トランスボーダー〜秘封憑依華〜   作:リトルラ

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紅霧異変【再演】その1

「……んぅっ」

 

 窓から流れ込んでくる冷気に違和感を感じ取り、目を覚ます。

 午後八時。

 日が落ちても尚、外の活気は衰えることなく煌々と輝きを見せている。

 ……が、今日はその類には当てはまらなかった。

 睡眠直前の環境音はなく、ただ風の凪ぐ音だけが聞こえている。

 ……でも、まだ身体が怠い。

 倦怠感が一向に払拭されないまま、無理やり身体を起こして窓から景色を見やる。

 私の住む部屋は二十五階。

 下層ではあるものの、街を一望できるほどの高さを持っている。

 

「なに……これ……」

 

 そして、外の異常を早急に感知した。

 赤みがかった靄が辺りを覆い尽くし、光は街灯はおろか、普段は眩しく夜空を照らす摩天楼の煌めきすらも届いていないようだった。

 

「まさか、また私は夢の中──」

 

 ──ね。

 

「うっ──!?何、この耳鳴り……!」

 

 頭……正確に言うならば側頭葉の部分から何か声らしきものが聞こえ出した。

 頭が割れるように痛い。自身の思考が砂嵐の中へと飲み込まれ、次第に何かが浮かび上がってくる。

 

「博……麗…夢……?」

 

 博麗。聞き覚えのある単語だ。

 たしか以前、蓮子と一緒に訪れた神社である。

 たしかあの日行った際には何もないこぢんまりと寂れた神社だったはずだ。

 

「また……なのね。懲りない連中……なんだか……ら」

「──なに、これ……。わたしは、私はこんな記憶なんて知らない!知らない……のに──」

 

 ダメ──!

 私の中に私とは異なる記憶が溢れて出してくる。

意識を保って。お願い。

 

 私はマエリベリー・ハーン。

 私はマエリベリー・ハーン。

 私は、マエリベリー・ハーン……。

 

 私は……博麗……霊夢────。

 

 瞬間、ベッドが突如割れ、私はその隙間へと自由落下し始める。

 地面に激突する──そんな恐怖感情は今さほど重要ではない。

 陽の届かない深海のようなその暗闇の隙間を抜けた先には、澄んだ夜空と紅く染まった日本の首都、京都が見えていた。

 

 ……もう、分かってる。

 原因と対処、そして、私。

 自由落下は止まり、次第に制御が利き始める。

 

「すごい!私、私飛んでる!」

 

 重力に縛られない、自由の翼。この感覚は普段生活してる上では得ることのない快感だと言えるだろう。

 

「いや……飛べるのは当たり前じゃない。今更何をおかしなことを言ってるのかしら」

 

 時速およそ三〇〇キロメートル。とっくに京都の面影は消え去り、新幹線と殆ど変わらないスピードで近畿地方上空を飛行し続ける。

 

「……何、あの建物。あんな大きなお屋敷、琵琶湖にはなかったわよね」

 

 霧が濃く、シルエットが辛うじて見える程度ではあるものの、琵琶湖の北側に歪な建造物がさも昔からここにあるかのように鎮座していた。

 

「あー……ほんっとあの吸血鬼は性懲りも無く」

 

 私は大きなため息をつき、霧に揺らめく建造物──紅魔館を見やる。

 

「そういえばあの時貰ったクッキー、美味しかったな──って、あれ?」

 

 そんな曖昧な押し問答を続けているうちに、霧が一層濃い琵琶湖の上空を飛行していた。

 だが、そんな紅い霧とはまた違う、白日の靄が辺りを覆い尽くしていた。心なしか、肌寒い。

 

「……そう。居るのはてっきりあいつらだと思ってるけど、アンタもいたのね。"氷の妖精"!」

 

 私の言葉に反応したのか、靄の中から幼い少女を模った人影が現れ、被っていた靄が取り払われる。

 

「────────」

 

 氷の妖精と揶揄されたそれは、何かを発してはいたものの私には届くことはなかった。

 それもそうだろう。相手の姿はのっぺらぼうなのだから。

 衣服は青と白を基調としたワンピースに大きなリボンの頭飾りが施され、背には六つの氷柱が羽のように浮いている。だが、肉体と呼べる部分には、凡そ肌色の成分はなく、影のような闇物質で構成されていた。

 

 私は大幣を取り出し、臨戦体制を整える。いつ相手が行動しても対処する為だ。

 この異変は未だ謎に包まれている。下手に手を出して取り込まれでもしたら目も当てられない。そう言った勘はよく当たるのが私なのだ。

 

 と、向こうが攻撃を仕掛けてきた。

 白い靄から無数の氷の礫を精製し、此方へと弾丸のように放ち始めた。

 

≪アイシクルマシンガン≫

 

 背筋を凍らせるほどの風切り音を鳴らしながら、弾幕が此方へと迫ってくる。

 私は札を四枚取り出し、空中へと固着させる。四方に貼られた札は、一種の拒絶を表す。

 即ち、結界である。

 氷の礫はその壁に阻まれ、キラキラと細く雪になった。

 衣服を纏う靄は一切動じない。

 

「……肌寒いじゃ済まなくなってきたわね」

 

 私は今、紅白を基調としたワンピースと袴が複合したような、和洋折衷の装束を身に纏っている。

 上の着物はそれなりに生地が分厚いのだが、機動性を鑑みて脇や腰の部分は布地が切り取られているのだ。

 

「────────!!」

 

 そんな私の感覚はつゆ知らず、少女の影は勢いを緩めることない。少女は四方八方に氷の礫を形成し、此方を閉じ込める。

 

≪アイシクルフォール≫

 

 自然の凶器が幾層の壁となって押し寄せてくる。

 だが、これはあくまで"再演"だ。本家の氷の妖精……チルノと比べると、回避の余地がある。隙間を越え、此方も攻撃を仕掛ける。

 

 それは追尾性のある札弾(ホーミングアミュレット)。威力はまちまちながらも、必ず当たる私の十八番である。

 その弾は氷の壁をすり抜けるように動き、主である氷の妖精に着弾。ノックバックに成功し、敵の弾が統制が取れなくなったように、無遠慮な軌道へと変貌する。

 そうなってしまえば、後は私の領域だ。

 統制の解れを見出し、妖精の懐へと迫る。

 

 ≪八方龍殺陣≫

 

 札を八枚、空中に固着させ、二つの結界陣を敷かせる。

 来れ。来れ。来れ。

 龍をも屠し一条の結界が厚い霧を越えて招来する。外敵から護る為のものではなく、無力化を促す神罰の光が妖精を包み込む。

 

「────────ッ!?!!!」

 

 氷の妖精はなす術なくこの光柱を享受し、光の中へと溶けていった。

 

「ふう。これだけ冷え込むと冷房病になりそうね」

 

 冷えた身体を手のひらで擦りつつ、冷気の霧で満ちた琵琶湖を横断する。

 すると、みるみる色彩が赤みを帯びていき、その姿を表した。

 

「門番は……いないようね。さっさと行ってしまいましょう」

 

 紅魔館。赤を基調とした、吸血鬼の主人が住む、実に目に優しくない屋敷である。

 そして、歓迎された温かい所でもある。

 

「……器の介入が多い。やっぱり強制的なスレイブは負担が大きいか」

 

 私の口から、私ではない言葉が聞こえて来る。身体を動かすのは億劫で、まるで救いようがなかった。

 

「ゴメン。コレが片付いたらちゃんと説明するから、しっかり意識を保っていなさい。振り落とされないようにね?」

 

 

 

 そう言いつつ、私は扉の門を開ける。木製で出来たそれは、歪な音を石造りの屋敷内に反響させながらも問答無用で開いていく。

 その時、ふと私は鶯張りの廊下を思い出す。敵襲を告げる、不快な音という点で言うなら役割は同じであるだろう。

 

 一階エントランス。相も変わらず"紅"に包まれた空間は血生臭くも、どこか芳しい雰囲気が漂っていた。

 

「きたか」

 

 エントラスに敷かれたレッドカーペット。その中央には、頭部と背に羽根を模した人影がこちらを捕捉していた。その手には、厚い洋書を携えている。

「使い魔はお呼びじゃない。あなたの主人は何処か、案内しなさい」

 そんな彼女の言葉を否定するかのように、影の使い魔は携えた洋書のページを捲り出す。

 

≪アベレージ・エレメントブックス≫

 

 たちまち洋書は宙に浮き、ページを捲りながら弾を発射させて来る。

 

赤の炎弾

青の水弾

黄の光弾

紫の黒弾

 

 色鮮やかな弾幕がエントランスを埋め尽くす。

 それを援護するかのように、使い魔も繰り出していた。私のおよそ四倍はあるであろう大粒の弾が幾重にも重なって私を倒そうと迫り来る。

 そんな密度の弾幕を目にし、私は思わず辟易する。

 

「この程度の物量で私を倒そうなんて、甘いにも程がある」

 

 私の踏んでる位置の床が割れ、そのスキマへと入っていく。

 足場を失った身体は自由落下を始め、次の足場は使い魔の頭上であった。

 

≪夢想封印≫

 

 相手がこちらを視認する暇もなく、六つの極大光弾が対象である使い魔へと無遠慮に突き刺さる。私の視界からはすでに、使い魔の存在は外れていた。

 

「封印完了。結局めぼしい情報は手に入れられなかったか」

 

 使い魔を倒し、私は首謀者の待つ時計台に向かって進行していく。

 

「相変わらずここは広さの割には活気がないわねぇ。私のところなんかよりここの方が宴会に向いてるっていうのに」

 

 エントランスを抜けドアを開けると、そこは渡り廊下であった。図書館がないという事は魔法使いとエンカウントする事はないだろう。

 

「……空気が違う。近くにいるわね」

 

 微細な空気の流れを感知し、臨戦体制をとる。

 視覚では未だ知覚出来ていない。しかし、"従者"が私の存在を察知した事は分かっている。

 神社の境内よりも広く奥行きのある廊下は妖精一匹すらうろついていない。

 

「ご丁寧に香水なんてつけちゃって、匂いでバレバレよ。さっさと目の前に現れてくれないかしら?聞こえてるでしょ、咲夜──!」

 

 言い切ると同時だった。前方から私の肉を穿とうとする鉄片が放たれたのは。

 凪いでいる空気を切り裂く凶刄が私の喉元をすり抜け、エントランスに繋がる大扉へと突き刺さった。

 

「────」

 

 突如、花の香りが鼻腔をくすぐる。これは……金木犀だろうか。私はその匂いの先へと視線を移す。

 

「はぁ……。まぁそうよね。首謀者がアイツだから、その側近も再生されるのは当然か」

 

 私は深く息を吐く。気だるく重い空気を排出し、身を軽くする。

 

 十六夜咲夜。投げナイフを駆使した戦闘を行う技巧派のメイドである。だが、問題は時を止める力を持っている点だろう。咲夜は静止した世界を知覚、行動に起こすことのできる唯一の存在なのだ。

 

「時を止める?ありえない。たとえ出来たとしても、空気中の分子も移動を停止する。身体どころか視線も動かす事はできないはずなのだけど」

 

 仮に空気中の分子が彼女に触れているなら移動できていたと仮定しても、超速移動の影響で彼女の移動した道筋は真空となり、衝撃波が発生する恐れがある。決して香水の残り香の道筋が残るだけでは済まされないはずなのだ。

 だけど──、

 

「面白いじゃない。中々興味深い現象だわ」

 

 相手に(ひるがえ)る事なく、私は袖からお札を数枚取り寄せる。隙は見せないよう、相手に向けて追尾弾を射出させた。

 相手の投げナイフはいたく単調なものである。どれだけ技巧を凝らしただとか、跳弾を加味しても、結局は直線での攻撃だ。それであれば、"わたし"が弾道の入反射角を計算すれば、後は"私"が回避してくれる。

 

「奇しくも、こうしてアンタとやり合うのは久し振りね」

 

 大幣(おおぬさ)を携え、私は咲夜に向かって走り出す。幾度となく刃が目の前に迫る度に紙一重と避け、姿勢を崩す事なく向かっていくことに躊躇は一切無かった。

 そして自身の速度が最高速に達した瞬間、重力という束縛から自身の身体を解き放つ。

 

 更に加速。

 

 咲夜は時間の制止により瞬き一つで間合いを取ることが出来る。

 

 更に加速。

 

 そして、この渡り廊下に終わりはない。時間の歪みによって、限界まで距離が引き延ばされている為である。

 

 更に加速。

 

 ここまで来ると空気抵抗による限界点が近くなってくる。額の皮が剥がれてきてるのがいい証拠だ。しかし、相手は未だ一定の距離を保ちつつ、こちらに攻撃を加えている。

 

「───」

 

≪殺人ドール≫

 

 咲夜のスペルカードが眼前へと迫る。広い廊下を埋め尽くすほど大量のナイフが私の元へと迫る。

 影は勝ち誇ったように、口元が吊り上がっていた。

 

≪夢想封印≫

 

 回避不能と判断し、私は前方に向けて調伏の光弾を放つ。…‥だが、これは回避のためにはなったわけではない。

 

「それでも私は、上昇志向を維持し続ける!」

 

≪パスウェイジョン・ニードル≫

 

 夢想封印によって降り注ぐナイフの雨に開けた風穴を通り、私は封魔の針弾(パスウェイジョン・ニードル)を放つ。

 

「待っていたわ。その油断を──!」

 

 光の速さは秒速およそ三十万キロメートル。距離にして地球七周半を一秒のうちに回る。

 だが、それは質量が全くない場合に限られる話なのだ。

 

 却って"夢想封印"は、質量のある光弾である。光に質量があるということに好奇心が膨らんでいくのだけど、それは一旦蓋をするとして……質量がある以上は空気抵抗が発生してしまう為、最高速から時間が経つ程に減速してしまう。

 実際、先ほど放った三発は私にも見える速度で咲夜の元へ向かっている。咲夜の影一体に対して、極大の光弾が当たることはないだろう。

 

 だからこそ、この封魔が宿る針弾で"夢想封印"の一部をこそぎ取る。

 対魔と封魔帯びる針光弾は質量を限りなく少なくさせ、空気抵抗も殆ど影響がない。そうする事で亜光速での投擲を実現させたのだ。

 

「アンタの敗因は一つ。自分で視認できる範囲を狭めたことよ。覚悟なさい!」

 

 無数の針が光を帯びて、咲夜の元へと進撃する。やがて体は無数の風穴を作り出し、光の泡となって彼女は消えた。

 

「ふう。廊下も元に戻ったわね。待ってなさいよ。吸血鬼」

 

 軽く息を吐き、歪んで拡張された空間が元の形へと戻っていく。ようやく現れた終着点。次へと繋がる渡り廊下を出る為の扉が現れた。

 

 

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