一人称視点もトーラ目線に変わります
全てを失った日
テンシンが負けた?
絶対に負けることなんてないって思ってた。
テンシンに勝てない敵なんていないと思ってた。
でも負けてしまった。
どんな言葉でも言い表せない深い絶望。圧倒的な力を目の当たりにした恐怖。
アルカナフォース……ザ・ワールド! 相手のターンをスキップする? そんなの掟破りのインチキ効果じゃない! どうやったって勝てっこない! テンシンでも粘り切れない猛攻。私なんかじゃ瞬殺される。
目の前で最愛の人が倒れたのに、臆病な私は声も出せなかった。
「目覚めよテンシン! そして私に忠誠を誓え」
「……斎王様」
「!?」
そんな、ウソでしょ……? ねぇ、ウソだと言ってよ! お願いだからさぁ!!
「我が力、斎王様のために」
「よし。まずはお前のデッキを差し出せ」
「……」
黙ってデッキを渡してしまった。私でさえあれに触ったらテンシンの逆鱗に触れてしまうのに、敵であるあいつにこうもあっさりと……!
本当にもうダメなの? 身も心もあの男のモノになってしまったの?
「ない? なぜだ? 何も感じられない。さっきまでは確かにデッキの中にいたはずだが……まぁいい。一番の脅威が去ったことに変わりはない。そしてこのデッキさえなくなれば万が一洗脳が解けたとしても私の敵ではない」
こいつ、何を言ってるの? ダメよ、それだけは絶対にダメ! そのデッキはテンシンの大切な思い出のカードが詰まって……
ボッ!
あの男が手元から取り出したのはライター。最悪の予想が現実になる。
私を拘束していたやつはもう私に興味はないのかいつのまにか拘束を解いている。猿轡を外して思いっきり叫んだ。
「やめてぇぇぇ!!!」
「はぁん? まだいたのか小娘! くひひひぃぃ!! ならばそこで見ているがいい! これが世渡天真の本当の最後だ!」
ジリィ……!
ライターの火が着火。テンシンのデッキが炎に包まれた。
「あ……あぁぁぁっっ!! ダメェェ!! やめてぇぇ!!」
「ムダムダムダァァ!! これで我が障害は取り除かれた! これよりこの斎王が全世界を支配するゥゥゥ!!!」
「よくもぉぉ!! デッキはデュエリストの魂!! よくもテンシンの……」
「へぁぁ……やるきか小娘?」
頭に血が上って我を忘れるほどの怒りがこみあげてきた。もはや自分の命なんてどうでもいい。この男に一矢報いることさえできればっ!
「斎王様、ここは私にお任せを」
「ん? 世渡天真、貴様がこの女を始末するというのか? デッキがないだろう?」
「ご心配には及びません。この臆病者が相手ならこれで十分」
バシッ!
さっきまで私を取り押さえていたホワイト生からディスクごとデッキを取り上げて装着し私に向けて構えた。テンシンは恐ろしい殺気を私に向けている。こんなに怖いテンシン見たことない。
「あは……あははは……」
あまりの恐怖で体がおかしくなってしまった。
涙が両目から勝手に出てきてとまらないし、口からは乾いた笑い声しか出てこない。
全身金縛りにあったように動かないし、テンシンの恐ろしい眼光から目をそらすことさえできない。
テンシンって本当はこんなに怖い顔できるんだ。心底私のことを見下し軽蔑している。ずっと私はテンシンの優しさに甘えて……その気になれば私なんかゴミくず同然にあしらえたのね。無知な私はなんて愚かだったのか、最悪のタイミングで思い知らされてしまった。
「怖いか? さっきまでの威勢はどうした?」
「は……はは……」
「兄の慈悲がなければ生きることさえできない寄生虫め。斎王様へ歯向かおうなどと思いあがるな。身の程を知れ」
「はぁ……はぁ……!!」
呼吸が上手くできない。心臓が飛び出しそう。
苦しい。
殺される!
ダメ、もう耐えられない! もうダメ!! 助けて! 誰か……!
テンシン!! 助けて!!
「フン」
「うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
一瞬だけテンシンが視線を逸らした!
そのスキをついて、一目散に私はその場から逃げ去った。
「逃がすものか……」
「待てテンシン!」
「斎王様?」
「放っておけ。あの小娘はもはや我が障害にはあらず。今後お前は不必要な戦いは避けろ」
「ハッ! 仰せのままに」
逃げなきゃ! とにかく逃げて逃げて、ここから遠くへ!!
次に意識が戻ったとき、気づけば私はデュエル場から遠く離れた場所にいた。何も思い出せない。本当に無我夢中で逃げてきてしまったの?
テンシンの仇……とれなかった!
でも安心してしまった。だって私はまだ生きているんだから。
「ふぅぅ……」
いや、まだ安心できない。追手がくるかもしれない。テンシンが追ってくるかも。なら早くレッド寮に逃げましょう。あそこならみんないるし安全よ!
今度は意識をしっかりと保ちながら急いでレッド寮に向かった。
「ゼェ……疲れた」
やっと着いた。
ただ移動しているだけでテンシンに見つからないか不安と恐怖で頭がおかしくなりそうだった。やっと安全な場所にこられた。
ドアを開けようとしたとき中から声が聞こえた。
「やったわね! 今日は私達の完全勝利よ!」
「これでホワイト生は全員解放できた!」
「ざまぁみろって感じッスね!」
「にしても剣山、お前よく無事だったな」
「恐竜DNAのおかげドン! 斎王なんざ俺様にかかればたいしたことないザウルス」
「デュエルには負けたけどね」
「それは言わないでほしいドン!」
そうか! 今回の一連の流れ、全て罠だったんだわ! 状況的に光の結社は私達に押されてジリ貧だった。だからこれ以上数を減らさない内に大胆な陽動作戦にでたんだわ!
全てのホワイト生を生贄にテンシンという切り札をあの男は手に入れてしまった。
何もかも全て私のせいだわ……私が人質になったばっかりに……こんなの、みんなに合わせる顔がない。
ガチャ
「あれ? トーラいたのか! お前も入れよ! これからみんなで祝勝会だぜ!」
「えっ!!」
いつのまに!? ドアが開いてみんながこっちを見てる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
私は耐え切れずに泣き出してしまった。
「ごめん……ごめんなさい……!!」
「えっ!?」
「トーラちゃんどうしたの!?」
当然その場は祝勝会などする雰囲気ではなくなった。みな私に何があったか問い詰めるが簡単に口を開くことはできなかった。
しかし十代さんは事の真相に気づき始めてしまった。
「そういえばテンシンはどうしたんだ?」
ギクッ!
「テンシンは必ずここに来るはずッスよね? レッド寮に住んでるし」
「おい、まさかテンシンに何かあったのか?」
三沢さんはすでに最悪の想像が頭によぎったようだ。
もう言い逃れはできない。
「ごめんなさい。わ、私が……」
私が悪い、と言うことはできなかった。
「まさか世渡先輩が負けたドン!? だったら状況を早く説明するザウルス!」
「あぁ、これはマズイことになった! あいつが敵に回ったらここからでもアカデミアは終わりだ! 頼む、すぐに何があったのか教えてくれ!」
どうしよう、もうダメだ。私は皆から責められて居場所を失う。守ってくれるはずのテンシンもいない。どうすれば……
「やめなさいっ!!!」
「明日香!?」
「明日香先輩!?」
雷が落ちたような一声に2人からの追及がやんだ。
「あなた達わからないの? トーラちゃんがこんなに動揺するなんて考えられることは1つでしょう? テンシンは敵の手に堕ちたのよ! しかもトーラちゃんを人質に、とか汚い手を使ってね」
「でも、ちゃんと確かめないと」
「トーラちゃんの気持ちを考えなさい! 目の前でお兄さんを失ったのよ! 兄弟を失う辛さは言葉では言い表せないほど大きいわ! 少しは女の子をいたわる気持ちを持ちなさい、男子共!」
一喝。まさに鶴の一声。はちきれそうだったこの場の熱量が引いていくのが私でもわかった。
「じゃあどうするんだ? 何の策も講じずにいれば本当にこの学園はおしまいだ」
「そうね。まずテンシンは誰に負けたの? あいつを倒せるとしたら光の結社の盟主である斎王かしら」
助かる。「はい」か「いいえ」でなら答えやすい。明日香さんもわかっていて配慮してくれたのだろう。当然私は頷いた。
「クソッ! 斎王め! 卑怯なマネしやがって!」
「許せないドン!」
いつのまにか斎王憎しの流れができている。助かった。本当に助かった……。
「でも大丈夫ッスよ。デュエルで勝てば正気に戻せるってわかってるんだし、なんてったってこっちにはアニキがいるんだからさ」
「翔!?」
「翔くん……」
「こんなこと言いたくないが、君はちゃんと三幻魔の戦いを見てたのか?」
「失礼な! ちゃんと見てたッスよ! だいたいあの時は最後にアニキが勝ったからこそ世界は救われたんじゃないか!」
「そうだドン! アニキがいればダイジョーブザウルス!」
遊城十代、本当にすごいデュエリストだったのね。実際に戦ったときはそうは思えなかったけどみんなからの信頼がすごい。
「いや、翔も剣山もそれは間違った認識だ。あいつの恐ろしさは底が知れない。はっきり言って俺達では勝算は……限りなく低い」
信じていた者からのまさかの発言に2人は猛反発した。
「そんなのアニキらしくない!」
「どうして戦う前から諦めるドン!? アニキなら絶対勝てるザウルス!」
それには明日香さんが答えた。
「これは私と十代しか知らないことだけど、実はあの時のデュエル、本当は世渡天真が勝っていたのよ」
「えっ!?」
「どういうことザウルス?」
「それは俺も初耳だ。どういうことなんだい明日香くん?」
1年の私にとっても知らない話なので自然と体が前のめりになった。
「あの時、最後の瞬間テンシンのフィールドにはまだ1枚リバースカードが残っていたのよ」
「たしかにエクスチェンジで交換する前にカードを伏せていたな。だがあれはただ取られたくないカードを伏せただけに見えたが」
「私もそう見えたわ。でも一応確認したのよ。そしたらね、それはとんでもないトラップカードだったのよ」
「とんでもないトラップ?」
「まさか聖なるバリアミラーフォースか?」
明日香さんは三沢の言葉に首を振った。
「もっと凶悪よ。そのカードはね、マジックシリンダーだったの」
「なんだって!? それじゃあ、あの時のアニキの攻撃は跳ね返されて……!」
「十代の負けだったのよ。テンシンがわざと負けてくれなかったらね」
「……」
十代は神妙な面持ちのまま何も言わない。でも私にはわかる。現在進行形で他人の命運を背負った罪の重さに潰れそうな私だからわかる。十代は世界を救えなかったことを悔いている。そのとき負けていたことを重く受け止めているに違いない。
そういえば初めてこの2人、十代と明日香さんに会ったとき、テンシンの言葉に対して今と同じような表情を見せていた。これがその理由だったんだ。
「じゃあどうしてテンシン先輩はわざと負けたんだドン?」
「それは……妹のことを思い出したからよ」
「えっ?」
わ、私?
「そうね、せっかくだから話しておきましょうか。三幻魔との戦いで何があったか。特にトーラちゃんには知っておいてもらった方がいいでしょうし」
ここで初めて私は世渡天真の本当の姿を知った。
でもそれは到底私が信じられるような内容ではなかった。もう涙は止まった。しっかりと自分の言葉で話して自分の考えをぶつけた。
「そんなわけないわ! テンシンは昔から底なしに優しくて、他人思いで、自己犠牲の精神に満ちた人で……」
「人は変わる。あいつ自身もそういっていた」
「そんな……」
世界を破滅させようとした? あのテンシンが? 質の悪い冗談だわ。
「それでどうする? 斎王を止めるにはテンシンを正気に戻すことは不可欠だ。ヤツとこの中の誰かが戦うしかない」
三沢くんの言葉に力強く答えたのはやはりこの男だった。
「もちろん俺がいく」
「十代!?」
「アニキ!」
「そうでなくっちゃ! アニキじゃないドン!」
「たしかに勝機は薄い。でもどんなに可能性が低くてもゼロじゃない。あいつに勝てるとしたら俺しかいない」
「どうしてそう言えるの?」
思わず口に出た言葉にみんな驚いた。十代も少し面食らっていたが笑って答えた。
「あいつが唯一恐れた男がこの俺だからな!」
「……」
それだったら私だってテンシンに俺を超えるって言われたし、そんなの当てになんないじゃない。
――託したぞ――
え? 今のは……テンシン?
そういえばデュエル場では取り乱していたけどテンシンが倒れた時、最後に少し目があった気がした。あの時、テンシンは何か伝えようとしていたんじゃ?
あれ? そもそもテンシンは今デッキがない。あの時は圧倒的なプレッシャーに押されて正常な思考ができなかったけど、もしかして今ってテンシンを倒す大チャンスなんじゃ?
「あの! 実は1つ言ってないことが」
「やっと落ち着いたのね」
「何か大事なことなんだな」
うん、と頷いてから思い切って声を絞り出した。
「今、テンシンは自分のデッキを持ってないの。他の人のデッキを借りてる」
…………
時が止まったのかと錯覚するほどの静寂。
「あの……」
「どうしてそれを最初に言わないドン!?」
「千載一遇のチャンスじゃないか!?」
「落ち着きなさい! どういうことかもっと詳しく説明して! できるわね!」
「は、はい! テンシンはあの男に自分のデッキを燃やされて、カードを全部失ってしまって、私と戦おうとしたとき傍のデュエリストのデッキを使おうとして」
「燃やした!?」
「ウソでしょ!? そんなっ!!」
さすがにみな愕然として言葉を失った。私が逃げ帰ってきたことにまでは気が回っていないみたいだ。
……保身に走る己の思考に吐き気がする。
テンシンは私の身代わりになったのに私は自分かわいさにみんなの足を引っ張っている。
私は生きてる価値なんかない最低の人間だ。
「でもそれは斎王のミスザウルス! みすみす自分の戦力を落とすなんてバカだドン!」
「いや、違うな剣山。斎王はバカじゃない。恐れているんだ。またテンシンが敵になったとき自分では手に余るってな。今回も人質がいなければ勝てなかったと思ってるに違いない」
「そうみて間違いないわね。全く、敵の大将からもここまで恐れられているなんて……世渡天真、改めて恐ろしいデュエリストね」
その通りだ。あの男はテンシンを恐れていた。だからデッキを燃やしたんだ。大切なテンシンのデッキを……。
「でもそれなら簡単に倒せるよ! 速く倒しに行こう! 負けず嫌いだから勝負を挑めば逃げないだろうし!」
「いや、ダメだ! 無策で挑むのは危険だ」
「何言ってるドン! 今を逃したらこんなチャンス二度とないザウルス! 急ぐにこしたことないドン!」
「たしかにな。なら俺に策がある」
「三沢?」
「三沢くん、いたんだ」
「ずっといた!! というか普通に会話もしてただろ!!」
「三沢くん、ふざけるのは後にして。策があるなら早く教えて頂戴」
明日香さん手厳しい。この人も優しいだけの女性じゃないんだね。やっぱり人間って表と裏、どっちもあるものなのかな。私のお兄さんみたいに。
「オホン! まず十代の言うようにテンシンはカードの使い方が上手く、三幻魔のときのように様々なタイプのデッキを操ることができる。それこそ攻め、守り、果ては特殊勝利までお手の物だ。だからまずは最初に様子見をしてデッキの特徴を探るんだ」
「どういうこと?」
「対策を考えるってことだ。そしてここには偵察にはもってこいの人材がいる」
そういって三沢さんは恐竜くんの方を見た。
「俺?」
「そう! 剣山、君だ! 負けてもホワイトにならない君なら情報収集に徹することができる。そのあとで本命である十代をぶつける。連戦なら多少疲労するだろうし」
「三幻魔のときはデッキを替えていたわよね?」
「しかも連戦でもヘッチャラだったよね?」
明日香さんと乗り物くんからのダメ出しで三沢さんは怪しい表情になった。
「な、なんとかなるさ」
「それでいこう! 今はそれが最善だ!」
「まぁ無策よりはマシでしょうし、やるしかないわね」
「仕方ないドン」
「仕方ないッス」
「そんなに不服なら代案を出せ!!」
文句を言いつつもみんな動き出した。たぶんこういうのがこの人のキャラなんでしょうね。
私はついていくのは怖かったけど、明日香さんに引っ張られてついていくことになってしまった。
でも、私の前にこの人がいてくれればなんとかなるかもしれない。
あぁ、お願いテンシン、私のもとに帰ってきて……
なんとかこの人たちがテンシンに勝ってくれますように。
自分ではテンシンと戦えない私はただただ仲間の勝利を祈っていた。
一人称が切り替わったことでトーラが内心周りをどう思っていたかが明らかに……
しばらくはトーラはデュエルできる状態ではありません。
他のデュエリストに頑張ってもらいます。