記憶と遺産を求めて   作:藤咲晃

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23.記憶屋

 朦朧とする意識の中、身体に違和感が走る。

 この擦られているような感覚はなんだろう?

 意識が覚醒してそろそろ起きないと……起きないと?

 可笑しいな話だ。俺はあの時に死んだはず。

 首を爆破されて生きてるなんて変な話だ。

 死んでてこんなに意識と思考がはっきりしてるもんなの?

 それに先から甘い香りと身体を擦る感触。誰かの冷たい手の感触を感じる。

 俺はそのまま眼を開けると身体を拭くシスティナがそこに居た。

 相変わらず絹のように美しい銀髪だ。それに首には爆弾チョーカーが無い。

 こっちに気付いた彼女はため息を吐いて。

 

「やっと目が覚めたのね。あんたはとんだ寝坊助だわ」

 

 また疑問が頭を駆け巡る。

 なんで俺は生きていて上半身裸でソファで寝てるんだろうか?

 それともこれは走馬灯とは違う死後に見る夢? 

 

「うーん、これは夢かな? それに俺は死んだはずじゃ?」

 

 疑問をぼやくとシスティナが『あぁ』と小さく呟く。

 

「結論から言うとあんたは生きてる。それにこれは夢でもなければ紛れもない現実で、ついでに言えば此処は私の隠れ家よ」

 

 実際には気絶していて隠れ家で介抱されていた。

 システィナの瞳と言動から嘘は感じられないし、俺には彼女を疑う理由も警戒する理由もない。

 それどころか全裸を見られて今回は上半身裸だ。意識した途端、頬に熱が込み上がった。

 

「なんで紅くなんてんのよ」

 

「かなり恥ずかしいなぁと」

 

 システィナから視線を逸らしながら告げると、そっぽを向いた彼女にタオルを顔面に投げ付けられた。

 

「……まあいいわ。せっかくだからシャワーでも浴びて来なさい」

 

 起き上がった俺は着替えを手渡され、言われるがままにシャワー室に押し込められた。

 どれぐらい気絶してたか分からないけど、システィナが不快感を示すほどには臭うのだ。

 それに一度思考を切り替えるにも丁度いい。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 シャワー室から出た俺は早速訊ねる。

 

「あれからどれくらい経過したの?」

 

「あんたが気絶して4日は経ってるわ」

 

「4日もか」

 

 四日も経過して相変わらず腹が減らない。

 やっぱりこの身体は何処かおかしいんだな。

 それに投獄城のことは鮮明に覚えている。

 

「爆弾チョーカーが爆発して気絶程度で済んだのはなんで?」

 

「元々爆弾チョーカーには人を殺す威力は無いらしいわ。ただ一部の看守が殺せる爆弾チョーカーを追加していたそうよ」

 

 囚人を殺さず飼い殺し同然に罪人都市で収容する。

 改めて考えると罪王グレファスは俺が思ってる以上に恐ろしい人物なのかもしれない。

 罪人として死ぬまで生かされ続ける。そこに自由も無ければいつ爆破されるかも分からない恐怖心だけが宿る。

 ただ罪王グレファスの思惑とは別に人を殺せる爆弾チョーカーも用意されてしまったから爆弾チョーカーは死の拘束具化した。

 二分の一の確率で死が訪れるようになったと。

 

「運が良かったなぁ。それにキミがもう爆弾チョーカーをしてないってことは成功はしたんだね」

 

「あんたが杖を弾き飛ばしたからね」

 

 俺が杖を? あの時俺は罪王グレファスを羽交締めにしたけど爆破されて気絶したんだ。

 そこから目が覚めるまで記憶が途切れている。

 身に覚えのない話に首を傾げるとシスティナがじっとこちらを見つめる。

 

「……覚えてないの?」

 

「気絶してる時のことを覚えてる人って居るのかな」

 

「まあ無意識よね。……ってことはあんたに話しても実感が湧かない、他人事のように聴こえるってわけか」

 

 実際に俺が杖を弾き飛ばしたという件は他人事に聴こえる。

 むしろこう思うのが自然だ。

 羽交締めにして気絶した俺を気遣ったシスティナの優しい嘘だと。

 

「自分の実力はよく理解してるからね」

 

「……」

 

 自分を見つめるシスティナは不満そうだけど、流石に気絶して強くなるなんて都合が良い人って居ないでしょ。

 っと状況は理解したけどもう一つ聞くべきだ。

 

「ところでキミは目的を果たせたの?」

 

「魔人の遺産と思われる財宝は手に入れたけど……恐らく偽物ね」

 

 そう言ってシスティナはベッドの側に立て掛けられた直剣を手に取った。

 彼女が鞘に納められた刃を引き抜く。しかし引き抜かれたのは刃は黒紫に変色したのか元々その色だったのかは分からないけど、酷く錆び付いている。

 そして半ばで折れた剣身からは何も感じられない。

 これは見ての通り折れてしまった普通の直剣だ。

 それ以外に変わった所は年号らしき文字が掘られてることぐらいで、逆に言えばそれ以外に変わったところがない。

 

「折れてるね」

 

「折れてるから魔人の遺産の信憑性は高いけど、錆を落とせれば材質の詳細が分かるわ」

 

 俺の眼には魔人の遺産が偽物に映るけど、まだシスティナは可能性を捨ててはいないようだ。

 彼女は罪人都市ゾンザイでの目的を達成した。それは俺と彼女の短く奇妙な協力関係の終わりを意味する。

 

「そっか。目的達成ってことはお別れだね」

 

「まだあんたを記憶屋に連れて行ってないわ。それに起きて別れを切り出すってどうなの? 私はあんたが気絶してる間に心配してたのになぁ〜」

 

 うっ、システィナの視線が痛い。

 

「それとも私は自分の目的を達成したら協力者との契約を反故にするような信頼できないヤツに見えた?」

 

 そうは見えないし、気絶した俺を四日も介抱する理由もない。

 

「ごめん、記憶屋まで同行を頼めるかな」

 

「いいわよ……まあ今は記憶屋に行きましょ」

 

 なんだろ? 何か口にしようとして止めたのは?

 罪王グレファスの魔術が関係してるのかな。

 いや、それでもシスティナは記憶屋まで同行してくれるんだ。

 きっとそこで得られる結果は無駄じゃないはずだ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 罪人都市の中で商業ギルドが経営する店舗が多く並ぶ区画に来て……俺は思わず何度も瞬きしてしまった。

 木造組みの店舗の間に挟まるように設けられた紫色のテントと看板に乱雑に書かれた『記憶屋』と一回五万ゴールドという文字。

 すごく胡散臭くて本当に此処で俺は思い出せるのか? 

 

「あんたが疑うのも分かるわ」

 

 此処に案内してくれたシスティナも半信半疑でテントを凝視している。

 ああ彼女の眼にも胡散臭く映るんだ。

 それにお金持ってないんだよなぁ。

 

「帰ろっか〜」

 

 踵返すと肩を掴まれた。

 

「待ちなさい。お金なら私が出してあげるから」

 

 システィナに借金して記憶を取り戻すのとこのままにしておく。果たしてどちらを選ぶべき選択か。

 

「自分のことを思い出したいなら迷う必要なんてないわよ」

 

 システィナの囁きが俺に答えを導き出す。

 

「分かった。お金は必ずキミを探して返すから」

 

 システィナはその返事に満足したのか、笑みを浮かべて先にテントの中に入った。

 俺も後に続いて入ると狭いテントの中に、水晶玉を置いたテーブルとロープを纏った男性が笑みを浮かべる。

 客人を歓迎している笑みと好奇心を宿した瞳。

 俺はそんな店主に、

 

「俺が忘れてしまった記憶は此処なら思い出せるのか?」

 

 そう訊ねると店主の笑みを浮かべたまま頷く。

 

「ええ、確実に思い出せますよ。無意識のうちに取った行動も些細な言動も。産まれた時の光景も全てね」

 

「ふーん? 彼の記憶を一回で思い出せるの?」

 

「流石に長寿種の記憶は数回に分けることになりますが、30代以下の記憶ならたった50,000ゴールドで全部思い出せます」

 

 店主が自信満々に告げ、システィナは財布から取り出した五万ゴールドをテーブルに置いた。

 やだ、この娘イケメンすぎる!

 俺だったら少し考えちゃうのに躊躇いがない!

 

「確かに。あー、言い忘れてましたが如何なる結果でも返金は致しませんので」

 

「承知の上よ」

 

「では、そちらの方は動かないでじっとしてリラックスしてください」

 

 深呼吸して肩の力を抜く。

 すると店主は水晶玉を片手にこう唱えた。

 

「水晶よ、かの者の赤裸々な過去から忘れし過去を映し出せ」

 

 店主の胡散臭い詠唱に呼応した水晶玉が光りだす。

 そして光が止むと水晶玉に俺が見た光景が映し出された。

 罪王グレファスと戦い爆弾チョーカーが起爆した時の記憶。

 投獄城で人造人間に襲われた時の記憶。

 ダクトの菅の中で先に進むシスティナの姿。

 『ひと時の祝福』で様々な客を相手にした時の記憶。

 アニ・ナノールとはじめて出会った時の記憶。

 廃教会でシスティナから衣服を貰った時の記憶。

 はじめてシスティナとヴェルト達と出会った時の記憶。

 そして廃教会の地下室、棺の中で目覚めた記憶が映し出され、記憶はそこで止まった。

 

「……もう終わり?」

 

「いえ、まだ7日程度の記憶しか映されてませんよ。まだまだ映されるはず……」

 

 だが店主の言葉とは裏腹にいくら待てども記憶が映されることはなかった。

 

「……映されないけど? というか棺の中で寝てたの?」

 

「あー、誰かが棺に押し込んだみたいだね」

 

 いったい誰が俺の身包みを剥がして棺の中に押し込めたんだか。

 

「50,000ゴールド払った割には私でも知ってる内容だったわね」

 

 罪王グレファスが言っていたあの言葉、俺の記憶には何も無いと言っていたあの言葉が益々現実味を帯びる。

 俺には目覚める以前の記憶が無いという事実がっ。

 記憶喪失ならそれが必要なのかもしれないが、

 

「記憶喪失の記憶は映せないのかな」

 

 落胆気味に答えてみると店主が狼狽えた様子を見せた。

 

「そんなバカな。有り得ません! 当人が記憶喪失でもたった7日程度の記憶しか映されないなど有り得ない!」

 

 どうやら店主はこの職業に対する誇り。記憶を映し出す魔術に絶対の自信と信頼があったようだ。

 

「どんな人でも産まれた記憶も在るはずです……ですがそれも再生されないとなるとお客様は何者かに記憶を奪われたか消された。或いは封印されてるのかもしれません」

 

 俺の記憶は目覚める以前のことはいくら思い出そうとしても空白だ。

 封印されてるなら魔術や呪の線も考えられるけど。

 

「後者の線はキミから見てどうかな?」

 

 そう訊ねると店主はじっと俺を観察した。

 

「記憶に関する魔術に長けた自分が見ても、お客様の記憶に封印された痕跡も呪われた形跡もありません」

 

 となると残りの線は何者かが俺の記憶を奪ったか消したということになる。

 それなら罪王グレファスが言っていた何も無いって言葉も状況に当て嵌まるな。

 

「そっか、それだけでも分かったのは儲けものかな」

 

 俺は店主に別れを告げ外に出た。

 これからどうしようか。なんとなく空を眺めるとテントから出てきたシスティナが、

 

「あんたはそれでいいの?」

 

 そんな事を聞いてきた。

 

「現状どうしようもないからね」

 

「そう、あんたが納得してるならいいけど。他にしたいことは無いの?」

 

  やりたいことか。考えたことも無かったな。

 考えたことは無かったけど俺は世界を知らない。未知の物、まだ行ったこともない街や知らない土地に行ってみたい。

 そうだ、俺は冒険がしたいんだ。

 

「うーん、冒険かな。世界を周ってゆっくり手掛かりを探すよ」

 

「冒険って。冒険者ギルドはもう無いわよ?」

 

 盗賊ギルドや商業ギルドが在って前人未到の地を開拓する冒険者ギルドが無い?

 有りそうな気はしてたんだけどなぁ。

 

「世界は広いのに無いの?」

 

「この世に大陸は一つだけで世界は広く無いわね」

 

「大陸が一つだけって……国は幾つも在るでしょ」

 

「大陸に国家は4つだけよ……あんた、大崩壊のことも忘れてる?」

 

 その言葉の意味も何を指す言葉なのかは知ってる。

 というかそれを教えてくれたのはシスティナだ。

 

「覚えてるよ。1,000年前に魔人が手あたり次第に暴れて、その後に起きた天変地異と地殻変動を総じて大崩壊て呼ばれてるんでしょ」

 

「教えたことはちゃんと覚えてるのね。まあ大崩壊で残った大陸がたった一つだけってことよ。それで800年の間に開拓も建国も進んで冒険者ギルドは不要になったの」

 

「前人未到の土地が無いなら冒険者は不要だもんね」

 

「そいうこと。でも世界を周るのは悪くないけどね」

 

「まあ記憶が無い俺には全部未知だからね。心に冒険心を胸に旅に出るよ」

 

 さあて廃教会で旅の無事を願って旅立とう。俺がそう心に決めて歩き出すとまたシスティナに肩を掴まれる。

 

「えっとさ、借りたお金はいずれ返すよ」

 

「良い心がけだけど、返す当ては有るの?」

 

「無いけど」

 

「それにあんた、身分証明書がないのにどうやって国境を越えるのかしら」

 

 どうやら俺の冒険は始まる前に終わってしまったようだ。

 おおアスラよ! 冒険が終わってしまうとは情けない!

 自分で言ってて悲しくなったな。

 

「……罪人都市で骨を埋めるのかぁ。看守に就職しようかな」

 

「やけに切り替えが速いわね……ねえ、私と組む気はない?」

 

 彼女と手を組む? 少し前までは罪人都市で別れると言っていたのにどういう心境の変化が訪れたんだろうか?

 俺の記憶は一筋縄で思い出せないことが発覚した。しかも身分証明書が無いから国境を越えられない俺を誘う理由が彼女には無いはずだ。

 

「提案は嬉しいけど、国境を越えられない俺と組んでも意味ないでしょ」

 

 システィナには俺と組むメリットが何も無い。

 だけどシスティナは俺の考えなんて吹き飛ばすような笑みを浮かべた。

 

「私は魔人の遺産と聖女の遺産を集めるために盗賊として世界を巡るわ。あんたが記憶屋で思い出せたなら誘いはしなかったんだけど、世界を周る共通の目的があるわ」

 

「それにあんたは私に借りが出来た。4日間の介抱と50,000ゴールドの借金も含めてね」

 

「すぐに返せそうな借りだけど?」

 

「それだけじゃないわよ? あんたに必要な身分証明書は盗賊ギルドなら用意できるわ」

 

 盗賊ギルドに所属してシスティナと組む。

 俺は記憶のために、システィナは魔人と聖女の遺産のために世界を巡る。

 共通の目的は有るけど盗賊の片棒を担ぐのはなぁ。

 でも現状俺にはどうすることもできない。

 それに何も無い俺にとって名前の恩義は想像以上に大きかった。

 現状どうすることもできないから彼女の誘いに乗るわけじゃない。名前の恩義、借金返済のためにシスティナに付いて行くんだ。

 

「分かった、俺はキミに付いて行くよ」

 

 俺が手を差し出すと、彼女は差し出した手を掴んだ。

 

「これからよろしく頼むわよアスラ」

 

 満面の笑みを向けられて俺は笑みを返した。

 

「じゃあ早速あんたのことはギルドマスターに連絡するわ」

 

 そう言ってシスティナは取り出したスマホンの画面を操作すると耳に当てた。

 スマホンから鳴り響く音がしばらく続き、

 

『なにかね? わたしは忙しいのだが?』

 

 威厳に満ちた声がスマホンから聴こえる。

 

「報告した件で少しね」

 

『ほう? 君の報告はわたしが把握してる通りだったが、何か誤りでも?』

 

「違うわよ。あんたに報告したアスラのことよ」

 

『……スカウトでも成功したのか』

 

「スカウトとは少し違うわ。私はアスラと手を組むことにしたのよ。だから彼を盗賊ギルドに連れて行くわ」

 

『なるほど、つまり君はこのわたしに偽造を頼みたいのだな』

 

「話が早いじゃない」

 

 威厳に満ちた声の主はどんな人なんだろう? 

 ギルドマスターと呼ばれてることしか分からないな。

 

『わたしは君が少年を引き込むと予測して既に偽造の手配は済ませている。数日以内に君の元に少年の身分証が届く手筈になっている』

 

 こうなることを予測していたって、本当に何者なんだろ。

 俺が気絶してる四日の間に偽造の手配を済ませるにしてもシスティナが俺と組むかどうかは分からない。

 それともギルドマスターはこうなる事を見通していた?

 

「切れたわね……という訳で身分証が届くまではゆっくりできるわ」

 

「なんだか恐ろしそうな人だね」

 

「みんなギルドマスターの事は親しみと憎しみを込めて腹黒サングラスって呼ぶのよ」

 

親しみは分かるけど憎しみを込めちゃダメなんじゃ? というかそれだけギルドメンバーに恨みを買ってるのかぁ。

 

「えっとシスティナも恨みを?」

 

 そう訊ねるとシスティナは笑っていた。眼は全く笑ってないけど。

 

「あー、えっととりあえずこれからどうしよか?」

 

「もう私とあんたは囚人でも無いからこの街を自由に歩けるわ。先ずはあんたに必要な物を買い揃えるわよ」

 

「それは借金ですかぁ〜?」

 

「ふふ、ここの物価は高いわよ」

 

 ああ、実在するのかどうか分からない父さん母さん、俺に借金が増えたよ。

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