システィナに連れられて向かったレストランで俺はメニュー表に思わず顔を顰めた。
恐らく始めてのレストラン、メニュー欄に並ぶ難解な文字列。
『闇の焔に抱かれて滅びよ』
『煉獄に苦しむがいい』
『クリムゾン・ホライゾン』
なんこれ?
困ったことになにがどんな料理なのか分からないし、それに実はあまりお腹が空いてない。
「あー、実はそんなにお腹空いてないんだけど」
「そうなの? 3日もあそこに居てまともに食べれてたとは思えないんだけど」
システィナは遠慮してるのか? そんな風に顔を顰めたけど不思議とお腹が減ってない。
三日も飲まず食わずにも関わらずに。
「いや、何も食べてないけど……」
「なら食べなさい。食べられる時に食べられるのは普通に思えてそうじゃないのよ」
何だかシスティナの言動は静かだけど不思議な説得力が有る。
まるで経験してるからこその辛さを理解してるような?
「私が適当に選ぶけどいいわね?」
「任せるけど……此処のメニューは、その変わってるね」
「私も此処まで中二病に染まったメニューは見たことないわよ」
システィナでもメニュー表の品書きは分からないらしい。
だからなのか彼女は賭け感覚で『闇の焔に抱かれて滅びよ』を二人前注文した。
料理が運ばれるまで時間も有る。
罪人都市ゾンザイのこと、罪王グレファスのこと。それから情勢やら色々と知るべきことは多い。
でも何から知るべきか。なにから質問しようかと迷っていると先にシスティナの柔かな口が開かれた。
「あんた、エルフ族に何したのよ」
その質問の意図は恐らくここに着く途中ですれ違ったエルフ族の行動に起因してるのかもしれない。
俺とすれ違った十人のエルフ族は俺の顔を一目見るや、一斉に地面に唾を吐き出したのだ。
全員がサングラスという物で眼を隠していたから眼差しまでは分からなかったけど。
「さあ? 何かした覚えが無いけど」
単に記憶喪失だから覚えは無いが、実際には何かやらかしてるのかもしれない。
それか単に虫の居所が悪かっただけかも。
「温厚なエルフ族が人嫌いを起こすなんて相当よ?」
「うーん、嫌われるようなことをしたのかもね」
「記憶に無いってのは厄介ね。あんた、そのうち覚えのない罪状を擦り付けられるんじゃない?」
記憶に無いから
それが俺の罪なら受け入れるけど、他人の罪を擦り付けられるのは困る。
「それは困るなぁ。かと言って無罪を証明する手段も無いし」
「……あんたの身体、特に筋肉の付き方は実戦と鍛錬で鍛え磨かれたものだったわ」
確かに俺には相応の筋肉が付いている。
記憶を失う前に犯罪に手を染めていた線も捨て切れないのだ。
だけど実戦を重ねたと言われても信じ難い。
「それが本当なら転んだりしないし、もう少し巧く立ち回れたと思うけどなぁ」
「そう、あんたの変な所はそこなのよ。身体は出来上がっているのに何かが噛み合ってないのかまともに動けない」
俺が戦っている……というか転んだ所を見たのは一瞬だけ。
システィナの観察眼を疑う訳じゃないけど。
「多分、見た目だけの筋肉で戦いとか運動は不得意なんじゃないか?」
「……指の剣ダコや努力は嘘を付かないとは断言できないわね。あんたの場合」
努力は身を結ぶ、裏切らないと言うが記憶を失う前の俺はどうだったんだろう?
というか病気に詳しくは無いけど身体の動かし方を忘れることなんて有るのか?
「記憶喪失って身体の動かし方も忘れるもんなの?」
「如何かしら? 病気に詳しく無いから何とも言えないわ」
やっぱり俺は単純に身体が弱いのかな。
自分は身体が弱いと結論付け、本題に入る前にいくつか質問することにした。
「質問だけど罪人都市ってどの辺に位置するの?」
「その辺はまだ話してなかったわね。罪人都市は四国の国境線が重なり合う中心に位置しているわ」
「国境線の中心……じゃあ各国の囚人が此処に送られて来るんだ」
「そうよ……それに今は北のケルドブルク帝国と南のガレイスト公国が緊張状態。それこそきっかけ一つで罪人都市を挟んですぐに開戦するほどね」
ケルドブルク帝国とガレイスト公国が緊張状態……罪人都市が四国の中心に位置するなら北と南にとって無視できない都市なのかも。
「罪人都市は防波堤?」
「ええ、西と東は両国の軍隊を通さないからね。北と南は罪人都市を挟んでお互いに色々と策謀を巡らせてるの」
「じゃあ不用意に罪人都市で混乱を起こすのは拙いってことか」
俺とシスティナは混乱を起こさず二千万ゴールドを稼ぐ必要が有る。
かなり難題なんだろうけど、如何やら彼女なりに考えがあるらしい。
「私の目的は首のチョーカーを外すこと。だからあんたにもその手伝いをして貰いたいのよ」
本当にそれだけが目的なのだろうか?
彼女は盗賊だ。元々盗みで侵入したんだから投獄城から盗み出したい物が有るはず。
「チョーカーを外すのは賛成だけど、何か盗むつもりじゃないのか?」
「罪王が貯め込んだ財宝よ、もちろん都市防衛と囚人に使われてる古代遺物は目標外だけど」
盗みは悪事だが、記憶の手掛かりとこの都市から出る為には投獄城に乗り込んでチョーカーを外した方が速い。
「キミには服と名前の恩が有るから協力するけど……二人だけ、しかも俺は荒事で役に立たないよ」
「他に無実の罪でチョーカーを取り付けられた連中を引き込む必要があるわ」
他に引き込む当てが有るなら俺は足手纏いにしかならないなあ。
身体が弱いなりに何かで役に立てるようにしないと。
「準備期間は有るの?」
「もちろん色んな連中に声を掛けるつもりだけど、接触から具体的な侵入ルートなんかの話し合いで数日は要する筈よ」
「協力を結べそうな人に目星は?」
そう訊ねるとシスティナが渋い顔で息を吐いた。
「実は3日前に私が盗みに入った荒くれ者集団も候補の一つよ」
盗んだ相手と手を組んでくれるとは思えない。
だけど盗んだ物を返せばあの気の良さそうな荒くれ者達は許してくれそうだ。
「じゃあ盗んだ物を返そうか」
簡単な話を笑顔で告げるとシスティナが顔を逸らした。
「……もう無いのよ」
「……もう売っちゃったとか?」
「掠め盗られたのよ」
システィナの手元に盗んだ物はもう無い。
これじゃあ彼らに許してもらう事も手を結ぶこともできない。
盗んだ物と同等か、彼らが納得するような誠意と謝罪が必要ってことか。
「人の腕って何の為に二本有るんだろうね?」
「極東では指詰めって有るらしいけど、誰の指を詰めるのかしら」
「キミの片腕一本で許されるなら安い代償じゃないかな」
「あんた、温和な顔でとんでもないこと言うわね!」
そんな事言われても困る。
許して貰うにはそれだけの誠意と謝罪が必要だ。
まあでも腕を要らないって言われてしまえばそれまでだけど。
「その件は追々考えましょう……で? 他に聴きたいことは無いの?」
覚えることも多いけど今日だけで結構な情報量を得た。
「うーん、ルールも知りたいけどこれ以上聴いても多分頭に入り切らないかな」
「まあ頭に詰め込み過ぎても覚え切れないわよね。……というか料理遅くないかしら?」
確かに遅いような気もする。
店に入って注文してから既に五十分は経っている。
それだけ手の込んだ料理なのかな?
そんな事を考えていると唐突に店のドアが乱暴に蹴り開けられた。
ぞろぞろと店に入り込む武装した連中に思わず訝しむ。
「巡回の警備隊……いえ、武装からして鎮圧部隊ね」
訝しむシスティナがいつでも動けるように足に力を入れると。
「ろくでなしの諸君、食事時に悪いね。動かず大人しくしてもらおうか」
肩にヒトツメオオコウモリを乗せ、葉巻を片手に威圧的な声を発する人物の言葉に鎮圧部隊が一斉に武器を構えた。
あの長い鉄状の武器を。
システィナをチラリと見ると彼女は苦虫を噛み潰した表情を浮かべている。
それだけ今の状況は悪いことだけは嫌でも理解できた。
「あれだけの魔道銃を構えれちゃあ身動きが取れないわね」
魔道銃、また聴きなれない単語だ。
それでも嫌な予感と言うべきか、鎮圧部隊と敵対することは避けるべきだ。
ざっと見て五十人を二人で相手になんてできない。
むしろ下手に動けば人死が、真っ先に俺が死んじゃうね!
「もう一度言うが全員動くなよ」
隊長が高圧的な視線で俺達を見渡し、後ろの部下達も微動だにしない。
店内に不穏な空気と客の苛立ち、緊張感と重苦しい空気が漂う。
鎮圧部隊が来てから五分が経過した頃。
「……おい、なぜ誰も厨房に突入しない!?」
先程の威圧的な声とは裏腹に間の抜けた声を発する隊長に一人の部下が口を動かした。
「ハッ! 先程隊長が全員動くなと!」
「貴様らは揃いも揃って馬鹿なのかっ!?」
「バカとは……お言葉ですが隊長は全員動くなと。我々は貴方の指示に忠実に従ったに過ぎませんよ」
冷笑を含む部下の物言いに隊長が青筋を浮かべる。
俺達は何を見せられてるのか?
思わずシスティナに視線を向けると彼女も訳が分からないと言った様子で舌打ちした。
料理は来ないし、突然鎮圧部隊が入って来るしで彼女が苛立つのも分かる。
でも状況が危険なのは変わらない。
「貴様……いいか? 貴様らは厨房に突入し通報に有った手配犯を捕まえる! これが命令だ!」
「はぁ〜最初からそう言ってくださいよ。はい、みんな突入するよ〜」
ようやく隊長の命令で部下達が舌打ちを鳴らしながらぞろぞろと厨房に向かう。
一人だけ残された隊長は葉巻を吸い、深い吐息と共に煙を吐き出した。
「オレが悪いのか?」
隊長の問い掛けに答えるのもは誰も居ないけど、その様子がなんだか悲しそうに見えてしまった。
それにしても手配犯が居る事にも驚きだ。
「なあ手配犯はなんでわざわざ罪人都市に?」
「仲間の救出か別の目的で侵入、それとも政治絡みの連中かしら」
手配犯はどんな人物なのか。
少なくとも自身の危険を顧みず行動に移せる人ってことは分かるな。
会ったこともない人物にたいしてそんな想像をしていると、厨房から物騒な物音が散発して鳴り響く。
「銃声……アスラ、いつでも逃げられるように」
小声で耳元で囁くシスティナに俺は小さく頷いた。
だが鳴り響く銃声とは裏腹に、
『退け! 俺はお兄ちゃんだぞっ!?』
意味不明な叫び声が響き渡った。
そして壁を突き破り姿を現したその人物は、首にチョーカーが無く燃え盛るような赤髪から勇ましさを感じる男だ。
彼が走り出す直前、不意に紫色の瞳と眼が合う。
これはひょっとして運命というヤツなのか?
俺がそんなアホな事を頭に浮かべると赤髪の男性が嬉々とした表情を浮かべた。
なにやら嫌な予感がする。
そう思った時には既に俺とシスティナは赤髪の男性に抱えられていた。
「さあ我が家に帰るぞ! 兄弟達よっ!」
この男は何を言っているのか?
もしかして俺の兄なのか?
いや、兄なのかもしれない!
「ちょっ!? この不審者! 変態っ! 離しなさいよっ!」
感動に身を震わせているうちに男は暴れるシスティナにお構い無しに俺達を抱えて街中に駆け出した。