「供花てめー! 今までどこに居やがったですか!?」
「え、ええっ!? 開口一番それ!? 助けに来たのにそれは酷くない!?」
「それ正論ですか? あたし、正論って嫌いなんですよね!?」
「うわーんドラえもーん! 過去に教えたネタが私をいじめてくるよーっ!!」
軽口を叩き合いながら、互いに視線は武乱骸から外さない。油断したら容易に死ぬ相手であることは共通した認識であるが故だ。
「それにしても無理したよねー、アレ武乱骸でしょ? 狩衣もなしに相手して良い敵じゃないでしょっ」
「やるしかなかったんだからしかたねーでしょコノヤロー! というかソレをドロップキックで蹴り飛ばした供花には言われたくないよ!?」
「あんなん練習したら誰でもできるでしょ? 八尋ちゃんもレッツチャレンジ!」
「できるかーっ! 誰もかれもがあんたみたいに運動神経バツグンなわけじゃないよ!?」
えー、と不服そうに声を上げる同僚の存在が、腹立たしいことに頼もしくて仕方がない。あたしでは勝てなくとも、供花が居れば取れる手はいくつも増える。勝ち目が、希望が見えてくる。
「……あんた、形代は何枚残ってる?」
「七枚全部。八尋ちゃんは?」
「三枚」
「わーお、随分無茶したねっ」
「ここからの無茶はあんたに頼むからね、長期戦はあたしが死ぬんで!」
「りょーかいりょーかい、お任せあれってね!」
二、三会話を交わすと、供花が武乱骸へと向かって突っこんでいく。意思疎通の間に体勢を立て直していた武乱骸はそれを見て、槍による迎撃を選んだようだった。十字槍が振りかぶられ、薙ぎ払われる。
「厄介な弓モードになられるくらいならまだ槍の方が避けやすいんだよね、っとぉ!」
胴を薙ぐようなその一撃に対し、供花はあえて武乱骸に向けて跳躍をしたようだった。そのまま武乱骸の胴を蹴りつけるようにさらに跳びあがり、槍を避けると同時にバク宙の要領で顎を蹴り上げた。
相手が人間ならば、それだけで失神するような鮮やかな一撃。しかし、その蹴撃は武乱骸の纏う穢れに絡めとられ、威力を大きく減衰させる。
“穢装”と呼ばれる現象だ。界異から溢れ出し続ける穢れは、物理的な特性を持つ攻撃を軽減してしまう。
「っぱ硬いね、君!」
そのまま平然と逆方向に薙ぐ槍を後方に飛び退いてかわし、振りの勢いのまま引き構えた武乱骸の槍を見て供花はにやりと笑う。着地を狩る気であることが見え見えの構え。それに適した返し手を思いついたのだろう。
猛然と突き出された槍に対し、供花は横っ飛びにかわすでも、さらに引いて間合いを空けるでもなく、槍に向かって踏み込むことを選択した。
地下足袋の裏に仕込まれた鋼が槍の穂先を捉え、ぐんと地面に向かって押し込み踏みにじる。急激にかかる下方向への圧にぐらりと体勢を崩した武乱骸の顔に、きれいな上段回し蹴りが叩き込まれた。
「あいつ、正気でやってんのアレ?」
その見慣れた動きに、思わず頬が引きつった。だってそれは、……それは、いつだかプレイしているとこを覗いた、アクションゲームの動きそのものだったからだ。忍者かあいつは!?
思わずドン引きながら、あたしはあたしの役目を果たしに走る。祓串をアスファルトに刺す程の腕力はないが、要は突きたってさえいればいいのだ。側溝の蓋の隙間に強引に差し込んだ祓串に注連鋼縄を結び付け、陣を張りに走る。供花が注意を惹きつけてくれているとはいえ、正規の方法を使う時間はない。武乱骸の横をすり抜けて走りながら、アイコンタクトで互いの動きを共有した。
供花の体ごと槍を跳ね上げた武乱骸はそのまま槍を手放して、刀に手をかけた。身動きの取れない中空を狙う居合斬り────必殺の一撃のつもりなのだろう。ああ、まったく。作戦通りとはいえ、ここまで眼中にないとなると腹も立つ!
ぐるりと武乱骸の後ろを通り、回り込むように横をすり抜けながら武乱骸の動きを注視する。柄を握りこんだ指先に力が籠る。膝をわずかに沈ませ、体幹を回転させるバネを用意する。刃を滑らかに引ききるために腰が回転を始める、今!
居合の要となるその行動の起こりを見た瞬間に、本日二本目の疑似穢を起動させてその場に落とす。意識には置いていても、集中から外した場所で起動されたデコイは否応なく居合の初動をわずかに遅らせる。それでも、ほとんど影響なく供花に集中を戻したのは見事であるが、その一瞬で十分だった。
跳ね上げられた勢いを利用して空中で回転した供花が、電柱を蹴って加速する。居合のタイミングを外され、十分な速度が乗る前にその手元を足で抑え込まれた。そのまま武乱骸の体を蹴ってもう一度頭上に跳びあがった供花へ掴みかかろうとする間に、こちらの準備も完了する。
「結界設置完了。付与する効果は────【穢装融解】!」
注連鋼縄で囲った円陣の内側に、祓串を打ち込む。その上で言葉に霊力を乗せて宣言をすることで、簡易的な結界を設置可能となる。武乱骸を囲んだ結界は設置主の定めたルールを押し付け、その穢装を削り取った。
今なら、攻撃が十全に通る。落下の加速を合わせた踵が、加護が形を成した光の矢が、同時に武乱骸の頭蓋へと殺到する。
「必殺っ、『紫電カカト落とし』!」
「これで終わりやがれですっ!」
同時に炸裂した衝撃が、武乱骸の命を貫いた。
終わった。どうにか、生き延びた。
終わってしまえば、短い戦いのようにも思えたが、そうでなければ死んでいたのはこちらだった。最初の最初に弱体をかけて、その上で供花という格闘の天才がとにかく何もさせないように立ち回ってようやく、あたし達に勝ち目が見えてくる。そういう戦いだったのだ。もし、武乱骸が一手でも好きに動けていたらどうなっていたのか、それは散って行った四枚の形代紙が語っている。
今更ながらに体の震えが戻ってくる。思わずへたりこんだその背中を、小さな熱が不意に触れた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
振り向けば、不安気に瞳を揺らしながら覗き込んでくる少年の姿があった。恐らく、走ってきたのだろう。息を切らして、ひどく疲れた様子に見えた。
「あー、もしかして、アイツを呼んできてくれたんですか?」
「うん。一生懸命走ってたら、声をかけられて」
「……本当に、運が良かったです。ありがとう、お陰でお姉ちゃん助かっちゃいました」
ぽんと少年の頭に手を置くと、彼は嬉しそうに微笑んで頬を赤らめる。
「おーい、二人ともー。なんだかいい雰囲気なのは良いけど、早いとこどっか入らない?」
「良い雰囲気って……何言ってんのあんた。こんな少年相手に」
「うわっちょっとした冗談じゃん!? そんな冷たい目で見ることないでしょー!?」
「身長的にお似合いとか抜かすならいくらでも相手になるよ、拳で」
「そこまでは言ってないんですけど!? 自虐ネタじゃん!」
軽妙にかわすいつものやり取りにようやく肩の力が抜けて、けらけらと笑いあう。あたしの背中に隠れる少年の気配を感じて、ああほら揶揄うから隠れちゃったじゃん、なんて。この異常事態の中で、穏やかな時間がここにはあった。