気づいたらデュエルアカデミア   作:りんごうさぎ

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変わらぬ絆

 

 実家に帰宅した天真。そういえば今の天真は遠慮も配慮もあったもんじゃない。家族に対してどんな態度に出る?

 

「チッ、留守か。勝手に呼び出しておいて、めんどくせぇな」

 

 いきなり悪態をつくとドッカリとソファに腰を下ろし大胆にもテレビを見始めた。

 

「おいおい……」

「ふっ! あっははははは!! 今の君からは想像もできないねぇ!」

「お前、これ見せて笑いたかっただけだろ?」

「まぁ笑いたかったのは否定しないよ」

 

 こいつ、人の記憶で楽しみやがって。

 

 家族とあった後のことなど全く気にせずテレビを見る俺。たしかにこの世界でのテレビが気になってた頃だから見たい気持ちはよくわかるが、こんなときに見なくてもこれから何度でも見るチャンスはあるだろうに。

 

「知ってる番組とかやってないのか。全然違うな。タレント有名人もやっぱり違うのか」

 

 !! 

 

 これはさりげなく大きな情報が出てきた。この時点で俺には前世の情報がある! そうか、だからユベルはこの世界の俺の言動から記憶の封印へ行きつけたのか。俺がこの時と記憶が変わっていたから。

 

 ユベルをみると無言で首肯を返した。なるほど、ちゃんと真面目な意味もあったのか。

 

「あぁっ!? アホ天真! あんたいつからいたのよ!!」

 

 トーラだ! この世界でもあいかわらずの毒舌。俺のときはいきなりラッキースケベ展開だったが、さすがにこの悪天真でコテコテのラブコメみたいな展開にはならなかったか。

 

「……」

「ちょっとアンタ、生意気に無視してんじゃないわよ! 聞こえてんでしょーが!!」

 

 ヤバイ! 俺はテレビが気になっていてわざと無視している。この状態で中断されれば今の俺でも機嫌は悪くなる。ましてや傍若無人を絵にかいたような悪天真ならどうなるか、想像もしたくない。

 

「うっせぇなぁ……」

「えっ」

 

 一瞬、久々に見る俺の素顔に驚くが、天真のものとは思えないドスの効いた声にトーラの頭がフリーズした。

 

「気安く話しかけてくんじゃねぇよ」

「あっ、え……」

 

 根が陰キャのトーラは何も言い返せずしどろもどろになりながら呆然としていた。何も言わなくなったのを確認して天真はまたテレビを見始めた。

 

 しかし、一時の恐怖の波が引き、徐々に天真にバカにされた事実がトーラの頭をもたげ、怒りが沸き上がっていた。ついこの間まで格下でバカにしていた相手だ。簡単には引き下がれない。きっと何かの間違いだ、とでも思っているのだろう。トーラはもう一度天真につっかかってしまった。

 

「アンタ! そこどきなさい! アタシがテレビ使うの!」

「うるせぇつってんだろ!!」

「!?」

 

 ヤバイ! こいつ、本気でやる気だ! 悪天真はとにかく短気だ。気に入らない奴は考える前に殴って黙らせて服従させる。あの手下3人組と同じように首根っこひっつかまえて顔面をぶん殴るつもりだ!

 

「グェッ!?」

「黙らねぇなら声が出せないようにしてやるよ」

「グッ、ウッ!」

 

 がっちりと掴まれて完全に喉が塞がっている。助けも呼べない。トーラの絶望と混乱が見ているこっちまで伝わってくる。やばい、止めさせないと!

 

「ムダだ。干渉できないと言っただろう? それにあれは曲がりなりにも君自身なんだよ?」

「たとえ俺であってもトーラに手を出すのは許せない!」

「心配しなくても大丈夫さ。君の愛情は本物だからね」

「なに?」

 

 どういうことだ?

 

「お前、そういえば、この家にいたってことは……まさか俺の家族か?」

 

 は!? こいつ、今頃そんなことに気づいたのか!? どんだけ気を抜いているんだ! 記憶がない状態で帰省している自覚はないのか!?

 

「ウッ、う……ん」

「チッ……妹がいたのか、めんどくせぇな。道理で馴れ馴れしいわけか。そういや家族構成については何も考えてなかったな」

 

 俺と同一人物とは思えない発言を残し、トーラから手を離した。悪天真はさらに何か言おうとしたが、トーラの目を見てやめた。すでにトーラの心が折れているのが見て取れたのだろう。その観察眼だけは俺の名残を感じる。さりげなくトーラが姉ではなく妹だと見抜いているし。

 

「た、たすけ……」

 

 トーラは命辛々という感じでその場から逃げ出した。2階へ向かったから母さんを呼びにいったに違いない。果たして、しばらくして母がやってきた。

 

「天真!」

「なんだ?」

 

 偶然テレビがキリのいいタイミングだったので今度はキレずに対応する天真。なんで見てるこっちがやきもきさせられる?

 

「あなた……本当に天真よね? うん、間違いない、天真だわ。いったいどうしたの! トーラ、怯え方が普通じゃなかったわよ!」

「トーラ? あぁ、そいつが騒がしいから黙らせただけだ」

「え……」

 

 おいおい、母さん唖然としてるぞ。こんな表情初めて見た。そりゃそうか、天真はワルになる前はこの姿からは程遠い善のカタマリだったからな。

 

「あなた、どうしちゃったの! そんな子じゃなかったでしょ! 誰よりも優しい子だったのに!」

「さぁ、昔の俺がどうだったかは知らないが、俺は俺だ」

「知らないって……」

「文字通り、記憶がないからな」

「なっ……!」

「うそ……!」

 

 またも絶句。そして二人は理解する、事の重大さを。

 

「何も覚えてないの!? ウソでしょ!? だからそんなふうになっちゃったの!?」

 

 さっきまで怯えていたとは思えないほどハッキリした口調でトーラが言った。トーラがこんなに芯を持てるのは、過去に大事な思い出があったからだ。トーラは昔天真とした約束を大事に覚えていた。それすらも失ってしまったことに真っ先に思い至り、悲しみが爆発したのだろう。

 

「さっきからうるせぇなぁ……忘れたって言ってんだろう? お前、度が過ぎると妹でも容赦しねぇからな」

「ひっ……だ、だったらデュエルしなさい! デュエルであんたが今まで私に何回も負けてきた記憶、全部思い出させてやるんだから!」

 

 トーラ……お前……

 

 思わず涙が出てしまった。トーラは過去の記憶を思い出させるために勇気を振り絞って俺に立ち向かっている。もちろん、約束を思い出してほしい本音は口にはださないが、はたで見ている俺にはトーラの気持ちがヒシヒシと伝わる。俺の記憶のために恐怖を乗り越えてくれた姿に胸を打たれた。

 

「いい妹を持ったね。けど、このデュエルが肝心なんだよ。まさに君とトーラの絆が呼んだ奇跡だ」

「なに?……このデュエルが?」

 

 悪天真は潔くデュエルの申し出を受けた。

 

「いいだろう。新しいデッキの肩慣らしには丁度いい。ぶったおしてやるよ」

「よし、言ったわね! これに負けたらちゃんと昔のアンタに戻りなさい! いいわね!?」

「知るかよそんなもん。まぁいい、俺が負けることなんてありえないからな。負ければなんでも言うとおりにしてやるさ。よしよしやさしぃーく頭でも撫ででほしけりゃ撫でてやるよ」

「それは……いったわね」

 

 悪天真は心底見下した表情でそう告げるが、トーラは若干嬉しくてニヤけそうになるのを我慢しきれていない。お母さんと悪天真は目ざとくその表情の変化に気づいている。全員観察力高いな。

 

「その代わり、俺が勝ったら二度と話しかけてくるなよ」

「……いいわよ。男に二言はないはずよね?! 勝ったら絶対元に戻ってもらうから! デュエル!」

「好きに言ってろ。さぁ、てめぇにこの俺の実力を味あわせてやるよ! デュエルだ!!」

 

 そうか、悪天真は船でデッキを調整したのか。呪いの存在がある以上デッキの調整はかなり特殊なものになる。どんな改造をしたのか俺にも想像できない。

 

「ドローッッ!!」

「……」

 

 まずはトーラがはじけるように素早くカードを引いた。そして悪天真は不敵な笑みを浮かべる。見覚えのある光景。すぐに両者の考えは読めた。

 

 トーラは先手必勝の先攻、悪天真は速攻を決意した後攻、4周目の時と全く同じ!

 

「トーラ! 気をつけなさい! 天真の自信はハッタリじゃない! たしかな実力に裏打ちされたもの! 今までの天真とは完全に別物よ!」

 

 今回母さんはトーラの味方か。まぁそりゃそうだよな。母さんも内心は元に戻ってほしいはず。昔のテンシンが好きそうだったし。

 

「わかってる! でもカード自体はすぐに強くはならない! あたしなら絶対に勝てる!」

 

 それはどうかな。天真はすでに天変地異を引いている。天道虫も3枚。順調な出だしだ。

 

「まずは手札抹殺! これでカードを入れ替える!」

「ほう……」

 

 内心冷や汗を流したはずだ。天変地異がなければあのデッキは何もできない。だがデッキには念のため2枚入っている。元々はサイクロンなどの対策だったが、今回はそれが奏功した。

 

「さらに浅すぎた墓穴! 互いにモンスターを墓地からセットする!」

「黄金の天道虫をセット」

「攻守ゼロね。やっぱり多少カードが変わってもあんたは雑魚のままね」

 

 今捨てたカードだけ見ればたしかに雑魚デッキだ。だが、俺はそんなことよりも気になることがあった。

 

 ラヴァゴーレムのカードが最初の手札になかったのだ。おそらく悪天真もきづいている。これは、ラーヴァが表に出るのを嫌がっている? 今まで必ず出てきていたのに。理由はトーラか? まだ何とも言えないが、悪天真は沈黙を保っている。

 

「……」

「お注射天使リリーを召喚! さらにディメンションマジックを発動! セットしたモンスターを生贄にして氷の女王を特殊召喚! 天真のモンスターを破壊! ターンエンド!」

 

 えっ!? トーラのデッキが全然違う! 魔力カウンター使わないのか! 純粋な魔法使い族のビートダウン系。切り札は氷の女王。下級モンスターもパワー系を集めているのだろう。ディメンションマジックを上手く使って2体主力を並べたのはトーラらしい。

 

「ドロー! こういう手札が来るか。面白い。だったらこうしてみようか。リバースカードを1枚セットし、天変地異を発動!」

「天変地異?」

「デッキをひっくり返す効果があるけど、それをどうやって活かすというの?」

 

 母さん、よく効果をしっているなぁ。実際問題としてこの天真の戦術は見る者がみれば明らかに天変地異は不要だ。不可解に映ることだろう。そこはどう誤魔化すのか? いや、この悪天真にそんな発想あるわけもないか。開き直って知らぬ存ぜぬを押し通すだろうな。

 

「こちらも手札抹殺を発動。手札総交換だ」

「変ね……結局カードは交換? 何が狙い?」

 

 母さん鋭い。そこまでわかっているのか。やっぱり只者じゃなかったんだな。

 

「ハッ! やっぱりあんたは弱いままね。生意気な態度を謝るんだったら、少しはデュエルの基本を教えてあげてもいいけど?」

「無知は大罪。知らぬが仏だな」

「なんですって?! アンタ、それあたしに言ってるつもり!?」

「お前は本当に終わってるよ。こんなにキレイに決まるなんてな」

「やはり、何かあるのね。油断しないでトーラ!」

「そんなこといったってなにもできないし、そもそもこの2体を倒すことなんて天真にできるわけない!」

 

 悪天真が伏せたカードは所有者の刻印。単独では全く役に立たないカード。呪いの効果を利用して、コンボカードを引き込む作戦か。所有者の刻印は最初の6枚には入らなかったが、相手の手札抹殺がいいアシストになってしまった。

 

 そして悪天真がデッキをひっくり返す。デッキトップにあるカードを見てトーラが叫んだ。

 

「それ……あの気色悪いカード! まだ使ってたの!?」

「お前……俺様のお気に入りを指さして随分な物言いだなぁ? だったら存分に思い知らせてやるよ、このカードの恐ろしさを」

「まさか、出すつもりなの……?」

 

 カードを4枚引いた天真はニヤリと笑うと、高らかに宣言した。

 

「貴様の貧弱な魔法使い2体を生贄に、出でよ、我が最強のモンスター! 溶岩魔神ラヴァゴーレム!!」

 

 ドゴゴゴゴゴオオオオオオオ!!!

 

 ダイナミックな演出と共にラーヴァが現れた。トーラへのありったけの憎しみが込められているとしか思えないド派手な登場。いつもより数段激しく溶岩をまき散らしている。

 

 ラーヴァって元々トーラがキライだったのか。今の口ぶりからするにトーラは普段からラーヴァのことを悪く言っていた可能性が高い。そして悪の魂が目覚める前、溶岩魔神はデッキになかった。トーラのせいでデッキから外されていたとしたら、納得がいく。

 

「何よこれ! 最悪! もう!」

「せっかく人が親切で超強力モンスターをやったのに、文句ばかりいいやがって」

「でもね、これであんたはもうモンスターを召喚できない! 次のターンモンスターを召喚してあたしの勝ちね!」

「お前にはラヴァゴーレムの良さはわからないだろうからな。文句を言うなら返してもらうぜ」

「返す? 何いってんの?」

「リバースカードオープン! 所有者の刻印!」

「なにそれ?」

「まさか!? 天真、ここまで計算して最初に伏せていたの!?」

 

 そう、これは手札抹殺の前に伏せたカード。つまりラヴァゴーレムが引けるかどうかは未知数。だからこれは賭けだった。悪天真はその賭けに勝ったのだ。

 

 もちろんラヴァゴーレムがなくてもブラックホールを引いていつもの流れで逆転する目算はあったが、手軽に場に出すコンボを新しく追加で用意したことは今後大きな強みになる。

 

 しかも、本来ならラヴァゴーレムは初手に来るはずだから溶岩魔人と所有者の刻印は最初に2枚そろうことになる。場合によっては天変地異に頼らずとも戦えるということだ。

 

 今回は変則的に天変地異を絡めての展開だったが、さすが悪天真、いや、さすが俺と言ったところか。

 

「刻印を刻まれたモンスターはあるべき主の元へ帰ってくる。戻れ、我がラヴァ・ゴーレム!」

「ウソ!? いきなりモンスター全滅の上攻撃力3000が天真に!?」

「まだだ! さらに死者蘇生! これでリリーを特殊召喚! さぁ、これで決着だ! リリーでダイレクトアタック! 効果で2000ライフを支払い3000攻撃力アップ」

「くっ」

「そしてトドメだ! ゴーレムボルケーノ!」

「そんなっ! ありえない! 私が……天真に……まけた!?」

 

 天真にとってラヴァ・ゴーレムはやはりお気に入りなのだろう。満足感に満ちた表情だ。ダイレクトアタックの順番にもそれが現れている。

 

「所詮、妹とはいっても月とすっぽん。この俺様に及ぶわけもないか。もう二度とその癇に障る声で話しかけてくるなよ」

 

 言いたいことだけ言って自室に戻っていった。お前、部屋の場所わからないだろ。結局全部の部屋を総当たりして自分の部屋と思しきところに入っていった。

 

「おいユベル、何が大丈夫だっ! ちゃんと溝が深まってるじゃねぇか! だいたい今のデュエルの何が重要なんだ!」

「ヒドイよ、テンシン。……だいたいボクは大丈夫なんて一言も言ってないよ。ただ、あの妹が勇気を出してデュエルしたおかげで君は大きな気づきを得たのさ」

 

 泣きマネを無視するとすぐに普通にしゃべりだした。今だにこいつの性格を測りかねている自分がいる。知ってるのと性格が違う気がするが、周回の記憶があるってことは、ユベルは世界の歪みとは無縁なんだよな?

 

「ラーヴァが最初の手札にいなかったことか」

「そう、わかってるじゃないか。この後テンシンは実験を通して妹とデュエルする場合のみラヴァ・ゴーレムはデッキボトムに置かれることを突き止める。さすがにここまで露骨だと、君も気づいたよ。特に君は最初から精霊の存在を認知していたようだからね。この呪いがだれのものなのか、気づいてしまった」

「そうか。トーラとはどうなった?」

「気になるなら見るがいいさ。自分の目でね」

 

 しばらく俺は本当に妹の存在を無視するようになった。いきなり逆の立場になったことで、これまで天真を軽んじていじめてきた自分の行動の愚かさにトーラはようやく気付いた。素顔を見せた在りし日を彷彿とさせる天真の姿はかつてトーラが恋焦がれた相手そのもの。これまでの自分の行いへの自責の念と、最愛の人から無視される強烈な苦痛によりトーラは精神的に追い詰められていった。もちろん悪天真は母親の言うことなど素直に聞くようなタマじゃない。あとはただ父親を待つだけの日々だ。

 

 変化があったのは天真の方だ。ある日、実験のためにトーラを呼びつけた。

 

「黙ってないで俺の言うことには答えろ。そして従え」

「ごめんなさい……」

 

 すっかり怯え切っている。無理もない。だがこれはいいきっかけだ。

 

 ただデュエルするだけだったが、すくなからず無視されることから解放されて目に見えてトーラは救われていた。もっとも、天真はそんな様子は眼中に入っていなかったが。

 

「あの……」

「これで原因がハッキリしたな。妹も満更役に立たないわけではなかったか」

「……!」

 

 ぶっきらぼうだが当初よりトゲがない。最初のあれはトーラが悪天真の機嫌を悪くしたのがそもそもの原因ではあったが、それにしてもずいぶんと丸くなったものだ。

 

 6日目にはデュエルの雑談をする程度には仲も戻った。

 

「あの……前にデュエルで負けて、話しかけるなっていってたけど、いいの?」

「はぁ? そんなこと言ったか? ふん……忘れた」

「え……ええっ?!」

 

 本気か芝居か、見ている俺にもわからない。あるいはこの天真なら本気なのかもしれないと思ってしまった。

 

 そして親父殿とのデュエル、なんなく勝利して天真は戻ることになった。トーラとはそれまでの間、特に外に出てデートするようなこともなかったし、大会に出るようなこともしなかったから平良は出番なし。悪天真がアカデミアに帰るのもすぐだ。

 

「待って天真!」

「なんだ、まだ何かいいたいことがあるのか? 帰る前に言う時間ならいくらでもあっただろ? どんくさいなぁ、お前は」

 

 トーラの気持ちを知ってか知らずか、最後までキツイ物言いの悪天真。トーラも1週間の間に少しは慣れたようで気にせず自分の言いたいことをしゃべった。

 

「あの、記憶がないって、いつからなくなっちゃったの?」

「あぁ、学園にいたころしか覚えてない」

「うそ……じゃあほとんど忘れてるの!? それじゃ、私とのことも全部……どうして……」

 

 少し仲が戻った矢先の別れ、そして記憶が完全に失われた事実、思わず感極まったのだろう、トーラは泣き出してしまった。

 

 悪天真なら、そそくさと行ってしまうだろう。そう思ったが、それはいい意味で裏切られた。

 

「なんだお前、泣くほど俺のことが好きだったのか?」

「ち、ちがう!」

「本当に違うのか? まぁ、今の俺にはそんなこと言いたくないか。お前の好きだった天真と、性格も記憶も全部変わってしまった俺じゃ、似ても似つかない別人だよな」

「それは……」

 

 遠慮がちに言うがそう思っているのは明らかだ。トーラから見れば面影を感じる部分はほぼないだろう。

 

「ごめんな、なんにも覚えてなくて」

「え……」

 

 その場にいた全員、俺まで含めて驚いた。いや、ユベルは驚いていないか。一度見ていたんだろうな。だがユベルだって初見では驚いたはずだ。

 

 まさか、この悪天真が謝ることなんてあると思わなかった。

 

「本当に突然、目が覚めたら何も覚えてなくて、原因とか、何もわからないんだ」

 

 これまた驚いた。本当のことを、まさか人にしゃべるなんて。しかも本当に妹を諭すような、優しい口調で。トーラだから、本当の妹だからなのだろうか。

 

「そうなんだ」

「……記憶のない人間に言われても嬉しくないだろうけど、俺はお前のこと、好きだったと思う」

「……」

 

 トーラは顔が真っ赤だ。もうこれだけでも天真への思いは一目瞭然だ。罪悪感で胸がいっぱいになる。

 

「最初、あのときはお前のことを本気で殴ってやろうと思ったんだ。お前もわかってると思うけどな」

「あのとき、怖かった」

「でもなぜかできなかったんだ。何かに止められた気がして。きっと、俺の気持ちが残っていたんだろうな」

「……」

 

 トーラは真剣に俺の言葉を聞いている。涙はもう、止まっていた。

 

「だけど、お前は俺を裏切っていたよな? 最初の態度、あれはどう見ても好きな相手にするものじゃなかった。そうだな?」

 

 一転厳しい口調で言われるがそこに負の感情はない。相手を思いやる怒り方だ。

 

「……私がいけないの。保身のために、好きな人を身代わりにして、自分まで一緒にいじめて……ごめんなさい。本当は、前のテンシンに謝らないといけないけど、でも、もう……本当にごめんなさい」

 

 覆水盆に返らず、か。だがトーラの懺悔は俺に届いている。世界の巻き戻りが覆水すら戻してしまった。俺はたしかにこの世界のトーラの懺悔を聞き遂げた。

 

「そうか。お前のことはわかった。記憶が戻ったら……お前のこと、許してやるよ。そのときは昔の思い出話を一緒にしよう」

「天真……! 約束だからね! もう絶対に忘れないでよ! 忘れちゃダメだからね!!」

「忘れない。約束な」

 

 おいおい……めっちゃいい空気じゃんか! あの悪天真が、ウソだろう?!

 

「結局、悪の魂になっても妹への気持ちは変えられなかったんだろうね。1週間程度だったにせよ、それでもその気持ちに気づくには十分だったのさ」

「……とりあえず、自分をぶん殴ることにならなくてよかった。こんな形でトーラのことを知ってしまうのは心苦しいが」

「よく言うよ。とっくにわかっていたことだろう? ともかく、これで大事なところは見終わったよ。概ねはねぇ。さて、この後はどうする? もう見ないのかい?」

 

 こいつ……! ニヤリとしたり顔のユベルを見れば俺からの返事などわかっているはずだ。どこまでもこいつの掌の上か。

 

「最後はどこまでいくんだ?」

「ダークネスを取り込むまで。もちろんボクが君の見たいところだけ見せてあげるよ」

 

 俺の見たいところは全部わかってるって口ぶりだな。実際その通りだろうけど。

 

「だったら今はお言葉に甘えよう。癪だが、この記憶は今の俺にとって有意義な記憶だし、その点はお前にも感謝してる」

「悪天真だけでなく君までこんなこと言うなんてねぇ。何か悪いものでも食べたんじゃないのかい?」

「憎まれ口は結構だから、次にいこう」

「はいはい。冷たい態度はそのままなんだね」

 

 こいつの扱い方にも慣れてきたな。

 

 こんなに平穏な様子を見ていると、このまま何事もなくハッピーエンドを迎えるんじゃないかと、楽観的な気分にもなってしまうが、そんなことはありえない。

 

 俺は、ラーヴァに三度殺されている。

 

 つまり、過去の世界全てにおいて俺はラーヴァに殺されている。いったいどうしてそんなことになったのだろうか。

 

 4週目の今度こそ、俺は絶対に失敗しない!

 

 その決意を新たにして、学園へ戻る自分の姿を睨みつけた。

 




周回しても重要な部分は変化なし
そしてトーラによって性格が丸くなっていくのも同じですね
この天真に昔の記憶がないのは善悪の魂が別れていた影響です
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