黒い雲が炎に巻かれ、消えていく様を見て、第八班長は八尋の帰還を確信した、らしい。それでもなお、『殺しちゃまずかったんじゃ!?』と慌てる素直な一部をどうにか宥めるのには苦労したのだと、死にかけの体で目覚めたあたしは聞かされた。
死にかけ。そう、本気で死にかけていた。アメコジキ程の界異を祓うには太陽光と水くらいじゃ当然足りず、生命力を絞りに絞られて最後の形代紙まで散っていた。冗談抜きで死ぬ直前、からからに干からびていくあたしに慌てて八乙女ちゃんが栄養点滴をぶち込んで事なきを得たらしい。毎度のことながら、あの神様は本当に容赦というものがなさすぎる。
お陰であたしが目覚めてからも体をぴくりと動かすこともできず、騒がしい面々に囲まれて心配の言葉と復活祝いに包まれている、というわけだ。ああ那智、嬉しいからってあたしを胴上げしようとするのはやめるですよやめろやめなさいやめやがれですっ!!!!!
大声を出すだけでぜいぜいと息が切れる体の弱りっぷりに辟易としてため息をついたところで、ようやく本部テント内に見覚えのないような、微妙にあるような不思議な男性の姿を見つける。どこか所在なさげに体を揺らして気まずそうにするその姿に面影を感じて、その正体にようやく見当がついた。
「善信さん、ですね?」
そうやって声をかけると、彼は体をびくりと震えさせて、不思議そうな顔でこちらに近づいてくる。目線で道を開けるように訴えると、一応は同僚達も素直に退いてくれた。
「そう、ですけど……あの、どうして、名前」
「
その名前に怯えたように一歩後退りして、それでも彼はそれ以上退くことはしなかった。あの子と同じく、根っこは強い人なんだろう。面影が見えて少し嬉しく思う気持ちもあるし、だからこそちょっと複雑な気分にもなるというか。
「ど、どうして、いや……兄さんは、なんと?」
「ぼくの選択は間違っていなかったよ、と」
その言葉を、すぐには受け止めきれていないようだった。二度、三度浅い呼吸をして、震える手でゆっくりと目を覆って、唇を、噛み締めて。
大声で泣き叫ぶ男性の姿を、あたしは初めて、見ることになった。
撤収の準備が終わってなおも動けないあたしは、どうしてか供花に背負われていた。なんだかこちらでも激闘があったらしくそれだけの元気があるヤツが供花だけ、というのが言い分だが、怪しいものだ。班長なんかまだまだ元気そうだったし。
おぶさりながら進む帰路の中で、雲一つない星空があたし達の頭上に輝いている。そういえば今日は七夕だったなと思い出して、ふと、ガラにもない言葉が口からこぼれおちた。
「織姫と彦星、今年は出会えたんですかねえ」
「えーっ、どうしたの急に。ロマンチックじゃーん?」
からかうような声に、うるさいとだけ返して首元に顔を埋めてやる。羞恥に急加熱されたほっぺはそれなりの威力を持っていたらしく、「なんか熱いんだけど!?」と文句を言われた。
「いいでしょう、別に。たまにはそんな気持ちになっても」
「まー、いいけどさあ。それじゃあ八尋ちゃんはどう思うの?」
そう問われて、少し考え込む。雨の降った七夕には天の川が氾濫するというし、会えなかった……いやいや、でもこうして途中で晴れてるわけだし。いや、でも晴れてすぐ川が落ち着くわけが。
「む、反応が遅い……さては小難しく考えてるな? そうじゃなくて、八尋ちゃんならどうなっててほしいのか聞きたいのにさー」
「どうなってて、ほしい?」
考えたことのない視点だった。ただ、そう言われたら、なんと答えるかはすぐに浮かんでくる。だって、そんなの。
「どーせなら、会えててほしいかな。皆、笑顔でいる方が良いに決まってるし」
「私もどーかんっ!」
元気よく笑ってみせる供花にあたしも笑みを返して、ふと、ガラにもないことを言ったついでに、ガラにもないことをしてみせるかな、と考える。
ぐいと体を乗り出して左腕に力をかけると、そのままフリーになった右拳を供花の目の前に浮かせてみせた。
「供花」
「え、これなになに?」
「お疲れ」
「……おーっ、八尋ちゃんもお疲れ!」
こつんと打ち合わされる拳の感触に、なんだかとても満足してしまって。
思わず力が抜けたあたしが供花の背中からおっこちかけたのは、また別の話。