「話してくれて、ありがとうっす。今までその気持ちを抱え込み続けて、つらかったっすよね」
「はい」
「お兄さんが助けてくれたことを間違いにしてしまったんじゃないかって、怖かったんすよね」
「……はい」
「大丈夫、大丈夫っすよ。あなたがそうして話してくれたおかげで、助けられるものがある。今はゆっくり、休んでくださいっす」
「は、い……っ!」
静かに嗚咽を漏らし始めた男の背中を数度叩いて、第八班長は立ち上がった。気持ちが落ち着くように温かいお茶と何か甘いものを出すように手隙の職員に指示を出して手際良く装備の準備を進めていく。物々しい雰囲気に、慌てて八乙女が声をかけた。
「黙って事を進めようとするの止めてくれませんかぁ? とうとう職務中に寝こけてるおサボりちゃんを切り捨てる気にでもなったんですかぁ?」
皮肉気な口調に反して、本人は嫌に緊張しているというか、慌てた雰囲気だ。意訳すると『まさか八尋ちゃんを切り捨てる気じゃないですよね』と言った所だろう。第八班長のことを信用してないわけでもないが、それでも確認せねば気が落ち着かない優しさの現れなのだろう。
「ありゃ違うっす。片山さんはアメコジキの宿主じゃない」
「え? でもぉ、アメコジキと同じ霊波は確かに片山さんから出てますよぉ?」
「それでも、違うもんは違うっす。あれは……」
適した言葉を探すように数秒視線を彷徨わせた後、第八班長は八乙女に告げる。御縁程ではないが、これでもその辺の若造よりはよっぽど経験を積んできている第八班長の感覚が、事態の核心を捉え始めていた。
「あれは、単なるサバイバーズギルトっす」
「自分だけ生き残ってしまった罪悪感、ですよねぇ。でも、それが……」
「その悲しみに八尋ちゃんが魂を囚われるってのがおかしいんすよ」
未だに昏倒を続ける部下を一瞥する。界異の引き起こした災害で孤児となった経緯を持つ彼女がそれに囚われるのは一見正しいように感じても、実態はまるで異なることを第八班長は知っていた。
「八尋ちゃんは、とっくの昔にその悲しみを昇華してるんすよ。あの子が抱える悲しみはもっと人間の根本に近いというか、どうしようもないというか……」
「どうしようもないというか?」
「……拗れてるんすよ。面倒くさいことこの上なくて、僕らが手を出してもろくなことにならないくらいに」
「なら、アメコジキは、一体何に寄生してるって言うんですかぁ?」
「八乙女ちゃんは、亡霊を知ってるっすか? 世間一般で言う亡霊ではなく、祓魔師が言う所の亡霊を」
困惑した様子で、八乙女は頷く。世間一般で言う所の亡霊、未練や土地に縛られて現世に留まる魂が実在しないわけではないが、界異として存在する亡霊はまた事情が異なる。
それは、ある種の複製のようなもの。死の瞬間に発された強い思念や感情が加護、あるいは穢れに焼きついた、疑似的な意識を持つだけの……まがいもの。
魂はそこにはなく、思考と感情のみが存在する報われないモノたち。それが祓魔師が言う所の、亡霊だ。
「それが、どうしたって言うんですかぁ? まさか……」
「そうっす。たぶん、片山さんは亡霊に取り憑かれている。
絶句した八乙女を他所に、第八班長はぐるぐると浄化符を自分の腕に巻き付けていく。二、三度手を開閉して具合を確かめると、ぱしんと拳を自分の掌に打ちつけた。
「その診断は一体、どうやって」
「勘っす」
「勘って、こんな時に御冗談はっ」
「冗談じゃないっすよ? 話を聞いた感じ、彼は更生した時点で兄の死を乗り越えかけていた。なのに再び思考を卑屈に捻じ曲げられて、完全に意識が囚われてしまっている。どれも確証に至るものはないっすけど……」
言葉を切って、にやりと笑う。悪戯っぽくも、頼もしく見える、骨太でタフな笑みだった。
「四十数年かけて色んな奴を見てきた僕の勘っす。賭けてみるのも悪くないとは思わないっすか?」
その言葉に、八乙女はとうとう肩を落とすしかなくなった。こうなった第八班長は大抵なにを言われようが止まらないし、好き放題暴れ散らかした後でもしれっと上手いこと事態を収めてしまうのだ。もはや、信じて託すしかないし、託しても良いと思える程度には彼には確かな実績があった。
「わかりましたぁ。でも、実際どうするつもりなのでしょう。そこまで言っておいて部下をお見殺しにされるとは申しませんよねぇ?」
「もちろんっす。僕らは僕らにできることをやる……可能な限りアメコジキを弱らせるまで追い詰める。そこからは……」
そこで言葉を切って、大きく深呼吸をする。今回は、好きに暴れてどうにかなる事態ではない。第八班長が泥を被り、突き進めば丸く収まる問題ではないのだ。
今回、一番の瀬戸際で踏ん張らなくてはならないのは────
「────この悲しみは、君が晴らすしかない。君が頑張っているのを信じて僕らも頑張るんすから、なんとか帰ってくるんすよ? 八尋ちゃん」