アメコジキと第八班精鋭達の激突は、現在街中で行われているどの戦闘よりも激しく派手に繰り広げられていた。
その余波だけで建物は削れ、道路が抉れ、みるみる内に景色が荒廃していく。五号級というド級の災害に等しい界異との戦闘故に仕方がないにしても、後々境対のお偉方が頭を抱えるような被害額になるのは間違いないだろう。
濃密な穢れを内包した、真っ黒な流体の触手が祓魔師達を追い縋る。あるものはそれを真正面から叩き潰し、あるものは横を滑るようにかいくぐり、あるものは分断し流れを受け流すように張った結界で耐え凌ぐ。そうして背後に流れた黒い水達が蠢き、出来の悪い人型になるのを目にも留まらぬ速度で駆け抜けた第八班長が拳で霧散させた。
「背後の処理は僕と雅人くんに任せるっす! 皆は削りに専念、ただし迂闊に攻撃を受けないように注意!」
「精々背中は守ってやるから、足引っ張らないでくれよ?」
狩衣を脱ぎ捨て、降りかかる穢れを飛び抜けた被呪耐性で跳ねのけながら鍛えられた肉体を躍動させるのは彼が本気を出している証である。アメコジキという難敵を前に、油断を捨て去ると決めたのだ。彼の戦闘軌道はあらゆる利と理を取り込み、その効率を持って速度を超越して戦場を乱す要因を悉く潰していく。アメコジキがばら撒く傀儡を成立前に全滅させてしまえるのは、この場では彼だけが出来る偉業であった。
そして、それを九条が張る広範な結界による探知が強力に補う。サポート役に徹する彼の周囲を近代武装の田中と花田が固め、万全の支援体制を築き上げている。万に一つの討ち漏らしも、もはやあり得ないだろう。
個性豊かに返ってくる了解の返事に軽く頬を緩めた第八班長は、再び戦場全体を俯瞰するように意識を浸透させていく。この場のゲームコントロールは、確実にこの男の手に握られていた。
そして、部下達もまた全力を持ってその信頼に応える。
「紫くん、こっちですこっち~!」
「っしゃァ! 一撃入魂ン!」
大きくぶんぶんと手を振る那智の声に応え、紫原が中空に飛び交っているアスファルトや建物の破片を次々と那智へと殴り飛ばし。
「行きますよモチ丸!! 即席ショットガンもどき!!!」
ビリビリと空間を震わせるような声に負けず劣らず、劈く轟音を立てながら蛹型縁起、モチ丸で飛んできたコンクリート塊を纏めてアメコジキに向かって打ち放つ。
モチ丸以外を振るえば一、二回の素振りで破壊してしまうというその剛腕は如何なく発揮され、打球とされたコンクリート塊はさらに破砕、破壊の雨と化して射出された。モチ丸を介して放たれたことで帯びた微量な穢れが穢装を僅かに溶解させ、圧倒的な運動エネルギーがアメコジキの体を穿つ。
「……あれ、どう見てもショットガンではないですよね?」
「そうだね。ショットガンではないね……」
「あの辺の奴らの事を考えるのは止めとけ、時間の無駄だから」
後方の支援陣にそんな会話をされているとはつゆ知らず、快調に飛礫を量産している那智に向かって供花の大声が飛ぶ。
「鋼嶺ちゃーん! こっち、私の上の方にもオナシャース!」
「おっと? はーい、今やります、ねっ!」
高層ビルを背にし、手を振る供花の数メートル頭上ビル壁に無数の礫が突き立つ。ほとんどは窓を突き破り、内部をめちゃくちゃに荒らすだけだったがまばらに楔を打ち込むことに成功していた。
次いで、一瞬だけ供花の視線が自分に向けられたことを田中が知覚する。新体操の演舞の始めのように両腕を上げ、ビル壁に向かって走り出したのを見て、ある日の登攀訓練で見せられた光景がフラッシュバックした。
あれをここでやるつもりなのか、という驚愕を置いて体が反射的に駆動する。抜き放つのはカラビナP99、祓串を弾丸として打ち込むハンドガン型のペグランチャーだ。
高速で駆け巡る思考が最適な位置を計算し、供花と壁に撃ち込まれた礫のちょうど中間へと、祓串が突き立つ。
それを尻目に駆け出した供花は勢いをつけて前転宙返り。続く着地で力を溜め、綺麗な後方伸身宙返りを見せ────頭上に打ち込まれた祓串を地下足袋の指先で掴み、勢いのままに回転。
片足だけで着地したような体勢から、さらに上方にある礫へ跳びあがり、さらに礫から礫へ異様な身軽さで跳び移っていく。
礫の最上へと瞬く間に駆けあがった供花はさらに手近な建物の屋上を跳び回ると、最も手近な建物からアメコジキに向かって飛び出し、回転の勢いを乗せた飛び蹴りを放った。
「必殺っ! ライダァ────キィ──ーックッ!!」
勢いよく突き立った蹴り足は、どろりと蠢く濃厚な黒い穢れに絡めとられる。可視化される程の瘴気は容易に狩衣の護りを貫通し、足先から大腿までどろりと腐り溶け落ちるような感覚が供花を襲った。
足の突き立ったアメコジキの腹部をそのまま蹴り飛び、落下の勢いを五点着地で殺す。一瞬にして黒ずみきった形代紙が、その懐からこぼれ落ちた。
「き、近接無効とか本当に卑怯~っ! 等級の高い界異だといつものことだけど!」
飛び来る礫はダメージはあれど再生で賄える程度。その他の攻撃は、痛痒にすら値しない。
祓魔師、畏るるに足らず。そう断じたアメコジキは、様子見を辞めて鬱陶しい羽虫の掃除に取り掛かることに決めた。
『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
意識を乱雑に掻きまわす、悲鳴のような
目にも止まらぬ踏み込みに咄嗟に身構えた時にはもう遅い。本物には到底及ばずとも、神速を思わせるスピードを持つ男の模倣は既に目の前に迫り、最速最短であたしの顔を打った。
「いっ……!」
痛い。痛いが、軽い。それはそうだ、これはジャブ。リズムを積み重ねながら本命へと繋げる布石、例え目の付近を打たれたとしても、決して目を逸らしてはいけない……!
致命打を避けるためにこちらからも前に出て間合いを潰し、黒不浄を抜き放つその初動を手首を打たれて潰された。いっそ頭突きでもかましてやろうとさらに踏み込めば、引き足から掬い上げるようなフックを重ねられ、さらに間合いを調整される。ここで打たせてはマズい。どうせ武器使用は潰される、ここは拳でもなんでも打って間合いを、と咄嗟に判断して撃ちだした拳は、容易にかわされ、同時にストレートを顔面に叩きこまれる。
クロスカウンター。攻撃に傾いた意識の間隙を突いた一撃に意識が揺れるのを、奥歯を噛み締めて耐え凌ぐ。
こちらがふらつきながら態勢を立て直すのを、その人形はただ立って眺めていた。どうせ無駄なのに、とでも言いたげに腕を組んで鷹揚に、あたしが立ち直るのを醒めた態度で待っている。
そりゃそうだ。本気のあの人から見れば随分と劣化して見えるが、あの技量を少しでも再現しているのであればあたしには全く分が悪い。勝てるはずがない。それは、互いが抱いている共通認識。
つまらなさそうにため息をつく動作を見せて、人形はぐにゃりと形を変えてまた別の姿を取る。
今度は、那智の姿。長駆の肉体は外見を超えるタフネスを誇り、こちらの攻撃を真正面から受け止めてビクともしない。彼女の振り回すモチ丸を模した黒い塊に触れれば、容易に体が吹き飛ばされ、形代がまた一枚散った。これで残り、一枚。
それが終われば、田中さんの姿。コンバットナイフを模した水塊で急所を押し込まれ、アサルトライフルを模した水塊でフルバーストを叩きこまれ。
それが終われば、花田くんの姿。ふらつく体にマチェットとグレネードを模した、黒い水の武装が叩き込まれる。
それが終われば、紫原くん。それが終われば、八乙女ちゃん。それが終われば、九条くん。
見知った面々の模倣に打ちのめされ、叩き伏せられ。決して殺すことのないように嬲られる。ああ、なんてことはない。いつもの光景だ。あたしじゃ彼らには届かない。あたしじゃ、彼らのようには戦えない。
諦観が顔を覗かせる度に、アメコジキが甘い誘いをかけてくる。ここで諦めてしまえば、あなたの代わりに泣いてあげると。ここで悲しみに浸っていれば、それ以上の悲しみを背負わなくていいようにしてあげるのだと。
冗談じゃなかった。誰がお前なんかにわかったような顔をさせてたまるか。あたしの矜持を、汚されてたまるか。
肉体の限界を超越して、意地だけで立ち上がった。どうせここは現実じゃないのなら、このくらいは許してもらわないとやってられるか。
そして、何度も何度も立ち上がるあたしにしびれを切らしたのか、アメコジキが“とっておき”を繰り出した。
小柄な体に、特徴的なアホ毛。どこから何が飛び出してくるのかわからない、構えと言って良いのかわからない構え。全身から自信と活力を溢れさせているような生命力に満ちた姿。
鵠別供花。あたしが最も信頼して、最も妬んでいる、あたしの同期。
「はは……そいつは、ズルでしょ……!」
負けたくない、と思ってしまう。追いつきたい、と思ってしまう。あたしだって、あんたに勝ってみたいって、熱が灯っては失望に埋もれていく。
ああ、あたしへの精神攻撃のつもりなら、それは効果抜群だ。こいつにだけは、ただ打ちのめされてそれでおしまいなんて真似、絶対にしたくない……!
重たい腕を上げて構える。ぐちゃぐちゃに好悪の混じる感情を隠す事すらできず、それでも対抗しようと熱のこもった息を吐く。ふらついた足を叱咤しながら、闘志だけは挫けまいと弱音をあげる心を怒りで覆う。
だが、あたしの気炎に反して、その似姿は……構えを解いた。
ひどくつまらなさそうに脱力して、ひらひらと手を振るう。
その挙動に訝し気にしていたのは、むしろアメコジキだった。やけに人間臭く首を傾げ、思案に耽り────アメコジキが事実に気が付く前に、あたしの方が先に真相に辿り着く。
このバカ、あたしの記憶を基に人形を仕立て上げていたな! ああ、そうだ、そうだったね、供花。今まで偽物のあんたに感じていた違和感の正体に、ようやっと気づいた。
そうだ、そうだよ、あんたは、なんたって。
「……わかってるよ。あんたは、誰かが笑えないようなこと、大嫌いなんだ」
あたしの言葉に応えるように、その人形はサムズアップを返してぱしゃりと水に溶け戻る。
緊張が解け、体中の力が抜けてしまうその前に、一つの声があたしに届いた。
「ねえ、お姉ちゃん。どうしてまだ、頑張るの?」
悲しそうに顔を歪めた少年が、ボロボロのあたしを見ている。ぎゅうと拳を握りしめるその姿は、何かを堪えるかのようだった。