっ!」
突然キレ散らかす人造人間に驚いてしまったのは無理もない。
おまけになんか割れる音まで聴こえたけど!?
そもそも人造人間ってなんなんだよ!
「スキャンデータ解析……登録遺伝子情報、該当無し。網膜パータン、該当無し。結論、囚人では無い」
人造人間には俺をどう判断して囚人じゃないって思ったんだ?
首の爆弾チョーカーが囚人の証だと思うけど。
いや、見逃してくれるならそれでいいのか?
「えっとさ、見逃してくれるの」
ダメ元で人造人間に訊ねる。
「サンプル回収のため、対象の殺害を決行っ!」
「嘘だろ!?」
「バイタルデータから脅威と判断っ! 魔石出力100%上昇!」
よく分からないけど、目の前のアレは俺に対して過剰な暴力を行使するってことだけは分かったっ!
人造人間は魔石から供給させる神秘で腕に光の刃を造り出した!
魔石ってそんなことも可能なのか。
身の危険だというのに感心してしまった俺に、人造人間が光の刃を振り抜く!
咄嗟に姿勢を低くすると頭上を光の刃が通り抜ける。
光の刃はそのまま横薙に振るわれたのか、人造人間の周囲に在った四つ台座を両断してしまう。
無惨に両断された台座の破片が床に転がり、人造人間が動きを止めた。
「……台座の破損を確認。やべぇ、まだ核の魔石は無事のはず……?」
突然人造人間が足元に視線を落として硬直した。
なんだろう? 俺も床に視線を向けるとそこには床に嵌った状態で割れた碧い魔石が在った。
どうやらさっき割れた音の正体は魔石だったらしい。
それに台座も壊してしまったから監獄フロアの術式が解かれたんじゃ?
「術式の消失確認っ! ……貴様を殺して我も死ぬっ!!」
なにその理不尽っ!?
人造人間は自身の失態に取り乱して光の刃を手当たり次第に振り回しはじめた。
それは壁を両断し、脱出口を造る手助けとなったのだ。
危機な状況は変わらないけど、今は逃げるしかないっ!
崩れた壁から通路に飛び込んだ俺は走り出した。
背後から追いながら光の一線を手当たり次第に放つ人造人間。
破壊音が響いてるはずなのに駆け付けない看守ーーやっぱりおかしいっ!
暴走する人造人間もそうだけど、危険な状況にあるのは間違いないっ!
それにこのままじゃあ監獄フロアにも被害が出る!
俺は足を止め、人造人間に振り向く。
「やってやる!」
俺は無謀と理解しながらも人造人間に駆け出した。
間合いを詰めて、直剣を縦に振り抜く!
しかし折れた直剣の刃は人造人間の一本の指先一つで止められてしまった。
咄嗟に距離を離そうとした瞬間、身体が思うように動かずーー拳を振り抜く人造人間の姿が視界に映り込んだ。
「ごっ?!」
腹部に走る重い衝撃、白黒に染まる視界……ああ、これ、やばいヤツだ。
薄れる意識、重い足音が遠く……。