「──"おかるとぼーる"の回収?」
『そう。私は、コレを探すために幻想郷の外から派遣されたの』
朝食の傍ら、霊夢の右手にはアメジスト色に輝く玉を私に見せる。
「わぁ、綺麗ね。一体どんな技術で発光しているのかしら」
『あまり見ちゃダメよ。日光が出ていても、オカルトボールから滲み出る光には狂気が孕んでいるから』
「ふーん。でも今の時代、人を狂わすものなんてごまんとあるわよ」
ゲームやテレビ、動画といった娯楽。環境による人格の形成。過重労働による自傷や自殺。
科学世紀という強すぎる光に当てられた漆黒にも似た黒い影は、少しずつ私の日常生活を汚染させていた。
『貴女の記憶を読み取っているから理解しているわ。ずいぶん世知辛い世界なこと。人情もかけらも無いわね』
「聞き捨てならないことを聞いたけど、一旦後に回すとして……"人情"というものはカーストが同じ、もしくは一段階ほど下に位置する人に対して生まれる感情だと、わたしは思う。特に、戦後や高度経済成長期の日本は顕著ね。あの時代はきっと、皆んなを平等の水準に調整することで、遺恨なく手を取り合わないと生きていけない時代だったから」
反対に、今の時代はわざわざ手を取る必要もなく、一人であっても行政が粛々と補助してくれる。
即ち、あらゆる物がマニュアルからオートマチックになったお陰で無駄な協力を省くとができる、便利な時代になったと思うものの、同時に一生涯の友人やパートナーを見つけていかないと、残りの人生は誰にも頼る事なく孤独で過ごすことになってしまう。
無駄を省くというのは、きっとそういう意味も含まれているのだろう。
『そ。ま、私には存外関係のない話ね。この異変が終わったらさっさと退散するのが吉だわ』
「貴女は貴女で薄情ね。で、その異変というモノのは一体なんなのかしら?」
霊夢は何かを飲み込んで、潔く私の話題に乗り掛かる。
『単語そのままの意味よ。日常とは大きく異なる非日常。一般の人にも知覚できるほどの異常事態を、私たちは総じて"異変"と呼んでいるわ』
昨日起きた異変である、紅霧異変。
春の季節にもかかわらず雪と寒波が絶え間なく続く春雪異変。
一向に太陽が登らず、夜が続く永夜異変。
エトセトラエトセトラ。
『……と、実際に過去、幻想郷で起こった異変をこのオカルトボールがこの世界で“再生"されているっていうのが、今回起こった異変なの』
霊夢は淡々と私に対して説明していく。口調や面持ちからして、嘘ではない様に思う。でも、何処か心がざらざらする。私は霊夢が話してから一拍ほど間を開け、口を開く。
「じゃあ、この世界に住んでいる私達は完全にとばっちりを受けたということになるの?」
『ええ。それに今回だけじゃない。今後しばらくは街を中心に異変が起こる可能性があるわ』
「そんな……!」
残酷な宣告。コレは夢や妄想の世界ではない。神をも否定してきた世界の末路が無惨にも現実に変わろうとしていた。
『だから貴女の力が必要なのよ、マエリベリー。私の目に狂いはなかった。貴女には力があるの。』
──わたしの心は、すでに擦り切れていると思っていた。
『コレから攻めてくるであろう敵にも十分に戦えるほどの潜在能力を持っていることを誇りにするべきなのよ』
──私の思想は風化して、この世を儚むどころか、厭う事ばかりを考えていた。
「でも……わたしは」
わたしは────。
『それだけじゃないわ。ここで何もしないのなら、大勢の被害が出る。貴女の友人だって、無事でいられないかもしれない』
「え──」
ふと頭の中に浮かぶ少女。いつでも腕を引っ張ってくれる、どこにでも居て、どこか浮世離れしている彼女。
何にも考えず、ただひたすらに自分のやりたい事だけを突き詰める彼女に奔走されながらも、何処か満足げなわたしがいた。
『生者は不平等に死を迎える。なら、私達で彼らに降りかかる理不尽を払い除けるのがせめてもの義務だと私は思う。貴女だけが頼りなの。マエリベリー、力を貸してもらえないかしら』
理由は未だ分からない。
だからわたしは、きっとズルい女なのだと思う。
これから口にすることは、
わたしは両手で自分の頬をバチン、と強く叩き、霊夢の目線に合わせる。
「分かった。私、貴女と一緒に戦うわ。私の日常を取り戻すために!」
『……素直じゃないんだから』
霊夢は微かに笑みを浮かべ、わたしの握りしめた拳に軽く触れる。
『そんなに気負わなくていいわ。それは私の役目。マエリベリーが背負うのは一人だけにしておきなさい』
「もしかして、わたしのこと騙した?」
『いいえ?貴女にはこれから沢山お世話になるから、少しだけ気合を入れてあげただけよ』
「ふーん。ねぇ、この事は他言無用にしておいた方がいいの?」
『そうねぇ。第一誰も信じてくれなさそうではあるけれど──ああ、そういう事ね。いいんじゃない、一人くらいなら話したって。貴女はちゃんと、無駄を楽しめる人だからね』
『ところで、学校へ行かなくていいの?もう電車の到着時間、過ぎてるみたいだけど』
結局、私は霊夢の力を得て事なきを得た。
◯● ◯● ◯●
「ふおおおお……!!」
「蓮子……やめてよ……近い」
「改めて見ると、メリーって本当にプロポーションが良いわね……あ、ここ柔らかい」
「ちょっと!?勝手に
「いいじゃないの。減るものじゃなし。いやあ、ここまで来るとオカルトの存在を安易に否定できなくなってくるわね」
授業が終わった午前十一時過ぎ。ホテルに誘った私は、蓮子に陵辱の限りを尽くされていた。もちろんホテルはホテルでもビジネスホテルだけれど。
部屋に入ってしばらくした後、私が今回の出来事を簡潔に説明し、証拠として私の現状を見てもらいたかったからだ。
昨日の紅霧異変が起こる直前に、一度私の黒髪姿を見せたことはあったが、私が早々に帰宅してしまった為、蓮子が何も知らないのは酷だと考えたのだ。
私は今トレードマークの金髪から黒髪ロング、即ち霊夢の姿になっている。だが意識は入れ替わっておらず、マエリベリー・ハーンの人格を保ち続けていた。
『まぁ、想像以上にお転婆なこと。マエリベリーの顔もさくらんぼ(ベリー)色になっちゃってまーあ』
「霊夢もっ見てないで、早く私の中にっ入ってきてよっ!」
キングサイズのベッドの上で揉み揉みと揉みくちゃにされ、次第に体力が失なっていく。
『助けて欲しいなら"合言葉"。忘れたわけじゃないでしょ?』
現在蓮子は好奇の眼差しで私をベッドに押し倒している。散々語弊のある言い回しをしてしまっているが、決していやらしいことをされているわけではないという事だけは周知していただきたい。
「からだ……身体もちゃんと変わってるのか見てもいい?」
こんな誤解を生む言葉であっても、蓮子の表情はいたく平静を保っている。誠に信じられない。
大体、女性同士であってもお互いの裸をまじまじと見る機会なんて滅多に無い。精々温泉に入るときくらいだと思う。異性愛者だと自覚していても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
そんな事を考えているうちに、彼女は慣れた手つきでわたしが着ているカーディガンを脱がしてくる。
ぎしりと軋むベッドの音が、等間隔に響く拍動と合わせてやけに鋭敏に聞こえてしまう。
カーテンは閉め切っており、豆電球のみが照らされているお陰で、否が応でもムーディな雰囲気が漂ってしまうのも非常に良くない。
首すじ、肩、鎖骨と、次第に布面積が露わになっていく姿を見て、ぬるま湯になっていた頭が次第に沸点へと近づいていく。
「やっぱり、メリーより小柄に感じるわね。本来の体よりも華奢になっている……?すん……独特なお香の香りね。線香のような鼻に残るけど、不快じゃない匂い」
震える身体と羞恥に塗れた表情をしている筈のわたしを意に解することなく、蓮子はわたしの服の裏地に手をかけ──。
「
……られる直前、私は陰陽玉を手に取りそう叫ぶ。幽霊のように浮かんでいた霊夢の姿は既になく、次第に神経感覚も鈍重になっていく。
感覚的には、全自動で動く鉄の甲冑を無理やり着せられたような圧迫のある感覚だろうか。
「そこまでよ、レンコ。流石にやりすぎだわ」
「あら、ひょっとして貴女がメリーがずっと叫んで助けを求めていたレイムさん?(フニフニ)」
「初めまして、宇佐美蓮子。私は博麗霊夢。貴女のご友人を少し間借りさせてもらってるわ」
「これはご丁寧に。ではちょっと失礼(フニフニ)」
「やめなさいと言ってるのに聞かないの、まさしくメリーの記憶通りといったところかしら。ほら、離しなさいったら」
私の上半身を余すことなく触ろうとしてくる蓮子を退け、私は向かいの椅子に
「あーあ、もう少し確かめたかったのに。肋の筋とか腿の太さとか気になって仕方がないわ」
『貴女人体にはそこまで詳しくないでしょ。適当な理由付けをして触れようとするなんて中々とんでもない子だわ』
「……凄い。そんなこともわかるのね」
「この身体はマエリベリーのものであることに変わりはないのよ。わたしが引き出した記憶は彼女の記憶なんだから」
「ふんふん。記憶を
「いえ、どうやらマエリベリーはわたしの記憶を持っていないみたいなのよね」
「持っていない"みたい"?」
蓮子が首を傾げる。頭をフル回転させているのか、彼女の頬に赤味が差していく。
私は卓上にきっちりと置かれたリモコンを手に取り、冷房のボタンを押そうとする。……が、そろそろチェックアウトの時間だと思い出し、再び卓上にリモコンを置いた。
「続きは別の場所にしましょうか。オススメの茶店を所望するわ」
蓮子は呆気に取られた表情をした後、すぐにフニャッと呆れた表情を浮かべた。
ビジネスホテルからチェックアウトを済ませ、二人は亀裂一つない秩序的に舗装された道を歩いていく。
夏と秋の変わり目。人々は残暑にかまけている暇もなく、循環を繰り返す。まぁ、今日は湿気が少ないのも相まって比較的過ごしやすい方ではあるのだけれど。
「全く。休憩した後にまた休憩なんて、贅沢の極みね」
「でも、それが学生の醍醐味なんでしょう?」
「お、霊夢さんは分かってるわね。蓮子はメリハリがしっかりしすぎてて時々風邪を引きそうになるから」
「彼女の言葉を借りるなら、努力は自信が不足している部分があるという自認から起因する行為なのよね」
「……メリーったら本当にマイナス思考ったらないわね。他にも興味のあるカテゴリに深く掘り続けるっていう飽くなき探究心からも生まれるわね」
まあ、この議題に関しては答えはないんだけどね。と、蓮子は付け足す。
人の思考は十人十色かつ時間が過ぎるほど千変万化する。この世界のように、人のように、循環させていく事で日夜変化を生み出しているのだ。
変化のない人間はいない。それは人の命が有限だからなのだと、わたしは思う。
見た目も思考も一切変化しない人がいるのなら、それはもう人ではない。霊長から逸脱した存在だ。人はそれを──、
「さて、着いたわよ。ここが私とメリーの行きつけのカフェテラスよ」
都心から離れた縦型ビルの一階。昼間でも人通りが少ない場所でブラウンを基調とした、まさしく"カフェ"らしさが残る店構えが私たちを出迎える。
「へぇ。このアングラな雰囲気、嫌いじゃないわ」
私は臆する事なく"OPEN"と書かれた立札が飾られたドアノブに手をかけて軽く捻る。
カランコロンと乾いた空気に乗せて店内へと鳴り響く。なるほど、存外悪くない。
店の基調に合った服装をした女性が応対してくれ、私と蓮子は促されるまま座席へと腰掛けた。
「私は……今日は少し涼しいからホットで。霊夢さんは何にする?」
蓮子は私にメニュー表を渡す。ちゃんとドリンクメニューのページを開けてくれているあたり、相手への心遣いは丁寧なのだと、思わず感心する。マエリベリーの事になると前後不覚になってしまっていたけれど。
「そうねぇ……。玉露は此処にはないのよね?」
「このメニューに載ってる飲み物だけしか提供してくれないわ。お茶が飲みたいなら……紅茶かアイスのウーロン茶くらいね」
紅茶は飲んだ覚えがある。確か以前紅魔館にお邪魔した際に飲ませてもらった色の鮮やかなお茶のことだろう。
「じゃあ、このウーロン茶で。紅茶はちょっと香りが強いから苦手なのよね」
私の注文を聞いた店員さんは携帯端末をぽちぽちと弄りながら、私たちの注文品を復唱する。
「そうだ、今の時間帯はスイーツセットができるんだったわね。すみません。追加でガトーショコラふたつとマドレーヌ三個セットひとつを追加でお願いします」
注文が一通り終わると、店員はキッチンのあるカウンターへと戻っていった。
私は思わず辺りを見渡す。
ここのカフェは入り口から見て右側にカウンター五席、左側には片側二人がけできるボックス席が三席配置されている。私たちは左側奥の席へと着席していた。
雰囲気は店構え通りの配色で無性に心が落ち着く空気が流れていた。私たちを含めて、お客さんは四名しかいないのもあるのだろうけれど。
「さて、話の続きをしましょうか。メリーが霊夢さんの記憶を持っていないことについての真偽は後々本人に聞くとして……、貴女は何者か、聞いてもいいかしら?」
私は朝方にマエリベリーと話した内容をそのまま話す。
昨日起きた異変のこと、これから起こること、マエリベリー・ハーンの身体を借りている理由。全て包み隠すことなく蓮子に伝えた。
「──じゃあ、あの赤い霧の原因を止めたのは、メリーってことになるの?」
「そうね。実際の所、彼女の持っていた知識が無かったら危ない場面が沢山あったわ」
経緯を話している間に届いたウーロン茶をストローで啜りながら、私は応える。カラカラと鳴る氷が風鈴の音のように聞こえる。心頭滅却。
「……て事は、昨日メリーは異変を止める為に自分から死地に向かったって言うんですか!?」
そんな中で蓮子は静かに、しかし語気を荒げながら私を睨みつける。
「マエリベリーと完全に同期したのは、就寝した昨日の夕方ね。朝の時点で私の
「同意もなく、メリーを乗っ取ったって事ですか?」
「そこに関してはもう許してもらってる。全ては彼女が決めることよ」
「でも……!」
「こう見えても妖怪退治の専門家よ。油断はあれど、傲慢は無いわ。私の背に別なる命がのしかかっている以上、私がマエリベリーを守る。約束するわ」
蓮子は先程とは打って変わって脱力する。だが、卓上に乗せた右手の握り拳はふるふると震えていた。
「……私じゃダメなんですか?私がメリーの代わりに、その役目を引き受けたい!」
「それは好奇心から?それともメリーを助けたいから?」
蓮子は一瞬目を見開き、全身脱力する。
「──正直なところを言うと、両方です。でも、今回に限るなら心配の方が比重は高い。メリーは私の大切な友人なんです。私が目を離すと、メリーはあっという間に遠くに行っちゃうから……怖いんです」
──マエリベリーも同じことを口にしていた。
蓮子は、好奇心旺盛で、何にでも飛びつくところが心配だと。
互いが互いを心配し、慈しみ合っている。
なんて、儚いのか。
「マエリベリーも全く同じことを言っていたわよ。蓮子のことが心配だってね」
「メリーが?そんなはずはないわ。私はいつだって彼女に気を遣いながら──」
「お互い盲目なのよ。なんとやらだわ全く。まぁ、スペアとしての確認ならしてあげてもいいわ。ほら、片手をこっちに出してみなさいな」
蓮子は訝しげな表情のまま、私に右手のひらを向ける。
私は、差し出された彼女の手のひらを軽く揉み、そのまま瞑目して瞑想する。
実際のところ、マエリベリーの中に入ることは容易だった。感覚的な話になってしまうのだが、幻想郷からだと、取り憑くための明確な道筋が見えた人間は彼女以外居なかったのだ。
いわば彼女は、幻想郷と外の世界を繋ぐ玄関口なのだ。映えある外の世界人となった私なら、マエリベリーを媒介に蓮子のような普通の人からでも取り憑く事は可能なのだろう。可能ではあるのだけれど──。
「……ダメね、蓮子。残念だけど、貴女には移るための道筋が無いから取り憑くことはできないわ」
私はふるふると頭を横に振り、蓮子に拒絶の意思を表す。
「……そっか。なら仕方ないわね。そもそも、メリーが決めた事を友人である私が邪魔をするのは不粋だったかな」
蓮子は腕を上げて大きく伸びをする。
すると表情と雰囲気がガラッと変わり、いつもの裏表のない彼女の姿へと戻っていた。
「貴女の切り替えの速さには驚かされるわ。どこかの魔法使いにそっくり」
「簡単な話です。霊夢さんには専門家としての実績がある。昨日の異変を解決した証拠がない以上それを証明するものはないけれど……私は、メリーが信じた貴女を信じてみることにしたの」
理論武装を解いた蓮子の笑顔は何かを悟ったのか、何処か儚げだった。
安心よりも、不安が勝つその笑みに私は少しもやっとする。
「でも、私は……メリーにずっと──」
言葉半ばで、人の気配。店員さんが注文した商品を運んでくれたのだ。
私達はその店員さんに軽く会釈をすると、再び顔を合わせる。
「まぁ、いいか。此処でする話ではなかったわね。ほら、頂きましょうか」
「いいの?では、お言葉に甘えて……と」
ああ、私は友人に対して、初めて隠し事をしてしまったな。
私が食べたガトーショコラ。いつも食べているはずなのに、何故かほろ苦いだけで味がしなかった。
本編はここまで。
続きはいつかの例大祭にて頒布予定ですので、是非よろしくお願いします!
記念日の際は当作品で完結型のモノを書きたいと思います!
では、リアルでまたお会いしましょう!!