トランスボーダー〜秘封憑依華〜   作:リトルラ

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紅霧異変【再演】その2

鍵のかかった扉を足で思いきりこじ開ける。時計塔の頂上へと続く螺旋階段を昇り、目的地へと向かって行く。ガチガチと動き続ける歯車は心拍と同調していた。

 壁や床は所々赤いシミが出来ており、より雰囲気を際立たせている。

 

「何──これ。こんなの、洒落になってないじゃない」

 

 私は思わず身体が強張ってしまう。想像し得る最悪な事が実際に起こってしまったら、という怒りか。

 

 ──否、これは恐怖の感情だ。

 これまで彼女の好奇心に突き動かされ、いろんな場所を巡った。

 日本各地はもちろんのこと、冥界の入り口。月面。衛星探索……。日常生活だけでは物足りない、一つのスリルがそこにはあった。

 

 勿論、命の危険に曝される事だってあった。衛星鳥船で得体の知れない生物に襲われて原因不明の病に侵された事が、今ではもう懐かしい記憶の一つである。

 だが、これまでの冒険において、事前に命の危険にありそうな秘密は避けていた。蓮子は時々採算度外視な行動を起こす。故に、私が彼女を止めるブレーキなのだ。

 好奇心は猫を殺す。私達はすべてを知るのではなく、知ったつもりで満足するべきなのだ。

 

 これから行われるのは、この紅い霧を起こした張本人と戦う、謂わば殺し合いだ。

 文字通り、私はこれから命を掛けなければならない。それ以外の賭け品(ベット)は許されない。

 

 そんな事実から逃避するように、心の内海で縮こまる私がいる。

 蓮子がこの状況に置かれたらどう思うのだろう。好奇心の擬人化のような彼女のことだ。嬉々として戦いに行くのかも知れない。

 刻々と最上階へと近づいてくる。だけど私は視線を上に向けることはできない。

 

「安心しなさい。私が貴女を守ってあげるから」

 

 口が開く。だが、私はそんな命令を体には出していない。

 

「私は博麗神社の巫女よ。漏れた異変を治めるのも調停者としての務め。一度収めた異変だもの。貴女は、何も恐れる必要はないわ」

 

 締め付けられる心を抑えるように、右手で自分を鼓舞する為に自身の胸ぐらを握り込む。

 

 

 そんな問答の最中、最上階へと辿り着く。

 部屋は吹き抜け構造になっており、紅月の光が満遍なく降り注いでいた。

 色の三原色である赤。興奮色の一つであり、精神に異常をきたしやすい色でもある。

 そんな意識が暴れそうになる部屋の奥に人影が見えた。

 赤く、塗れた幼き貴婦人が気を失っている黒髪の女性を抱えて、不相応な玉座に鎮座している。

 

「……来たか」

「本当は来たくなんてなかったわ。あんたの好奇心に付き合うのはもう御免よ。吸血鬼」

「ふ、私のことは名前で呼んでくれないのね。咲夜にはちゃんと返していたでしょう?」

「地を穢す者に呼ぶ名前はない。私は人間。アンタは人ならざる者。それだけで理由になる」

「理不尽ね。向こうの私にもこんなに辛く当たっていると思うと怖気が走るわ」

 

 できる限り刺激させずに事を構える。相手は人質を構えている。下手にこちらから手を出せばあの女性は助からない事を直感で理解しているのだ。

 

「……ああ、視線が泳いでいると思ったらそういう事。安心して、別に人質じゃないから」

 

──私の食糧だから。

 

「待っ──!」

 

 玉座の少女は、眠る彼女の首筋に牙を突き立てる。

 

「あっ……あああ──あああああaaaaaaaaaaahhhhh!!!!」

 

 異常を察知した人質の女性は勢いよく瞼を開け、吸血から逃れようと反射的に踠く。

 人体の可動域を超えるほどの反発を見せるその姿はまさに逃げ惑う草食動物を喰らう肉食動物のそれであった。

 

「吸血鬼の、姫」

 

 ふと、そんな言葉が脳裏によぎる。

 迷った先に現れたレンガ造りの大きなお屋敷。

 そこで、クッキーを銀髪のメイドさんから頂いた。とても柔和な笑顔で、私はすぐに氷解したのを覚えている。

 その近くでティーカップのハンドルを摘みつつ、こちらを見ていた瑠璃色の髪をした少女。メイドさんが仕える御主人と言ってはいたが、見た目相応の、喜怒哀楽がはっきりとした態度からは皆目想像がつかなかった。

 

 でも、ようやくわかった。気の狂いそうになる赤光のせいで色相の判別がつかなかったが、人間という食糧を喰らうあの吸血姫こそが、あの時に出会った少女の本流なのだと。

 

「"向こうの私"ねぇ。やっぱりアンタは」

 

 首筋に突き刺さる牙が抜き取られ、人ならざる者は口を開く。人質の女性は、色味と声を失い、次第に呼吸も浅くなった後に息を引き取った。

 

「ええ。私は紅霧異変の"再演者"。ルールも何もない無法で生き残った、偽物の吸血鬼。レミリア・スカーレット」

 

 右腕で口元を拭う仕草をする。しかしながらその実、彼女は血を一滴も溢す事なく飲みきっていた。

 私は、改めて危機感を覚え出す。レミリアと名乗る"影"は咲夜や使い魔と違い、肌の色味や輝く瞳が視認できる唯一の存在だったからだ。

 

「一体、この数時間でどれだけの血を啜ったんだ」

「さぁ?貴女は今日食べた食べ物の名前を覚えているのかしら?」

「おかゆ」

「あら、意外に少食なのね」

「私は低燃費なの。あっちの吸血鬼も同じくらいよ」

 

 今日は月が病的なまでに美しい。こんな赤い光じゃなければ尚のことだろう。

 私は大幣を手に取る。それを察してか、吸血鬼も背から翼を広げ出した。

 

「嗚呼、今日も永く、楽しい夜になりそうだわ」

 

 吸血鬼は翼をはためかせ、瞬きの内に上空へと舞い上がる。

 

「はぁ……。もう永い夜も、アンタに付き合うのも、もう懲り懲りよ」

 

 それに呼応するように、私も吸血鬼を追いかける。

 

「リズムに合わせなさい!貴女に向けた鎮魂歌(レクイエム)を聴かせてあげるから!

 

≪スピア・ザ・グングニル≫

<ステップ・ド・スレイプニル>

 

 突如として、吸血鬼の右手に瘴気渦巻く槍と、麓に雷を帯びた馬が顕れる。

「グングニルとスレイプニル!?北欧神話の神槍と神馬じゃないの」

「へぇ。外の住人でもないのによく知っているわね。もしかして、貴女は器を乗っ取っているの?」

「……」

 

≪夢想封印≫

 

 三つの追尾光弾(ホーミング・アミュレット)が吸血鬼に向かって放たれる。質量を多分に含んでいるとはいえ、元の材料は光だ。咲夜戦ではなす術がなかった代物だが、今回は超スピードでちぎれる程の速力を持った者はこの場にいない──と、踏んでいた。

 

「駆けなさい。スレイプニル」

 

 紅の電子を帯びた魔馬(まば)は、吸血鬼を乗せて軌跡を描くように紅い夜空へと駆け出す。その疾駆していく軌跡は直線状で角ばっており、正しく雷(いかづち)を連想される動きを見せていた。

 

「くっ、光弾がちぎられるか!」

「フフ、道は示されたわ。さぁ、進みなさい!」

 

 瞬間、数百メートル離れた先からコンマ秒で私の眼前まで迫っていた。

 世界が広がり、スローモーションで動く空間の中、魔馬とその主人だけが逸脱した速度の下視界を捉えられ、槍の穂先が私の体を確実に捉えていた。

 チチチチ……と電撃が(ほとばし)る不快な音と鈍い音が重なって聞こえていた。

 

「カ──ハッッ!」

 

 そのタイミングで、私はくの字に折れ曲がり、壁へ激しく叩きつけられる。レンガが崩れ、辺りに降り注ぎ出したが、不思議と痛みは感じなかった。

 ただ、ひたすらに息苦しい。

 肺の中、血管内に運ばれていく酸素ですら無くなったのではないかと思うほどの空気が口から一気に吐き出される感覚に陥った。

 冷静になれ。深呼吸よりも深く、息を吸い込め。

 指令を送るため、思考を巡らすため、空気を再び身体へと循環させていく。

 

「ぐッ……!」

 

 ──そのタイミングで、後を追うように腹部に強烈な痛みが走る。

 

「何本か……イッたわね。でも、貫かれなかっただけ幸運か……!」

 

 刺突された胸骨部分を優しく撫ぜる。

 瞬間、棘付きの鉄球が内部に入ってしまったのではないかと、錯覚するほどの痛みが無遠慮に脳へと伝達される。

 

「落ち着きなさいっ」

 

 痛い。痛い。痛い。

 

 既にわたしの心は恐怖に汚染されている。ひたひたと忍び寄ってくる「死」という恐怖が嫌というほど目の当たりにしてしまう。

 

「落ち着きなさいってば!さっきも言ったでしょ、貴女は死なないって。お願いだから、私のいうことを聞いて……!」

 

 わたしの身体と心は限界に近づいていた。生きたいという気持ちを抱えていても、恐怖と絶望といった感情で包み込まれていた。

 浮遊した時は感動こそしたものの、そこから先は血生臭い戦闘ばかり。

 人ならざる者とはいえ、姿形と感触があまりにも酷似していた。つまり、私はさっき人を──。

 

「なぁに?たった一度の被弾で満身創痍かしら?幻想郷に住む者なんて大したことないのね」

 

 レミリアらしい、浅葱色のボブヘアが風に靡いている。そんな髪色とは対照的に、赤昏き瞳は私を侮蔑の対象として示されていた。

 期待外れとも、幸運とも取れる曖昧な表情は人間の一つ上のステージに立つ種族であるという余裕から来るものなのだろう。

 

「なら、もうおしまい。幻想郷(あっち)の程度も知れたし、貴女達はもう用済みよ。死んで、私の養分となりなさい」

 

 再び魔馬から電気を帯び始める。

 先程とは比べ物にならない電荷。数十メートル離れているというのに、塔の辺りに電子が漂い始めたのか、私の髪が少しずつ逆立ち始めていた。

 

 性質上、落雷は何もない場所では発生しない。発生には幾つか段階を踏む必要がある。レールが無いと電車が走れないように、雷も電子というレールがなければ落ちては来れないのだ。

 見るにあの魔馬は、体内で蓄電するタイプなのだろう。魔馬の放つ電荷に引っ張られた電子が目的である私へと命中するよう、意図的に電子を漂わせているのだ。

 証拠として、五十メートル先で突っ伏している少女の死体からは髪の毛が逆立つといったようなことは起こっていない。 

 

 このままではいけないと、壁を伝いつつも必死に立ち上がる。手のひらが壁に付くと、ぱちっと軽い静電気が発生し、逆立った髪が元に戻る。

 そして右手は壁に貼り付けたまま、左手で針弾を一本取り出す。

 

「……冗談じゃないわ。わたしは死ねない。死にたくない!彼女を残して、先に逝けるわけないじゃない!!」

 

 針弾を真上に向かって投げつける。

 そのコンマ数秒後、針弾に向かって落雷が降ってくる。魔馬も歪な航行をしつつも、私ではなく落雷によって電荷の帯びた針弾に向かって進行を変更させた。

 

「なっ!スレイプニルの突進が外れた!?」

 

 吸血鬼の姫ですらも驚愕する状況に、つい高揚感が昂ってしまう。

 

「ちょっとした科学よ。現象に勝る異常はこの世にはないわ」

 

 魔馬の腹部が私の頭上を通る。私は、それを見逃さない。

 

 ≪陰陽飛鳥井≫

 

 鞠玉程度の大きさの陰陽玉を魔馬に向けて蹴り付ける。そして、蹴り上げられた陰陽玉と魔馬が接触した瞬間に膨張。

 吸血鬼と魔馬を包み込み、数秒後に大きな爆発を起こした。

 その衝撃は凄まじく、時計塔の頂上は跡形もなく吹き飛んだ。レンガの崩れる音や砂、金属の音が大音量で響き渡る。

 身体は……自由落下している。私は瓦礫の下敷きにならないように飛行を再開する。

 

「……見つけたわ」

 

 視界の上空、砂煙が重力を無視して空に向かって伸びていた。そこへ向かって、私は全速力で向かう。

 

「くっ、油断した。まぁいいわ。あの爆発じゃ助かる余地も──」

 

 地上から約一五〇メートルの空中、ポップロリータなドレスは埃に塗れ、ところどころが破けていた。

 吸血鬼が勝利を確信したその時、

 

「まだよ。あなたが倒れるまで、やられるわけないじゃない!」

 

 吸血鬼が通った砂塵のトンネルを辿るように、私は両手を前に出して突進する。

 

「……無駄よ。私がそう確信した以上、貴女はその通りになるのだから」

 

 ガチン。

 

 破壊により止まっていた歯車が再び動き出す。だけどこれは──!

 

「噛み合わせが違う!なのに、なのになんで!」

 

 あとすんでのところで、私は急停止をしてしまう。相手から操られたという認識はない。だが、身体は愚か、前に出した両手すらも動かなくなってしまったのだ。

 

「私のチカラ、知っているはずではなくって?博麗の巫女よ」

 

 レミリア・スカーレット。

 五百年を生きる吸血鬼であり、大きな館や部下を引き連れて幻想郷へと訪れた新参者の一人である。

 見た目が幼いながらも、大人のように頭の切れる天才肌に分類される少女。中でも特筆すべき項目はやはり「運命」を操る能力を持つ、といったところだろうか。

 

 余りにも荒唐無稽で、五感で知覚する事ができない概念じみているこの能力は、一種の未来予知とも言える。

 生体のみならず、妖怪のピラミッドの頂点に立つ種族でありながらも、最上級の能力を保有している彼女は正しく夜の王に相応しい。

 

でも、それは────。

 

『それが、本物であるなら』

 

 ぬるり、とわたしの両手が動く。数センチ届かなかった距離が一気に縮まり、吸血鬼の首に優しく触れる。百合の花を摘むように、腕を交差させた。

 

 

「な──なんで……私のチカラが」

「バカね。アンタはいつまで経っても気づかない奴じゃないでしょうに」

 私は彼女の両頬をむにむにと弄ぶ。肌のハリは年若い童女のそれである。

「アンタは"偽物"。それ以上はなれないし、それ以下に成り下がることもないのよ」

 

 彼女はレミリア・スカーレットの模倣に過ぎない。本物は定められた方向へと進む一方、偽物は独自の路線を歩む必要がある。

 なら、本来レミリアが持つ「運命」操作は弱化されるのも通りなのだ。

 だって、彼女は完全なレミリア・スカーレットではないのだから。

 

 

 レミリア・スカーレットは人から血を直接飲むことができない。

 

 レミリア・スカーレットは血を綺麗に飲み干す事が出来ない。

 

 レミリア・スカーレットは、常に見栄を張っていなければならない。

 

 

「でも、それだけじゃ話にならない!幾ら私が偽物で出力が弱くなっているとしても、目に見えない概念を手出しすることは限られてくるはず」

 

 次第に赤みがかった靄は消え、月も街並みも正常な色味に戻りつつある。きっと、この大きな屋敷も一夜の夢となるのだろう。

 レミリアの髪色と同じ、浅葱色になりつつある空を横目で見つつ、再び視線をレミリアに戻す。

 

「万物はもちろん、物事には必ず(へだ)たりがあるの。特に"起承転結"や"序破急"みたいな目に見えてなくても知覚ができる概念なんかがよく分かると思うわ」

 

 私は、そういった『境界』を明確化させ、飛び越える事ができる。

「──なんて事。『運命』という壁を知覚して、現実とのトンネルを繋げたというの」

「ええ。実際にわたしは本物の貴女を見た事があるわ」

 

一瞬、レミリアは目を大きく見開く。赤くて、縦に細長い、猫のような縦長の瞳孔は何処かもの寂しそうにしていた。

 

「……そう。本物の私は、どんな私なの?」

「私はどうか分からないけれど、わたしは良くしてもらえたわ。幻想郷に迷った時は親身になってくれたし、あの時に嗜んだ紅茶とクッキーの味は今でも覚えているわよ」

「…….そっか。どおりで私が、私になれない……わけね」

 

 突如、レミリアの辺りから光の粒子が舞い上がる。これまでの影が消えた事と同じ現象だ。だが、レミリアは満足げな笑みを浮かべていた。

 

「……最後に教えてあげる。この後も街には異変がやってくる。それに備えなさい。きたる秋に暖化を吸い取られないように。そして、(ようや)く訪れる暖化に惑わされないように。カオスに誘われても断る事が出来るように」

 

 わたしは何も話さない。今は自由に話させてやる事が、せめての弔いだと思ったからだ。

 

「最後に、街の脅威を二人で護りなさい。貴女たち二人なら、必ず次に来る異変を越えられるって、信じてるわ──」

 

 胴体が完全に光の泡と化し、その光は頭部に及び始める。そして、少し唇を震わせた後に、レミリアは泡沫となって消えていった。

 あんなに大きかったお屋敷も忽然と消え、遺恨はあれど紅霧異変の再演は解決したのだ。

 

 

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