「えーっ、それじゃ八尋ちゃんも何も分かってない……ってコト!?」
「う、うるさいな。しょーがないでしょ、記憶がないもんはないんだから! というか供花だって情報持ってないのは同じでしょうが!」
「やー、実際そうなんだけどね。記憶喪失って主人公みたいでかっこいいかなーって思ったけど、実際なったら何も面白くないんだね」
「わからないよ? 傍から見たら相当面白いことになってる可能性は捨てきれないし」
「どうせなら面白さがわかる立場が良かったなー。や、もちろん他人の不幸を笑うつもりはないけどね?」
あの後、派手に戦闘を繰り広げたこと、疑似穢を二つも連続して使ったことから次の拠点は少し離れた場所にある大型ショッピングモールまで足を運ぶことにした。ぼやぼやして集まってくる界異達に囲まれては堪ったものではない、ということだ。
黒い雨の中を彷徨う界異を時に速攻で沈め、時にやり過ごし、安全重視の進行をしていく道中で供花は大いに活躍を見せた。しなやかな筋肉と強靭なバネは音を殺しながらの行動を可能とし、奇襲したり投擲で別の場所に意識を向けさせたりだとかでそれはもう八面六臂の大活躍だったのだ。……あたしには、どうあがいても無理な芸当だった。
そうしてどうにかこれまた無人のショッピングモールに辿り着き、適当なフードコートを占拠して情報共有を図っている、というわけだ。
予想外だったのは供花もあたし達と同じように、ろくな情報を持っていないことだった。気が付いたら知らないバス亭に立っていて、とりあえず探索して情報を集めようと歩き出した所で戦闘音を耳にして様子を見に来た、ということらしい。話をよくよく聞いてみると、供花が気が付いたバス亭というのもあたし達と同じようだった。あたし達が去った後に供花も同じ目に遭った、ということだろうか。つくづく謎の多い状況だ。
ひとつ、気がかりなことがある。供花もあたしも、ここに至るまで、あたし達以外の戦闘音を耳にしていない、ということだ。元々の作戦では、第八班以外の祓魔隊も複数動員された大掛かりな戦闘が予定されているはずだった。街一つを覆う黒い雨と、それに集う界異を漏らさず殲滅するにはどうしても人数が必要になるからだ。その規模を考えると、あたし達が抜けた穴の影響があったとしても大勢はさして変わらないはずだ。
ましてや、我らが第八班には
「そーいや、どーして拠点にショッピングモールなのさ? 結界貼りきれなくて困らない?」
「さっき狭いコンビニで戦闘になって苦労したってのと、少しでも黒い雨から距離取れた方がいいってのと。あたしらの霊的適性じゃどーせ硬い結界は貼れないし、逃げ道多くて感知されにくい場所がいいでしょ?」
「ははー、背水の陣はお嫌い?」
「子供連れてすることじゃないでしょそれ」
「それはそう!」
けらけらと軽く笑う供花に内心ため息をつくような思いと、救われるような思いが同時に存在する。居るだけで空気を明るくしてくれるムードメーカーの存在はありがたいのだが、緊張が緩みすぎるのも問題だ。
冗談を言い合いながら、現状の懸念点とこれからの方針を話し合っていく。
「現状がわかんなさ過ぎるってのが問題だよねー。少年含め、私達が何でみんなとはぐれちゃってるのかわかんないままでしょ?」
「みんなと合流できないのも問題だね。誰にも会えないどころか戦闘の気配がないし、なぜかあたし達の通信機は仕事してくれないし」
「あとはえーと、時間的な問題? 最初は白装束も武乱骸も居なかったんでしょ?」
「そ。多分、雨と一緒に穢れが地表に溜まるんだろね。時間をかけるほどに強力な界異が生まれ始めてる……気がする」
「とはいえ、具体的な打開の道筋も手がかりなしかー。こうなると、しらみつぶしに怪しいとこを当たってくしか────」
「────ねえ」
不意に、袖を引かれて振り返ると少年が不安そうな顔で見つめてきていた。
遠慮がちに袖をつまむ手は緊張にか固くなっており、所在なさげに揺れる瞳がちらちらと供花の方へと視線を送っている。
「供花さんって、お姉ちゃんと仲が良いの?」
一瞬、質問の意図が飲み込めずに思わず供花と顔を合わせる。仲が良い……? こいつと? なんで今?
互いに硬直した次の瞬間、供花の口角がにまっと弧を描いた。い、嫌な予感が……!
「そりゃもー、八尋ちゃんとは同期だからマブよマブ! 心の友よー!」
「うわああああいらないのよこのタイミングで悪ノリは! やめてくっつくな暑苦しいっ!」
案の定、がばりと抱きついてきた供花を引き剥がそうと抵抗するもののそもそも完全に力負けをしているせいでびくともしない。く、屈辱だ……こんな形で己の非力さを見せつけられるなんて……!
「だからごめんねー、少年には八尋ちゃんを渡せないかなー?」
「……!!!」
供花がわざとらしくそんなことをのたまうと、遠慮がちだったはずの少年ががっしりと腕を掴んで引っ張り始めた。い、痛い! 痛い痛い痛いって!
さては少年を揶揄うためにわざと抱きついてきたな!?
「わ、渡すも何もあたしは最初っからあんたのもんじゃない!」
「連れないこと言うじゃんね? ほらほら、少年もここに混ざりたかったら私のこともお姉ちゃんって呼ぶんだよ!」
こ、こいつ、ここぞとばかりに少年に踏み込みにきた! 呼び方の違いは確かに引っかかってはいたけど、普通こんな強引な形でやるか!?
いや半分以上はネタに走ってるのもあるな、と半ば諦めの境地でされるがままになっていると、ふと少年が腕を手放したのに気づく。そちらへと視線を向けると、少年は感情が抜け落ちたような色のない表情で、まるで立ち尽くすかのようにあたし達を見つめていた。
「供花さんは、お姉ちゃんじゃない」
頑なな声。怒りも悲しさもなく、ただ事実だけを淡々と述べるような調子でそう言って、少年は走り出していってしまう。
「少年、一人は……!」
思わず立ち上がり追いかけようとしたその動きを、体に巻きついたままの供花の腕が押さえ込む。
「……供花?」
下から見上げた供花の顔は、今まで見たことがないようなバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「まずは、ごめん。ずっと私と八尋ちゃん二人で話してばっかだったから寂しかったのかなって、とりあえず同レベルでケンカしてみようとしたんだけど……まさかあんなとこに地雷があるとは……」
「あー……あー、それあたしも悪い奴……っていや、今そんな話してる場合じゃないでしょう! 早く少年を追わなきゃ」
「待って八尋ちゃん」
立ちあがろうとした体を、再び抑え込まれる。苛立ち混じりに腕を叩いてみてもちっとも堪えていないようで、それがさらに癇に障った。
「だから! ここで話してる時間はっ」
「少年が怪しいって、八尋ちゃんも気づいてるはずだよね」
だが、その激情も続く言葉に勢いを殺される。それは……それは、あたしだって、考えたことがないわけではなかった。
「少年にだけ、自分自身に関わる記憶がない。避難勧告が出されたはずのこの街で、少年だけが取り残されていた。あの様子じゃ、少年は八尋ちゃんに謎の執着を持っていて、そこに私が関与することを許すつもりがない」
供花によって並べられた“怪しい”の数々が頭に反響する。考えないようにしていた、疑わないようにしていた無意識の封が剥がされていく。一度怪しいと疑えば、疑える要素はいくらでもあった。
最初に教え込んだはずなのに黒い雨に対する危機感が欠けていること。少年が窮地に陥った時に“偶然”供花がバス停に現れ、こちらに向かっていたこと。供花と会ってからずっと……あたしの背後に隠れたりくっついたりして警戒を絶やさないこと。
でも。それは、それを、よりにもよって、あんたが。
「……じゃあ、供花はここからどうしろって言いたいの」
吐き出した言葉はどうしようもなく震えていて。
「一度、少年が居ない内にバス停まで戻って調べてみようよ。何かわかるかもしれないし、少年だってお店の中なら安全だと思うしさ」
体に巻き付く腕を衝動的に振り払うと、供花はやけにあっさりと離した。
「あたしは」
勢いよく立ち上がって、哀しそうな色を滲ませる困ったような笑みを前に、一度声を詰まらせて。それでも、ぐちゃぐちゃになった感情が胸の中で暴れ出して、その言葉を吐き出さずには居られなかった。
「あんたにだけは、そんな言葉を言って欲しくなかった」
駆け出す。もはやその場には留まってはいられない。裏切られたような気分だった。
────裏切られたって、何に?
やけに冷静にそんな疑問を浮かべる思考が頭を過ったが、それに対する答えをあたしは持ち合わせていない。
ただ、そう。なんだか形容しようのない違和感と気持ち悪さが、ふと混沌とした感情の中に浮かんできた。
供花は、果たして。あんなことを思っていたとしても、それをそのまま口にするような奴だったっけ?